第四章 救出 その3

 魔力でつくり出したあかりは不自然に赤く、熟れた果実のようなだいだいの光を放っていた。夜の森の入り口に、息をひそめて魔術師たちが集まっている。だれもがぶかにフードをかぶり、古ぼけたかしつえを持っていた。

「月がないね」

 ふっと漏らすように、よろいに身を包んだアン・デュークが唇を持ち上げた。

「残念だ。夜の森に上がる月は、それは美しいと聞いているのに」

「仕方ありませぬ。聖騎士殿」

 すぐ後ろからしわがれた声が上がった。周りの魔術師達と同じようにフードをかぶり、杖を持つ手はしわにまみれ、その指にはいくつもじゆじゆつ用の指輪がはまっている。

「新月を待ったのです。夜の王の魔力は、新月の夜に著しく落ちるゆえ。陥落させんとすれば、この機を逃しては決して成りますまい」

「我が国自慢の魔術師団の総力を結してもかい? 団長リーベル殿」

 いつものように軽い口調で笑みまで浮かべて、アン・デュークはそんな問い掛けを投げた。

「……おそらく」

 答える声に間があったのは、返答に悩んだわけではなく、その答えを口にすることを、ささやかな誇りと自尊心が邪魔をしただけだった。

「おそらくは。聖騎士殿の聖剣をもつてしても、かなうことはないかと」

 リーベルと呼ばれた男の言葉に、「ふぅん」とアン・デュークは気のない返事を返した。不気味な静けさを保つ夜の森を仰ぎ見る。重い沈黙の後に、まるでなフォローでも入れるかのようにリーベルは声を上げた。

「し、しかし! 夜の王を捕らえその魔力を手に入れたあかつきには、我が国の魔術師団も……」

「聞きたくないな」

 アン・デュークが遮るように柔らかな声を上げた。

「君達が魔王を煮ようが食おうが、そんなことは勝手だけれど。僕は今日、とらわれの女の子を助けに来ただけだ。そして君達は、魔王を捕らえに来たのだろう? 今はそういうことでいいじゃないか」

 決して強くはない口調だった。しかし、その響きにリーベルは二の句が継げられず口をつぐむ。沈黙に身を浸す余裕もなく、リーベルの背後に数名の影。いくつかささやく声がして、

「……結界の用意が整ったようです」

 おごそかに、リーベルは告げた。

「そうか」

 アン・デュークは軽くうなずき。いっとき眠りに落ちるかのようにそっと、まぶたを下ろした。

 わずかにやみが濃くなった、その瞬間だった。

 突然背後の林が揺れる。

「聖騎士殿……!」

 闇の中から姿を現した巨大な影に、魔術師たちが声を上げ、一斉につえを構える。けれどそれより早くにアン・デュークは剣を抜き、振り向きざまに襲い掛かる魔物をひとたたき切った。

 大きな一つ目の魔物は断末魔の悲鳴を上げ、崩れ落ちる。

 魔術師達は息をんだ。いつもの優しげな物腰からは想像もつかない、それは鋭く、そして容赦のない太刀筋だった。

 闇の中で、刃こぼれ一つない聖剣が淡い光を反射する。

 魔術師達に背を向けたまま、聖騎士はそして口を開いた。

「魔術の発動者は何人だ」

 その低い声は、闇の中でも確かな形をとり、空気を震わせる。

「わ、私と、若い二名が参ります…………」

 夜の王を捕らえる魔法を直接発動させる魔術師は、三名。あとの団員は、魔力の増幅と補助にあたる。

 手のひらに吸いついて来るような、剣のつかの感触。目を閉じれば声まで聞こえて来そうだと、アン・デュークは思う。眠る剣に呼ばれ続けた、長き少年時代のように。

 さやから剣を抜いた瞬間に、感覚は研ぎ澄まされ、世界は冷たく色を変える。この魔王討伐を、彼は心のどこかで幸いだと感じていた。

 命を奪うことしか知らぬこの剣で、だれかを救えることが出来るなら。そんな思いがかすめたのはけれど、一瞬のことだった。

 アン・デュークは口を開く。

「立ちふさがる獣はすべて切る。決して剣の間合いに入るな。をする、とは言わない」

 そして僅かに振り返る。その目は、闇の中でも輝くほどの、深い青。

「命の保証はしない」

 頷くことが出来たのは、リーベルのみだった。

 戦いの始まりは告げられた。聖騎士は剣を抜いた。

 もう、後戻りは出来なかった。




 木の根元で眠っていたミミズクは、何者かの絶叫を耳にしたような気がして、慌てて飛び起きた。

「あれ? あれれ?」

 何かがおかしかった。そのくせ何がおかしいのかわからなくて、何度もきょろきょろと首を回した。

 やみが騒いでいた。森の木々まで、葉の一葉まで悲鳴を上げているようだった。きしんでいるようだった。

「何? 何?」

 空を見上げる。どこにも月は見えない。ざわりと、背中に冷たいものが走った気がした。

(行かなきゃ)

 ミミズクは鎖を鳴らして地をった。

 フクロウのやかたへ走る。館にいるはずだった。ミミズクは今日は何も美しいものは持ってはいなかった。追い返されてもいいと思った。ただ、行かなければならないとミミズクは思った。

「!」

 館に近づくにつれて、ミミズクの目にも異変が明らかになった。

「あ……ああああ!!!!!!!!!!!!」

 声にならない声を上げる。

 館が燃えていた。赤すぎる炎が館を包み込むように取り囲んでいる。

 、とミミズクは思った。どうして、と。

 走り寄って、細く開いていた扉から無理矢理中に入る。火の勢いは刻一刻と館の内部まで入り込んでいる。地獄のごうに焼かれるような熱を感じながら、ミミズクは階段を駆け上る。

 フクロウの部屋まで走り込む。

 夜の王は、そこに立っていた。部屋の中心に。

「フクロウ……! フクロウ! フクロウ!!」

 ミミズクは叫ぶ。フクロウはゆっくりと振り返った。その目はいつものように冷たい金で、炎の赤を反射して、揺らめいているようだった。

 そこにはどんな感情も浮かんではいなかった。

「フクロウ! やだあ!! やめてよやだああああああ!!!!」

 ミミズクは絶叫した。壁から巻き起こる炎を、遠ざけようとでもするように何度もたたこうとした。その熱で、ミミズク自身が焼かれることなど忘れてしまったように。

「やめてよ! やめてよお!! 燃えちゃう! フクロウの絵が、燃えちゃうよおおおおおっ!!」

 煙が肺に入って激しくき込んだ。ミミズクはそれでも、とにかく絵を守ろうと、絵を壁から離そうとする。

 赤い夕焼けの絵が、もうすぐ完成だった絵が、無惨にも炎に散って行く。

「いやああああああああ!!」

 獣のようなほうこうをミミズクは上げた。炎の中に身を投じんとするその腕を、フクロウがつかんだ。

「もういい」

 フクロウの温度の低い声が、ミミズクの耳まで届いて、ミミズクは振り返った。

「よくないっ! よくないよおッ!!」

 だって、あんなに美しかったのに。

 だって、あなたのいた絵なのに。

 ミミズクがそう叫ぶ、その声をかき消すようにやかた自体が不吉な音を立てる。爆発が起きるような、低い低い音がして、足場が崩れた。

「ぎゃああ!」

 階下が崩れる。屋根が飛ばされたせいで、ミミズクたちが圧死することはなかった。その爆発が、だれの手によるものなのか、混乱のせいでミミズクにはわからない。

「あ……あ……」

 手足の鎖が焼けるように熱かった。

 音を立てて、世界が崩れて行くように感じた。そんな中で。そう、そんな中で。

 声が、聞こえた。

「こっちだ!」

 世界が燃える、赤い赤い視界の中、聞こえる声は強く、強く。

「こっちだ!! 手を伸ばせ!」

 れきと化した館のざんがいの向こう側に、立っている人がいた。金の髪に、青いひとみの男の人が、ミミズクに手を伸ばした。片方の手に剣を持ち。もう片方の腕を、ミミズクに。

「えぇええ!?」

 ミミズクはおかしな声を上げた。

「あたし!?」

 緊迫した場面には似合わない、とんきような声だった。

「そう、君だ! 助けに来た!!」

 答える声は、限りなく力強く。

「助け!?」

 ミミズクは。こんな風に。手を伸ばされたことなんてなかった。

「助けに来た」なんて。

 そういえば昔、もっと本当に、小さいころ。願ったこともあった、気がする。

 いつか。いつか。こんな風に。素敵な人が。「助けに来た」と。

 ミミズクを、連れ去って。連れ去って。幸せに。

(しあわせ、に……?)

「あ、あたし……」

 言葉が震えた。突然広がった運命に、ミミズクの身体からだすくんだ。

「手を取れ! おびえることはない!!」

「だって…………」

「大丈夫だ!!」

 こんなにも。強く。強く。うそでもミミズクに、「大丈夫だ」なんて。

 言ってくれた人はいなかった。

 かれたようにミミズクは数歩そちらに歩みを進める。けれど、振り返る。フクロウを見る。フクロウの身体は、細い細い見えない糸に捕まえられているようだった。

 フクロウは、その月のようなひとみで、ミミズクを静かにとらえて、言った。


「行け。獣を称する娘。お前にはもう、ここにいる理由がない」


 そしてフクロウは、不自由な動作で腕を伸ばし、ミミズクの額を、その長い指で一度だけなぞった。

 その一瞬の動作の後、ミミズクの身体が、ひとりでに、動いた。ひとりでに、けれど、紛れもないミミズクの意志で。動いて、そして、その、手を取った。

 魔物の王の腕ではなく、聖騎士の力強き腕を。

 伸ばされた手。温かな人肌。抱き寄せられる。抱え上げられる。

 愛されるように、救い出される。

 それだというのに、かミミズクは泣きたかった。

 何故か、ミミズクは、無性にもう、泣きたかったのだった。

 がんがんと頭が鳴った。触れられた額が熱かった。叫び出したかった。

 涙という存在を、何一つ、知らないミミズクだったけれど。


 ──────ねえ、あんなにも。あたしあなたに、たべられたかったのに。

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