あまのじゃくな氷室さん 好感度100%から始める毒舌女子の落としかた

プロローグ


 俺が初めて天才美少女と呼ぶに相応ふさわしい存在に出会ったのは高校一年生の時だった。

 クールで完全無欠な優等生、二年生になって……厳密に言えば一年の三月からこのきみしま学園の生徒会長を務めることにもなったその少女の名はむろすず

 編み込んだ髪をカチューシャ状に結び、後ろを長く背中まで伸ばしたヘアスタイル。白くきめ細やかな肌に、彼女のりんとした性格を印象づける切れ長のひとみ。そして整った鼻筋と──きっと誰がどう見ても美少女と認定すること間違いない。

 そして、秀でているのがその容姿だけにとどまらないのがこのお方のすごいとこ。勉学はもちろんのことスポーツも万能と来ている。……まぁ体力には自信がないみたいだけど。

 去年の遠足での登山とか、まるで敗残兵のようにやつれた顔で本気で死にかけてたし。

 その他も何でも涼しい顔でそつなくこなす彼女の欠点を、体力以外であえて挙げてみるとすれば、それはあのクールで感情の起伏が乏しい見た目が与える取っつきにくい印象イメージと、高圧的で毒舌を吐くキツい性格ぐらいだろうか。

 普通に生活しているだけでも目に留まるのに、生徒会長となった今、完全に学園のシンボルになっている彼女。

 そんなむろすずと俺──じまあいは、学園において何かとかかわる機会が多かった。

 最初のきっかけは一年の時、男女別に入試の成績がトップということで選ばれたクラス委員。そこから氷室と一緒にいることが段々と多くなって──二年になった今でも、クラスこそは別になったものの、氷室が俺に与えた、生徒会副会長という肩書きが二人の接点を保っている。

 初対面での氷室の印象は、美人だけど性格のキツい人。

 でも一年過ぎた今では──その、キツい所もかわいいと感じるようになっていた。あばたもえくぼとはよく言ったもの。……そのつまり、


 去年、俺と氷室の間にあったとある一件から彼女にれてしまった俺は、気がつくと氷室涼葉のこと目で追うようになっていたのである。


 その時の氷室が、とびっきりにかわいくて。

 もう気が付けば、常に氷室のことを考えているほどに。

 でも、そんな俺の恋心がかなう可能性は、限りなくゼロに近かった。

 氷室と恋人同士という、学園の誰もがうらやむだろう特別な関係には──きっとなりえない。

 それは彼女のそばにいればもうどう考えても明らかだった。毎日のように氷室から向けられるのは冷ややかな視線に嘆息。それから毒気たっぷりのしんらつな言葉の数々。うん……思い返してみるだけでも、もう自尊を忘れていないのが不思議なレベルにほんとヒドイ。

「ドイツの偉い軍人いわく、組織にとって一番害悪なのは無能な働き者らしいわ。……まぁ、特に私には関係の無い話だけれど」

「ふふ、その様子じゃやはり誰からもチョコをもらえなかったようね。来年はそうならないよう私も応援しているわ。ま、私があげれば早い話なのかもしれないけど」

 これが氷室涼葉の俺に対する日常会話。

 告白──なんて、とてもじゃないができるはずがない。

 ま、氷室がこんな態度なのは当然といえば当然だった。

 なにせ凡才の俺は、天才である生徒会長様のお手を煩わせることが多かったのだから。

 副会長に俺が選任されたのも、氷室曰く、クラス委員を一緒に務めた経験上、無難で遠慮なく文句を言っていい相手だったからって理由らしいのだ。

 氷室涼葉からすれば、俺はちょっとどころじゃなく手間のかかる部下でしかない。誰の目から見たって完全な脈なし。もう異性として見られているかすら不安なレベルだ。

 でもおもうだけで、生徒会で一緒にいられるだけで充分なのだ。

 そこに幸せを感じている以上、すべてを失うのを覚悟して駄目元で告白するのは……やっぱり怖かったから。

 これが俺、じまあいいだした答え。


 それで、合っていたはずなんだけど……。


 生徒会室に厳かな空気が流れた。

「はぁ……全然駄目ね。誤字脱字が多すぎるわ」

 生徒会長の立て札が置かれた席に座る黒髪の少女が、手に持つプリント用紙にため息をかけると、冷たいまなしで目の前に立つ俺を見据えた。

「まったく……これをそのまま職員室に提出しに行ったら私はいい笑われ者。生徒会長は貴方あなたの盾ではないのだけれど」(ごめんね田島君。貴方に注意するのは心苦しいことだけど。修正の必要がある以上、黙っていたら貴方のためにはならないと思うの)

 非難と配慮、これら二つの声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

 むろ以外でこの場にいるのは、彼女の厳しい視線を受けて顔を苦くした俺のみ。

 冗談──にしか聞こえないかもしれないけど、この声の主はどちらとも目の前でお冠な氷室すずのものである。

 一つ目はまぎれもなく氷室が実際にしやべった言葉で……もう片方は何かというと、

 俺にしか聞こえない、むろすずの本音らしい。


 いわゆる心の声ってやつだ。〝らしい〟というのは、俺にこの非科学的な能力が身についたのは二日前のことで、こんな超常現象など信じられなかったからだ。そこからきよくせつを経て──つい一時間ほど前にようやく、俺はこの声の正体について確信を得ることができた。

 そう、あの申し訳なさそうな声が氷室涼葉の本心であるという衝撃の結論に。

 もちろん、澄ました顔の氷室はそれを知るよしもない。

 はは、本音がダダ漏れになっているぞ──だなんて絶対に口にできるわけがなかった。

 だから俺は『普通』を心の中で復唱しながら、普段通り生徒会活動に励んでいたりする。

「盾って……そ、そんなに、ひどいのか……?」

 現在、頼まれていた川原清掃ボランティアの日程表を提出しているのも、その活動の一環だった。

 提出に行った俺を待ち受けていたのは、失望の混じった厳しい視線。下校時間が迫っていたこともあり、ペースを無理に上げたのがあだとなったみたいだ。これは要反省。

「ええ、やはり貴方あなたに任せたのは失敗だったかしら」(ありがとうじま君。誤字脱字以外はかんぺきよ。簡潔に要領がまとめられていてとても素晴らしいと思うわ。お疲れ様)

 氷室がクスリと冷笑する。

 それに反して心の声はすごく温かいんだけど……生徒会の活動を円滑に進めるためにもここはいつたんスルーするしかない。

 というより、いちいち反応してたら、ニヤニヤしてもだえ死んでしまう。

「すまん。次はそう思われないよう、頑張るよ。んじゃ、直してくるから」

 俺は氷室の手からプリントを受け取るとそのまま丸めて付近のゴミ箱にほうり投げた。そして、生徒会長の机から少し離れて左手側に設置された副会長のデスクへと腰を下ろす。

 こちらは会社の社長席ばりに豪勢な彼女の席とは違って、職員室にある教員のそれと同じ物。に座ると同時に、今日一日色々あったからか、つい小さく息がこぼれ出てしまう。

 氷室が冷え冷えとした表情で紅茶を口元へと運んでいく。それを横目に、俺はノートパソコンを起動させ、早速手直しに取りかかった。のだが──

「──にしても、なんで貴方はいつもそうどこか抜けているのかしらね」(ふふ、今日はさっき田島君にたくさん褒めてもらって気分がいいからもう少しおしゃべりしたいなー)

 ……氷室に話しかけられ、わずか五秒で作業を中断せざるをえなくなってしまった。

「そ、そうか? 自分自身ではまったくそんなつもりはないんだけどな」

「はぁ……自覚がないって時点でもうかなりの重症よ。そうね、そんな貴方を一言で総評するとするのなら──」(ああ、なんで頑張る田島君は、こんなにも素敵なのかしら?)

 手にしていたカップを置いたむろは、悠然とした態度で言葉を紡いだ。


「ええ、ダメ島君って言葉がピッタリかしら」(ふふ、じま君だーい好き!)


 くつたくの無い冷たい笑みと共に、メジャーリーガーですら真っ青なこんしんのストレートを。

「お、おう……」

 えきれずに顔を引きつらせてしまったのは──もちろん、しやべるナイフと言わんばかりな氷室のキレッキレな毒舌に心が耐えきれなくなったからではなく、

「たまに思うのだけれど、将来こんなダメ島君なんかとお付き合いしたい人なんか現れることがあるのかしら。まぁきっと、それは街中でぜつめつしゆと出くわすレベルでの確率論なんでしょうけど。それでもゼロではない以上、絶望するには早いとは思うわ」(はいはーい。そんな心配しなくても、貴方あなたの未来のカノジョならここにちゃんといますからねー)

「そ、そうだな。たとえその可能性が1%を切っていても、ゼロじゃない以上は確率としてありえるもんな。それが宝くじの一等を当てる以上に困難な値であったとしても、可能性は可能性だし」

「あら、今日はやけに素直ね。もしかして普段気にしていた点をズバッと指摘されてやけになっているといった、そんな状態なのかしら?」(安心していいのよ田島君。ここ! ここに貴方のカノジョになりたいって人がいるから。ふふ、貴方専用の氷室すずくじ一等は、私自身がプレゼントよ。なーんちゃって)

 も、もう……どう反応するのがベストなのかわかんないや……はは。

 好きな人からのラブコールって、それだけだと限りなく天国に近いシチュエーションなんだろうけど、これが氷室本人からは秘密裏に伝わってくるのだから結果的には生き地獄って感覚だ。

 そして、この氷室による塩辛いと甘いの連続攻撃は、この日の生徒会が終わるまでの間ずーっと続いたのだった。

 これが、クールで通っていたはずの氷室涼葉の本音。

 一年間以上一緒にいて、一昨日おとといまでは──心の声が聞こえるようになるまでは全く気づくことのなかった衝撃の事実。

 あの()の内の言葉こそが、彼女が本当は口に出して伝えたい言葉、らしい。

 しんらつでキツい態度や毒舌の何もかもが建前で、


 本当の氷室涼葉は俺にべたれだったのである!

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