プロローグ

 ダメだ。鼓動がうるさい。

 なんだって俺は、こんなに緊張してるんだ。

 なつみとこうなった時のために、シミュレーションだって何回もしたし、どうすればいいのかだって、めちゃくちゃネットの記事を読みあさったのに。

 全然手汗が止まらない。今日はこの冬一の寒さだって言ってたじゃないか。これじゃあ、全く格好がつかないぞ。

 落ち着け。

 いいから落ち着くんだ。

 こんなんで告白なんかしたって、うまくいくわけない。

 ほら、ひとまず深呼吸だ。肺いっぱいに冬の冷たい空気を吸えば、少しは熱も引くから。

「ねえねえ、いち

 と、無駄に緊張して慌てる俺をよそに、なつみはとても弾んだ声で呼びかけてくる。

 真っ赤なコートにミニスカート、それに長い黒髪が振り返った拍子に、ふわりと舞い上がる。首にかけたトレードマークの大きなヘッドホンは相変わらずだけど、見慣れた制服姿とは違った格好をしているからか、今日のなつみは一段と、その、かわいく見えた。

「お、おう。なんだ」

「見て。すごいきれい!!」

「そ、そうだな」

 って全然ダメじゃないか。

 よく見ろよ、学校の屋上からの風景を。

 駅前のクリスマスツリーにだって負けないぐらいに街中が光り輝いてるし、十九時のライトアップを控えたアビエスタワーだって、ここからならよく見える。

 その市の街並みは、クリスマス・イブに相応ふさわしい装いなのに、もっとマシな返事はないのかよ。何が『そうだな』、だよ。他に気の利いたことが言えないのか。

 ………………。

 …………。

 ……。

 無理か。

 何しろ今日まで生きてきた十七年間、彼女なんていたことがないんだし、クリスマス・イブに女の子とふたりきりで過ごしたことだってないんだから。

 それで緊張するなって方が、土台無茶な話だ。

 だって、見ろよ。

 今日のなつみ、可愛かわいいぞ。

 出会った頃の刺々しさが何だったんだってくらいに、明るい表情を浮かべて、今だって顔を輝かせて目の前の風景に見入っている。

「本当に変わったよな」

「え、何? 理一、何か言った?」

「昔はハリネズミみたいだったのにな」

「な、な、どういう意味、それ!?」

「そのまんまの意味だろ? そうだな、リスぐらいにはなったんじゃないか?」

「リ、リスって、そんなに可愛くないよぉ」

 なんて言うけど、そうやってほおを染めて照れくさそうにされると、胸が高鳴って仕方ないんだが、本人に自覚ないのがな。

「それを言ったら、理一だってそうでしょ」

「何が」

「出会った頃は目も合わせてくれなかったのに、何よ、人のことからかって」

「うるせーな。俺だって色々あったんだよ」

「どうしてそうやってもったいぶるの? あんまり格好つけてると、恥ずかしがり屋だってバレちゃうよ?」

「おまっ!?」

 お返しよ、なんていたずらっぽく笑って逃げるなつみを追いかける。

 月明かりに照らされた屋上に、ふたりの笑い声が響く。

 それは、とても楽しくて、にぎやかで、今年の春先に出会った頃と比べれば、距離もだいぶ、いや、かなり近づいたんじゃないかと思う。

「おい、待てって」

「やーだ。ちゃんと捕まえて」

「このっ」

 クリスマス・イブ。

 ふたりきりの屋上。

 今日、学校は休みで、誰かが来ることなんてありえない。

 だから、今この場所は俺らだけのものだ。

「捕まえた」

「きゃっ」

 腕を捕まえると、バランスを崩したなつみが倒れ込んでくる。そうして抱きしめると、トクトクという心地いい音が行き交う。

 それが果たして、はしゃいでいたせいなのか、それともこれからしようとしていることのせいなのかは、わからない。

「……」

「……」

 心地よい沈黙のすぐ後、全身が緊張に包まれる。なつみの腕をつかむ手にも、自然と力が込もる。だから、きっと伝わってしまったはずだ。

 これから何をしようとしているのかが。

「……ッ」

 固唾をのんで見上げてくる視線。そこに込められた期待と不安と、緊張と高揚。赤く染まった頰に、どこか潤んだ瞳。整った顔立ちが何かを欲しがるように熱を帯びている。

「なつみ」

 でも、どれだけ覚悟を決めたって声は震える。

 喉はカラカラで、目元が熱い。

 ああ、くそ。

 やっぱり鼓動がうるさい。

「……理一」

 呼びかける声にすら込められたとびっきりの感情。

 きゅっと引き結ばれる唇は切なげで、熱っぽく湿っているのに、どうしてだか凍えてしまいそうなほどに震えていて。

 潤んだ眼差しは何かを欲するように、でも臆病さものぞかせていて。

 こそばゆくて、くすぐったくて、だから、だから気持ちがあふれて、


「なつみが好きだ」


 言葉にして伝えるんだ。


「……っ」


 瞳は見開かれて、


「うん」


 なつみがひとつうなずく。

 涙混じりの声が、胸に響く。


「私も」


 彼女の言葉全てが、心を震わせる。


「好きだよ。理一、君が好き」


「ッ」


 力の限り抱きしめる。

 もう、この気持ちを抑える必要なんかないから。


「好きだ、なつみ。好きだ」

「うん。うん。私も。私も理一が好き」


 ちくしょう、なんだよ、なんでこんなに幸せなんだ。

 一体何なんだこれは。

 こんなにうれしくて、熱くて、どうしようもない感情があるなんて、全然知らなかった。

 なあ、もしさ、もし神様がいるなら、

「このまま時間が止まればいい。なつみ、俺、今すっげぇ幸せだ」

「私も、私も幸せだよ。本当にこのまま時間が止まればいいのに」


 そうして幸せをみしめ合う。

 見つめ合って、あまりにも幸福すぎるせいで、なんだか心がフワフワとくすぐったくて、

 笑みを交わし合って、

 そして、


「ぁ──っ」


 なつみが血を吐いた。

 わけもわからず驚きに見開いた視界の中、なつみは沈むように倒れていく。ひろがった髪が場違いなほどきれいな輝きを放つ向こうでは、ライトアップされる前のアビエスタワーが静かに俺らのことを見つめている。

 支えを失ったなつみの体を受け止めながら、どこか頭の片隅で考えていた。

 ──そっか、血は温かいのか。


 十八時四十七分、こうしてなつみは一度目の死を迎えた。

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