春夏秋冬代行者 春の舞《上》

第二章 冬の代行者 寒椿狼星 ③

「お二方、大変なことが起こっています」

「どうしたいしはら女史。やはりまだ時間がかかると?」

「いいえ……いてちよう様。ごねんが的中しまして、交通事故がこの先の曲がり角で起きています。ちょうど崖に当たるところを前方から来たトラックに跳ねられたようで、軽自動車が今にも落ちそうになっています。ガードレールが壊れたらおしまいです」

 ろうせいは居住まいを正して聞いた。

「中に人は?」

「普通の家族連れのようです。人数はわかりませんが、小さな子どもが泣いている声だけはします。後続車の人達が何とか助けようとしていますが、命綱なしで手を伸ばせる状況ではありません……」

「……いかんせん、場所が悪いな。誰かが国家治安機構に連絡しているだろうが、すぐにまでは来られないだろう……では、車内に積んである道具で私が対応しよう。非常時に役立ちそうなものはあらかたそろっている。いしはら女史はろうせいを……」

「相分かった」

 そこで、いてちようの言葉がぴたりと止まった。今の台詞せりふを言った人物がドアを開けた音が聞こえたからだ。

「…………ろうせい?」

 声が聞こえたと思ったらもう居なかった。

「……ろうせいっ! 待ちなさい! いしはら女史、止めてくれ!」

「は、はいっ!」

 慌てていてちようも外に出る。原因がわからない謎の渋滞。立ち往生するのに飽きて外に出ているドライバー達が多数見受けられた。煙草たばこを吸ったり、携帯端末で誰かと事故について報告したりと、おのおのが時間を潰している。その中で、誰よりも奇抜な服装の人物がすいすいと車の間を縫って歩いていく様は自然と注目を集めた。

ろうせい!」

 大和やまとでは若い男の民族衣装姿はあまり見かけない。その上、ぜいを尽くした黒と金の色のよそおいだ。春の色彩を切り裂く魔術師のように見える。そしてその後をスーツ姿の男と同じくスーツの若い娘が鬼気迫る顔で追いかけて必死に制止の声を上げているのだから目立って仕方がない。

ろうせいっ! いい加減にしなさい!」

ろうせい様ぁっ! お待ち下さい! そんな、野次馬のようなことをされては困ります!」

「野次馬じゃない」

 いてちようは先を行くろうせいに追いつき腕をつかんだが面妖な力で拒絶された。パリンと雪の結晶が触れ合った箇所ではじけて消える。拘束から逃れたろうせいは早歩きから走りに切り替えて更に逃げた。

ろうせい! くそっ! 味方の私にそれをやるか! おまけに着物の癖に足が速い!」

いてちよう様、ろうせい様、地面を氷面にしています! わ、私、パンプスなので滑ります!」

「トラップのつもりか! ろうせい! ろうせい!」

 凍らした路面をスケートをするように滑りながらろうせいは涼しい顔で返す。

「違う、腕慣らしだ。見えてきたぞ、いてちよういしはら

 ろうせいが急停止した為、いてちよういしはらが順に仲良くろうせいの背中にぶつかった。サンドイッチ状態だ。いてちようは文句を言おうとしたが、出てきた言葉は別の言葉だった。

「……これは、ひどい」

 まず目に入って来たのは通せんぼをするように横転した大型トラックの姿だった。

 ドライバーは助け出されたのか、道路に寝かされて介抱されている。そして軽自動車の方は、いしはらが報告していた通り、ガードレールによって何とか落下をまぬかれている状態だ。ガードレールはひしゃげて見事にU字を描いている。中からは子どもの大泣きしている声が響き続けていた。運転手の顔はエアバッグで見えないが、動く様子がないところを見ると、気絶しているのかもしれない。それか、死んでしまっているかだ。フロントガラスは割れて、血が飛び散っている。

──助けられるか?

 いてちようは、弱気になるつもりは無かったがそう思ってしまった。非常にアンバランスな状態のまま、軽自動車はかろうじて崖に転落せずに済んでいるが時間の問題だろう。

──下手に触れば、もろとも落ちてしまいそうだ。

 車内の人達が少し動くだけでも危ない。

 渋滞に居合わせた人々は遠巻きに事故現場を見守っている。

 そして、走り出して急に止まったろうせいはというと、着物の袖から扇を取り出していた。

 それは開くと、周囲にびりりと冷気が走った。

「……ろうせい、もしかして、やるつもりか?」

 問われて、ろうせいうなずく。いてちようりゆうを逆立てて、扇を取り上げた。

「四季条例に違反する」

 今度はろうせいが乱暴に扇を取り返す。

「しないだろ」

「いや、する……たとえ、民草が悲惨な状態でも季節を顕現せしむる以外に四季の力を……じんつうりきを使ってはならない。四季条例第一条だ。気持ちはわかるが……軽率な行動は出来ない。私が……私が何とか中の者を助け出してみる。お前は車に戻りなさい」

「……おい、いしはら

 急に呼ばれて、ハラハラとやり取りを見守っていたいしはらはびくりと身体からだを震わせた。

「は、はい!」

 わいそうに、男同士のけんのんな雰囲気に巻き込まれたいしはらは、明らかに狼狽うろたえた様子を見せていた。

「四季条例第二条を唱和しろ」

 その上、ぶしつけに命令を下される。

「……え?」

「唱和しろいしはら!」

「は、はは、はい!」

 いしはらは暗記に自信があるのか、戸惑っている様子ではあったがすぐにあんしようしてみせた。

「四季条例第二条、四季の代行者はその身に危険が及ぶ場合、他者へじんつうりきを使うことが認められる……です!」

「さすがいしはらだ」

 ろうせいいしはらの小さな背中を力強く片手でたたいた。いしはらは前につんのめる。

「あああ、ありがたき幸せ……」

いてちよう、いいか。俺は交通事故により渋滞に巻き込まれている。過激派の連中……賊の攻撃を警戒しながらの移動中だ。そうだな?」

「……不用意に窓を開けていたやつが言うと腹が立つが、そうだ。だからお前をいさめたんだぞ」

「渋滞は早期に解消する状況ではない。見ろ、横転したトラックが道路を完全に封鎖してしまっている。そして引き返すことも無理だ。花見客の渋滞で車は動ける状態ではない。俺達はいま正に賊に襲われれば八方塞がりの状態にある。その上、戦いが発生すれば民にまで被害が及ぶ。辺り一面、動けない車ばかりだ」

 いてちようは聞きながら頭痛がしてきた。

──本当に、御しがたいあるじだな。

 彼のあるじは、もう誰が何を言おうと聞く気は無さそうな顔をしている。

「車を捨てる手もあるが、ここから徒歩での下山は得策ではない。となると、やはり事故現場を円滑に回す必要がある。俺が今からやることは、降りかかる火の粉を払うようなものだ。そして四季の代行者は条例に定められている通り、自身に危険が及ぶ状況では他者へのじんつうりき使用が許される。だから、あの車を助け……いや、移動させる。中の者も邪魔だな。移動させる。そうすることでこれから駆けつけてくる事故対応の者も素早く動ける。結果、渋滞が解消する。となれば俺の安否は早急に……」

「もう、いい」

 いてちようろうせいの唇に手を当てて黙らせた。ろうせいは、『ふがっ』と言ってからその状態のままじろりといてちようにらむ。いてちようは手を離してやった。

「あのな、私はお前が何よりも大事だから口うるさいんだ。わかっているかろうせい

 すごみのある声音で言われて、さすがのろうせいも威勢のよい態度を引っ込めた。

「……わかっている」

 わかってないだろう、といてちようはため息混じりに言った。

ろうせい、お前はわかっていない。今からやることは、後々お前の身を危険にさらすかもしれない。お前が危険になると、守っている者達も危険になる。私は良い。お前の従者だから。お前の為なら命くらいくれてやる。お前が世界で一番大切だからな……だが、私以外の護衛はそういうわけにもいかない。恋人や家族がいる者もいる。そういうことを全部んでもやると言うんだな? 私は本当なら絶対こんなことはやりたくないぞ」

「……」

 いてちよう台詞せりふは、ろうせいの良心を的確に刺した。自分の振る舞いがどういった余波を周囲にもたらすのか、ろうせいは過去の経験で嫌というほど知っていた。だがそれでも。

「……悪いが、それでも、やる」

 ろうせいは意志を曲げない。

 今そこにある悲劇を、目の前で起きている残酷な現実を、指差して言う。

「助けられる命が目の前にある」

 その間にも、悲鳴のような泣き声が聞こえてくる。

「あの車に子どもと……恐らくは親だろう。何名かわからんがとにかく命がある」

 今度はろうせいいてちように突きつけるように言う。

「俺がすぐに救えば、これからも続く命だ。お前ならその意味、わかるだろ」

「……その言い方はずるいな」

「お前だってずるい言い方をした」

「お前に自分の立場をわからせる為だ」

「わかっている。お前の言う危険性もわかる」

「だったら……」

「俺は何千、何百は救えない。救わない。その立場にない。そういうのになりたいわけでもない。そこは理解してくれ。力があるから傲慢になっているわけじゃない」

 挑むようにいてちようを見る。

「でも、あの親子は救えるだろ。今そこに居るんだぞ?」

 その声には、ただ正義感にあふれる青年と言い切れない重みがあった。

「……」

「見捨てるのか……いてちよう?」

 声音には、いてちようへの懇願も入り混じっていた。

 いてちようはもう何度目かのため息をいた。それからいしはらに向かって複雑そうに苦笑いをする。

「……いしはら女史、後で、二人でかなりの量の書類を書く羽目になるが……」

 その言葉はすべての事柄の了承と言えた。いしはらは破顔してから力強くうなずく。

「構いませんいてちよう様! 子どもが泣いています!」

「よく言ったぞ、いしはら。お前は見込みがある」

 いしはらはまたろうせいに背中をたたかれたが今度はうれしそうに笑っていた。

ろうせい、今回は特例だ。決めたなら速やかにやるぞ」

「ああ、では段取りを言う。いしはら、お前は少し待機していろ。看護師免許を持っていたな。助けた後はお前に託す。いてちよう、氷の上をうまく歩けるのは俺とお前しかいない。その無駄に発育した身体からだかせ」

「かしこまりました、ろうせい様」

「……了解した……舞踊術式は使うなよ。音声術式だけだぞ……人目を避けたいところだが……この人だかりじゃ無理だろうな」

 ろうせいは扇を目の前でばさりと開いた。美しい冬景色が描かれている。

「冬に戻すわけじゃない、繊細な作業になるから、じんつうりきを高める為に歌うが、小声でやる」

 いてちよういしはらが人をかき分け道を作る。開けた先には絶体絶命の状況が広がっていた。

 泣いている子どもは後部座席に居るのだろう。少女と少年、どちらの声もする。

 助けを求めている。言っていることはただ一つだ。

「お父さんを、助けて……助けてええっ……」

 二人共、自分ではなくぴくりとも動かない運転手の父親の救助を求めている。自分達も怖いだろうに。それよりも、返事をくれない父親のことが心配で仕方がないのだ。

──何としてでも、助けてやらねばならない。

 ろうせいは深呼吸をして、車に的を定めるようにして扇を向けた。漆黒の着物の青年が何をするのかと、人々は固唾をんで見守っている。

りつつるぎを突き立てて 月の色すら白に塗れ」


 足元に、薄い氷面が作り上げられた。

 それは波のように周囲に押し寄せ、やがては落ちかけている車の方まで向かう。


「雪月花の夢はとこしえの眠り 病者への慰め」


 氷面から、形あるものが生まれだした。

 氷のつるくさ、茂み、雑草、小さな芽がまたたに成長し木々の姿へ。

 生命いのちある動きで次々と増殖していく。

 まずはガードレールを、次に車にまでまとわりき、氷結させていく。

 つるくさが腕を伸ばすようにして車の尻を持ち上げた。

 落下しかけていた車が徐々に道路に引き戻されていく。

 色はない氷だというのに、緑野に見える。


「秋を殺して春に死ね」


 氷の緑野だ。

 やがてその氷の緑野には花が咲いた。

 春に花々がそのかんばせを人々に見せつけるように、華麗に咲く。


むべき者は もろともに死を」


 咲いた花々は、すべて、春の花だった。

 冬の代行者が氷で春景色を描いているのだ。

 他にも選択肢はあっただろう。自身の季節を知らしめる冬の花でも良かったはずだ。


「嘆きはすべて 白に塗れ」


 けれども彼は春の花を描いた。

 春の代行者が桜色に染め上げたこの土地を、けしてけがさないようにえて選んだ。

 彼女がいまらずとも、この花を受け取らずとも。

 ろうせいひなぎくおもって氷の花を咲かせることに意味があった。

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