春夏秋冬代行者 春の舞《上》

第二章 冬の代行者 寒椿狼星 ④

 りん

 やまぶき

 しようすいせん

 からくさ

 もくれん

 すみれ

 こんこう

 紫羅欄花あらせいとう

 風信子ひやしんす

 うめ

 しやくやく

 

 杜若かきつばた

 はるおん

 からたち

 もも

 きんせん

 皐月さつき

 あんず

 げつけいじゆ

 石楠花しやくなげ

 すずらん

 たんいち

 はなみず

 ひな

 やぶ椿つばき

 むらさき丁香花はしどい

 くぬそう

 ふじ

 

 さくら

 そして、『ひなぎく』。

 まるでおとぎばなしのような風景。

 氷の花の花畑だ。

 誰もが、固唾をんで見つめていた。

 この冬の代行者の神技に、五感すべてが魅せられてしまう。

──まったく、粋なことをする。

 その中で、悲しげに苦笑しているのはいてちようだけだった。彼にはろうせいがなぜ氷の花畑を、それも春の花で作り上げたのかわかっていた。

──それはあの方に贈るものだろう。

 わかっているからこそ、その光景があまりにも切なく映る。

「すべては白に、りつの色に解けてゆけ」

 ろうせいがそうささやくと、舞台はすべて整え終わった。手に持っていた扇がパシリと音を立てて閉じられる。出来上がった氷の緑野と春の花をかき分けて、ろうせいは進む。彼が進めば氷のつるくさも自然と身を退いて行った。

「おい、大丈夫か」

 強制的に氷漬けにされた車の中で、子ども達が白い吐息を漏らしていた。

 死への恐怖よりまえで起きた魔法のような出来事のほうが恐ろしいのか、泣くのも忘れておびえている。ろうせいが手を伸ばすと途端に二人とも身を縮めた。

 ろうせいは自分の険のある顔立ちをこういう時はつくづく損だと思った。なるべく怖がらせないように少し高い声で子ども達に語りかける。

「大丈夫だ、今から助ける。車ごと地面に氷で固めたから落ちることはない。安心しろ……いてちよう、頼めるな?」

「わかっている。私は運転手を助け出す」

 言いながら、いてちようは帯刀していた刀のさやで強引に窓を割った。

 さやの方が割れそうなものだが、一向に欠ける様子も無い。

 割った窓から手を入れて、ドアのロックを解除し、次に無理やりドアをこじ開けた。

 それは、まるで菓子箱を開けるような簡単な手付きだった。

 見守っているいしはらは平然としているが、他の野次馬は口をあんぐりと開けている。

「……何だ、あの兄ちゃん」

「人間業じゃないだろう……」

「というか、この氷も何なんだ……もしかして、あれが……四季の……」

 そこかしこから聞こえてくる言葉に、いてちようは気恥ずかしげにサングラスをかけ直す。派手な見た目をしているが、目立ちたいと思っているわけではないようだ。

「おい、窓を開けてくれ」

 ろうせいぼうぜんとし固まっている子どもに声をかけた。十歳ぐらいのきようだいが中で震えている。寒さのせいだけではないだろう。コンコン、と窓をたたくが子ども達が開けてくれる気配はない。

「……」

 ろうせいは、少しの間を置いて手を車にかざした。

 すると呼応するようにうごめく氷のつるくさが後部座席のドアをこじ開ける。

「助けに来たぞ、さあ、もう大丈夫だ」

 それは子ども達を安心させる為の言葉だったが、言ってからろうせいは自分の胸に痛みを感じた。などではない。ぶすり、と短刀で心の臓を貫くような、心の痛みを感じたのだ。

──何だ?

 、その言葉で傷付いてしまったのだろう。不思議に思い、ややあって気づいた。

「……」

──嗚呼ああ、そうか、言ってしまったからか。

 それは、ろうせいの人生で、特定の人物に言いたい言葉だったのだ。

 いつか、いつか、きっと言える日が来るはず。そう思って生きてきて、言えていない言葉だった。それを今言ってしまった。大切にとっておいた言葉だったのに。

──あいつに言えてないのに。

 それを言ってしまったので、心が『嗚呼ああ』と泣いたのだ。

「……たすけに、きたぞ……」

 本当に言いたい人に言えないまま、自分が生きていることに気付かされる。

 この台詞せりふささげるのは本当なら別の人なのに、と、気付かされる。

──馬鹿だ。今はそんなことを考えるな。

 傷つくと同時に、ろうせいは、恥ずかしくてたまらなくなった。

 自分が恥ずかしい。身を焼かれるような羞恥が、罪悪感が、胸の中を渦巻く。

──今は、目の前の子どものことを思え。恥知らずが。

 ろうせいは、自分が侵されている病を認識していた。『シンデレラ症候群』という言葉がこの世界にはあるが、ろうせいのこの状態に名前を付けるのなら『ヒロイック症候群』と言えるだろう。

 まるでおとぎばなしのようなことを頭の中で延々と考えるのだ。かでとらわれているいとしい人を自らが救い、もう大丈夫だとささやいて抱きしめる空想。

 ただの空想だ。英雄願望を抱くこと自体はそれほどおかしなことではない。人はそういうものに憧れる。だがろうせいの場合、問題となるのはそれがたわむれに思っているのではなく本気であることだった。だからこそ自分でも愚かしいと思っていた。実際、『大切な人の窮地を救う』などということは頭の中でしか起きない。現実はもっとつらく残酷で、少しの容赦もなく人に不幸を浴びせてくる。そんな救いが人生で起こることは奇跡に近い。ろうせいもわかっていた。

──ひなぎく、俺は、お前を。

 わかっていたからこそ、ずっと夢見てきた。

──ひなぎく

 十年前にさらわれた、春の代行者を救う夢を。




 あの時、すぐに自害しなかったんだろう。


『さくら、きっと助かるよ。だいじょうぶ。わたしが守ってあげる』


 それが最も簡単な救いだった。誰も口にしなかったが、そうだった。


ろうせいさま……』


 決断しよう。で決断しなければ俺以外も死ぬ。


『いっしょに遊んでくれて、ありがとう』


 死ぬなら今だ。今死ねば、いてちようもさくらもひなぎくも助かるかもしれない。


『氷の花をくれて、ありがとう』


 ほら作れ。氷のつるぎを、喉元に向けろ。すぐに切り裂ける。


『たくさん優しくしてくれてありがとう、ろうせいさま』


 そうしたらやつらは満足するのだ。立ち去ってくれるかもしれない。だからやれ。


『きっとわたしも助かります。だから』


 早く死ね。すぐに死ね。手早く死ね。死ね、死ね、死ね、死んでしまえ。


『だからろうせいさま。またわたしと遊んでくれますか』


 そう、思って、震える手を動かしたのに、初恋の女の子が。


『しなないで、生きてくれますか』


 心を切り裂くような優しさで、俺を守った。




「……」

 ろうせいは一瞬のかいこうから戻った。

 そこは、後悔にまみれた世界で、記憶を遡る前と何も変わっていない。

──嗚呼ああ、そうだ。

 だが、長い冬が終わり、春にいろどられている。

──今は春。あいつは、戻っているのだ。

 美しい春が戻ってきているのだ。

──春に、ふさわしい、振る舞いをしなければ。

 ろうせいは、弱々しくだが、ほほんでみせた。

「大丈夫だ。もう、怖い思いはさせない」

 笑顔をみせられて、ようやく少女はその手を取る。

「……俺が、死なせない……」

 奥から手を伸ばしている少年にも腕を伸ばした。

「怖くない……もう怖いことは終わりなんだ」

 子ども達からほっとあんの息が漏れる。

 だがそれは長くは続かなかった。少年が疑問を投げかけた。

「お父さんは?」

 親を助けてと泣いていた子なら、当然、尋ねてくる疑問を。

「……」

 その問いに、きちんと答える自信がろうせいにはなかった。父親はすでにいてちようが救出しているが、出血が多く見られる。現時点で満足にしやべられない状態をかんがみても不用意な発言は出来ない。

──だが、何か、言ってやらなくては。

 一言、ろうせいが『助かる』と断言してやれば良い。しかしそれは希望的観測でしかない。

 ろうせいは、せり上がってくる胃液を無理やり飲み込んで、目を伏せてから言った。

「……わからない」

 それは誠実であるが故の、言葉だった。

「……今から、救急車が来る、それが、いかに早く来るかだ」

「大丈夫……じゃ、ないの?」

「……」

 少し年長に見える少女の方が言う。

「お兄ちゃん、冬の……冬の神様だよね?」

 目の前の青年がしたことも、誰なのかも理解しているようだ。

「神様なのに、絶対、大丈夫だって言えないの……?」

 それはろうせいにとって、一番突かれたくないところだった。

「俺は、ただの代行者なんだ……何でも出来る神様じゃない……そういう……神様……だったら良かった。魔法のように、お前達を助けたい。でも」

 いま、人として子ども達を助けているろうせいが出来ることは、限られている。

 それをやるしかない。出来るだけ迅速に、確実に。

「……でも、人だから」

 なじられても良い、とろうせいは思った。

「人として、お前達のことは責任を持って守る」

 何を言われたとしても、夢だけ見て何もしないよりは、良いと。

「父親が治療を受けられるように道を空けさせる。お前達を守る大人も呼ぶ。何を置いても、いまこの時はお前達を優先させるよう、各機関に働きかける。それが俺に出来ることだ。父親を助ける為に出来ることを今から全部やる。それにはまず、お前達を救わなくてはならない」

 心から生まれいづる気持ちで、ろうせいささやいた。


「俺にお前達を助けさせてくれ、頼む」

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