春夏秋冬代行者 春の舞《上》

第一章 春の代行者 花葉雛菊 ③

 さくらが島の一番大きな町役場に電話連絡を一本入れたところ、五分後には役所職員が自家用車でドリフトをきめて駅に迎えに来た。

 年若い娘二人は顔色が悪い職員に運ばれ役所へと辿り着く。

 可哀想に、役所の担当者はこの来訪で万が一何か問題が発生した場合、誰に責任を押し付ければいいのか必死に考えている様子だった。


「四季の代行者様! その……まさか、今日来られるとは。あの、我が島は毎年代行者様方にご利用していただいておりますが四季庁からの通達がなかったので大変驚き……そうですか……春の代行者雛菊様が、隠密の旅を所望されたと……いえ、その……文句などは……ただ、本日突然のご来訪でしたので、何分、こちらもお迎えの態勢が整っておらず……こちらの支援は必要ないと? かしこまりました……ただいま入山許可証を発行させていただきます……」


 さくらは言葉に含まれた「責任の所在」を疎ましく思い、打ち切るように話を終わらせた。


 ――小物め。


 うんざりした顔で雛菊が待機している個室まで戻る。

 部屋の前には何処から噂を聞きつけたのか、この役所に届け出書類の申請や身辺の相談などをしにきた人々が彼女を一度拝もうと人だかりを作っていた。

 職員が扉の前で対処しているが、強引に扉を開けようとしている者も居る。ほとんどが年配者だが、中には若者が携帯端末片手に、今か今かと雛菊の登場を待ち受けている姿も見受けられた。さくらは慌てて駆けつける。


「雛菊様! 雛菊様!」


 人だかりをかき分けていくが、中々たどり着けない。


「……群がるな! 見世物ではない!」


 さくらが一喝すると、ようやく人々は道を開けてくれた。簡素な応接室といった内装の個室に入ると、さくらが血相を変えて守りに来た主は部屋の隅で膝を抱いて丸くなっていた。


「雛菊様! ご無事ですか!」


 さながらその姿はダンゴムシのようだ。

 雛菊は、さくらが近くまで寄って肩に触れるとようやく上体を起こした。


「……さく……ら……しらない、ひと、勝手に、おへやに……」


 よほど恐ろしかったのだろう。顔面蒼白になって手も震えている。


「嗚呼、雛菊様……おいたわしい。怖かったですね。握手や写真などに応じましたか?」


 雛菊は首を振る。どうやら途中で役所の職員が守ってくれてはいたらしい。


「……申し訳ありません。御身はお立場柄、どうしても注目を受けますから……」


 雛菊はそれを聞くと、心底困ったような顔をしてからさくらのジャケットの中に物言わずもぐりこんだ。


「雛菊様……あの、かくれんぼですか?」

「……さくら、の、傍に、いる」

「さくらは主が近くて嬉しいですが、御身は動きにくいのでは?」

「……さくら、の、傍に、いる……」

「雛菊様……」


 さくらは震える主の背中を撫でてやる。


 ――ただでさえ注目されやすいのに。


 さくらは少女雛菊を見た。彼女の主は神がかって端正な姿形をしていた。


 まるで海底に佇んでいるように波打つ豪奢な琥珀の髪。

 彼女が身動きする度にゆらり、ゆらり、ゆらゆらと、海月の舞踏の如く揺蕩う。

 佇まいは正にお伽噺の姫君。純白の花と長い髪紐で出来た花飾り。

 右頬の横に一房だけ三つ編み。その人を構成する要素一つ一つがまばゆいほどに清い。

 芸術家が丹精込めて『春の少女』を作れば、恐らくはこんな形を成した。

 そういう容姿をしている。

 可憐な身を包むのは淡い桜色の袴に真白の着物、ハイネックの内衣。

 リボンや布花、刺繍に装飾が至る所に大胆に施され、帯には大輪の花とも言える蝶々結びの飾りがつけられている。足元を飾るのは華美になりすぎず全体を引き締める印象をもたらせる革のショートブーツだ。

 古式ゆかしき大和の民族衣装に異国と現代の意匠を織り込んだ見事な着こなしである。


 ――本人が望まずとも魅了の力がある。近づく虫は排除せねば。


 主の衣装を任され、人目を引くような愛らしさに仕立てているのはさくら自身なのだが、そういうところは無視して強く決意した。


「ご安心下さい。裏口にタクシーを手配済みです。隠密に行動出来ますよ。もう自分が傍におりますから、悪漢どもは追い払います」

「雛菊、たち、もう、やま、入れる、の……?」

「ええ、雛菊様。許可はもぎ取りました」

「……もぎ……もぎとった、の? きょか、もぎとる、もの、なの……?」


 困惑気味の雛菊に、さくらは苦笑いを見せる。


「もぎとりました。今回、強行で来ていますからね。島の者には申し訳ないことをしました」

「雛菊、考え、な、しでした……ご、めん、な、さい……」


 さくらはかぶりを振る。そして主の気持ちを落ち着かせる為に優しく言った。


「いいえ。これくらい、何てことはありません。雛菊様。御身は御身が為すべきことだけお考えください。自分は御身を取り巻く雑音をすべて消します。それが役目ですから」



 役所で入山許可を経てからはタクシーを拾って竜宮岳と呼ばれる山の麓へ。

 タクシー運転手はもっと上まで車を走らせると言ったが、さくらが断った。


 ――ついてこられて、ネットに動画でもあげられたら困る。


 あまり人と関わらないようにしているのも一応理由があった。

 謎めいたへんてこな二人は、これから秘匿すべき行為をする予定で、そしてその様子は門外不出というわけである。車窓の外は一面雪景色。無駄な色は何一つ無い。

 登山道を進むと島の観光源である竜宮神社がある為、道に除雪はされている。


 ――目標地点まで歩いて四十分くらいか。


 さくらは注意深く携帯端末の地図を見る。

 彼女がこの旅のあらゆることを取り仕切っていた。あまり表情には出していなかったが、さくらの心は常に少しの緊張と恐れに満ちていた。


 ――大丈夫。今の所、大きな問題は無い。万事順調だ。


 自分を励ますように心の中でそう言い聞かせた。それから対主専用の微笑みを浮かべて雛菊に話しかける。


「雛菊様、儀式の設定場所まで自分が背負います。よろしいですか?」


 気を利かせて言ったつもりだったのだが、主はぽかんとした顔を見せた後拒否した。


「だ、だ、め、です」

「……ご自分で歩かれると? でも……」

「ん……雛菊、りっぱ、に、勤め、はたし、ます」


 可愛らしく頷かれて、さくらは暫し骨抜きになる。それからハッとして言った。


「いえ、今回は、四季庁からの動員なしですから、通常はあるはずの駕籠がございません。なので、自分が駕籠の代わりを……」

「か、ご?」


 雛菊も疑問符を浮かべた駕籠とは人を乗せて運ぶ物だ。木製の箱などに木の棒を通して前後で担ぐ。正に時代活劇などで見る古めかしいものである。

 雛菊は説明を聞くとぎょっとしたように目を見張り、絶対に嫌だぞという意思を強く表した。


「や……雛菊、ある、き、ます。駕籠、なんて、いと、はず、か、し」

「……照れすぎて言葉が時代がかってますよ、雛菊様。しかしですね……恥ずかしくても疲れないことが大切なのです。そして駕籠がないので自分が背負おうと。疲労のことだけではないですよ。外は寒いです、背負えば少しは……」

「着物、の、した、カイロはってるもん……それ、いう、なら、さくら、も、つかれてたら、だめ、でしょう。雛菊、さくら、守る、でしょ?」

「もちろん、守ります」

「じゃあ、守る、ひと、つかれ、て、も、だめ……でしょう?」


 白魚の指で、つんと鼻を弾かれて、さくらは無言のまま数秒顔を赤らめた。


「……自分を気遣って下さっているのですか?」

「もち、ろん。さくら、雛菊の、大事な、ひと、だもの……」

「嗚呼、雛菊様……さくらなどにそんな……勿体ないお言葉です」

「では私が背負いましょうか?」


 美しい主従愛の横からタクシー運転手がいらぬ言葉を挟んできた。会話がタクシー内だったので不自然ではないのだが、さくらは射殺すように運転手を睨んだ。


「……要らん。割り込むな。次やったらぶっ飛ばすぞ」


 さくらは、こと、自分と主の世界を乱す者には敏感であった。


「ひえ……」


 タクシー運転手はさくらの睨みに肩をすくめる。


「すみません。しかし……春の代行者様がいらっしゃると聞いていたら、町の衆一同で担ぎましたのに……除雪もしてありますが、その後にまた雪が降っていますからお足元も危ないですよ……はあ、言ってくだされば、雪かきもしましたのに……」


 しつこく、そして悲しげに言うタクシー運転手に、その必要はないと冷たくさくらは言う。


「我々が来たのだから、やがて雪は去る。携帯電話が通じるようなので、儀式が終わり次第またそちらの会社のタクシーを利用させていただきたい。それでよいか」


 タクシー運転手は破顔してその申し出を受け入れた。『神様を乗せた』と子どもや妻に自慢が出来ると喜び感謝の言葉を何度も重ねる。別れ際、雛菊と握手をしてその手を離そうとしないタクシー運転手を今度はやんわりと剥がし、さくらは雛菊にインバネスコートを羽織らせ、マフラーをリボン巻きにすると自身もコートとマフラーを着込んで車外へと出た。


「さて、ようやくお仕事の時間です。雛菊様」


 どどん、と効果音が鳴りそうな言葉に、雛菊は両手をぎゅっと握って拳を見せながら言う。


「は、い、雛菊、春の、代行者の、しごと、します」


 雛菊もまたさくらの真似をして拳を握ってみせた。今現在の雛菊は心配性な従者に着ぶくれするほど防寒をさせられてもこもこになっている。


「素晴らしい意気込みです」

「ですっ」

「しかし……やはり次回からは儀式で邪魔する地域には連絡を入れたほうがよいですね……四季庁の者達も今頃我々のゆくえを知って必死に探しているでしょうし……」

「……」


 その言葉に、やる気に満ち溢れていた雛菊は花がしおれるようにしゅんとした。


 ――しまった、失言だった。


 さくらは慌てて付け足す。


「いえ、あのですね。雛菊様が隠密に行いたかったという気持ちは理解していますよ。復帰されてから初めての儀式ですから……それに」


 主から視線を少し逸らして、思い出したくもない過去を頭に浮かべながらさくらは言う。


「意気込んで四季庁の奴らが総勢五百名の関係者を集い、衆人環視の場でやるという企画を持ってきた時に最初に激怒したのは自分ですし……春の職員との関係は最悪なものになってしまい……その……申し訳ありません。今後の活動に支障がないと良いのですが……」

「……うう、ん。さくら、雛菊の、かわり、してくれた、だけだもの。さくら、わるくないよ」


 自分をかばってくれる雛菊の優しさにさくらは心うたれた。


「それに……代行者の、ぎしき、秘匿、じこう。かんけいしゃ、なら、ごひゃくめい、もいい、とか、へん、で、す……絶対……。おまつり、じゃ、ない、です……」

「はい。それは仰る通りです。十年ぶりということもあって、春の部門の四季庁職員も浮かれているんでしょう。あれらにとってはお祭りでしょうが、我らにとっては違います」

「はい、ちがい、ます」

「命を賭して、行うもの。秘匿されるべき儀式です」

「うん」


 ――それに何より、雛菊様が自信を持って春を召喚出来ることが大切だ。特に今回は……。


 さくらは内心の恐れを顔には出さず言う。


「ここの道、真っ直ぐ行けば、竜宮神宮へと続く登山道があります。所定の場所までさくらがしっかりとご案内しますのでご心配なさらずに。そこで儀式を行いましょう」

「……うん、あの、ね、さく、ら」

「はい、どうなさいましたか? やはり背負いましょうか?」

「ち、がう。あれ……ね……ひと、じゃない、かな?」

 突然の報告に、さくらは疑問符を浮かべてから、雛菊が指し示す方向を見た。

 今、二人が居る位置から少し離れて始まる二股道の片方に、黄色い点が見える。

「……?」


 さくらは更に目を凝らして見た。視力一・五のさくらの瞳に、どうやらその小さな黄色い点は人間だということが判明した。


「……本当だ。人が、いますね」

「こど、も、だね」

「え、あれ子どもですか?」

「雛菊、しりょく、ろく。こども、たぶん、小学生、くらい、です」


 視力六・◯とは驚異的な目の良さだ。


「さく、ら、あの子、まいご、じゃ、ないかな……と雛菊、おもう、よ」


 主の健やかな身体に感動するさくらだったが、言われて現実の問題に目を向け直した。


「山に警報を鳴らしてもらったばかりですし。人払いは済んだはず……子どもが一人で居るのはおかしいですね」


 ――親は何をしている。イノシシにでも食われてしまうかもしれないのに。


 大袈裟とは言い切れない。夏になると竜宮岳は猪が出没する土地だった。

 深夜に列車が猪を轢いてしまうという悲しい事件は日常茶飯事だと聞く。


「……保護が必要でしょう。雛菊様、人と接触しますが、大丈夫ですか?」

「だい、じょぶ、あの子、子ども、だ、から……怖く、ない」


 それは、子ども以外の者は怖いという意味に聞こえる。さくらは心配そうに雛菊を見たが、彼女の主はまっすぐ視線を返し、訴えかけるように言ってきた。


「子ども、は、ね……守って、あげ、たいの」


 ひどく、実感のある言葉にさくらは大きく頷く。


「……はい、もちろんです。全て貴方のお望みのままに」


 結局、さくらは雛菊を背負って小走りで雪道を駆けた。子どもを保護する為には早く追いつかなくてはいけない。雛菊は背負われるのは嫌だと言った割には楽しそうに歓声を上げている。

 やがて、さくらの視界に可愛らしい防寒着と、黄色のニット帽を被った子どもが山へ向かう姿が映った。ソリを引いて歩いている。歩き方は迷いがなく、目的がはっきりしている様子だ。

 さくらは近づきながら子どもを観察した。雛菊の言う通り小学生くらいだろう。小柄で、もし後ろから人さらいが現れたら、簡単に攫われてしまいそうだ。


「おい! そこのお前! 止まれ!」


 人さらいに遭う。攫われる。危害を加えられる。


 この三点に関しては、さくらは大変過敏な娘だった。

 なので、さくらとしては善意の声掛けだったのだがその親切心はすぐに伝わることはなかった。突然後ろから人を背負いながら走ってきた高身長の女性に声をかけられて、子どもは驚いて逃げてしまう。数分追いかけっこをして、ようやく会話が出来るようになった。

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