春夏秋冬代行者 春の舞《上》

第二章 冬の代行者 寒椿狼星 ⑥

 それから長い一日を終えて。

 冬の代行者一行は目的地と設定していた宿泊施設に日が変わる前に辿たどくことが出来た。

 いてちようは車の中ですっかり寝入っていたろうせいを背負ってチェックインを済ませると、ようやく数時間ぶりの休憩に入れた。

いてちよう様、休憩ですか」

「ああ、いしはら女史、こっちはいているよ。良ければどうぞ」

 宿泊施設のワンフロアを丸々貸し切っての宿泊の為、同フロアに設置されたラウンジには自然と関係者が集まっていた。宿泊者向けのフリードリンクが楽しめる場所だ。

 皆、仕事中なのでアルコールには手を出さないが、コーヒーや紅茶、ホテルが用意してくれた菓子などをつまんで憩いの一時をたんのうしている。代行者の宿泊部屋前、廊下、階段、あらゆる場所に四季庁から派遣された黒服のボディーガード達が入れ替わりで利用していた。フロアに居る人員は総勢で二十名程だろう。

 いしはらは、コーヒーを片手に空いていた一人掛けのソファーに座る。

ろうせい様は、お休みになられていますか?」

 いてちようは耳につけていたイヤホンをそっと見せてから笑った。テーブルには緑茶が置いてある。

「鼻が詰まっているのか、寝息がひどい」

 代行者の部屋には監視カメラと集音マイクが設置されており、いてちようは携帯端末で逐一それを確認している。

「……泣いて、いらっしゃいましたもんね……寝ながら。今日は色々衝撃的なものを見たと思いますから……心が疲れてしまったのかもしれません」

「本人には言わないでくれると助かる。平時はぜんとして振る舞っているんだが……気が緩んだ時や睡眠時に色々弊害が出るんだ」

「精神科で、内服薬をもらっていると聞きました」

「ああ。いしはら女史は配属したてだからこれから見ることになるが……まあ、よく叫ぶ。悪夢を見て叫んで起きるのは日常茶飯事だから夜勤の時は覚悟してくれ……誰かが死んだのかと思うような悲鳴を出すからな」

「……悲鳴、ですか」

「ああ。『逃げろ』とか、『行くな』とか……後はまあ、ほとんどが……」

 いてちようは、切なげ表情でつぶやいた。

「『ひなぎく』と……春の代行者様の名前を狂ったように叫ぶ」

「……」

「……その時が一番わいそうでな。悪夢だからたたこしてやるんだが、あいつは毎回真剣な表情で聞くんだ。『ひなぎくは無事か?』と……」

「……今は春の代行者様は戻られていますよね……?」

「そうだな。最近は『ひなぎくは無事か?』と尋ねられたらこう答えている。『ろうせいひなぎく様は春の代行者様に復帰された。生きているぞ』と」

「……どういう反応をされますか?」

「まだ実感がないのか、あまり信じない。寝ぼけているからな……何度か言って……ようやく信じる……そうすると、安心したように寝息を立てる……あれにとって、ひなぎく様という存在は……何かにたとえることも出来ないようなものになってしまったんだろう。十年もおもつづければ、そうなるのかもしれない。何せ……」

 いてちようは話す前から自身の心と呼ばれる場所が悲鳴を上げるのを感じたが無視した。

 自傷行為だとしても、偽ることなく真実を述べるべきだと思っていた。


「十年前、ひなぎく様は、我々を守る為に誘拐されてしまったのだから」


 罪と向き合うことが、ただ一つの誠意だとでも言うように。

 穏やかで、優しい彼はまだ笑顔を貼り付けていたがその瞳は弧を描いていない。

 いしはらは何と言っていいかわからず、手に持っていたコーヒーを一口飲む。

「ですが……その、仕方なかったというか……」

 いてちようはかぶりを振った。

「いいや、仕方なくない。六歳の女の子が目の前でさらわれたんだ。私という護衛も居た。だが守りきれなかった。しかも犯行現場は我らが冬の里だ」

「……」

「狙いはろうせいだった。なのに、あの方がさらわれた。あの方が我らを助ける為にひとくうを申し出たんだ。どうしてそうしたか……理由は至極単純だ」

 いてちようの声には普段の優しさとはまったく違う、怒りと恨みの温度が込もっていた。

ひなぎく様は……ろうせいが好きだったんだ」

 そして悲しいことに、そのえんの対象は自分だった。

「出会ってひと月もっていなかったが、見ていたらわかった。ろうせいも好きだったんだろう。あの二人は小さな恋をしていたんだ。神様同士の孤独な恋だ」

 いてちようは自分自身にずっと怒っている。

「……しかし悲劇が起きて選択が迫られた。普通なら逃げるだろう。自分の命は大事だ。だがひなぎく様は逃げなかった。たんろうせいを生かす為にその身を差し出した。六歳の少女がだぞ?」

 この嘆きも、怒りも、何もかも、自分宛てだ。

「その時私は何をしていたと思う、いしはら女史……」

 十年前、子ども達を守れなかった過去の自分に冷たく浴びせている。

「腹を撃たれて意識がもうろうとしてた。笑えるよ。情けない。せめてあそこで、あの雪原の中で、あの方を守って死ぬべきだった。護衛官の本懐だ。それをせず今に居る。私は時折、どうして自分が服役していないのか不思議に思うよ」

「それは……言い過ぎです」

「いいや真実だ。ろうせいの心の傷も、私が守りきれなかったせいだ。何もかも……申し訳なく思っている。私が出来ることは、身を粉にして働くことくらいだ」

 その言葉通り、いてちようが十年間、二十四時間、三百六十五日、休みなく冬の代行者の護衛として働いていることをいしはらは知っていたので悲痛な気持ちになった。

 ろうせいの為なら死ねるという言葉も、本当にうそではないのだろう。

 ともすれば、彼は人を守って死にたいのかもしれない。

 いしはらは重くなった雰囲気を変えるように別の話題を振ることにした。

「冬の代行者様付きの四季庁職員で、女の私が採用されたのはカウンセリングや看護師資格を期待されてのことですよね……ご期待に沿えられるよう、これから励みます」

「そう気負わないでくれ。まずは同じ職場の者として友好を深めてくれるだけで良い。そうじゃないとろうせいも話さないだろう。あと、言っておくが性別は関係ないぞ。有能な人なら誰でも構わない。そういった資格を持っていて、なおかつ武道の心得がある人を……と四季庁の人事に頼んだら……君と、あと一人は六十代の男性しか居なかったんだ。うちのチームは移動続きの激務だから、自然と年齢が若い君になった。彼は妻帯者だったし……」

「あ、なるほど……」

 いしはらは申し訳なさそうに肩をすくめる。いてちようが笑ったので少し柔らかい空気が戻った。

「すみません、この配置に着いたことで、色々周囲に言われたのでつい……」

「高給取りになるからやっかみだろう。その分大変だというのに」

「配属前に遺書を書かされたのには驚きました」

「ああ、一年ごとに更新しろと言われるからテキストファイルは保存しておいたほうがいいぞ。私は毎回同じのを出してしまうが……」

 何となくいしはらはフロア全体に視線をやる。

 ここに居る全員が自分と同じように遺書を書かされて働いているのだと思うと不思議な気分だ。コーヒーをもう一口飲んでから、いしはらはまた尋ねた。

「……その、やはり武力衝突は度々起こるものなのでしょうか……?」

「……というと?」

「『賊』とのです……。一般の人々からも四季への不満があるのはもちろん把握しています。超常の力を持つ者でありながら災害時にその力を行使しない……だとか、国内生産力を上げる為に利用すべきだ、果ては軍事的な実験に協力を……など。ですが、実際、抗議という活動を武力で押し切ろうとする者達がどれくらい居るのかと……」

「今時期は閑散期だ。秋は繁忙期だな」

 いてちようは、まるで客のように自分達の『敵』のことを評した。

「だが、そう思って気を抜くと……十年前のように冬の里を襲撃されるようなことが起きる。年間で言えば……そうだな、両手で足りるか足りないかくらいの頻度で武力衝突は起こる」

 想定より多い数に、いしはらは思わず『え』と声を上げた。

「うちは冬だからな。季節の中で一番嫌われている。だから一番多いんだ。秋はわりとのんきだぞ。あそこは襲われることがあまりないから警備も薄い」

 今からでも配置換えを希望するか、と冗談交じりにいてちようが尋ねると、いしはらは『滅相もない』と首を振った。

「君がねんしている武力衝突だが……本当に代行者の身を狙っているだけのものとも限らないので知っておいてくれ。武力が必要とされる事態を起こして、代行者に力を使わせようとする時もあるんだ」

「……危害を加えずに……?」

「ああ。目的はそこじゃない。批判できるネタが欲しいやつらも居る。ろうせいの力を見ただろう? 自分達の命は助けるのに、その力で他は救わないのか、と言いたいやつらが居るんだ」

「……そんなことを言われても……」

「ああ、その通り。そんなことを言われても、だ」

 いてちようの声音には明らかにいきどおりがにじていた。

「四季の代行者はスーパーヒーローじゃない。何度言ってもわかってもらえない。こういうことの繰り返しは、代行者の精神をも病ませる。だから我々は四季の代行者を守らなくてはならない。今日は、本当なら助けないほうが良かった。写真も撮られていたし記事にされるやも」

「……」

「そんな顔をするな、いしはら女史。これは建前としての発言だ。本心は、私も助けられて良かったよ。だが、一人助ければ、他からも言われる。あの時は助けたのに……と。そういったことに毎度対応は出来ない。我々は国家治安機構ではない……ただ、季節を届ける者に過ぎないんだ……だというのに賊はそれが間違いだと、我らを批判し続ける……」

『難しい問題ですね』と言われ、いてちようも『難しい問題だ』とうなずいた。おもむろにいてちようは携帯端末を確認する。眠っているろうせいの姿がリモートカメラで見えた。呼吸も心音も、すべて観測している。すやすやと寝ている様子を見て、また話し出す。

「こういった問題は複雑だが、業務に関しては単純だ。我々は……四季の代行者を守る。賊と衝突した場合は潰す。確実に潰す。それだけだ。他の季節はっているが……我らは違う。いしはら女史、君も……冬の管轄職員として来たからには覚悟しておいてくれ」

 いてちようは、最後の方はいつも通りの優しい声できっぱりと言った。

「は、はい……承知して、おります。あの……いてちよう様」

「何だ?」

 石原は、おずおずと申し出る。

「…………ろうせい様と、春の代行者様が面会出来るよう、手配しなくてよろしいのでしょうか……よろしければ、私の方から春の四季庁職員に話を持ちかけますが……」

「……さすがいしはら女史。細やかな気配りだな。私も、そうしたいんだが……」

 いてちようはサングラスをかけ直して、ため息をく。

「何か問題が?」

「……十年前、春の代行者様は誘拐され、しかしたび見事帰還されたわけだが、その間の救出作業はどうなっていたと思う?」

「四季庁と国家治安機構、あとは春の里、冬の里が協力をしたと記述されていましたが」

「ああ……確かにそうだ。資料だけだとそうなる……実際は……」

 いてちようの脳裏には、一人の少女が思い浮かんでいた。

「春の里は、ひなぎく様が誘拐されて三ヶ月で捜査から手を引いた。我々冬の里は国家治安機構と協力してその後も五年間、捜索を続けたが……それも五年で一旦捜査が打ち切りとなった」

「……えっ……」

「もちろん、継続で捜査することにはなっていた。大規模捜査が打ち切りになったんだ。だが、それは……ひなぎく様を慕っている者からすれば見捨てられたと思ってしまう出来事だろう? この世界で、草の根を分けて一人の少女を捜すなど、人海戦術なしではどだい無理だ」

「それは、そうですよ……自分の家族だったらと考えると、直訴すると思います」

「ああ、正にそうだった。捜査を続けてくれと、泣きながら各所に嘆願した者が居た。当時十四歳のひめだかさくらだ。春の護衛官であり、冬の里襲撃事件の被害者でもある」

「……当時十四歳ですか……」

「さくらは、春の里が捜索を打ち切ってから冬の里に身を移して私達と生活していたが、冬でも大規模捜査が打ち切られてからは失踪した。わかぎわ、随分と罵られたよ……私を呪い殺さんばかりだった……さくらからすれば、冬のせいで自分のあるじが誘拐され、その上、見捨てられたに等しい……あれが、すぐにろうせいひなぎく様の仲を取り持ってくれるとは思えない」

「……」

 石原はからまりあった人間関係をむのに、黙り込んでしまった。いてちようはまた携帯端末を操作する。眠っているろうせいの映像記録から、ただの写真のフォルダに画面が移った。

 そこには最近の日付はなく、古い写真ばかりだった。

 悲劇が起こる前の楽しい日々の記録だ。

 冬の里で雪だるまを作っている十歳のろうせいの姿。かまくらの中から顔を出す六歳のひなぎく

 幼い二人の姿はいとけない。そして、最後に満面の笑みで写っている黒髪の少女。当時九歳だったひめだかさくらの姿がある。画面越しに向けられたいてちようへの笑顔はまぶしい。

「……ひめだかさくらは……ひなぎく様以外で言えば、私にとって最も頭が上がらない娘なんだ。はたして、あるじの為に口説き落とせるか、私にもわからない」

 いてちようは、そう言ってから思いを断ち切るように端末の画像を閉じた。

 そして、すっかり冷めてしまった緑茶を飲む。

「……本当に難しいですね……その方のお立場になったらと思うと……」

「ああ、だが……出来るのであれば……全員が少しでも良くなれる未来を勝ち取りたい」

「春の方々の警護は大丈夫なのでしょうか?」

「……聞いた話だが、さくらが四季庁にも国家治安機構にも不信感を抱いていたこともあり、初回は二人だけで儀式をひっそりとしたそうだ」

「えっ! 絶対駄目なやつじゃないですかそれ!……どうして……」

「……まあ、深掘りすると、色々と四季庁側の配慮の無さが出たので仕方がないと言えば仕方がない……どうも、春の管理部門は上層部が腐っている。代行者を物か人形だと思ってるんじゃないか? 四季会議が本当に心配だ……また襲われる可能性があるというのに……」

「すみません……」

「いや、いしはら女史が悪いのではないよ。同じ四季庁職員といえど、管轄が違う。二回目以降は人員配置を受け入れていると聞いた。一応……念の為、冬からも予算を割いて常時監視を入れてある……私からも、折を見てさくらにコンタクトをとろうとは思っている」

 受け入れてくれるかどうかはわからないが、という苦しげな言葉が後に続いた。いてちようが翻弄されるのは仕事ではろうせいだけだ。それ以外では非常に冷静にして温厚。傑物で通っている。その男の心をここまでかき乱す春の護衛官とはどんな相手なのだろうといしはらは思った。

いてちよう様……精神的疲労で、胃に穴があいてしまうのでは……ご苦労お察しします……」

「いやいや、ありがとう、聞いてもらえて私もすっきりした……警護に戻ろうか」

 いてちようはそう言いながらソファーから立ち上がった。すると、スーツのかに貼り付いていたのか、桜の花弁が一枚床にふわりと落ちた。思わず、いてちようは『すまない』とささやいてしまった。

 ただの桜の花びらだ。だが、その花びらが一人の女性を思い出させる。その人の泣いた顔、叫ぶ声、怒り狂う姿。地に額をつけて、すがる様子すら、記憶の海に浮かびあがってくる。


──『助けて下さい』

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