第二章 その3

 そして十二月二十四日。これまで通り、繁華街にある待ち合わせ場所でなつみが来るのを待っていた。ループをしている。そんな認識が出来てしまえば、もうどうしたところで、待ち合わせの時に感じた腹の底に沈んだような緊張感を味わうことはない。

 それどころか、周囲を見渡して冷静に確認をしてしまう。

 どこかに変なところがないか。もし、前回まで見受けられなかった変化が見つかれば、それがループを抜け出すヒントになるのかもしれないのだから。

 まるで間違い探しでもしているかのような気分だ。

 でも、それこそがループを抜け出すうえで必要なことなのだと、一昨日たくさんの映画を見ているうちに学んだ。

 時間のループを扱った作品は数あれど、その中で参考になったのは、数本でしかなかった。その多くがヒロインが迎える悲惨な運命を主人公がどうにか回避しようとする類いのもので、主人公たちは細かな変化を見逃さず、小さな糸口をたぐり寄せるようにして、正しいルートを探し当てていた。探偵かよ、などと突っ込みつつも、しかしそれが一番まっとうなやり方であるらしい。

「何でそんなに難しい顔してるの?」

「うお!?」

 考え事に夢中になっていたせいで、横合いからかけられた言葉に、飛び上がるほど驚いてしまった。

「驚きすぎだよ」

 なんて、しそうに言うのは、当然ながら今日の待ち人であるなつみだ。

「ごめんね。待たせちゃった?」

「いや、そんなことはない。それより、その服、似合ってるな」

「そ、そう? えへへ、ありがとう」

 こんな言葉もいつしかさらりと口に出来るようになっていた。そして俺たちは街へと繰り出していく。多くの人が行き交う繁華街の中を、なつみと一緒に。

 そうして楽しい時間を過ごしながら、それでも頭の中ではひとつのことを警戒している。


 なつみに『好き』と言われないこと。


 一昨日映画を見た後、必死になって考えたのだ。どうすればループから抜け出せるのか。何が原因でこんなことになってしまったのか。どうしてこんな目にあっているのか、を。

 残念ながら、原因や理由はわからなかったけれど、抜け出す方法については、小さなものではあるがヒントをつかんでいた。

 初めはなつみの死がトリガーだと思っていた。でも、よくよく思い返せば、そうじゃないことに気が付いた。

『ぁ──っ』

 なつみが血を吐いて倒れた時、

『燃えてるぞ──ッッッ』

 なつみが炎に包まれた時、

 そして前回俺の部屋で倒れた時も全て、『好き』と言った直後に彼女は死んで、そして俺は意識を失いループをしている。


『好きだよ。理一、君が好き』


 心をくすぐるこの言葉がトリガーなのだとしたら、こんなに悲しいことはない。でも、もしなつみが『好き』と言った直後に死に、そしてループが起こるのなら、何があろうとその言葉を聞くわけにはいかない。

「あ、見て見て理一。あの服可愛かわいいよ」

「ああ、そうだな」

「って、また考え事?」

「いや、そんな事ないぞ」

うそ。今絶対上の空だった。もう、あんまりそっちにばかり夢中にならないでね」

 不満げにするなつみを見ながら思う。

 本当に『好き』と言われちゃいけないのか?

 こんなにも好きなのに?

「いや、逆か」

 隣を歩くなつみに聞こえないようにこっそりとつぶやく。

 好きだからこそ、聞くわけにはいかないんだ。彼女が死ぬ姿をこれ以上見たくないのなら、何があろうとそれだけは避けなきゃいけない。それがどれだけ悲しくても。

 そうして街を歩き回るうちに日は暮れてきた。

「なつみ、ちょっと電車に乗ろう」

「? どこか行くの?」

「ちょっといいとこにな」

「何それー」

 なんて笑うなつみと共に乗車する。高架の上を走る車窓からは、クリスマス・イブのきらびやかな街並みがよく見える。

 タタン、タタン。そんな線路を蹴る音が胸中にひっそりとした緊張感を募らせる。

 十九時前。

 正確な時間はわからないけれど、それでも毎度ループするのはこの時間帯だ。どうにかそれを回避しさえすれば、こんなバカげた事態からも脱することが出来るはずだ。

 ただ、そのためにはどうしてもやらなければならないことがある。

「ねえ、理一。少し寒くない?」

 開いたドアから吹き込む風にすっと身を寄せてくるなつみの手を握り、ポケットに滑り込ませる。トクトクと脈打つ鼓動。甘えるように絡められる指先が、俺に勇気を与えてくれる。

 この手だ。この手を守るために、覚悟を決めなければいけない。

 暗い車窓に映る俺らの姿は、ひどく対照的で、胸にはかなしみが降り積もる。どうしてだろうな。なつみはこんなにも穏やかで満ち足りた顔をしているのに、どうして俺は、こんなにも無表情で窓を見つめているんだ。

 絡み合う指先と、対照的な表情。そのどちらが本心なのか、わからなくなりそうだ。

「あ、次。理一の家がある駅だね……降りるの?」

 期待混じりの言葉に首を振る。

「……」

 無言のままポケットの中でギュッと手を握りしめた。

 優しく、壊れないように。

 そして、どうか伝わってくれと願いを込めて。

 なつみ、ごめんな。

 でも、今からすることは、絶対にお前を裏切るものじゃないから。

 あとで絶対に謝るから。

 埋め合わせだってちゃんとするし、納得いかなければ怒っていい。

 ごめん。本当に、ごめんな。

 電車が駅のホームへと滑り込み、ドアが開く。数名の乗降客が目の前を通り過ぎていく。

「なつみ」

「何、理一?」

 発車のアナウンス。

「今日はここまでだ」

 スルリと、絡めた指先が解ける。電車のドアが閉じようとするのと同時に、ホームへ降り立つ。なつみは引きずられることなく車内に残される。その表情を代弁するように、彼女の指先は宙ぶらりんで切なく揺れる。

「え」

 ぼうぜんとした声。わけがわからないといった響きの声音に、激しく心を揺さぶられながらも、俺は彼女に背を向ける。

 発車のアナウンスに歯を食いしばる。振り向き電車内に戻ろうとする足を、必死に縫い留める。今戻ってしまえば、意味はなくなる。どうして電車を降りたのかを忘れるな。

 だって、なつみが好きなんだろう?

 彼女が死ぬところなんて、もう二度と見たくないんだろう?

 だったら、今は歯を食いしばれ。

 そうして今日が終われば、彼女の元へ駆けていけばいいんだから。

 土下座でも何でもして、今日のことは間違いだったんだと、そう告げて、誠心誠意謝り倒して、そして、そして信じてはもらえないかもしれないけど、事情を話して、そして、

「──ッ」

 声にならない驚きが漏れる。どうしてだ。なつみが絶対に間に合わないタイミングで降りたのに。

『お知らせ致します。ホーム上の緊急停止ボタンが押されましたので、安全を確認の上、発車致します。繰り返しお知らせ致します。ホーム上の緊急停止ボタンが押されましたので、安全を確認の上、発車致します』

 無常に響くアナウンスに、呆然と天井に設置されたスピーカーを見上げる。

 背中に感じる温もりがぎゅっと強くなる。さっき宙ぶらりんに置き去りにした腕が腰に回され、もうどこにも行けないように抱きとめられている。

「どうして!?」

「──ッ」

 その悲痛な叫びに胸が張り裂けそうになる。

「ねえ、理一。私何かした? 怒らせちゃった? だったら謝るから。ごめん。ごめんね、理一」

 違う。違うんだなつみ。謝るのは俺の方で、お前は何も悪くなくて、だから、だから、

「そんなに哀しそうな声を出すなよ」

 無理だよ、こんなの。

 こんな風になつみを傷つけるなんて、そんなの出来るわけないだろ。

「理一ぃ、強いよぉ」

「だから?」

 気が付けば振り返り、なつみのことを強く抱きしめていた。張り裂けそうな胸の痛みを癒すように、彼女にいつときでも抱かせてしまった哀しみをかき消すように。

 でも、

「ねえ、理一。私ね、私、理一に言いたいことがあるんだ」

「なんだ?」

 でも、ダメなんだよ。これじゃあ。きっとまた、失敗してしまう。


「好きだよ。理一、君が好き」


 だって、こうしてなつみは告白してしまうから。それを、俺は聞いてしまうから。

 そしてその瞬間を迎えたことで、最後の確信を得る。

 やっぱりなつみは、告白すると、俺に『好き』だと言うと、死んでしまうのだと。

 たとえどんなことがあろうと、それは変わらないのだと。

『ホーム上の安全が確認出来ましたので、発車致します。黄色い線の内側までお下がりください』

 でなきゃおかしいだろ。なんだって走り出した電車が突然脱線するんだよ。どうしてっ、腕に抱いてたはずのなつみをもぎ取るように巻き込むんだよっ!?

 おかしいだろうがッ。

 なんなんだよ、これは!?

 どうしてなつみが、なつみだけがッ。

「あああああああああああああッッッ」

 どうこくが空へと吸い込まれていく。

 意識が、途切れた。


   ▼


 そうして六度目になる十二月二十二日の朝を迎える。

 のそりと起き上がると、カメラを手にする代わりに衝動のまま机に拳を打ち付けた。じんわりとした痛みがひろがっていく。

 なんでだ!?

 なんでなんだ!?

 どうして、どうしてだよッ!!

 ガツン、ガツン、ガツン。

 拳を打ち付けるたびに怒りが込み上げていく。

 ガツン、ガツン、ガツン。

 ガツン、ガツン、ガツン。

 ガツン、ガツン……。

 ガツン……。

 ひとしきり拳を振り下ろせば、頭は血を抜いたかのようにすっと冷える。

 怒りを発散させ終えた後に残ったのは、冷徹な覚悟だった。確信に至ったからこそ、もう二度と繰り返さないという思いだ。

「もう一度だ。何があろうと、なつみに告白はさせない」

 それは、自分でも笑ってしまいそうになるほどに矛盾した誓いだ。だってさ、好きな女子からの告白を阻止するなんて、そんなのどう考えたってバカげてるだろ?

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • 僕と君だけに聖夜は来ない

    僕と君だけに聖夜は来ない

    藤宮カズキ/ファルまろ

  • いつかの空、君との魔法

    いつかの空、君との魔法

    藤宮カズキ/フライ

  • いつかの空、君との魔法 2

    いつかの空、君との魔法 2

    藤宮カズキ/フライ

Close