春夏秋冬代行者 春の舞《上》

第一章 春の代行者 花葉雛菊 ⑩

 春は麗らかに。


 夏は朗らかに。


 秋は淡々と。


 冬は静々と過ぎていくものだ。


「……所定の位置からではありませんでしたが、滞りなくこの土地一帯の春の顕現が済みました。おめでとうございます、雛菊様」


 はじまりは冬だった。

 世界には冬しか季節がなく、冬はその孤独に耐えかねて生命を削り春を創った。


「ん……なずな、ちゃん、も、おうち、に、帰せて、よかった、ね」


 春は冬を師と慕い、常にその背を追いかけた。

 冬は春のあたたかさを愛し、教え導いた。

 冬と春との繰り返しがその後永遠と続いた。

 すると大地が悲鳴を上げた。

 休まる時が無い、と。


「……薺には元気に育ってほしいものです」


 動物が愛を育んでは眠り、木々は青葉に包まれたと思えば凍てつく。

 これならば、ただじっと耐えるばかりの冬の世界だけでよかったと。

 一度春を知ってしまったからこそ、冬の世界が来ることが耐えられないと。

 冬は大地の願いを聞き入れて、自分の生命を更に削り夏と秋を創った。


「……雛菊様、いま気が付きましたが、ヘリ……ヘリが見えます。あれ……四季庁所有のものです。たぶんこちらを捕捉されていますね。逃げますか?」


 厳しい暑さの夏は自分を疎んだ大地への嘆き。

 段々と生命の死を見せていく秋は自分をまた受け入れてもらう為の時間として。

 大地がそれを受け入れたので、季節は春夏秋冬と巡るようになったのである。


「……もう、春に、しちゃった、し。かわいそう、だから、つかまって、あ、げ、ようか……?」


 四季達はそれぞれの背を追いかけて世界を回ることで季節の巡り変わりを齎した。

 春は冬を追いかけ、それに夏と秋が続く。

 後ろを振り返れば春がいるが、二つの季節だけだった時とは違う。


「……はい、雛菊様」


 春と冬の蜜月はもう存在しなかった。

 冬は春を愛していた。動物達が夫婦となり生きていくように、春を愛していた。

 春もまた、運命の如く冬を愛し返した。


「……此度の御身の神儀は誠に素晴らしいものでした。雛菊様、どうか自信を持って下さい。今回で証明されました。雛菊様はもうご自身の意思で春の顕現が出来ます」


 その密やかな情熱に気づいていた秋と夏は、彼らの為に提案をした。

 大地に住まう者に、自分達の役割を任せてはどうかと。


 力を分け与え大地を一年かけて巡り歩く、その名を四季の代行者。


「…………さくら、が、春を、見せて、あげて、って、言った、から、だ、よ」


 始めは牛に役目を与えたが足が遅く、冬だけの一年になった。

 次に兎に役目を与えたが途中で狼に食われて死んだ。

 鳥は見事に役目を果たしたが、次の年には役目を忘れた。


「さくら、の、為、なら、ね……」


 どうしたものかと頭を抱えた四季達の前に、最後に人が現れ申し出た。

 自分達が四季の代行者となりましょう。

 その変わり、どうか豊穣と安寧を大地に齎して下さい、と。

 春と夏と秋と冬は、人間の一部にその力をお与えになり、冬は永遠に春を愛す時間を得た。


 かくして世に四季の代行者が生まれたのである。


「さくら、の、為、なら……雛菊、は、出来る、の……がんば、れる、の」


 さくらは春を迎えた山の麓に迫りくるヘリの風圧から雛菊を守りつつ、挑むように見る。


 ――これから、どんなことがあっても、雛菊様だけはお守りしなくては。


「……後悔、されていませんか。雛菊様」


 尋ねられた春の神様は、首をかしげる。






「…………十年前、貴方は誘拐されて、この国から春が消えていた」






 さくらは、敢えて突き放すような言い方で問いかけた。


「そして今になっての帰還です。否が応でも注目を浴びるでしょう。事情を知りもしない者達が、好き勝手に物を言うはずです。訳知り顔で、我々のことを語る……」


 痛みを我慢するように唇を一度噛み、それでも言う。


「『可哀想だ』と。『心が折れただろう』と。『傷付いた娘が使い物になるのか』、『出来るのか』、『どんなことをされたのだ』と、無遠慮に、ナイフを突き立てるように言ってくる」


 言う度に、自分自身が傷ついていく。


「きっと私達は今より傷つくでしょう。それでも、耐えられますか?」


 苦しげに、詰問するように問いかけたが、本当のところ、これはさくらの『願い』だった。


 ――耐えて、くれますか。


 この神様に祈っていた。自分と共に運命と戦って欲しいと。


「……」


 さくらの問いかけに雛菊は。


「うん」


 春の少女神は、毅然とした態度で頷いた。


「出来る、よ。誰が、何を、言おうと」


 しっかりと自身の下僕を見つめながら頷いた。そこに嘘はなかった。覚悟だけがあった。


「……そんな、すぐ、はっきりと……答えていいんですか……」


 その堂々とした返事に、さくらはまるで愛の告白を受けいれてもらったかのように、泣き笑いをしそうになる。


「いい、ん、だよ」


 さくらの神様も微笑った。儚い笑みだ。

 だが、その言葉には大いなる信頼が込められていた。


「だって、さくら、守って、くれる」


 疑いのないまなざしが、朝日のように眩しい。


「もう、離れ、ない」


 そうでしょう、と問われて、さくらは。


「はい、雛菊様」




 さくらは、『やはりこの人の為に死のう』と思った。




 ――わたしの神様。


 頭の中で、鐘が鳴った。辛く苦しい日々を、今日という日の為に生きてきたと確信した。

 この少女神への忠誠心は本物だと、今、この瞬間再確認出来た。


 ――病める時も、健やかなる時も。


 義務感とは違う。


 ――喜びの時も、悲しみの時も。


 使命感とは言い難い。


 ――富める時も、貧しき時も。


 しいて言うならば、これは運命で。


 ――貴方を守り、貴方を敬い。


 真実のところ、これは信仰で。


 ――貴方を慰め、貴方を助け。


 そして信仰を捧げるべき相手は正に神で。


 ――命ある限り、貴方の為に戦うことを誓う。


 殉教出来なかったあの時を挽回する機会がいま与えられているのだ。


 だから何だってする。



 何故ならこれは信仰だから。



「雛菊様……今度さくらが雛菊様を守れない時は、さくらが死ぬ時です」




 ――十年前、貴方を助け出せなかった罪を背負って、いつか死ぬ。




「それが、さくらの幸せです」

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