春夏秋冬代行者 春の舞《上》

第一章 春の代行者 花葉雛菊 ④

「雪かきにいくの」



 雛菊とさくらが駆け寄り事情を聞いた子どもは、やはり近隣に住まう女児だった。


 名は薺、今年で十二歳になるという。


「おやまに……ソリ、と、スコップ、もって、雪かき、いく、の?」

「雪で遊ぶなら家の前でも出来るだろう。帰れ」


 知らない人間の口から出る強い口調の言葉に、薺は困惑のまなざしを返す。


 ――身分を知らせれば言うことを聞くかもしれないな。


 さくらは自分達が何者であるか話すことにした。


「…………自己紹介が、まだだった。自分は姫鷹さくら。身分は四季の代行者護衛官。そしてこちらにいらっしゃるのが花葉雛菊様。この国の春の代行者であらせられる」


 驚くのを期待していたが、薺はいまいち雛菊の身分の凄さがわかっていないようだった。

 首を傾げて、ますます不審そうなまなざしを向けてくる。


「……さく、ら、小さい子、に、雛菊、を理解、むずかしい、と、思い、ます」

「はい、ご指摘の通りで……反省しております……」


 どう説明しようか考えていたら、雛菊のほうが薺と目線が合うように膝を折って笑顔で話しかけた。さくらは驚いて見守る。


「あの、ね、雛菊は、春、を呼ぶ、ん、だよ」


 それは相対する者のこわばった心を、まるで雪を解かすように優しく包む声音だった。


「ハルって、なに?」


 薺は至近距離で見る雛菊の容姿の良さにどぎまぎした様子を見せる。

 雛菊は雛菊で薺の初歩的な質問に目を大きく見開いた。


「……春、しり、ま、せんか……?」

「しらない」


 その回答は、雛菊の心に少しのからっ風を吹かした。隣で聞いているさくらの心中は穏やかではない。だが、雛菊はすぐに『そっか』とつぶやいてから優しく言った。


「春、は、ね……」


 まるでお伽話を語るように薺に説明する。


「季節、のひとつ、なの。いままで、十年、なかった、けど、ことしから、あり、ます。四季って、四つの季節って、かく、でしょ。いま、三つ。本当は、四つ、なの」

「……お姉ちゃんは、その四つめの……ハルをよぶの?」

「そ、う、だよ。本当はね、春、夏、秋、冬、なの」

「今は冬だよ……冬の代行者さまが、季節を呼んだの」

「すごい、物知り、だ、ね。そのとおり、です」


 褒められて薺は嬉しそうな顔をした後照れた。


「……学校の授業で習うんだよ。ハル……はる……あっ」

「春、思い、だし、て、くれ、た?」

「うん、でも……春って失くなったんでしょ? 春が居なくなったから、竜宮も昔とは違うんだってお父さん言ってたよ。本当はこんなに雪も降らないし、ずっと暖かいんだって」


 薺は彼女達を囲う雪景色を指差す。雪原は果てしなくどこまでも続き、終わりがない。


「……うん。いままで、雛菊、いなかった、から、春、大和に、贈ること、出来なかった、の。……でも、ね、戻って、きた、ん、だよ……」

「……本当に、春の代行者さまなの?」

「うん、雛菊、この国の、春の、代行者で、す」

「えー……なんか怪しい。偽物っぽい」

「えっ」

「だって、変な喋り方。とぎれとぎれ。どうしてそんな喋り方するの? やっぱり偽物?」

 子どもの矢継ぎ早の質問攻撃に、雛菊はたじたじになる。 

「おい、お前、あまり調子に乗るなよ……」


 さくらは大人しく見守っていたが、今の台詞は許せなかった。さくらには許せないことがたくさんあった。基本的に短気なのだが、怒るのは主に仕えている春の少女のことだ。そしてその中でも、自分の主の特殊な喋り方を馬鹿にする者は何より嫌いだった。


「小童。お前がどう理解しようが、この方は四季の代行者様。春の御方だ。これから十年ぶりに儀式をされる。お前は春の顕現をする我らの仕事を邪魔している。大人しく此処を去れ」


 自然と冷たい声が出る。容赦ないさくらの言葉に、薺は萎縮したように肩を縮めた。


「さく、ら」

「子どもにはこれくらい言わないとわかりません、雛菊様」

「怖く、いうの、だめ、だよ……えと、ね、なずな、ちゃん。雛菊、は、本当に、春の、代行者、です。竜宮を、ね、春に、するの。そしたら、雪が解けて、春がきて、冬が、おわる、から、なだれ、起きるかも。みんなに離れてね、ってお願い、したの。だから、ね……」

「ねえ、ひなぎくが神様だって証拠見せて。そしたら言うこと聞くか考えてあげる」


 告げられた言葉に、さくらと雛菊は顔を見合わせる。手強い子どもだ。

 子ども特有のらんらんと輝く大きな瞳で見つめられ、これは見せた方が話が早いのでは、という問答が主従間で無言でやりとりされた。


「わ、かった。あの、ね、なずなちゃん、いまから、見せます。でも、ね、一つ……訂正、あり、ます。雛菊は、神様、じゃ、あり、ません」


 これは定義が難しい問題だった。大和ならず、世界各国で様々なことを言う人がいる。

『彼ら』は神だ、否、神ではない。人だ。否、人ではないと。


「どちらかと言えば、現人神でしょうか……雛菊様」

「……ええと、雛菊、は、神様、のつもり、ないよ。ちがい、ます、雛菊達、四季、の代行者は、神様では、あり、ま、せん」

「ちがうの? 四季の代行者さまは、魔法のちからで季節をくれるのに?」

「はい、その、とおり、です」

「でも、神様じゃ、ないの……?」


 その問いに、雛菊は困ったように微笑いながら、着物の袖から巾着袋を取り出した。中から花の種を掴み取ると、温めるように握る。


「神秘、の、力は、あり、ます。で、も、それは、あずけられてる、だけ」


 雛菊が柔らかく握った手のひらを開くと、しばらくして卵から鳥が孵化するように小さな緑の芽が種から出た。


「雛菊、たち、のもの、じゃ、ない、です。ただ、こういう、こと、できる。それ、以外、ふつうのひと、と、雛菊は、自分を、思って、ます。おなじ、かわりません」


 芽が葉をつけ、花を咲かせ、やがては一輪の薔薇として開花する。

 きっと何処の山林を探しても、これほど美しい薔薇はない。作られた美しさだ。


「四季の、代行者、は、春、をつげ、夏を、こし、秋を、そそぎ、冬を、捧げます」


 薔薇に魅せられた薺に、春の代行者雛菊が物語を始めるように囁いた。



「けれど、も。あくま、で、代行者。春夏秋冬、を、つか、さ、どる、代行者、です」



 春夏秋冬は如何にして巡るか。



 問えば教科書の答えではこう帰ってくる。


『春夏秋冬は四季の代行者が巡らせる』と。


 世界の創生は、国によって違うものだが季節のあり方と朝と夜のあり方だけは共通している。春夏秋冬は四季より力を賜った四季の代行者が齎し、朝と夜は暁の射手と黄昏の射手が空に矢を放ち齎す。遠くの人と電子機器で会話をし、演算で未来を予測し、鉛の塊を撃ち殺し合いをするこの時代でもそれは変わらない。


 神代の時代に四季からその仕事を『代行』した末裔達。彼らを総称して四季の代行者と呼ぶ。山を超え、谷を越え、世界の果ての果てまで、どんな場所にも四季を届けるのが彼らの仕事だ。


 春の代行者、夏の代行者、秋の代行者、冬の代行者と四人の代行者が存在し、極東のこの国に於いては四季庁なる機関まで存在し滞りなく運営が行われている。

 かつてはそれこそ大陸を練り歩き季節を齎す巡業をしていたが、馬に代わり馬車が、馬車が車となり、車が飛行機となった。

 近代的なやり方をとってはいても、やっていることは遥か昔から変わらない。

 彼らは盟約を守る為に永遠と四季を巡らせている。


 春の代行者が花を咲かせた後、夏の代行者が灼熱の太陽が映える緑野を召喚させれば、数カ月後には同じ場所を秋の代行者が生命力を吸い取り腐敗させ、紅葉と銀杏の絨毯を敷く。そして冬の代行者が秋の代行者が染めた世界を順番に銀色の雪原に変える。


 それが四季の代行者である。



「四季の代行者さまはさ、どうしてここにいるの?」



 無垢な問いかけに、さくらは苛々してきた様子で答える。


「だから、春を咲かせに来たと言っているだろうが」

「じゃあはやく竜宮を春にしてよ」

「お・ま・え・な! お前のせいで出来てないんだぞ!」


 さくらは思わず大きな声を出す。


「なずな、何かわるいことした?」

「現在進行系でしてる! お前のような児童が一人出歩いている場合、年長者が保護か指導をすべきなんだ! だから我々は動けなくなった! 神事を控えているのにお前に時間を割いている! いいか、反省をしろ!」

「さく、ら。そん、な、こわい、いいかた、だめ、だよ」


 さくらは主にだけは笑顔を貼り付けながら、しかし青筋を立てて言う。


「……雛菊様。こういうのはちゃんと言わないと……おい、さっさと竜宮岳から去れ。というか何をしにいくつもりだったんだ?」

「……雪かき」

「はあ……? いま時期、山を雪かきして何をする? 全部雪じゃないか。誰かに言いつけられたことか?」

「違う」

「じゃあ、自分でやりたくてやっているのか。そんな馬鹿な話があるか。嘘をつくな」

「嘘じゃないもん」


 さくらも苛立っていたが、薺も段々とさくらに腹が立ってきたようだ。頬をふくらませる。


「自分でやりたいから来てるのっ」

「雪かきが好きなら家の前ででもやってろ。いいか……お前が居なければ我々は今頃春の儀式をしているんだ。我々とお前の一秒は対等ではない。速やかにお前を親元へ帰すぞ」


 さくらは言ってから荷物のように薺を小脇に抱えた。薺はただでさえ小柄な上に、身長百七十センチメートル近いさくらに抱えられるとぬいぐるみのようだった。


「やだやだやだやだっ」


 まるで空を泳いでいるかのように手足をばたつかせる。


「くっ……こいつ海老か」


 海老のように反り返って抵抗する薺に脇腹を蹴られてさくらは手を離した。華麗に着地した薺に舌をべえと出されてさくらはわなわなと震える。


「何だこの餓鬼は! 海老だ!」


 雛菊は二人の様子が面白かったのか、着物の袖で口元を隠して震えた。


「雛菊様!」

「な、なあに……ふふ」

「笑い事ではありませんよ! 時間は無限ではないのです。日が暮れる前に儀式をする予定なのに……!」

「ち、ちがい、ます……雛菊、まじ、め、です。わらって、ません。ほら、まじめ」

「いや、今笑ってましたよね? 何で嘘つくんですか。可愛いからいいですけど……」


 さくらは、はぁとため息を吐いた。


 ――速やかに、儀式を終了せねばならないのに……。


 薺は、いつの間にか逃げて雛菊にぴったりと抱きついてしまっている。


「ねえ……さく、ら。この子、の、おとう、さん、おかあ、さん、探して、呼んで、きて、もらっても、いい……? 待ってる、あいだ、雛菊、この子、に、ついて、る」

「駄目ですよ! 護衛なしになどさせられません」

「だいじょ、ぶ。ちょ、と、のあいだ、だし……さくら、足、はやいし」

「そのちょっとの間が駄目なんじゃないですかっ! わかっているでしょう!」

 思わず、さくらは悲鳴じみた声を上げてしまった。言ってから自分で自分の口元を隠す。

「……うん、ごめん、ね」


 雛菊は、微動だにせず、真っ直ぐにその激情を受け止めた。


「…………さくら、もう、気に、しなくて、いい、ん、だよ…………?」


 それは傍から見れば、ただの優しい声掛けだったが、さくらは心の古傷をえぐられた。


 ――どうして、そんなことを言うんです。


「……しますよ。一生、します」


 手のひらを、今度は自分の顔全体に当てて覆い尽くす。目の前の少女を見るのが辛かった。

 彼女が清廉であればあるほど、優しければ優しいほど、小さな痛みがさくらの胸に走る。


 ――この方の一挙手一投足、何もかも。


 見ないでいられたら。


 ――目を塞いでいられたら。


 傷つかなくてすむのに。


 ――だがどうしても、見てしまう。


 焦がれるように、視線を注ぐ。

 この少女を、けして見失うな、と、自分自身に戒めを授ける。

 さくらはそれを、随分と長いこと肝に銘じてきた。従者の葛藤を知ってか知らずか、雛菊はやはり暖かな陽光のようなぬくもりの声音で言う。


「ん……でも、ね、いまの、雛菊、は、いっしょ、でしょ。だから、だいじょ、ぶ、だよ……」


 罰と罪悪感を齎すその人は、いつだって、さくらに優しいのだ。


「……雛菊様」

「な、あ、に」

「さくらは、雛菊様の駒です」

「駒、じゃ、ないよ」

「では刀です。貴方が唯一信用していい味方です」

「……うん」

「申し訳ありません。一時ですが失念しておりました。私は雛菊様の守り刀なのだから、御身の成すべきこと、成されたいこと、それを助けなくては」


 さくらは、心を切り替えることに成功したのか、普段の涼し気な雰囲気のまま言う。


「御身を守りつつ、特例ではありますが、その小童も守りましょう。きっと雛菊様は……そうされたいのですね?」

「いいの……?」


 雛菊は、太陽でも見るような目つきでさくらを見つめた。そしてにっこりと微笑んでから、薺に微笑みかける。


「あり、がと、う……! なずな、ちゃん。さくらが、いいって、言った、から、雛菊、なずなちゃん、の、ご用事、つきあっても、いいです、か?」

「一人でだいじょうぶだもん」

「なずな、ちゃん。お家のひと、に、ちゃんと、言って、から、出て、きたの、かな?」

「……」

「でも、雛菊、と、さくら、いれば、おうち、のひと、に言い訳、出来ます」

「…………………………いいの?」

「うん、いいん、だ、よ……なず、な、ちゃんは、まだ、小さい、ん、だから……」


 菓子のように甘い声で囁く雛菊をさくらは盗み見た。


 ――偶に、大人びたことを言われる。


 さくらの瞳には、雛菊はもっと小さな子どもとして映っていた。

 だから時々彼女が大人びたことを言うと、はっとするのだ。



 ――そう言えば、この方は十六歳なのだと、思い出される。



 出会った頃はもっと幼くて。


『■■さま、■■さま』


 小さな主に仕える毎日が楽しかった。


『さくら、いつも傍にいてくれてありがとう』


 選ばれた誉れが胸に嬉しくて。


『■■さまのこと……さくらも好き……?』


 どんな嫌なことがあっても、頑張れると信じていて。


『さくら、さくら』


 何からだって守れると。


『■■さま! ■■さま! さくら!』


 根拠もなく、そう、思っていた。


『お願いです……さくらを殺さないで、■■さまを殺さないで……』


 過去に戻れるなら、当時の自分を殺してやりたい。


『さくら逃げなさい』


 殺してやりたい。


『逃げて生きるの』




 お前のせいで、『雛菊様』は死んだんだぞ。




「さくら」


 名前を呼ばれて、さくらは意識を心の奥深くから引き戻した。


「……はい、雛菊様」


 さくらは、いつの間にかじんわりと冷や汗をかいていたことに気付いた。汗はすぐに寒風に晒されて肌が冷えていく。だが、今のさくらには必要な寒さだった。


 ――しっかりしろ。今度こそ、完璧な従者となるんだ。


「おい、海老娘……」

「な・ず・な!」

「薺、お前に貴重な時間を割いてやる。さっさと、山で雪かきしなければならないという場所を教えろ。手伝ってやるから……」


 さくらとしては手を差し伸べるつもりで言ったのだが、薺はぷいっと顔を横にむけると、雛菊の後ろに隠れてしまった。そしてまた舌をべえと出す。

 さくらの口元がひくひくとひきつった。


「雛菊様。この海老娘の用事が終わったらタクシーを呼んで娘を車に放り投げ、我々は儀式を再開しましょうね。そうしましょうね」

「う、ん。そう、し、ましょう」

「えーおばさんはこないで」

「この糞餓鬼、自分はまだ十九歳だ。大和ではお前と同じ未成年だぞっ」

「ふたり、とも、けんか、しない、で」


 娘三人は、そういうわけで肩を並べて道を進むことになった 。

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