ラムネの泡の記憶

 あの青い空とあいつの笑顔が忘れられない。

 記憶なんて曖昧でおぼろなものだ。たとえるならラムネの泡。淡い炭酸。時間がてば薄れ、消えてしまうもの。

 だからもう「それ」が具体的に、いつ、どういうシチュエーションかなんて、はっきりとは覚えていないんだけれど。

 それでも、あの空と笑顔のことは、今でも鮮明に思い出せる。

 ソーダを連想させるような、爽やかに晴れ渡った空。その下に一面のひまわりが咲いていた。

 鮮やかな黄色の中で白いものが揺れる。雲──違う。ひらり、ひらりと舞うように動くそれは、あいつのワンピース。

「そうちゃん、すごい、すごいね! ひまわりいっぱいで、きれーい!」

 当時のおれたちは、小学生。たしか三年生くらいだっただろうか。

「はしゃぎすぎ。あんま走って転ぶなよ」

 夏休みの小学生にしては冷めた発言は、大人ぶりたかった俺のものだ。背伸びをしてかっこつけたかった、単なる子ども。

「えーっ、だってだって、こんなにれいな景色なんだよ!? むしろ、なんでそうちゃんがはしゃがないのかが謎だよ!?」

 ほらー、ほらほらー、と、あいつ──おさなじみかずは、両手をめいっぱいひろげ、「すごいよ!」「れいだよ!」と、無駄にくるくる回りながら全力でアピールしてくる。

「おい、ちゃんと前見ろよ! そんなはしゃいでっと転ぶっての──」

「わっ!」

「うっわ!」

 言ってるそばから、踊るように回転していたかずは、足をもつれさせ派手に転んだ。俺はすぐさま駆け寄り、手を差し伸べる。

「大丈夫かよ、かず!」

「えへへー」

 思いっきり転んだというのに、一体全体何が楽しいというのか、かずうれしそうに微笑ほほえんでいる。

「……おまえって。いつも笑ってるよな」

 不思議に思って、口にしていた。

 だってこいつは本当に、いつだって笑っているから。一緒に遊んでるときか、お菓子食ってるときとかはまあ、わかる。けど、一緒に掃除してるときとか、宿題してるときとか。「今別に笑うような状況じゃなくね?」ってときだって。かずはいつも、幸せそうに笑顔でいるんだ。

「んー、そうかな? でもそれは、そうちゃんがいるからだよ」

「は?」

 そうちゃん、というのは俺のことだ。でも、なんでここで俺の名前が出る?

「……あのね。そうちゃんがいるから、私は、毎日楽しいの。私が笑ってるのは、そうちゃんがそばにいてくれるから!」

 ざあっと、風が抜けてゆく。周囲のひまわりと、かずの白いワンピース、そしてブレスレットの代わりのように手首に巻かれたリボンを揺らしながら。

 おさなじみ。青空。ひまわり畑、白いワンピースに麦わら帽子。絵に描いたような「夏の思い出」。

 あまりにもできすぎているから、まるでしんろうのようで。本当に現実だったのか、実は俺がみた夢か何かだったんじゃないか、なんて思ってしまうけど。

「だから、明日も、明後日あさつても。ずっとずっと、一緒にいてね」

 記憶に残るあいつの笑顔は、夢なんて言葉では片付けられないほど、光に満ちていた。

 かずは麦わら帽子をぎゅっと深くかぶり直し、帽子のつばで、日焼けのせいなのか、それともそれ以外の要因なのか、かすかに赤くなった自分の顔を隠すようにして。

 だけど、その下からとびきりの笑顔をのぞかせて──言った。

「大好きだよ、そうちゃん」

 輝き、はじけるような笑顔。俺はこんなこと言うの、本当に、ガラじゃないんだけど。でも、思ってしまったんだ。

 ──夏を、丸ごと閉じ込めたような笑顔だ、って。

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