夏の始まり その8

「やあ……!」

「おっと、そうはいかないぜ」

 お互い別の水道から水を補充してきた俺とすずは、再び顔を合わせ廊下で撃ち合いになっていた。

 水鉄砲で撃てる水の量には限りがある。だからお互いにらい、距離を詰め合い、慎重に一発ずつ撃って、避けて。

 今のところ俺もすずも、肩先や足もとを軽くらす程度で、気持ちのいい命中というものには至っていない。

「……っ」

 すずが引き金を引いたが、水が出てこない。中の水がなくなったのだろう。

「弾切れだな。降参するか?」

「まさか。ふ……甘いわね、はるおか君」

「!?」

 すずは口角を上げ、自分のスカートをめくる。ふとももあらわになるが、下着は見えない絶妙なめくり具合。

 その白いふとももには、ひもで、水の入った小さめのペットボトルがくくりつけられていた。

 そんなもんつけてたらスカートの膨らみ方でわかりそうなもんだが、ペットボトルをふとももの裏側のほうにつけていたので、今まで気づけなかったのだ。

「……いや、補充用の水ってのはいいけど、わざわざそこにつける必要あったか?」

 別に腰にくくりつけるでも、ポーチに入れて提げておくでもよかったような。

「替えの武器といえば、ガーターベルトでしょう。映画みたいで、一度やってみたかったの」

「さいですか……」

「物事には、お約束というものがあるでしょう。アクションといえばガーターベルトに武器、難病ものといえば遺書、異世界転生といえばチート。そんなものよ」

「アクションと難病ものはまだしも、すず、異世界ものとかもたしなむの!? 意外の極みなんだが!?」

「ふふん、私は異世界転生もののスペシャリストよ」

 すずは得意げな表情で水鉄砲に水をぎ足す。俺はその間、手出しせずに見ている。あれだ、ヒーローの変身中は、敵は攻撃してこないの法則。これも一つのお約束ってな。さすがにここで攻撃するのは野暮というものだし、素敵なふとももを見せてもらった礼もこめて手出ししないでおいた。

「さあ、はるおか君。形勢逆転、といったところかしら?」

 水鉄砲に新たな水を入れ終わったすずは、悪戯いたずらっぽくウインクし、こちらに銃口を向ける。

「!」

 まさに、ちょうどそのとき。俺はすずの背後に、かずの姿を見つけた。

 ようすけか、はたまた別の生徒かとバトルしていたのであろうかずは、まだおれたちのことには気づいておらず、水鉄砲を持ったままきょろきょろしていた。

 しかしかずは、俺とすずが二人でいるところを見つけると、はっとしたように目を見開き、そそくさと去ろうとする。

 それはまるで、「二人の間に、私がいたらお邪魔だから」とでも言うようで。

「おいコラ、かず!」

 だけど、だからこそ俺はそんなかずに、声をかける。

「おまえも来いよ。共闘しようぜ」

「えっ。で、でも、私は……っ」

「あら、あまさんは私の味方をしてくれるのよね? 一緒にはるおか君を水責めにしてあげましょう」

「いやいや、一緒にすずをびしょれにしてやるんだよな、そうだろ?」

「……わ……私は……二人とは……」

 困ったように眉根を寄せ、拒むように苦しそうな目をするかず

 なんだよ。なんでそんな顔するんだ。そんな顔、おまえには似合わない。

 もっと、もっと。楽しいことをして、馬鹿みたいに明るく笑ってるのが、おれたちにはお似合いだろうが。

「ほら、かず!」

あまさん」

 俺とすずは、二人で、笑って。

「一緒に遊ぼう」

「一緒に遊びましょう」

 その場に踏みとどまり、今にも逃げ出してしまいそうなかずの前に。

 手を、差し出す。

「……っ!」

 一瞬、かずは泣きそうな顔をした。

 だけど、ぎゅっと胸もとを握りしめて、一度下を向いて。

 すぐに顔を上げて──笑った。

「わ……私は! 私は、どちらにも味方しないのです。なぜなら」

 ビシッ、と。効果音が聞こえてきそうなほどノリノリで、決めポーズしてみせるかず

「私は、中立であり平和の味方! 正義のスーパーヒーローだからです!」

「なるほど、コロッケマンか」

「コロッケマンね」

「ああっ、その呼ばれ方はちょっと恥ずかしいかも! いつまでも引きずらないでそのネタぁ!」

「おまえが自分でスーパーヒーロー言ったんだろ」

「そ、そうだけどっ、今はコロッケ持ってないし、水鉄砲マンです!」

「言いづらいな。コロッケマンのほうが言いやすい」

「一瞬で却下されたぁ! と、ともかく! 正義のスーパーヒーローは、遊ぶと決めたからには本気です! 本気で遊ぶのです! だから手加減しないんだからね、そうちゃん、すずさん!」

 だっ、とこちらに向かい走ってくるかずすずは応戦の構えをとる。

「くらえ……っ」

「ふふっ、そう簡単にはいかないわ……」

「コロッケマンビ────────ムっ!」

「っ!?」

 真剣な顔つきで、かずが水とともに放った台詞せりふに、すずはぶはぁっ、と盛大に噴き出した。

 そのまま腹を抱え、笑いのあまり身動きがとれなくなっていたすずに、かずの発射した水が命中。かずはぴょんぴょんと飛び跳ねて勝利を喜ぶ。

「やったー! やったよ~っ!」

「い……っ、今のは……っ、反則……っ!」

 すずは顔を真っ赤にし、まだ全然おさまらない笑いでぶるぶる震えている。相当ツボに入ったらしい。

「さあ、次はそうちゃんの番だよ!」

「おう。かかってこいよ、かず

 こちらに向け発射されたコロッケマンビームこと水を避け、俺もかずに水を撃つ。避けきれなかったかずは「わわっ」と制服の襟もとをらした。

「ふん、やっぱりおまえが俺に勝つのは、十年早いな」

「まっ、まだ上がちょっとれただけだもん! 勝負はここからだよ!」

 水鉄砲を向け合い、じりじりと間合いをとるおれたち

 そこで、バタバタと足音が迫る。別のバトルから逃げてきたのか、ずぶれになった女子生徒たちがこちらにやって来た。

「あ~も~めっちゃれた~!」

「でもやばいね、なんかすっごい楽しい!」

「あれっ、すずさんだ! なんかめっちゃ笑ってない?」

「マジで!? すずさんって、冗談とか通じない、クールな人かと思ってた……」

「でもいいね。親しみやすくて可愛かわいいかも……」

 そんなふうに話題にされている当の本人は、ようやく笑いがおさまってきたようで、さらりと髪をかき上げた。周囲の会話のことはひとまず置いておくようで、かずに語りかける。

「……ふふ、あまさん。はるおか君だけあんまりれてないなんて、ずるいわよね。私も加勢するから、二人でぎゃふんと言わせてあげましょうか?」

 ぎゃふんて死語じゃね? まあすずなら「一度言ってみたかったの」ですませそうだけどね。

「なんだよ、二人がかりでくる気か? コロッケマンは中立だったはずだろ」

「ええ、そうなのでしょうね。でも、あまさんが私の味方じゃなくたって、私はあまさんの味方なのよ」

「な、なんかその台詞せりふだと、まるで私が悪役だね……!?」

「ふん、まあいい。二人いっぺんにだろうと、相手してやるよ」

「ええ。わたしたちはもう、こんなにもびしょびしょのれなんだから……責任とってもらわないと」

「何そのやばい台詞せりふわざと言ってんの!? 天然なの!?」

 ちょっと刺激が強くないっすかね。制服、れて結構透けてるし。

「はあ……と、ともかく」

 こほんとひといきき、乱れかけた心を落ち着けて、二人と向かい合う。

 眉をげ、まっすぐに目を見て。遊びでも──遊びだからこそ、真剣に。

「さあ。決着をつけようぜ」

「うん!」

「ええ」

 周囲の生徒たちも面白がってはやてる中、おれたちはそれぞれ引き金に指をかけ──

 ──その瞬間、すさまじい煙に包まれた。

「ぶっふぉあ!? な、なんだこれ!?」

 煙を噴射しているのは、いつの間にかおれたちの足もとに転がってきていたボール状のもの。ぶしゅーっと、強力殺虫剤でもらしてんのかってくらい周囲を真っ白に染め上げる──あ、見覚えあるわこれ。

 以前、ようすけが教師に怒られる原因となったもの。すずが俺を印象的だと思ったというときのアレ。ようすけいわく、通販で買った最高最凶の呪術道具。周囲からしたら迷惑なだけの玩具。

 そしてもうもうとひろがってゆく白い煙の中から、その男は姿を現す。

「やっほーそう~! 主人公のピンチにさつそうと見参、これぞおいしいとこどり! というわけで加勢しに来てあげたよー! 褒めて褒めて~!!」

「クソうぜえええええええ!! 邪魔しに来たの間違いじゃねーのか!?」

「何それ心外なんだけどぉ! 一体全体僕のどこが邪魔だっていうのさ!」

「存在が邪魔! うぜえ! ってか超びっしょびっしょだなおまえ!? ちょっと見てなかった間にどんだけ他の生徒たちの的にされてんだ!」

「なんだよー、僕はれたんじゃないし、らされてやったんだし! 水もしたたる天才黒魔術師だからね!」

「うあーうぜーマジうぜえー! しかもやっぱり設定ブレブレだし! 悪魔使いとか言ってたくせに! ああもう決めた、まずてめぇから撃ち抜いてやる!」

 立ちこめる白煙の中、戦いの火蓋が切られようとした、その瞬間──

「ま・た・おまえらかあああああああ─────────────っ!!」

 ……担任の、絶叫にも似た怒声が響き渡ったのだった。



「言いたいことは山ほどある! だがまずはとっととジャージに着替えてこい! 仮にも生徒に風邪ひかれちゃ困るからな! まあこのクソ暑い中じゃどんだけれたって風邪なんかひきゃしないだろうが……一応、念のためな! 説教は、着替えた後だ。たっぷり絞ってやっから覚悟しとけ!」

 根は優しいけど口が悪いことで有名なうちの担任(毎度毎度ようすけの奇行を注意させられていれば、そりゃ口が悪くもなるだろうが)がえるようにそう言ったため、おれたちは教室に戻り、れた制服からジャージに着替えることになった。

 なお、「どうせ草間とはるおかが主犯で、他のやつらはそそのかされたとか、巻き込まれたとかだろ? 代表してその二人が説教! 他のやつらは解散! 風邪ひかねえように家帰って寝てろ!」という処遇である。間違ってないぞ担任。ナイス判断!

 俺、かずすずようすけと四人で教室へと向かう。すずは別のクラスだが、途中まで廊下を一緒に歩く。

 程度の差こそあれ、全員びしょれでひどい状態なのに、無性に笑いがこみ上げてきて止まらない。

「あはははっ、あ~、楽しかったね、そうちゃん」

「おー」

「水鉄砲なんて、子どものとき以来。でも、急に始めるからびっくりしたよ~。どうしたの? 今日は突然」

 かずは教師に怒鳴られてもまだ、さっきまでの馬鹿騒ぎの余韻が抜けていないのか、ふにゃふにゃと顔がゆるんでいた。

「別に。どうしたってわけでもねえけど。ただ」

「うん?」

「おまえ、こういうの好きじゃん」

 こうして皆で、くだらないことをして、にぎやかに笑って。

 そういうのが、俺にもかずにもお似合いだ。

「……うん。好きだよ」

 ふにゃん、と。ただでさえゆるんでいたのから、更に一段ゆるゆるの笑顔をみせるかず。そうだよ、その顔だ。

 ──おまえは、そういう顔で笑ってりゃいい。

なつかしいなあ。昔はこういう馬鹿みたいなこと、よくやったもんね~」

「む、ちょっと待ってよかずちゃん、馬鹿みたいとはひどくなーい? 僕は馬鹿じゃなくて、天才黒魔術師なんだけど!」

「えっ、あ、あの、違うよ! 今のは別に、けなしたわけじゃなくて……。そう、いい意味の馬鹿みたいだよ! いい意味!」

「そっか、いい意味かー! じゃしょうがないね!」

「それで納得するおまえすげえな!?」

「ほ、ほらっ、前そうちゃんも言ってたし! 『人間なんかどーせ全員馬鹿なんだから、変にかっこつけず自分に馬鹿正直に生きんのが一番楽しーんだよ』って」

「そんなこと一度も言ったことねえよ!? 適当にでっちあげんな!」

 おれたちの会話に、すずはくすくすと笑う。

 そしてそんな彼女に、声をかけるひとたちが。

「あっ、すずさん! さっきまでの水鉄砲バトル、楽しかったよね! よかったら、また遊ぼうね!」

 その女子たちの言葉と笑顔に、すずは驚いたように目を見開く。

「……え、ええ」

 戸惑い、困惑して──それでも、とてもうれしそうに。まぶしい太陽の光を浴びたかのように、すずは笑ってかのじよたちに返事をする。

「約束よ。遊んでね!」

 手を振ってかのじよたちと別れた後も、すずは唇の端が上がったまま。ふにゃっとしているかずに負けず劣らず、顔がゆるんでいた。

はるおか君」

 かずようすけが話している間に。すずが俺の服の裾を引っ張り、小声で話しかけてきた。

「…………ありがとう」

「なんだ、すずはびしょびしょにされると礼を言う性質があったのか? 女王様かと思いきや、意外と被虐趣味もあるんだな」

「茶化さないで」

 軽くねたように俺の耳を引っ張ると、耳もとでひそっとつぶやく。

「……はるおか君。私に、『馬鹿なこと』をさせてくれたんでしょう?」

「させてくれたって、なんだ? 俺はなんもしてないだろ。すずが子どもみたいに水鉄砲にはしゃぎまくって超ノリノリで、それを見た皆が『あ、すずって全然クールじゃねえわ。案外面白いじゃん』って思った。そんだけだろ」

「……その言い方は、若干引っかかるところもあるけど。……でも」

 くすぐったくなるような視線を向けられる。柔らかな微笑が眼前に浮かぶ。

「……あなた、優しいのね。とても」

「違うけど」

「え?」

「俺が、ただ楽しく馬鹿騒ぎをしたかっただけだし。夏休み前にぱーっと遊びたかったんだよ。……新しくできた、大事な友達と」

「それって……」

 あらためて口にすると、青春ドラマかってくらいに照れくさい台詞せりふで、目をらしながら言うしかなかった。

「ま、なんだ……それにほら、かずも笑ってるし」

「……そうね。あまさんの笑顔は、やっぱり素敵」

 おれたちの少し前を歩きながら、ようすけと「馬鹿」の定義についてわいわいしやべっているかず。そんなあいつを眺めながら、俺はつい、ガラでもないことをつぶやいてしまう。

「……こんなの、ただほんの少しの間、気を紛らわせるにすぎないのかもしれない。でも」

 気恥ずかしい台詞せりふだ。本人には聞かれないよう声を潜め、隣にいるすずにだけ届くように話す。

「それでも俺は──たとえ一秒、一瞬であっても、あいつには笑顔でいてほしい」

 偽善的なことなんてどうだっていい。かっこよくなくていい。

 ヒーローみたいにさつそうとしたやり方なんか俺にはできないから、馬鹿みたいで、くだらなくて、その代わり思いっきり笑い飛ばせるようなやり方でやるんだ。

 僅かでも、あいつの苦しみを和らげられるように。もしも時間が解決してくれるような問題であるなら、解決までの間が少しでも、安らかなものであるように。

 ──なんてことを話しているうちに教室に着き、すずと別れる直前。ぼそりと、かろうじて聞き取れるくらいの小ささで、すずの声が聞こえた。

「…………本当に。あなたは、優しい」

すず?」

「ふふ。ううん、なんでもないわ。……ただ」

 かすかにれた黒髪がひるがえると、水の粒が宝石のように輝く。すずはそのまま自分の教室に入り──去り際に、小声でつぶやいた。

「少しだけ……あなたの隣が、羨ましくなってしまっただけ」

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • 君を失いたくない僕と、僕の幸せを願う君

    君を失いたくない僕と、僕の幸せを願う君

    神田 夏生/Aちき

  • 君がいた美しい世界と、君のいない美しい世界のこと

    君がいた美しい世界と、君のいない美しい世界のこと

    神田 夏生/Aちき

  • 絶対にデレてはいけないツンデレ

    絶対にデレてはいけないツンデレ

    神田 夏生/Aちき

Close