プロローグ

「ごめんね、おみ。遅くなっちゃった」

 晩飯時。俺が自慢の特製からあげの仕込みをしていると、玄関の鍵が開く音がしてから部屋の中へ足音が近付いてくる。

 彼女の名前はユイ・エリヤ・ヴィリアーズ。十七歳の女子高生。本人は至って無宗派だけれども、出自がイギリス貴族のけいけんなクリスチャン家系のため、洗礼名と呼ばれるミドルネームを持っている名実共に本物のお姫様。

 印象的な大きな青色の瞳と艶のある長い黒髪。透き通るような白い肌に遠目でも分かるほど長いまつ、細く整ったりようと顔の輪郭線。それに上品な桜色の薄い唇。

 高校生という年齢なりのあどけなさはあるものの、わいいよりも美人と言った方が似合う端正な顔立ちをしており、女の子にしては少し高めの身長に、すらりと伸びた手足と均整の取れた細身の身体からだ付き。落ち着いて見える雰囲気は大人びた気品をたたえているので、制服を着ていなければもう少し年上にも見える。

 その整った容姿に加えてのクールなたたずまいで、クラスメイトたちからは憧れと畏敬の気持ちを込めて『深窓のお姫様クーデレラ』と呼ばれていたりするが、それはあくまで周りの勝手なイメージで、実は本人はめちゃくちゃ嫌がっていることを俺だけは知っている。

 部屋に入って来たユイが合鍵をポケットにしまいながら、晩御飯の仕込みをしている夏臣の手元をのぞんでくる。

「今日の晩御飯は……鶏のからあげ?」

「正解だ。今日はとりにくが安かったからな」

「ん、夏臣のからあげ大好きだからすっごく楽しみ」

 正解したことを誇らしげに、青色の大きな瞳をわいらしく細める。

 普段がクールなだけにそのギャップが余計にわいさを引き立てているが、動揺を悟られないように軽くせきばらいをして夏臣がごまかす。

「楽しみにしててくれたのはうれしいけど、隣なんだから制服くらい着替えてくればいいのに」

「それは私が急ぎたかっただけだからいいの。夏臣が気になるなら着替えてくるけど」

「もう見慣れてるし、ユイがいなら別にい」

「それよりも何か手伝えることある? 私が出来る程度のことで」

 首をかしげながらユイが夏臣をのぞむと、揺れた長い黒髪から甘い匂いがふわりと香る。

 一人暮らし物件のキッチンはさほど広くないので、キッチンで肩を並べると自然と距離が近くなってしまう。

 この距離感がユイからの信頼のあかしと言えば聞こえはいけども、やたらと無警戒に近付いて来るので、夏臣はいまだに少し慣れなかったりしている。

 長くてれいな髪を耳に掛けながら、ユイが楽しそうな上目遣いを向けて小さな笑い声を上げた。

「なに? 照れてるの?」

「うるせ。からあげ揚げ始めるからテーブルで待ってろ」

「ん、わかった。お皿の準備しとくね」

 いたずらっぽくほほむユイに夏臣がふいっと顔をらしながら返事をする。

 ユイももうすっかりと手慣れた手付きで、夏臣に教えたられ通りテーブルの上に食器を並べていく。

 夏臣の部屋のローテーブルは一人用に買ったものなので、二人で使うには少し小さい。

 なので、おかずの大皿を共有したり、組み上げた段ボールの上にお盆を載せてサイドテーブル代わりにしたりと、ユイが一生懸命に考えてスペースを工夫して作ったりしている。

 細いあごに手を当てながら真剣に悩む様子がわいらしくて、キッチンからそれを見ていた夏臣が小さく笑いをこぼす。

 これが、ここ最近の夏臣の日常だった。

 一人暮らしを始めた高校生活の中で、自分が誰かの世話を焼くなんて考えもしなかったし、ましてこんなにわいいクラスメイトが毎晩自分の家に通って来るなんて、少し前には想像でも出来るはずがなかった。

 学校帰りにユイと二人でスーパーに寄って、晩御飯の献立を考えながら買い物をして、夏臣の部屋で一緒に晩御飯の支度をしてから狭い食卓を囲んで、他愛もないことを話しながら一緒に晩御飯を食べる。こんな生活がいつの間にか当たり前にんでいて、からあげを揚げる音に紛れて笑い声がこぼれた。

「夏臣? どうかしたの?」

「ああいや、何でもないと言うか、あると言うか」

 二人用の大皿を両手で抱えながらユイがキッチンをのぞんでくる。

 きょとんと不思議そうに首をかしげてから、すぐにはにかむように穏やかなほほみを浮かべる。

「ユイの方こそ、どうかしたのか?」

「夏臣が楽しそうだから、私もうれしくなっただけ」

 くすくすと最近見せてくれるようになった笑顔で笑い声をこぼしながら、水にさらしてあった千切りキャベツを皿の上に広げてキッチンの上に置いてくれる。

 夏臣もその上に二度揚げしてカリッと仕上げたからあげを山盛りに載せると、ユイが愛らしい瞳を輝かせて幸せそうに細めた。

「よし、じゃあ熱々のうちに食べるとするか」

「うん、今日もありがたくいただきます」

 夏臣とユイが向かい合わせの定位置に座ってテーブルに着くと、おなかを空かせたうちのお姫様と一緒に、今日も狭い食卓を囲んで「いただきます」と手を合わせた。

 それぞれの左手首に袖口からおそろいの銀色のチェーンブレスレットがのぞいて、留め具の先端にあるスワロフスキーがきらりと虹色に光る。

 それに気付いた夏臣とユイが、少しだけ照れ臭そうな声を漏らして笑い合った。


 これが夏臣とユイで過ごす普段の光景で、毎晩の夕食を共にするのが二人の日常。

 桜の咲く季節に訪れた、二人の新しい日常だった。

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