[三章]I love you──────君がいてくれたら 5

「おかえりなさい、ユウトさん」

 校舎から校門までの坂を下ったところで、待機していたクレセントと合流した。

「通報とかされなかったか」

「はは。猛獣でもあるまいし、可愛かわいい猫がいるだけで通報なんてする人はいないですよ」

 ……まあ、春休み中で人も少ないし、あまり見られなかったんだろう。見られたとしても、教師ならともかく、生徒なら「どこかの部が入学式に何か出し物でもするのかな」くらいに思うかもしれない。

「クレセント。ここだけじゃなく、謎解きのためには、もっといろんな場所に行かなきゃならないんだろ?」

「ええ、そうですね。あなたが、『セカイで最もれいなもの』の答えを見つけ出すか、あるいは……」

「あるいは?」

「あなたが、諦めるまで、ですかね」

「…………」

 僕が答えを見つけるか、僕が諦めるまで、この旅は続くのか。

 ……諦めは、しない。彼女が最後に僕に託した希望。もう一度、彼女に会えるかもしれないという可能性。

 諦めるときは、僕が死ぬときだ。

 比喩ではなく。この謎解きを諦めるとき、僕は彼女の後を追う。

 ただ、今は最後の希望にすがり、あらがっているだけ。

 そう、「今」は──

「そうだ。なあ、クレセント」

「はい、なんでしょう」

「『リセット』っていうのはもしかして、タイムリープを行うってことなのか」

「タイムリープ、ですか?」

「そうだ。リセットっていうのは、運命をやり直すことのできる、不思議な力なんだろ? それはつまり、時間を巻き戻すとか……現在の記憶を持ったまま、過去へ戻り、そこから違う運命を辿たどっていくっていうことなんじゃないのか」

 クレセントは昨日僕に、壊れた時計を一瞬で修復するという謎の技を見せてくれた。

 だけど、ヒカリの肉体は既に火葬もすんでいるし、それをそのままよみがえらせるというわけでは、まさか、ないだろう。そんなことになったら、周囲も大混乱に陥る。

 そもそもクレセントは、「リセットの力を今見せることはできないから、代わりに」とあの力を見せてくれたんだ。だから、あの力はリセットではないんだろう。

 だから、リセットというのは別の不思議な力のはず。ならタイムリープなんじゃないか……と思ったんだが。この仮説には、疑問もある。

 リセットがタイムリープのことなんだとしたら。もし彼女の死因が事故や殺人なんだったら、救えたかもしれない。

 だけど病死という運命を、タイムリープでどう変えるんだ。

 それとも、タイムリープの力で「もう一度会う」という点は達成できても、病死という運命は避けられないのか?

 あるいは。

 もっと早く彼女の病気がわかってさえいたら。彼女の死は、回避できていたのか──

「……っ」

 吐き気のような感覚。反射的に口を押さえる。

「ユウトさん?」

 今のは、考えないようにしていたことだ。考えると、それこそ傷口がぐしゃぐしゃにひろがってゆくだけだから。

 あのときああしていたら、こうしていたら。胸の内をかきむしるような後悔は、自分をむしばみ破壊してゆくだけで無益だ。

 後悔して現在や未来が変わるなら、いくらでもする。けどそうじゃない。

 だから「それ」だけは考えてはいけない。

 考えていたら、がんじがらめになるように、動けなくなってしまう。

「……で、どうなんだよ。リセットは、タイムリープのことなのか」

 幸い、吐き気にみまわれただけで、実際に吐かずにはすんだ。僕はクレセントの、外されることのない猫のかぶりものを見て尋ねる。

 かぶりものだ。表情の変化などわからない。だがクレセントは、いつも穏やかな微笑を浮かべているかのような声でしやべる。そうして、答えにならない答えを与えてくる。

「リセットというのは、『やり直し』ということですよ」

 ……それでは、結局何もわからない。

 疑問は何も解決されることなく降り積もってゆく。同じように、僕の中の焦燥といきどおりも積もる。

 クレセントはいつも余裕そうで、微笑を浮かべているような声で。だからこそいらつ。こっちはヒカリと会いたくて本当に必死だというのに。何もわからないまま、あがくしかできない自分で遊ばれているようで。

 こんな調子で、本当にリセットに辿たどけるんだろうか。そもそも、リセットなんて本当に存在するのか。

 ──僕はもう一度、ヒカリと会うことができるのか。

 疑問、焦燥、怒り、そして不安が、音もなく渦巻く。

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