第二章 勇者の仲間にならなかったお姫様

 勇者ルーティが2人目の四天王・風のガンドールと彼の居城である天空城をこうりやくしたという知らせは、このゾルタンにも届いていた。

 無数のワイヴァーン騎兵を従えるガンドールの航空戦力は、少なくとも5倍の兵力でなければ太刀たちちできないとまで言われるほどの最強戦力だったが、これで魔王軍も弱体化をまぬがれないだろう。

がんってるなぁルーティのやつ」

 辺境のゾルタンでは魔王軍のきようは遠い世界のことのように感じる。ゾルタンの人達も連合軍の勝利に喜んではいるようだが、脅威が遠のいたというより、祭り的な喜び方のようだ。

 カランと音がして俺は思考を中断する。とびらに付けたベルの音だ。

「いらっしゃ……なんだ、ゴンズとタンタか」

「おう、遊びに来たぞ、相変わらず客がいねぇな」

「ほっとけ」

 外は雨。大工の仕事は雨が降ると休みになる。

 日中の気温が37度をえることもあり、基本的にこの時期のゾルタンは全員あまり気合いを入れて働かない。

 冒険者達もこの暑かったり、雨が急に降るような中で働こうとは思わないようで、冬と春の間にめた資金で、夏は働かず休んでいる者も多い。

 しかしゴブリンのような略奪種族も、人をおそうモンスター達も夏だからとだらけてくれるわけはない。

 そういった対処にはアルベールのような責任ある高ランク冒険者達がり出されている。俺は自分の店の商品集めばかりで、最近は冒険者としての活動はほとんどないが。それよりも、俺は店に客があまり来ないという切実な問題をどうにかしなければならない。

「まだ開店して半月だけど、売上はそこそこ挙がってるんだろ?」

「ニューマンのしようかいで他のしんりようじよにもやくそうを卸しているからな。だが……」

「一般客が来ないと。まあこの時期はみんな家でだらけているだろうし、薬屋まで歩く気力もないんだろう」

なつ風邪かぜの薬とか用意してるんだけどなぁ」

 薬にも消費期限がある。何ヶ月かすれば、作った薬や採ってきた薬草もしなければならなくなる。

 薬のはんばい価格の1/5以下の買い取り額とはいえ、採ってきた分すべて冒険者ギルドに買い取ってもらえたころと比べたら、少々胃が痛い。

「まぁそのうち客も増えるだろ」

 ゴンズはガハハと笑っているが、俺にとっては笑い事ではないのだ。

「ところでレッド、飯はもう食ったか?」

「いんや」

「おし、じゃあどっか食い行こうぜ」

「いい、外食はひかえてるんだ。うちで作る」

「ええ? レッド兄ちゃん料理作れるの?」

「おう作れるぞ、冒険者ってのは料理も作れないとなれないんだ」

 なにしろ食事は重要だ。つらく厳しい旅の中で、食事だけが楽しみということもよくある。俺自身不味まずい食事が辛くて、戦力的には役に立たないとは思いつつも、料理スキルをちょこっとだけ取ってしまった。

 最初アレスからはもうはんぱつを受けたが、ルーティをはじめ仲間からは好評で、アレスも何日かしたら文句を言うこともなくなっていた。というかずうずうしくもおかわりを要求するようになっていた。

 食事の時間は、足手まといだった俺が周りからたよりにされる数少ない時間だったのだ。

「へぇレッドがねぇ」

「まっ、本職の『料理人』の加護持ちには勝てるわけないけれど、素人しろうととしては結構なもんだぞ。なんなら食ってくか?」

いの!?」

「おう、ちょっと待ってろ」

 この店は、俺の生活する場所もへいせつしている。間取りは、店、貯蔵庫の他に、しんしつ、台所、洗面所、居間、調合の作業場、そして薬草を育てる裏庭がある。

 考えてみれば結構広いのだが、あの材料費で足りたのだろうか? もしかすると、ゴンズが無理してくれたのかもしれない。

 俺は貯蔵庫の食材を入れているたなを開き、何を作るか考える。

「ポテトサラダとベーコンエッグ、トマトスープ、こんなもんかな」

 食材をカゴに入れ、俺は台所へと向かった。


*         *         *


「ほれできたぞ」

 俺は居間のテーブルに料理を並べた。

「おお、何が出てくるかと思ったら、つう美味うまそうだな」

「『料理人』じゃないんだから、作れる料理は普通の家庭料理だよ」

 ちょっと期待値を上げすぎたかもしれない。

 あくまで素人にしては美味しいと俺は言いたかったのであって、料理の技術自体は大したものではないのに……まぁいいけど。

「それじゃあいただきます」

 飲み物はレモンの切れはしかべた冷たい水。

 食後にはハーブティーを用意している。どちらも薬草採取のついでに採ったおまけだ。

 タンタはベーコンエッグを、ゴンズはポテトサラダを、それぞれスプーンで一口食べた。

「どうだ?」

「……まじか」

 ゴンズとタンタは動きを止めた。

「ど、どうした? 口に合わなかったか?」

「いや……まじで美味い」

「すごいよレッド兄ちゃん! 母ちゃんのご飯より美味しい!」

 そう言うと、2人は、しやべることなくもくもくとスプーンを動かしはじめた。

 俺も一安心すると、スープから手を付ける。うんわれながら美味い。

 食事を終えると、2人は満足そうな顔でハーブティーを飲んでいる。

「しかしなんであんなに美味いんだ? 料理自体は普通のものなのに」

「あー、そうだなぁ。多分、調味料が良かったんじゃないか」

「調味料?」

 薬草以外にも山には色々な植物がある。

 中腹までは熱帯から温帯、頂上の方に進むとかんたいの気候になる山には、カラシやニンニク、シナモンやナツメグといった有名なこうしんりようや、名前もわからない雑多な香草ハーブなどが豊富に群生している。そうした材料から作った調味料が味を良くしている……と思う。

「へぇ、お前さんが本当に料理にくわしかったとは思わなかったぜ」

「野営の時にできる料理が基本だから、った料理や変わった食材を使った料理とかは知らないけどな」

「いや十分。これだけ美味けりゃ店が開けるよ」

「おだてても、お茶しかでないぞ」

「このお茶も美味しいね」

 お茶に使う香草ハーブも山で採ってきたものだ。おそらくゾルタンに昔住んでいたウッドエルフ達が品種改良した香草ハーブが山に自生しているのだろうと推測している。この大陸の野菜や果物、ちくはウッドエルフ達が長い時間をかけて野生のものを品種改良したものが多い。昔のおうとの大戦でウッドエルフ達の国はかいめつしてしまい、今ではウッドエルフの血は人間とのハーフという形でしか残っていない。ゴンズやタンタのようなハーフエルフと呼ばれるエルフ達は、このウッドエルフのまつえいだ。

 だが、彼らの残した自然科学に関する知識は人間にも受けがれている。俺の薬草や薬に関する知識はウッドエルフの本から学んだものだ。

 店の方でカランとベルが鳴った。

「客かな? ちょっと行ってくる。2人はこっちでくつろいでて」

「おう」

 雨の中客が来るとはめずらしい。俺はあわてて店頭へともどった。

「いらっしゃ……」

 入ってきたのは異様なで立ちの女性だった。

 全身を黒いフードつきのローブでおおい、口元を首に巻いた青いバンダナでかくしている。

 フードのすきからちらりとのぞかみの毛は流れるような金色。

 そしてこしにはグリフォンのかざりのついた2本の大きくわんきよくしたショーテルのつかがうかがえる。

 ゾルタンの住民ならばみな、彼女を知っている。

 彼女がもう1人のBランクぼうけんしや。だがその実力はアルベールよりはるかに上。彼女はだれとも組まずソロで活動しながらBランクパーティー相当の評価を得ているのだ。

 パーティーでの実力であればAランクか、それ以上の実力者となる。

 彼女の名は、リーズレット。人から呼ばれるときは縮めてリット。ゾルタンでは、リーズレットの名は使わず、リットの名前で活動しているようだ。

 リットは俺の顔を見るとフードを取った。空を映したような青いひとみが俺を見つめる。

「……ギデオン、本当にここにいたんだ」

 ついにこの時が来たかと俺は表情を引きめた。

 彼女の本当の名はリーズレット・オブ・ロガーヴィア。ロガーヴィア公国の第二王女。

 かつて短い間だったが、俺やルーティといつしよにパーティーを組んだ仲間だった女性だ。

 二つ名はえいゆうリット。ロガーヴィアでの二つ名が、冒険者ギルドに記録されていてそのままゾルタンでも使われている。


*         *         *


 ゴンズ達には帰ってもらった。2人はゾルタン最強の冒険者を前にしておどろき、ずいぶんと俺との関係をあやしんだが、薬のことで相談を受けたと説明すると、なつとくして帰っていった。

 そして俺達は、居間のテーブルに向かい合って座っている。テーブルではお茶が手をつけられず白い湯気を立てていた。

「あー、その、なんだ、ここでは俺はレッドな」

「そう名乗っているみたいね」

 ロガーヴィアでリーズレットは第二王女なのにもかかわらず、リットと名乗り城をけ出してはとうじようへ参加したり、魔王軍との戦いにようへいとして参加したりしていた。

 俺達は旅先で彼女と出会い、最初は反目しながらも1度彼女のきゆうを救い、その後敵の包囲を抜け、えんぐんを呼びに行くという冒険を共にしたのだ。

 そのままパーティーに参加するか迷ったようだが、結局はそこで別れ、戦いでれたロガーヴィア公国の復興のために残った。

 なんとなくだが、ほんの少し言葉がちがえば、彼女はルーティの仲間になっていた、そんな気がする。

「ちょっとかつやくしすぎちゃってね、皇太子である弟より私を女王にす声が出始めて、それでお家そうどうになる前にしゆつぽんして辺境でほとぼりが冷めるまで遊んでいるわけ」

 ゾルタンの高難易度らいは、彼女とアルベールがこなしている。アルベールが有力者の依頼を優先し、割に合わない依頼をけるけいこうがあるのに比べ、リットは難しい依頼をそつせんしてこなすことから、大衆にはリットの方が人気が高い。

 だがなるほど、その理由なら冒険者は趣味のようなもの。やりのために高難易度依頼を受けるし、実家から十分な資金を持ってきているからお金に困っていないと……。

「ところで、レッドって名前……リット、レッド、ちょっと似てるね」

「ま、まぁな、実は何も思いつかなくて参考にしたんだ」

 それにと俺はリットの赤い服を見る。

 冒険者としてめいを考えるときに、一番印象に残っていた冒険者であるリットの姿を思い出し、レッドという名前にしたという部分も、少しだけあった。

 ずかしいから言わないけれど。

「……ふーん、私のことを参考にしたんだ」

「悪かったな、まぎらわしい名前になってしまって。いまさら変えるわけにもいかないが……許してくれ」

「……うれしい!」

「え?」

 リットは首に巻いたバンダナを上げ、口元を隠してニヤけている。そういえば、初めて会ったときは笑うときに口元を隠す仕草から、上流階級の人間ではないかと疑い始めたんだっけ。まさかおひめさまとは思わなかったが。

「私のことおぼえていてくれたんだ」

「そりゃ、リットは短い間にしろ仲間だったんだし憶えているさ」

 それに、てんこうで武闘派なお姫様なんて、印象に残るに決まっている。

「仲間……今もそう言ってくれるのね」

 リットはうつむき気味になり、少しの間だまってしまった。

 リットは、自分にとって、あなた達は〝真の仲間〟といえる最初のパーティーだったと、別れるときに言っていたっけな。

 彼女が最初に組んでいたパーティーは、強力なモンスターであるシザーハンズデーモンを前にしてリットを置いてげてしまったことがあった。

 そのとき、同じくデーモンを追っていた俺達が合流し、協力してたおしたのだが、あれ以来彼女の態度は随分となんした……というわけでもなく、照れ隠しに余計に俺達につっかかるようになってしまった。

 ルーティはめんどうくさそうにしていたが、俺は小動物のようにからんでくるリットと話すのが面白おもしろく、よく相手にしていた。

「それで、ギデオ……ここではレッドだったわね、レッドはどうしてここに?」

「それは……」

 足手まといだと追い出されたなんて、正直言いたくないが……説明しなければ納得してもらえないだろうな。口止めもしないといけないし。

 仕方がない。

「恥ずかしい話なんだが……」

 俺はかくを決めて一気に喋りだした。


*         *         *


「なによそれ!」

 打ち明けた結果、なにやらリットがキレた。

「ずっと一緒に戦ってきたのに! そんなのおかしい!」

「そうは言ってもな、アレスの言うことだって一理ある。俺が足手まといだったのは事実だよ」

「そんなの事実なんかじゃないわよ、レッドはパーティーが上手うまくいくよういつも気をつかってたじゃない!」

 まぁ、戦闘で力不足を感じていたのもあって、それ以外の部分で役に立とうと色々気を遣っていた。料理もそうだし、仲間の体調管理や、新しい町での情報収集、しようもう品の調達、収支管理、勇者に面会を望む権力者達とのこうしよう……。

ちやちや働いてるじゃん!」

「言われてみればそうだな」

 リットは納得行かないようで、うーうーうなっている。

「そんなにおこるなよ。戦いについていけずちゆうで倒れていたかもしれないんだ。そうなる前に、こうして引退してゾルタンで薬屋開けてよかったのかもしれない」

「というか、それだけ色々やっていたレッドがいなくなって本当にルーティ達だいじようなの?」

「大丈夫だろう、風の四天王も倒したみたいだし」

 とはいえ前線からはなれたゾルタンに入ってくる情報はたくさんの人々の間をわたってきたまたきもいいところの情報だ。

 さすがに風の四天王を倒したことくらいは間違いないだろうが、どのような倒し方をしたのか、正確性については期待できないだろう。

 不安が無いと言えばうそにはなるが……。

「まぁ抜けた俺が心配しても仕方がないだろう。ルーティだって俺とずっと旅をしてきたんだ、なんとかなる」

 少し自分に言い聞かせているという部分があることは否定できない。

 だが、俺はもうルーティの仲間じゃない。大切な妹に対して、兄である俺ができること……それはもう無い。

「この話はもういいだろう。ここであーだーこーだ言っても、アレスには伝わらないぞ」

「うー、まぁそうなんだけどさ」

 まだ納得できなそうな様子のリットをなだめながら、俺はふとテーブルに置かれたカップを見る。

「お茶が冷めてるぞ、れ直してくる」

「え、いいよ悪いし」

「せっかく再会したんだ。前に淹れた時のようなありあわせのものじゃない、ちゃんとしたお茶を最高の状態で飲んでもらいたいんだよ」

 前は俺が何か作るのは町の外での野営や前線のじんちゆうだったため、ありあわせのもので料理を作ったり、みちばたの草のうち茶葉になるわずかな種類の香草ハーブを集めてハーブティーにするなど、ばんぜんじょうきょうではなかった。だが今は違う。山の植生を調べ、はん品にもおとらない茶葉を選び、魔法で作ったどこか無機質な味のする水ではなく、ちゃんとしたれいな水を使っている。

 急いでカップを取ろうとしたリットをさえぎると、俺はもう一度お茶を淹れ直しに台所へ戻った。

 火にかけたなべの水が温度を上げ、やがて湯気を立てる。

 ふつとうする少し前くらいの温度がこの茶葉に合う、というのが俺の持論で、そのしゆんかんのがさないためにじっと、ゆらゆらとれる水を見つめ待つ。

 ふと、子供のころ、幼いルーティにホットミルクを作ったことを思い出す。砂糖は無かったが、森で採取したはちみつを垂らし飲ませてやると、いつもしかめっつらをしていたルーティが、驚いたような顔をして、それから俺を見て、そして一気に半分ほど、カップの中にもう半分しか残っていないことに気がつくと、そこからはしむようにちびちび……飲み終わると、満足げな長いため息を1つ。

 生まれつき『勇者』の加護を受けていて、達観している印象もあったルーティが、子供らしい仕草でミルクを飲んでいたのが可愛かわいかったのをよく憶えている。

「ここだな」

 俺は鍋を火から外し、茶葉の入ったポットに注いだ。

 かおりがふわりとただよい、俺は小さくうなずいた。


*         *         *


美味おいしい……」

 リットは満足げなため息をいた。

 その仕草は、あの時のルーティのものとは全く違っていたが、それでも俺はひそかに満足感をおぼえていた。

「あの時も、実は勇者達は野営の時にこんな美味しいものを食べているのかと、驚いていたんだけど、しっかりとした材料だときゆうていのお茶よりも美味しいんじゃないの」

「そりゃ世辞が過ぎるぞ。俺の料理スキルはレベル1。能力補正もあるだろうけど、本職には勝てないよ」

「でも……」

 もう一度リットはカップを取り、一口飲んだ。

「……じゃあ、あなたが私のために淹れてくれたお茶だから、こんなに美味しいのかな」

 彼女は、小さくそうつぶやき、顔を赤くして笑った。

 最初に出会った頃はこんななおじゃなかったなと、俺は勇者パーティー時代のことを思い出していた。


*         *         *


 リットと初めて会ったのはリットの故国であるロガーヴィア公国、その南の国境近くにあるアロノールという町でのことだった。

 俺達がロガーヴィア公国をおとずれたのは、おう軍のこうせいに苦戦していると情報が入ったからだ。ロガーヴィア公国は戦略上の要所であり、ここを押さえられると、多くの国がりつしてしまうことになる。なんとしてでもこの国を守らなくてはならなかった。

 当時の勇者のパーティーは、『勇者』ルーティ、『けんじや』アレス、『武闘家』ダナン、『クルセイダー』テオドラ、そして『導き手』である俺。

 俺達5人は酒場で料理を食べながら、町で集めた情報をそれぞれこうかんしあっていた。

 賢者アレスが、魔王軍のせつこうであるオークのもくげき情報について話している時のことだ。

「ようじようちゃん、いつしよに飲まないか?」

 た声が聞こえた。カウンターの方を見ると、黒いフードつきのローブを着た女性に、油断のならない目をしたねこの男が声をかけていた。

 ほおがげっそりとげ、不健康そうなはだの色をした男だった。

 こしにはなまりこんぼうかわで何重にも巻いた、相手を殺さずこんとうさせることを目的とする、サップと呼ばれる武器をぶら下げている。れいりも使うことがあり、時代に何度か取りまった。俺にはあまり印象の良い武器ではない。

「なぁ無視するなよ。俺はディルってんだ。これでもサンランドじゃ名の知れたようへいよ。聞いたことあるだろ? ないか。まぁ一緒に飲んでくれるだけでいいんだって、なぁ」

 男はフードつきのすきから女の顔をのぞき込む。

「ひゅー、可愛いじゃん」

 男は口笛をいて、そう言った。ああいうのはどの町にもいる。俺とルーティは立ち上がると、男を止めるべく近づこうとした。だが、

「いててててて!?」

 ローブの女はかたに置かれた男の手をひねりあげた。

 そのまま、男をき飛ばして彼女は立ち上がる。

「な、なにしやがる!」

 彼女はローブのフードを取る。

 はらりと金色のかみが揺れ、意志の強そうな空色のひとみかがやかせ、口元には小さく、しかし不敵なみをかべ、突き飛ばされしりもちをついている男を見下ろした。

「こ、この!」

 男が立ち上がろうとする。右手で魔法を発動するための印を組もうとしている。

「ファイアーボールか?」

 ほのおばくはつを引き起こす火の魔法で、ちがってもこんな室内で使う魔法ではない。俺はあわてて止めようとする。だが魔法が発動するよりも早く、彼女はグリフォンのかざりのついた、内側に独特のわんきよくをしたショーテルをき男の首にえた。

「声をかける相手を間違ってるんじゃない?」

「わ、悪かった! かんべんしてくれ!!」

 いがめた様子で、男は血の気の引いた顔をふるわせながら逃げていった。

 なんだ、俺達が気にするまでもなかったか。

 安心して俺とルーティは元の席にもどろうとするが……ローブの女性は意志の強そうなその目を、俺達に向けた。

「私に助けが必要だと思った?」

「いらないおせつかいだったようだな」

 俺はそう言ってあい笑いを浮かべる。

 その女性は、俺ではなくルーティをびしっと指差した。

「そう、いらないお節介なのよ! 勇者なんかいなくたって私達ロガーヴィア公国は魔王軍くらいやっつけられるわ!」

 どや顔でそう言い放つその女性がリットこと、リーズレット。

 これが俺とリットの最初の出会いだった。


*         *         *


 ロガーヴィアこのへいの練度の高さ、さんがくに住む山のたみから供給される豊富な木材。

 そしてその木材を燃料に、質の高い武具をまつたんの兵士にいたるまで取りそろえたロガーヴィア公国は、魔王軍なんかには負けるはずがない、ということをリットは大きな胸を反らせて説明し、去っていった。

「どうやら、俺達が来るのをここで待っていたようだな」

 ロガーヴィアに勇者が来たというのは、すでに耳の良い情報屋などは知っているはずだ。

 たいざいするならこのアロノール、情報収集して集まるのなら町の中央。となるとこの酒場がベスト……とヤマを張って当たったんだろう。

「…………」

 ルーティは不満気だ。その顔を見て俺はしようした。

「今でこそああいうあつかいされることは少なくなったけど、王都を出発する前は勇者だって信じてもらえず苦労しただろ」

「分かってる」

 それでもルーティはちょっとだけげんなまま、テーブルに戻っていった。


*         *         *


「こ、降参だ!」

 11人いたゴロツキ達も今ので最後の1人。なぐられた顔を押さえながら、男は武器である棍棒を捨てた。

「全く」

 この男達は、黒いローブの彼女にからんでいた男に1人頭ペリル銀貨1枚でやとわれたゴロツキだ。待ちせして黒ローブをおそうつもりだったらしい。そのことを情報収集をしていたら小耳にはさんだので、ついでにやっつけることにしたのだった。

「あ、あんた、もしかしてその女のツレなのか?」

「いや、まともに会話したことすらない。酒場でちょっと見ただけだ。まぁ俺が助けなくても、あの女なら簡単に返りちにしたかもしれないけど」

「そいつ、そんなに強いのか?」

「ちらっと見ただけだから分からないけど、お前ら知らないのか? 黒ローブできんぱつでショーテル使いなんだけど」

「な、お前、そりゃえいゆうリットじゃねえか」

 男達はざわざわとさわぎ出した。

 中には、俺に止められて良かったと胸をなでおろしているのもいる。

「英雄リット? 有名なのか?」

「あんた旅の人かい? もちろんそうさ! このロガーヴィアで英雄リットといえば、名の通った最強のAランクぼうけんしやなのさ……銀貨1枚どころか1000枚積まれたってお断りだね」

「パーティーでAランクだけど、ほとんどリット1人の功績ってうわさだよ」

「この国のとうじようのチャンプでもあるんだ。特に人型生物との戦いじゃ右に出るもののいないほどの名手さ」

 彼らの知り合いというわけでもないだろうに、ゴロツキ達はどこかほこらしげに英雄リットのことを語った。

「なるほどな、まぁそれじゃあ手を出すつもりはないんだな」

「もちろんだよ、手を出したらこっちがやられちまう」

 うそを言っている様子はなかった。すでに一通り痛めつけているし、すいでもある。

「分かった、もう行っていいぞ」

 俺が手をると、男達はどこかうれしそうにお礼を言って去っていく。

 痛めつけられた身体からだを引きずりながら、彼らは英雄リットについて自分の知っている武勇伝を仲間同士でろうしあっていた。その姿を見て、まるで子供だなと俺は笑ってしまった。


 翌日、仲間が待ち伏せしていると信じ、たった1人でリットをしゆうげきした男は、半殺しの目にあって町からげていったらしいという情報を、昨日痛めつけたゴロツキの1人が、嬉しそうに報告しにきた。

「な、英雄リットはやべえだろ?」

 ゴロツキの男はやはり誇らしげだった。その数日後、リットが俺達のまっている宿にやってきた。何かするでもなく、不機嫌そうに料理をたのむともくもくと食べだした。

 時折、俺をにらみつけると、もごもごと何か言おうとしているようだったが、結局何も言わずに帰ってしまった。


*         *         *


「あのころはリットってツンツンしてたよな。何度か共闘したのに、いつも文句言ってた」

「で、でも、ほら、山の村で調査してたときはなおだったでしょ?」

「えー」

 過去のおくを思い出して、俺は首をかしげた。あれが素直だって?


 あの時、俺達とリットのパーティーはきそうように、やまあいの村の異常を調査していた。

 その村は木こり達が住む村で、この村で作られるまきが、ロガーヴィアのこうぼうの燃料となる。ロガーヴィア公国が軍事大国と言われているのは、この工房で大量に生産される良質な武具を末端にまで支給しているからだ。

 それが急に薪の供給がとどこおるようになり、調査に行った冒険者や騎士も戻ってくることはなかった。そこで、俺達が調査をすることになったのだ。そこにリット達のパーティーも、自分達が解決すると言って割り込んできた形だ。

「で、今日も進展なし?」

 黒いローブの少女……リットが俺に声をかけた。

 俺は村の小さな広場の丸太にこしけ、保存食のドライフルーツとクッキーをかじっているところだった。

「3日連続で1人さびしくおそい昼食なのね」

 ニヤニヤとリットは笑っている。時刻は昼の3時。確かに昼食には遅い時間だ。リットは俺の正面にある丸太に腰掛けた。

「勇者といっても情報収集は大したことないわね」

「まぁそうだな」

 確かに『勇者』ルーティは情報収集が〝特別〟得意なわけじゃない。この点に限れば、もっとゆうしゆうな加護がいくらでも存在する。

 例えば、リットの『スピリットスカウト』は、あしあとついせきしたり、わずかなこんせきを見つけたりと優秀なスキルを持っている。

 それに対して、俺達は基本的に戦闘能力を優先していた。調査については『けんじゃ』アレスや『クルセイダー』テオドラのほう、俺のとしての経験などで対応しているが、得意分野ではない。

 俺達の目的は魔王軍との戦いであり、何より戦いに勝つことが重視される。単身で魔王軍のキャンプにせんにゆうして、敵の指揮官をたおすくらいの戦いが日常はんだったのだ。

「ふふん、私達の方はずいぶんと調べが進んだわよ」

 リットは得意げに言う。

「ふーん」

「知りたい?」

「そうだな、教えてくれ」

「そうね、〝お願いしますリット様、おろかな私にどうか教えてください〟って言ってくれたら教えたげる」

「お願いしますリット様、愚かな私にどうか教えてください」

「え?」

 俺の言葉を聞いて、リットのニタニタみが消えた。

「俺のプライド程度でロガーヴィアが救えるなら安いもんだ。いくらでも言ってやる」

「な、なによ、別に私はそんなつもりじゃ……悪かったわよ」

「ほぉ」

 今度は俺がニヤニヤと笑った。リットは顔を赤くして俺を睨む。

「なんなのよ、急に笑って」

「いや、リットって素直に謝ることできたのな」

「こ、この! もう教えてあげないんだからね!」

「悪かったよ。で、そちらはどういう情報をつかんでいるんだ」

 機嫌が悪くなったようで、リットはそっぽを向くと少しの間はしぶったが、やがてわざとらしいため息をくと、「仕方ないなぁ」と言って、情報を話し始めた。

「村の周囲を調べていたけど、北の方角に最近ひんぱんに行き来している足跡があったわ」

「北か、確かばつさい作業で使う山小屋があるんだったか」

「でも、今伐採を行っているのは北東エリアよ。実際に見に行ったもん」

「そっちは今もリットの仲間の2人がかんしてるんだろ?」

「知ってたのね」

「そりゃ調査が苦手と言っても、目の前にいる人達の動きくらいは見えるさ」

「ふん。だったらなんで、私が2人をそこに配置してるのか分かる?」

「木材の供給は滞っているはずなのに、ちゃんと伐採作業が行われているからだろ」

 リットはつまらなそうに俺を睨む。

「なによ、なんでも分かっているような顔して。つまらないヤツね」

「どうも。で、切ったはずの木がどこに消えているかは摑めたか?」

「まだ張り込んで3日よ。しゆうかくはないわ」

「木材を運んだ跡は無かったのか?」

 リットの表情がくもる。

「それが……まだ見つからないの」

「魔法だな」

「多分ね」

 リットほどの冒険者相手に、木材という大きな物を運んでいつさい痕跡を辿たどらせないというのは不可能だ。

 だとすると、魔法を使って、木材を宙にかせたり、ふくろに入るほどの大きさに縮小したり、空間収納ポータルで運んだりしたとしか考えられない。

「村人達がそのことをうつたえないのはなぜだと思う?」

ひとじちだろうな。この村は老人と子供が少なすぎる。その割には、家に玩具おもちやなど育児の道具なんかがってあるしな」

 人がいないところを見計らって、村の家はこの3日で調べ終わっている。

 かくれている者は見つからなかったが、家の生活感と実際に住んでいる人間の数が合わない印象を受けた。村の人間達は親や子を人質に取られ、言いなりになっているのだろう。

 俺の仲間達は村の外で人質の居場所をき止めるため、バラバラに調査を続けている。村の中は俺が1人で担当しているので、こうして1人で昼食を食べていたのだった。

「人質を管理する組織力もあるということね」

「となると、そこらのとうぞくやゴブリンのわざじゃないだろう」

「もとより予想はしてたわよ」

 俺達は同じ結論に達したことを確かめるため同時に声をあげた。

「「魔王軍」」

 やはりというべきだろう。おどろきはしない。

 だが、魔王軍がかかわっているなら、黒幕はごわい相手のはずだ。

「なぁリット、ここはいつしよに行動すべきじゃないか?」

「はぁ? 私があんた達と? じようだんじゃないわよ!」

 リットは立ち上がって、俺に指を突きつけた。

「あんた達の手なんか借りなくたって、魔王軍くらい何の苦労もなく倒せるんだから。これまでだって、魔王軍は2度めてきたけど撃退したのよ、ロガーヴィアには勇者なんて必要ない!」

「だが、これまで攻めてきたのは本隊じゃない。オークの部隊だろ。今回はソルジャーデーモンの歩兵方陣テルシオや、風の四天王ガンドール配下のワイヴァーン騎兵もずいはんしている。指揮官は魔王タラクスンと同族、アスラデーモンの将軍だ」

「だから何?」

 リットは俺の警告に対し、「ふん」と鼻で笑った。

「ロガーヴィア公国は建国以来、1度も領土をうばわれたことはない。50年前ゴブリンキング・ムルガルガが暴れていた時も、70年前の雷竜ライトニング・ドラゴン戦争ウオーの時もロガーヴィアは1度だって負けなかった。今回も同じ、私達は戦い、そして勝利する。それだけよ」

「だが50年前の戦争で、君のおおである先君は中央にえんぐんようせいしている。勝率を上げる方法があるのに、取らないというのがロガーヴィアの誇りではないはずだろ」

 俺の言葉を聞いてリットは口ごもった。僅かな間だが目を泳がせる。

「なんであんたが私の国の歴史なんて知ってるのよ」

「相手のことを知らなくて、どうして一緒に戦うことができる。先君は立派なえいゆうだ。あのゴブリン大発生の混乱を無傷で乗りえられた国は少ない」

 リットの顔が赤くなった。首のバンダナで口元を隠す。

 だがすぐにな表情になり、俺のことを強い意志を感じる目で見つめた。

「ちょっとは勉強してるみたいね……でもダメよ。この事件は私が解決する。そうしたらお父様も、勇者にこのへい隊の指揮権を一部あたえるなんてことはしなくなるはずだもの」

「……そうか」

 リットがここまで意固地になっている理由はそこだ。

 リットの尊敬するしようであるガイウスは近衛兵長。そのガイウスから、指揮権の一部を俺達に移すという案をリットの父親であるロガーヴィア王が示したのだ。

 リットにとってはとうてい受け入れられるものではなかった。もともと城をけ出し自由に生きてきた性格もあって、リットは勇者の手を借りなくとも自分達だけで戦えることを証明しようとしているのだった。

 だが、俺達にとっても部隊の指揮権、それもロガーヴィア軍最強の近衛兵隊を一部とはいえ借りられるのは大きい。これまでも、もっと早くに自由に動かせる部隊をもらえていればと歯がゆい思いをしたことはいくらでもある。

 だから、この山間の村をおそう事件を解決することに、俺達もリット達もそれぞれおもわくがあるのだ。

「そういうことなら仕方がない」

 いくら言葉をくしてもリットはゆずったりはしないだろう。この事件の解決や、これからの魔王軍との戦いで俺達のことを知り、なつとくしてもらうしかない。

「北のどのあたりか予想はついているのか?」

 俺は地図を広げた。リットはため息を1つ吐くと、俺のとなりに腰掛け地図をのぞき込む。

 そのリットに、俺は食べていたクッキーの袋と、すいとうの水を差し出した。

「なによ」

「そっちも食べ物には不自由してるんだろ?」

 俺が村の中にいながら持ち込んだ保存食を食べているのは、毒をけいかいしてのことだ。人質を取られている村人は、何をしてくるかわからない。今は村長の家にまっているが、台所にかんそうさせたどくにんじんがあるのをかくにんしている。ネズミじよ用だという話だが。

 何より問題は、たとえ毒を盛られたことを見抜いたとしても、彼らが命令とはいえ毒を盛ってしまったというじようきようになってしまうことだ。リットことリーズレットはロガーヴィアの王族。強要されたとはいえ、毒を盛ったという事実だけでもきよつけいあたいしてしまう。

 だから俺達もリット達も、初日から食事を断り保存食で食いつないでいた。しかし、リット達が食べているのは、俺の見た限りしおけの肉や野菜だ。悪いとは言わないが、何日も食べるにはきる内容だ。

不味まずかったらおこるからね」

 口ではそう言いながらも、リットはなおに受け取りかために焼いたクッキーを1つつまんで食べた。

「ん……」

「どうだ?」

 リットの顔がいつしゆんほころんだのを俺はのがさなかった。

「ふ、つうね」

 あわてて取りつくろうリットを見て、俺は思わず笑ってしまった。リットはふんがいしながらも、次のクッキーに手をばす。

「これどこで売ってたの? ロガーヴィアのじゃないわよね」

「ああ、それは俺が作ったんだ」

「は? あんたが? クッキーを?」

 驚いた様子でリットは俺の顔とクッキーを見比べている。

「なんで?」

「毎日塩漬け保存食じゃ飽きるだろ。長旅に料理の技術は必要なんだよ」

 2つめのクッキーをかじり、リットはしばらく考えたあと。

「うん、あんたの言うとおりね」

 と、素直にうなずいた。


「ほら、素直だったでしょ」

 リットはあのときの言葉を指して、そう言った。

「そうか?」

 思い出話に笑いながらも、俺は断固としてリットの素直だったという意見に疑問をていさずにはいられない。

 リットも昔の自分を思い出しておかしくなったのか、笑っている。

「大体、やっと北のアジトに隠れていたシザーハンズデーモンを見つけて、一緒に戦った後、リットがなんて言ったかおぼえてるか?」

「……おくにございません」

「〝ちょっとはやるじゃない……でもかんちがいしないでよね、今のはほんのちょっとだけ認めたってだけだから! ほんのちょっとだけよ、調子に乗らないでよね!〟だったよな」

 リットは両手で顔をおおうと、机に突っした。

「ううー、ちょっと色々いっぱいいっぱいだったのよ!」

 どうやら、照れ隠しにツンツンしてた時のことを真似まねされるのはずかしいらしい。リットは耳まで赤くなっていた。

 リットが本当に素直になったのは、あのおう軍の将軍アスラデーモン・シサンダンとの決戦の時だろう。あの戦いは決して、喜ぶべき結果ではなかったが……。


*         *         *


 リットとロガーヴィアのぼうけんしや達は敵ほんじんの後方を突くはずだった。

 せまる魔王軍のしゆうげき隊。その指揮官は魔王タラクスンと同族で魔王軍本隊を形成するアスラデーモンという種族で、6本のうでを備えたシサンダンという魔王軍の将だ。

 オークではなく、デーモンの重装歩兵隊やワイヴァーンへいによるしんこうは、せいえいロガーヴィア兵ですら食い止めることはできず、すでに公国は数多くのとりで、町、集落が制圧されておりれつせいだった。ここで勝たなければロガーヴィアに未来はない。

 敵を陽動するのは、リットがけんじゆつを学んだ師匠でもあった近衛兵長ガイウスと近衛兵隊。

 城を抜け出し冒険者として暴れていたリットは、落城の危機に城へともどり、きゆうを俺達と共に防いでいた。

 英雄リットとしての名声、かんらく寸前だった西門の防衛成功の実績。だが、それでも彼女のしゆう作戦は多くの騎士たちからきよされてしまう。危険過ぎると。

 ただ1人、ガイウスだけが彼女の作戦を支持し、自分の兵を動かすことを約束した。

 しかし、その時本物のガイウスはすでに殺されており、魔法で変身したシサンダンが成り代わっていたのだ。

 精鋭の近衛兵隊といえども指揮官が敵ではたいこうしようもなくぜんめつ

 後方から不意を打つつもりが、リットの部隊はばんぜんの準備を整えた魔王軍に包囲され、もはや全滅するほかない状況であった。

「ガイウスは……師匠はどうしたの!」

「食ったよ、記憶が必要だったんでな、〝我がまな〟よ」

 敬愛する師匠の口調でシサンダンは言う。リットはさけび声を上げて飛びかかった。だが無数の魔物にすぐに取り押さえられ地面に組み伏せられる。

「領民から英雄としてしたわれる君の姿を使えば、もっと容易たやすくこの国を乗っ取れると思うのだが、君はどう思うかね?」

 そう言ってガイウスの顔で笑うシサンダンに、リットはついになみだを流した。

 大切な人は死んだのだ。そしてこれから、自分のせいで大切な人達が死んでいくのだ。

 だから泣いたのだと、戦いが終わった後でリットは俺に打ち明けてくれた。

 その時、ビュウと風を切る音をリットは聞いた。

 次の瞬間、シサンダンのかたに俺の剣がき立てられていた。

「おいギデオン! 予定より早いぞ!」

 アレスが文句を言うのが聞こえる。仲間が包囲に到達するまであと20秒。仲間より足の速い俺は、先行して敵の様子を確認していたのだが、合流するより早く飛び出してしまった。

 混乱するのは10秒まで、残り10秒で敵はシサンダンを守ろうとするだろう。俺と仲間は分断され、シサンダンをとうばつするのがじやつかん難しくなってしまった。だが、

「あのままリットをほうっておけるか! 仲間だぞ!」

 俺はそう叫び、リットを組み伏せる魔物達をはらった。

 かつては地下ふんを守るりよう騎士の愛刀だったその剣は、るえばいなずまを呼び覚ますと言われる宝剣。

 抜き放たれた〝サンダーウェイカー〟の刀身は、夕日を浴びてかがやき、さながら子供が雷光におびえるかのように、魔物達は怯え、後ずさった。

 俺達はたんでガイウスがすでに殺されていることを知り、リットを追ってきたのだ。

「ギデオン……」

「泣くなリット! お前も勇者の仲間なら、かたきに向けるのは涙ではなく剣であるべきだ!」

「う、うん!」

 リットは涙をどろよごれた服のそでぬぐうと、戦士の顔へと戻り地面に落ちていた剣を拾う。

「ルーティ達が包囲をとつしてくるまで1分はからないはずだ。それまでガイウス……アスラデーモンをここから逃さないよう足止めする、できるか?」

「できる!」

「ならよし!」

 俺達はまだ混乱しているシサンダンへと斬りかかる。

「勇者だと!?」

 シサンダンは走り来るルーティを見て叫んだ。

 この場にはまだ到達していなくとも、勇者のはシサンダンの剣気をにぶらせるほどだったのだろう。

 俺達はおたがいの背中を守りながら、周囲から無数に迫る魔王軍相手にえ、剣を振りかざした。


*         *         *


 久しぶりに会った親しい友人と思い出話をしていると、時間がつのが早く感じるものだ。気がつくと雨が上がり、ゾルタンの太陽は地平線にずいぶんと近づいていた。もうすぐ太陽は赤く染まり、ゆうやみがゾルタンの町を包むだろう。

 それでも俺達はテーブルをはさんで座り、昔の話を続けている。

 やがてお互い静かになる瞬間があった。その時リットは少しだけ目を泳がせたあと、口を開いた。

「ねぇ、レッド」

「なんだリット」

 リットが俺の目を見つめていた。

「私もこの店で働いていいかな」

「え?」

 思わず、間のけた声が出た。その言葉は予想していなかった。

「レッド&リット薬草店。名前のもいいと思わない?」

「ちょ、ちょっと待て。お前はゾルタンで2組しかいないBランク冒険者だぞ」

「冒険者は引退する」

「いやいや待て待て!」

 リットは何を言い出しているんだろう。

 お昼から夕方になるまで客の来ない店で働きたいだなんて。

「見ての通り、この店は開店したばかりだし、はんじようもしていない。人をやとゆうなんて無いよ」

「でもあなたが薬草を採りに行っている間、だれが店番するの? その間、お店閉めるのはもつたいいじゃない」

「うぐ、まぁ、確かにそうなんだが、そもそも客が」

「客も何も開店したばかりでしょ。これから増えるわよ。ちょっと見せてもらうわね」

「むむ?」

 リットは立ち上がると、俺の店の中を歩き始めた。

「カウンターが1つ、ちんれつだなりようわき。ふむふむシンプルね」

「陳列しているのはいつぱん的な薬草や薬だけだからな。数の少ないものや保管に気をつかうものは貯蔵庫に保管したり、裏庭に植えていたりだ」

「作業場は十分な広さがあるわね、これなら助手を使うこともできるわ」

「しばらくは雇う予定もなかったけれど、リットと2人で作業できると思うぞ」

「あとは台所、洗面所、しんしつ、さっきまで私達が話していた居間。いお店じゃない」

「だろう?」

 うんうんとうなずきながら、リットはなにやらブツブツとつぶやき出した。

 耳をませると計算をしているらしい。

「ゾルタンの経済規模とレッドのスキルを考えれば、月の収入は、経費や設備費、そして税金を引いて銀貨で180ペリルってところね」

「なに!? ……そんなものか?」

 2日かけて採取した薬草を冒険者ギルドに買い取りしてもらうだけでおおよそ100ペリル。それが店では月に180ペリルにしかならないと言う。

「まじか、薬草は俺が採取してくるから、原材料費はいらないぞ」

「薬草といってもそう大量に消費するものじゃないのよ。薬屋におろすギルドと違って、客や医者に売るんじゃ、採取した薬草が売り切れるまで時間がかかるわ。多分、月に1回薬草を採りに行けば十分だと思う」

「ぐむぅ」

 そんなに売れないのか。だって薬草って色々な所で使うのに。

「そもそもレッドはすぐに騎士になって、その後も勇者といつしよに冒険して忘れてるのかもしれないけれど、一般人の月の生活費は30ペリルくらいなんだから」

「うん、それは知っているが……」

つうの薬屋なら月150ペリルも利益がでれば繁盛している方なの。私が言った180ペリルだって、付近の住人に知ってもらって、この店のポテンシャルを十分発揮できた場合の試算よ」

 冒険者ギルドに買い取りしてもらった薬草は、さらに高い値をつけて薬屋や行商人に売られる。それを自分で直接売ればもっと利益がでると思ったが、確かによく考えれば、常に売れるのは冒険者ギルドがそれだけのはんを持つからだ。

 個人商店では、薬のちくはあってもそれを売り切るまでに時間がかかってしまう。

 店を出せばなんとかなると思っていたが、甘かったのかもしれない。

「でもそうか、生活費は30ペリルあれば足りるんだよな」

 リットの言うとおり、俺はすぐ騎士になり、順調に出世してバハムート騎士団副団長の肩書きを得ていた。当時の生活費はおよそ月3000ペリル。上級貴族並みのあつかいを受けて生活していた。住んでいた場所はきゆうていしき内の屋敷だったし、身の回りの世話をするメイドもいた。ルーティと旅をしていたころは、魔王軍との戦いの戦利品やダンジョンの財宝など数万ペリルの収入に、高価なれいやく、希少な鉱石で作られた武器などを次々に取りえ出費もとんでもないじようきようだった。

 他人のふところ事情について感覚が少ししているのかもしれない。

「そうか……にしてもくわしいな」

「私はこれでもおひめさまよ、宮廷で色々勉強してたし。それに外に出てたときは私、いろんなお店の用心棒をしてたでしょ? 話の種にお店の店主から経営の話を聞いてたの」

 胸を反らしてえへんといばる。その姿は、出会った頃の勝ち気なリットを思い出させて、俺は思わず笑った。

「あとは、そうね。何かほかにはない薬とかあったらいいと思うんだけど……本職の『くす』でもないレッドにそうそう調合レシピがあったりは……」

「ん、それなら、多分めずらしいのがあるぞ」

「え、あるの?」

 実は調合レシピの開発にスキルは関係ない。レシピは純然たる知識の問題で、スキルが関係するのはその薬を調合する段階のみだ。

 だが、有用なレシピを見つけても、その調合レベルに対応するスキルが無ければ実際に薬を完成させることができないのだから、現実には『れんきんじゆつ』や『薬師』の加護を持つ者でなければ、新しい調合レシピの開発などしないのが一般的ではある。

 しかし俺は、常に固有スキルがない状態で何ができるかをさくし続けてきた。それに旅の中で、現代、過去、そしてウッドエルフやはるか昔にほろんだ古代エルフ時代のぶんけんに至るまで多くの知識にれる機会があった。

 調合の知識だけなら本職の『錬金術師』達にだって負ける気はしない。このことを誰かにしやべるとめんどうなことになるだろうから言わないけれど。

「たしか貯蔵庫においてあったな」

 俺とリットは貯蔵庫に移動した。

「ゾルタンで作れるオリジナルの薬はこの2つだ」

 俺が引き出しから取り出したのは、安っぽいポーションびんに入った灰色の薬と、小指の先ほどの丸薬だ。

「どういう効果なの?」

「こっちのポーションは、名付けてふえるポーションだ」

「ふ、ふえるポーション?」

「うむ、これはせい品のマジックポーションに対して5倍の割合でよく混ぜることにより、元のポーションを5本分に増やす薬だ」

 マジックポーションとは薬草による効能を持つのではなく、ほうふうじ込めたポーションのことだ。ホワイトベリーはこのマジックポーションのしよくばいとしてよく使われる。

 ホワイトベリー自体には人体に特別な効果はないのだが、ホワイトベリーからちゆうしゆつした液とその他、たくわえたい魔法に応じたさまざまな材料を使い魔法を封じ込めることができる。

 マジックポーションを飲めば魔法を発動したのと同じ効果を得られるというわけだ。

 ただし飲まないと効果がないため、ポーションにされる魔法は、りようと補助が一般的である。こうげき魔法をマジックポーションにしたとしても、相手に飲ませないと効果がないからだ。

 しかし、マジックポーションの価格は非常に高価で、レベル1回復魔法であり、どの町でも流通しているキュアポーションでも50ペリルするため、一般人や下っようへいや衛兵にとっては命の危険がある場合の非常用の薬として使われる。

 Cランク以上のぼうけんしやともなれば、戦いが終わるたびにこの薬を浴びるように飲みながら強敵にいどむことになるのだが。

「ふえるポーションの材料費は5ペリル程度。市販するとしたら……そ、その、4倍の20ペリルくらいで売ろうと思っているんだ。これで市価750ペリルのエクストラキュアポーションが4本作れると考えたら、売れると、ええっと、思うんだ……けど……」

 リットはふえるポーションを手に持ったまま、難しい顔をしてポーションをにらんでいる。

 あれぇ、これは画期的だと思ったんだけどなぁ。旅をしていた頃も、これでエクストラキュアポーションや、マジックパワーポーションを増やしたりして、アレスもこれには文句を言わずなおに使っていたくらいなんだけどな。

「これは……売れないわよ」

うそだろ……何が悪いんだ?」

 俺はかたを落とした。いや、これは自信あったのだが、まさかダメだとは。

「悪いも何も、これを売り出したらポーションの価値が大変動するじゃない! こうにゆうするのはこれまでの5分の1でいいってことなんだから!」

「で、でも増やせるのはポーションだけだからだいじようかなって」

「このポーションが存在することだけで大問題なのよ……これを売り出したら冒険者ギルドも商人ギルドも魔術師ギルドも聖方教会も、そして多分とうぞくギルドだってだまってはいないわよ」

 俺は笑おうとしたが、リットの顔はじようだんではなさそうだ。

「だってポーションだぞ? 1万ペリルをえるマジックアイテムとかではないんだぞ」

「そんなマジックアイテムはオーダーメイドの一品物でしょ。経済活動にえいきようおよぼしているメインは安価で誰でも使えるポーションなの」

 困っている俺の顔をじっと睨んでいたリットが、ふと目元をゆるめた。

「ぷくくく……あはははは!!」

 いきなり大きな声で笑い出すと、俺の背中をバンバンたたく。

 俺はわけが分からずぜんとするばかりだ。

「ごめんなさい、でもね、私安心したの」

「安心?」

「私ね、あなたのこと、すごい人だと思ってた。いつも冷静で、いろんなことができて、魔王軍とのおそろしい戦いにも平気な顔してり込んでいくんだもの……私がもうだめだって思ったときに、いなずまのように現れて助けてくれるんだもん……ずっと遠い人のように感じていた」

「そんな大層なもんじゃないよ」

「いいえ、レッド、あなたは大層な人よ、このポーションだってちゃんと段階をんで世に送り出せば多くの人が救われるし、魔王軍との戦いにだってこうけんできる。でもね、あなたにも分からないことや、けてるところがあるんだって、私はついさっきまで分からなかったのよ」

 リットは何がそんなに面白おもしろいのかなみださえかべて笑っていた。

 まさかリットが俺のことを、そこまで美化していたとは思わなかった。リットに出会った頃にはすでに、俺は仲間よりせんとう能力でおとるようになっていた。シサンダンからリットを助けた後も、アレスやダナンから先走ったことをひどくおこられたものだ。

げんめつしたか?」

「いいえ、もっと一緒にいたいと思った」

 笑うのをめたリットはバンダナを指で持ち上げ、口元をかくし目をそらしている。心なしか耳が赤い。

 俺も彼女から視線を外し、「あー、うー」と口ごもり、なんと言おうか迷って後頭部をいた。

「あー、うん、そうだな、俺もどうやら1人で商売するのは難しいようだ」

 そうだな、認めよう。俺は彼女からの好意をいやだとは感じていない。むしろ、自分でもおどろくほどうれしく思っている。

 きっと、それはリットが、俺がギデオンだった頃の仲間だからだと思う。自分の価値を否定され、勇者のパーティーを追い出された俺にとって、リットが俺を認めてくれることは……俺が足手まといだと分かっていながらも、必死に追いすがっていたあの旅が無意味なものではなかったと、そう思わせてくれていた。

「時間があるときでかまわないんだが……それに給料だって、大した額ははらえないけど……手伝ってくれたら嬉しい」

「うん! 時間があるときなんて言わないで、ずっと一緒にいるから!」

 リットは今度は首のバンダナで口を隠すことをせず、白い歯を見せて笑った。


*         *         *


 勢いで居間にもどろうとしてしまったが、まだもう1つの薬を見せていなかった。

「え、ええっとだな、こっちの丸薬は、ゾルタンに来てから作ったんだが」

「エクストラキュアポーションと同じ効果を持つ薬とかやめてよね」

「そりゃ無理だ。これは新種のすいだよ」

「麻酔?」

「これまでのものと効果は変わらず、ぞん性を少なくしたものだ」

 治療などに使われる麻酔は依存性が高く、怪我けがを治しても薬物中毒になるかんじやは少なくない。それでも、麻酔無しでの治療は冒険者ですらがたい苦痛であるし、痛みと出血でショック死する可能性だってある。

 中毒のリスクを考えても、麻酔は絶対に必要な薬だ。

「でも依存性が無いなら無い方がいいだろう? 暗黒大陸を旅した冒険者の日記にあった薬なんだが、その材料がゾルタンに自生していてな。ウッドエルフが持ち込んだのかもしれない。まぁとにかく、そういう新しい麻酔なんだ。これは市民には必要ないだろうから、医者や冒険者に売ろうと思っている……んだけど、どうかな?」

「うん、それなら大丈夫そう。いい収入になると思う……ただゾルタン議会のしようにんを先にもらった方がいいわ」

「議会の?」

「依存性が低いといっても麻酔だもの、麻薬として使えないかって考える人はきっと出てくる。だから、先に議会の承認を貰ってあとからはんばい停止命令が出ないようにしておいた方がいいわ」

「確かにそうだな」

「新薬の売れ行きは予想できないわ。町の麻酔じゆようをすべてウチで引き受けられたらかなりの収入になるとは思う。その場合は、供給が間に合わないかもね」

「まぁ必要なのはコモンスキルの初級調合だから、人をやとえばすぐに増産できるよ」

 その言葉を聞いてリットがピタリと動きを止めた。

「そうか、レッドがすごすぎて忘れてたけど、これ初級調合で作れる薬だったのよね」

 効果の高い麻酔薬はそのほとんどが中級調合のスキルを必要とする。その意味でもこの薬は俺に合っているものなのだが……。

「薬自体は素晴らしいけど、正規の加護持ちでなくても作れるってのは問題かも……」

「そ、そうかな?」

「でもレッドの加護が特別なものだとは町の人は知らないはず。つうに売り出す分には、レッドは中級調合を使える加護だということにしておけばいいと思う」

「でも『薬師』の上級スキル、〝調合ぶんせき〟があれば、薬から調合レシピが調べられてしまう」

「レッドって本当、加護に関する知識豊富よね。固有の上級スキルなんて普通知らないわよ」

 相手の加護を知ることは、相手の手の内を知ることでもある。この加護は、わずかな例外を除いてモンスター達も同条件だ。

 いくつかその種族専用の加護もあるが、ほとんどは人間と同じで、特にモンスターの世界では、『闘士ウオーリアー』、『蛮人バーバリアン』、『盗賊シーフ』、『妖術師ソーサラー』、『祈禱師アデプト』の5つの加護が多く、これらの加護ができることを知っていれば、相手の戦い方を予測することが可能になる。

 特に俺の場合はスキルがたよりにならない分、知識でカバーしようとしていた成果だ。ここにいるリットの加護が『スピリットスカウト』で、せいれい魔法を隠しわざにしていることも早い段階で気がついた。

 戦闘でのかつやくが難しくなったあと、俺が斬り込んで相手の能力をあくし、仲間へ対策を伝えるという戦い方をしていた時期もあったくらいだ。

 まぁ、それも加護の法則の例外であるおう軍本隊のアスラデーモン達を相手にすることが増えてくるまでだったが。やつらは動物ですら持っている加護を、ゆいいつ持たない存在。神の失敗作とも呼ばれる。

 だが彼らは加護を持たない代わりに、アスラデーモン同士でゆうごうして、新しい能力をかくとくするという。

 この情報が正しいかは分からないが、アスラデーモンが俺の知らないスキル体系をしていることはちがいのない事実だ。

「まぁゾルタンには上級スキルを使える『くす』はいないはず。ゾルタン内で商売する限りは大丈夫だと思う。あなた1人が作れる量なら行商人にわたる量も僅かなものだろうし」

「良かった。じゃあ俺は中級調合が使える加護持ちということで、客に聞かれたら話すよ」

「お願い。でも、だったらなぜ中級調合で作れる薬を置かないのかってことにもなるから、聞かれた時だけね」

「わざわざ積極的に噓を言いに行ったりはしないさ」

 噓はつかないにしたことはない。噓を言わなければ噓がバレる心配もないのだから。

 ちんもくは金だと、昔の『勇者』も言っていたそうだ。

「昔の『勇者』ねぇ」

 リットはかんがい深げに言った。ウッドエルフ達が大陸のけんにぎっていたころに魔王と戦ったとされる過去の『勇者』の話はおとぎ話に近い。その実在を疑問視する人も多かったが、現代の『勇者』であるルーティが現れたことによって、『勇者』の加護が実在することが証明され、過去の『勇者』についても再評価されることになった。

 今では考古学者やぎんゆう詩人達が、『勇者』の記録や物語を探して古い町の書庫や、はいへきなどを調べて回っているそうだ。

「今の俺には関係のない話だけどな」

 そう、俺にとってはもう関係のない話だ。


*         *         *


 貯蔵庫ではずいぶん話し込んでいたようだ。気がつけば夕日がしずみかけ、赤い夕焼けが今にも夜に飲まれそうだった。

「そうだ、メシ食べてくか?」

「食べる!」

 そう嬉しそうに返事をされたら料理を作る方も嬉しくなって気合いが入るというもの。

 俺は、台所に向かうと、さて何を作ろうかと思案する。

「とはいえ、買い物にも行ってないしな。ありあわせのものだと……」

 とりのもも肉をぶつ切りにして、水とすりおろしたしよういつしよむ。肉がやわらかくなったら半分に切ったジャガイモとゆで卵を加える。

 ジャガイモが柔らかくなった頃にパスタを加えて、塩と香草ハーブで味を調ととのえて……完成だ。

 南方風スープパスタ。旅だと水を捨てるパスタはもつたいいから、スープパスタを作ることが多かった。これもそういった事情から学んだレシピだ。リットに気に入ってもらえるといいが。少しだけきんちようしながら、俺は料理のうつわを運んでいった。


*         *         *


美味おいしい!」

「それは良かった」

 首のバンダナを外しテーブルに座ったリットは、俺の料理を美味しそうに食べている。

 やはり美味しそうに食べてもらえるのは嬉しい。

「これからは毎日レッドの料理が食べられるんだね」

「ん? そうだな」

 どうやら毎日食べに来るつもりらしい。

 まぁ仲間に食事を用意するのは、俺の楽しみの1つだったしそれもいだろう。

「朝は何時くらいに食べるの?」

「ん、そうだな、7時半くらいか」

「それならちゃんと早起きしないとね。ぼうけんしややっていると、何もない日はつい、いつまでもどこから出ようとしなかったりするし、これからは改めないと。がんる!」

 どうやら朝も食べにくるつもりらしい。ということは3食うちで食べるのか。まともな給料出せない分、食事くらいは用意してやるのもいいだろう。

 明日あしたからは楽しいしよくたくになりそうだ。

「そうだ、私がお金出すからお作ろうよ」

「風呂? そりゃあったら嬉しいが、そこまでしてもらうのは悪い」

「いいよいいよ、私も使うんだから」

 ……風呂もうちで済ますつもりらしい。んー?

「ベッドはシングルベッド1つしかなかったよね。明日ベッド買ってこないと」

「う、うん?」

「必要な私物は持ってくるとして。家具とかは前の家に置きっぱでいいわね」

 大げさだなぁ、これじゃあまるで……。

「ははっ、まるで俺の家に住むみたいじゃないか」

「ははっ、あなたの家に引っ越すんだから当たり前でしょ」

「え?」

「え?」

 ちょっと待て、いつから俺の家に引っ越すって話になった。そりゃお店がへいせつされているから、建物はそこそこでかいが、居住空間自体はそう広いものじゃないぞ。

「だってさっき言ったじゃない。冒険者引退してここで働くって」

「ああ、言ってたな……え? なんでそれで引っ越すことに?」

「冒険者引退してここで働くんだから、住み込んだ方が色々と都合がいいでしょ?」

「な、なるほど、そ、そうかな?」

「そうよ」

「そうか」

 そうなのか?

 ええっと、話をまとめると……要するにリットは俺の家に住むってことだな。

「……う、うん? いやいや待て待て、それはまずいんじゃないか?」

「なんで?」

「いやだって、一緒に暮らすとなったら色々と」

「やだなぁ、前は同じテントでねむった仲じゃない。あの時よりはきよがあるわよ」

「そりゃ野営の時は同じテントで眠るだろうし」

「だったら同じじゃない、私達〝仲間〟でしょ?」

「ん? んん? いや確かに仲間だ」

「じゃあ同じ部屋で眠ってもいいじゃない」

「そうか」

「そうよ」

 そうなのか。

「じゃあ、私身体からだ洗ってくるから、洗面所使うわね」

「あ、ああ、えはあるのか?」

「アイテムボックスにいつも入れっぱなしよ」

「それはそれでどうなのだろうか」

「ここには気持ちのいい庭があるし、時間があれば日干ししておくわ」

「ん、じゃあ手伝おうか」

「いいよいいよ……本当にいいの?」

「ああ、そのうち一気に干してしまおう」


 ……ところで、同じ部屋で眠るのか?

 いやしんしつは1つしかないのは確かなんだが。

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