春夏秋冬代行者 春の舞《上》

第二章 冬の代行者 寒椿狼星 ⑦

 その知らせを受けた時、いてちようは病院からようやく退院し、自身が所属する機関である『冬の里』にて連日春の代行者誘拐事件を調査していた。

 冬の里に滞在していた春の代行者が、冬の代行者の代わりに人質を申し出て、賊はそれを受け入れ彼女を連れ去った『春の代行者誘拐事件』からはや三ヶ月が経過していた。

 連れ去られた春の代行者の行方は依然として知れない。

 冬の里の者達は汚名を返上するべく機関総出で捜索にとりかかっている。

 いてちようあるじであるろうせいも、度々体を壊しながらも周辺の監視カメラの映像を眺め続けていた。まだ諦めるには早い。それを合言葉にを吐く日々。だというのに、代行者ひなぎくとその従者が所属する『春の里』は、三ヶ月目で、捜査から手を引くと発表したのだ。

 これは異常な事態だった。『里』とは代行者を輩出し、養育する機関である。彼らにとって代行者という存在は何よりも大切な存在だ。だというのに、捜査から手を引いた。

 それはもう『ようひなぎくの命は諦めた』と言っているようなものだった。

 捜査に関わるすべての者を主導して捜索すべき機関が代行者を見捨てたという知らせは関係者にどよめきを与えた。

──次代の春の代行者が誕生したというなら話はわかるが。

 聞きつけたいてちようは居ても立ってもいられず春の里へと向かった。

 春の里の決断を問いただしたかった。何より、同じ従者仲間であるさくらが心配だった。

 さぞ気を落としているはずだ、と。

 しかし、事態はいてちようが想像するより更に最悪な方向へ傾いていた。

『……見捨てないで下さいっ! 開けて下さい! 見捨てないで!』

 まるで、飼い犬を捨てるように、九歳の子どもが里から締め出されていたのだ。

『さくら……?』

 飛行機と公共交通機関を乗り継ぎ、レンタカーを飛ばして駆けつけたいてちようは石塀に囲まれた春の里の門前で泣きながら門をたたいている少女を見つけた時には言葉を失った。腕に三角巾をつけて、事件後の傷が痛々しい。無事な片手で門をたたいている。

『……いてちよう様……私……』

 さくらは、いてちようを見つけると瞳にいっぱいんだ涙をぼろぼろとこぼし、えつを上げた。

 握る拳は、門をたたつづけたせいで皮が剝がれ、血がにじんでいた。

『……お役目を、降ろされました……ひなぎく様をお守り出来なかった罰です……』

『……は?』

『……春の里を、追い出されてしまいました……』

『いや、待て……そんな……』

『わかっています、私が悪い。罰は受けるべきです……追い出されても、構いません……でも、まずひなぎく様を捜さないといけないのに……捜索を打ち切ると……』

『さくら、聞け。どう考えても君のせいじゃない、幼少期の代行者の守り役は、警護より精神の安定の為だ。そんなのは誰もがわかっている。九歳の子どもが賊の攻撃から守れるはずないだろうっ! 責められるべきはもっと他の大人だ、私だ……!』

『でも、私は従者です……私は従者なんです……ひなぎく様を命に代えてもお守りするべきでした……なのに生き残ってしまった……放り出されて、どう、捜せばいいか……』

『……こんなのはおかしい! そもそも、賊に侵入を許した我ら冬が罰せられるならばまだしも、なぜ君が……! ちょっと下がりなさい。おい、開けてくれっ! 開けてくれっ!』

『一時間、ここに居ます。誰も、開けてくれません』

『……うそだろ』

 さくらは保護する形で冬の里に呼び寄せられた。里に着いて、お世話になりますと頭を下げた彼女の頭は、九歳なのに白髪交じりだった。今はどうなっているかわからない。

 もう、世界のにも行き場がなく、後がない娘なのだと、その場に居る誰もが理解した。

 理解、していたのに、しかし、その五年後には、冬の里も大規模捜査を打ち切った。

 ごく小規模な捜査に切り替えられたとはいえ、死ぬのを待つのに等しい。


 みんなが見捨てた。娘二人を。何年も、何年も見捨てた。


 そうして、見捨てられた春の代行者と従者は、現在帰還している。

 戻ってきた春は、花も緑も、風さえも、力強く美しいと評判だ。

 何にも負けない、誰の指図も受けないと、二人だけで生きている。野に咲く花のように。

 いてちようには、この春はあまりにもまぶしすぎた。

 ろうせいのようにこうこつとして眺めることが出来ない。

──あまりにも痛々しい。

 死ねばいいと思われていた少女と。

 死ぬのを待った方がいいと言われていた少女。

 春の花の名前を冠した二人は銀世界を春に染め続けている。

『私達はに居る』と、見せつけている。すべての大人達へ向けた優しいふくしゆうだ。

 死ねばいいと思っていた者達と。

 死ぬのを待った方がいいと諭していた者達へ向けても春を贈る。

 いてちようひなぎくの死を望んだことなど一度とてなかった。

 さくらに死ぬのを待てと言ったこともない。

 だが、守護者の役割を果たせず、彼女達の人生を守ることも出来てはいなかった。

 あの時、いてちようは十九歳だった。それから十年。

 彼もまた、大きな渦の中で翻弄され続け今に至る。

 三人はもっと幼かった。

 ひなぎく、さくら、ろうせいいてちようにとって守るべき存在だった。

 守りたかった。守ってあげたかった。本当は、守って死にたかった。

──だが生きている。

 十年前、かばうどころかかばわれて喪失した。

 五年前、ある日屋敷を飛び出してしまうほど追い詰めた。

 現在、『大丈夫』と言い聞かせて心が砕けないようにするしか出来ない。

 いてちようが望むような世界はきっとこれからも訪れない。毎秒、現実を突きつけられる。

 これからもきっと、そうなるはずだった。


「どうかされましたかいてちよう様」

「ああ、何でもないよ……」


 いてちようは意識を切り替えた。ラウンジの窓を見る。外には夜桜が咲いていた。

 ようやくしよくざいが果たせる『春』がいま訪れているのだ。


 人生で、こんな救いはもう二度とないだろう。いてちようは、かすれた声でささやいた。




「さくら、まだ私が憎いか」


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試し読みは以上です。


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『春夏秋冬代行者 春の舞 上』でお楽しみください!

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