第一章 極・クエスト

 俺の担任であり、短髪に筋肉という漫画でよく見るテンプレートな体育教師をそのまま具現化したやすおか先生が、目の前で爽やかに微笑ほほえんでいた。マッチョな体を支えきれずに小さな椅子がギィギィときしんでいる。

ゆう。それでどうだ? もうすぐ高校二年も終わりだが」

 この時期、職員室に呼び出される理由となると、相場は決まって進路相談だ。俺はほおきながら愛想笑いを返した。

「実はまだ全然目標が決まってなくて」

「進学か就職かぐらいは決めておいて欲しいな」

「すいません」

「まぁ良い。とりあえずそれは一旦置いておく。一度、お前とは例の件についてしっかり話し合わなきゃと思っていたんだ」

「例の件……?」

 気付けば安岡先生は真剣な表情となっていて、俺の目をじっと見詰めている。そして数秒の沈黙の後でゆっくりと口を開いた。

「高一の陸上競技大会でのことだ」

 心臓がどくんと大きく脈打った。それでも俺はどうにか平静を保つ。

「いや先生、あのことはもう……」

「お前の担任になった時から俺はこの話をずっと避けてきた。だが、やはり腹を割って話さなきゃならないと思う。そうでなきゃあ結城。お前は前に進めない。あの一件のせいでお前は進路も目標も定まらないんだ。そうだろう?」

「はぁ……」

「だが心配ないぞ! 結城ひろし!」

 突然、安岡先生は俺のフルネームを叫ぶと、肩にしっかと両手を当てた。

「苦しみなんかパワーに変えて進めば良いんだ!」

 あまりの熱意と直視が気まずくて目をらすと、机の上に置いてある本の表紙が視界に入る。


『苦しみをパワーに変えて進もう! 熱血教育アドバイザー まつけいいちろう著』


 ──いや本のタイトルそのまま言ってるし! つーか、メチャクチャ影響されてんな!

 俺のあきれ顔は先生には違って見えたらしい。

「分かるぞ。つらいよな。苦しいよな。俺ならあんなことがあったら何もやる気がなくなる。次の日、どんな顔して登校したら良いか分からない。自暴自棄になり家に引き籠もるかも知れない。だがお前はすごい。不登校にもならずによく頑張った」

 本には『生徒に共感してあげよう』とでも書いてあるのだろうか。きっとそうに違いない。けど先生、それ逆効果だよ。何かもうバカにされてるみたいで腹立ってきてるんで。

「本当に惨めで痛ましい出来事だった。俺も教師生活は長いが、あんなことはそうめつには……」

「先生。それ以上はめてください」

 するとやすおか先生はハッと気付いたような顔をして頭を下げてきた。

「悪かった。嫌な思い出をぶり返そうとしている訳じゃないんだ。ただこれから前に進むためにも過去の失敗を受け入れて欲しい」

「はぁ……」

「いや、ゆう! お前が受け入れられなくても代わりに俺が受け止めてやる! 実際、全くもって解決策が分からないし、俺にはきっとどうにもできない! だがとにかく受け止めるぞ! 一緒に解決策を探していこうな!」

 解決できないが何となく受け止めてみたいらしい。何と言ってよいか言葉を失っていると安岡先生は親指を立ててニカッと笑った。

「パワーを苦しみに変えて進もうぜ!!」


 ──逆になってんじゃねえかよ!! バカか、アイツ!!

 職員室を出た後、イライラしながら廊下を歩く。脳筋教師がけいもうしよを読んで感化されると、ああも迷惑極まりなくなるものなのだろうか。大体、例の件があったのは今から一年以上前である。俺としてはもうそれなりに心の整理は付いている……はずだった。

「……どうだった、ヒロ。進路相談は?」

 校舎の出口に差し掛かると、クラスメイトのさいとうたかふみが話しかけてきた。一緒に帰ろうと待ってくれていたらしい。歩きながら、俺は貴文に愚痴る。

「何一つとして得るものが無かったよ」

「まぁ進路相談なんてそんなもんだろ」

 貴文とは高一の時、陸上部で知り合った。色々あって俺は部活を辞めてしまったが、貴文はしっかり続けている。そして俺との仲もまた続いているのだった。

「それにしても無駄な時間だった。せっかく今日はファイクエ35の発売日だってのに。早く帰ってやりたいよ」

「は? ファイクエ……?」

 たかふみがあからさまに眉間にしわを寄せたので、俺は慌てて取り繕う。

「いやいや。こんな時期だからこそだって。高三になったら今よりもっと忙しくなるだろ? だから今のうちに好きなことを好きなだけ、」

「そうじゃねーよ。お前がまだフルダイブRPGなんかやってることにビックリしたんだ」

「え……」

 普段は気の合う友人が、いつの間にか侮蔑の表情を向けていた。

「高校二年生にもなっていまだに仮想世界でイキってたとはな」

「べ、別にイキってねえし!」

「どのみち、あんなのもう小中学生しかやってねえだろ」

 痛いところを突かれて、俺は大きないきく。

「はぁーあ。何でフルダイブRPGがこんなに人気ないのか、俺には理解できねえよ……」

 ベッドに寝そべり、専用のヘッドギアを装着するだけで夢と希望の脳内ファンタジー世界が体験できる。科学の粋を凝縮した最高のエンターテインメントの人気が近年どんどん衰退しているのは本当に信じられなかった。

 しかし貴文は断言する。

「やっぱ人間、体動かさなきゃだろ。フルダイブRPGなんてやってるやつはヒョロヒョロでガリガリで不健康で、気持ち悪いのばっかりだ」

「すっげえ偏見!」

「『VR世界の中でだけ普段は絶対できない俺TUEEEをしてストレス発散する』──簡単に言うと人間のクズだな」

「いくら何でも言いすぎじゃね!?」

「ってことでヒロ。これから一緒にジムでも行かねえ?」

 ずっと部活を続けている貴文は見るからに健康そうで、対して俺は一年前と比べるとかなり不健康になった。貴文の言い分もあながち的外れではないのだが……

「い、いいよ。体なんか鍛えたって、もう意味ないし」

 やんわり断ったつもりだったのだが、貴文は厳しい目で俺を見据えていた。

「だからってフルダイブRPGに逃げたって仕方なくね?」

「いや、逃げるって何だよ?」

 少し沈黙した後、貴文は吐き捨てるように言う。

「ゲームの中じゃあ世界を救う勇者でも、現実が意気地なしならとんでもなくダサいってことだ」

「だ、だからそれ、どういう意味だって、」

「言わなきゃ分かんないのかよ?」

 俺たちはいつの間にか駅前の交差点に差し掛かっていた。ファイクエを買うためには横断歩道を渡ってショッピングセンターに行かなければならない。

「チッ」と舌打ちするとたかふみは俺に背を向ける。そしてそのまま歩き出した。

「何なんだよ、アイツ……」

 険悪になった雰囲気のまま、俺は貴文と別れたのだった。


 進路相談でまった鬱憤を晴らせると思っていたのに、貴文と話して更にストレスが増加してしまった。立て続けに嫌なことが起きたが、それでも俺には希望がある。たとえ人気が無かろうが、貴文にボロカス言われようが、中学の頃からやり続けている『ファイナライジング・クエスト』通称『ファイクエ』のシリーズ最新作が俺を待っている。家に帰って大好きなフルダイブRPGに没頭すれば、このモヤモヤもスッキリするだろう。

 だがしかし……。俺の不運はまだ終わってなかったらしい。

「よう。ヒロじゃねーか」

 野太い声に恐る恐る背後を振り返ると、そこにはまさしく恐れていた通りの光景があった。短髪で長身、ガタイの良いたにしろと、茶髪にピアスのしながニヤニヤと笑いながらたたずんでいた。

「いやー。こんなところでヒロ君に会うとはねえ」

 甲高い三科の声に、俺はヘラヘラと笑って返す。二人とも貴文と同じで高一の時からの知り合いだ。だが貴文のように一緒に帰ったりするような仲ではない。それどころか……

「でさぁ、ヒロ。ちょっとだけお金貸してくんねえ?」

 谷城が太い腕を俺の肩に回してきた。人の多い駅前で三科がキョロキョロと辺りをうかがいながら、きつねのような顔を俺に近付けて小声で耳打ちする。

「全然そういうんじゃないって。そんなやましいことじゃない。ただ俺たちは純粋にお金を貸して欲しいだけなんだよ」

 谷城もうなずく。

「そう。絶対返す。いつかきっとそのうち、多分」

「だから、ホラ。早く早く」

 ……コイツらから金をせびられるのは今に始まったことじゃない。月に一度はバレてもあまり問題にならなそうな額を要求されていた。

 俺は「やれやれ」といった顔を作った後、

「ったく。しゃーねえなあ」

 そう言っていつものようにたにしろに千円札を渡した。

「ホラ。これでいいだろ?」

 するとしなは細い目を更に細め、満面の笑みを浮かべる。

「おおっ! さすがヒロ君!」

 谷城も笑顔で俺の背中をバンッとたたく。

「なあ、ヒロ。もし学校でムカつくやつがいれば俺に言えよ? 軽くブッ飛ばしてやっからよ!」

 いや、何と言うかもう既に目の前にいるんだけど……そんなことを言えるはずもなく、俺は「ありがとな」と礼を言って二人に手を振った。


 谷城と三科と別れた後は早足で歩く。

 何だ何だ! 今日は厄日か! 嫌なことばっかり起きる! しかもどんどん不幸の度合いが強くなっていく気がする! ああもう、早くファイクエ買って帰ろう!

 ようやくみのショッピングセンターに入る。一階の家電品兼ゲームショップ売り場のレジで、俺はスマホの画面を店員に見せた。

「ファイクエを予約していた者ですが」

ゆうひろし様ですね。お待ちしておりました」

 男性店員は背後の棚から商品を取り出し、俺の目の前に置いた。念願のゲームのパッケージを見てテンションが上がる。

「それでは一万三千円になります。お支払いはどうなさいますか?」

「えっと現金で」

 俺は財布を出し……そして凍り付いた。

 足りない。フルダイブRPGソフト『ファイナライジング・クエスト』──略して『ファイクエ』の新作を買うために、余裕を持たせた筈の財布の中身は、いくら数えても千円分足りなかった。

 思い当たることといえば一つしかない。

 ──ま、まさかあの時、千円出したつもりが……谷城に一万円渡しちまったのか!?

 しかし、そう考えると合点がいく。金を渡した時、谷城たちの反応は普段よりも明るかった。なぜならそれがいつもの千円札ではなく一万円札だったからだ。

「せ、千円足りないんですけど……ダメっすよね?」

 男性店員は礼儀正しく一礼した後、きっぱりと告げる。

「ダメですね」


 俺はショッピングセンターを出て、近くの家電量販店へと向かっていた。

 担任に的外れな激励をされ、親友に趣味をバカにされ、悪友に金を取られた挙げ句、欲しかったゲームすら買えない……いやいやうそだろ!! こんなのいくら何でも最悪すぎる!!

 違う店でもう少し安く販売しているところがないか、俺はいちの望みを託したのだった。

 だが、

「申し訳ありません。当店では一万四千五百円が販売価格となります」

 がっくりと肩を落とす。そもそも俺が予約していた店は、ネットで調べた最安値の店なのだ。それを下回る価格の店など、そうそうあるはずもない。

 頭では分かっているのだが、悔しいので当てもなくトボトボと歩いていると、いつの間にか寂れた路地にいた。

 ふと見るとすぐ先に古びた外観の店があった。ガラス張りで小さなコンビニのようなその店の入り口には『ゲームショップ如月きさらぎ』と薄汚れた看板が立っている。

 老人が老後の趣味でやっていそうなこういう店に、最新のソフトが、しかもショッピングセンターより安い価格で置いている訳がない。しかし気付けば俺は、ゲームショップ如月のガラス戸を開けていた。

 ……店内は全く想像通りだった。人一人通るのが精一杯な通路の両側に乱雑に並べられた昔ながらの2Dゲーム。そして通路の先にはVRソフトのパッケージがしなぞろえ悪くパラパラと置かれており、『新作入荷しました!』と手書きのポップの下にあったフルダイブRPGは一年以上前に出た物だった。少し離れたレジには白髪の老婆が座っている。

 旧時代の駄菓子屋のような店内を見渡す限り、お目当ての品が100%ないのは分かり切っているのだが、それでも俺は諦めきれず、レジで雑誌を読んでいる老婆に近寄った。

「あのう、すいません。ちょっと聞きたいんですけど、」

 そこまでしやべって、俺はハッと息をむ。近付いて分かった。老婆、ではなかった。白髪だと思っていた髪は銀髪。長いまつげ、艶っぽい瞳、薄く塗られた赤い口紅。レジに居たのは二十代とおぼしき美しい女性だった。

 俺は少し緊張しつつも言葉を続ける。

「そ、それで、えっと、今日発売のファイクエ35って置いてます?」

「ファイクエ……35……?」

 黒いエプロンを着けた女性店員は色気のある声でつぶやくようにそう言った。

「ええ。ファイナライジング・クエストの35作目です。置いてますか?」

「ふ……ふふ……ふふふふ……」

「え?」

 女性が急に小刻みに震え出す。一体何事かと思っていると、

「ア─────ッハッハッハッハッハ──────ッ!!」

「ひぃっ!?」

 女性は、目をカッと見開き、けたたましい笑い声を上げた! 同時にキャッシャーを手でバンバンとたたく! レジ横に詰んであったVRソフトの山が崩れ、通路に散らばった!

「な、な、な、何なんですか、急に!?」

 心臓をバクバクさせながら尋ねると、女性はいつの間にやら冷静な態度へと戻っていた。

「だって、君。言っていておかしいと思わないの? 『35作目』って。一体いつまで続けるつもりなのよ、このゲーム」

「いや、そんなこと俺に言われても……」

「もういい加減タイトル変えろ、って話でしょう?」

「はぁ。そ、それでそのファイクエは置いてるんですか?」

「そう、そのファイクエよ。君、どうせ惰性で買ってるんでしょ? マンガ本みたいな感じで。最初はそれなりに面白かったから集めてたけど、次第につまらなくなった。だけど三十巻まで買っちゃったし、途中でめる訳にもいかないから一応次も買うか……ってな風に」

 い、言われてみれば確かにそうかも……。初めてプレイした時のファイクエの面白さはシリーズを重ねるごとに徐々に失われていき、でも「次こそはきっと!」なんて期待を込めて買い続けてはいるものの、その期待を下回ることはあっても上回ることは今のところないのであった……って、待て待て待て! 何で俺、客なのに店員にそんなこと言われなくちゃあならないんだよ!

「だから! 結局、この店にファイクエの新作は売ってるんですか! 売ってないんですか!」

「売ってるか売ってないかは今は大した問題じゃないわ」

「いやそこ一番重要なんですけど!! 無いなら俺、帰ります!!」

 バカにされているような気がして憤慨し、きびすを返そうとしたが、俺の腕を店員の細い指がつかんだ。

「待ちなさい」

 いつの間にかレジの椅子から立ち上がっていた女性店員は、俺とほとんど同じくらいの身長だった。そして、クラスの女子の誰よりも大きい胸が目の前にある。店員は妖艶な瞳で俺をジッと見据えていた。

「売っているわ」

「え……うそ……! ま、マジっすか!」

「ええ」

「いくらで?」

「一万円よ」

「えっ!? 一万円ちょうど!? えっ、えっ、えっ!! あの、ホントに!?」

「ホントよ。買う?」

「か、買います!! 一万円なら買います!!」

「なら、お金」

 俺は財布からなけなしの一万円を抜き取り、店員に渡した。

「お買い上げ、ありがとう」

 ニコリと微笑ほほえんだ店員は、俺にファイクエ35のパッケージを差し出した。

 そうそう、コレコレ! いやあ、何だかんだでゲットできてラッキーだったな! それにしても、こんな店に格安であるなんて! ダメ元だったけど寄ってみて良かったなあ!

 感慨深い思いでパッケージに改めて目をやると、


 ──『きわめ・クエスト』


 聞いたことのないタイトル名が書かれていた。

「!? いやコレ、ファイクエじゃねーじゃん!!」

 きようがくして叫ぶも店員はそしらぬ顔で受け取った一万円をキャッシャーにっていた。

「ちょ、ちょっと!! 一万円返してくださいよ!!」

 詰め寄るも、女性店員は逆に怒ったような態度でキャッシャーを『バンッ』と閉める。

「やりなさい! コレはファイクエなんかより断然、素晴らしいソフトよ! リアルを極限まで追求した超本格フルダイブRPGなのよ!」

「やりませんよ、こんな知らないゲーム!! とにかくお金!! お金返して!! ……返せよ!!」

 身を乗り出す俺。だが店員は落ち着き払っていた。

「いい? コレはね、一言で言うなら……そう、大人のフルダイブRPGなのよ」

「え……? 大人の……?」

 ってことは、もしかしてひょっとすると、エッチな感じのやつなのか……?

 店員はクスリと笑い、俺に顔を近付ける。

「ホラ。パッケージの、ここ見て。『ZZ指定』って記載されているでしょう?」

「ほ、ホントだ!! つーか何コレ!? Z指定より上とか初めて見たけど!? 大丈夫なんですか、このゲーム!?」

「指定はあくまで『20歳以上推奨』ということ。20歳未満は絶対にできない訳じゃないわ。それに年齢制限があるとはいえ、ちゃんと国内で製造されて審査も通っているソフトよ。安心してちょうだい」

 確かにパッケージの下部分に書かれている会社名のシュクエニは、店員の言う通り老舗VRゲームメーカーである。

「い、いや! それでも俺、やっぱりファイクエを、」

「そんな全年齢対象の量産型健全ソフトをやって一体、何が楽しいのよ。君、見た感じ高校生でしょ。この刺激的なソフトを体験してみなさいよ」

「で、でも、」

 踏ん切りの付かない俺の手を女性店員は両手で、しっかと握った。

 えっ? はっ? ちょ、ちょっと? えっ!

 甘い香水の匂いと豊満な胸の谷間が迫る。顔に血を上らせていると、息が触れ合う距離で女性店員はささやく。

「私、如月きさらぎ。レオナって呼んでくれていいわ。君は?」

「ゆ、ゆう……ひろしです」

「じゃあヒロ君。私もよくこのゲームにログインするの。これから色々教えてあげるわ。手取り足取り、ね……」


『ゲームショップ如月』からの帰り道。俺はスマホに登録されたレオナさんのケータイ番号を眺めつつ、自己嫌悪に陥っていた。

 ってか何やってんだよ、俺! 年上の色仕掛けにだまされて、こんな聞いたこともないフルダイブRPG買わされちゃって! 意味分かんねーよ!

 結局、心の支えにと思っていたファイクエは買えず、代わりに全く欲しくもないゲームを買わされてしまった。思い返せば今日は本当にどうしようもなく散々な一日だ。

 それでも俺は無理やり買わされたVRゲームのパッケージをもう一度眺めてみた。

 い、いや実際やってみたら本当に面白いソフトかも知れないしな! そうそう、レオナさんが言ってた通り、刺激的で大人向けの……あ、あれっ?

 そして俺は気付く。何とパッケージの隅に小さく、製造年『2055年』と書かれているではないか!

 はあああああああああああああ!? コレ、十年前のソフトなの!? ええっ!! そんなこつとうひん、俺、定価で買っちゃったの!?

 先程教えてもらったばかりのレオナさんのスマホにかけてみるが、

『ただいま電話に出ることができません。後ほどお掛け直し下さい』

 ……確実に騙されたことに気付いて俺は一人、頭を抱えた。

 段々と腹が立ってきて、その辺のゴミ箱にソフトを投げ捨ててやろうかと思ったが、一万円もしたフルダイブRPGを簡単に捨てることなどできない。俺はただギリギリとみするしかなかった。

 ──ああ、もう最低!! 今日はマジで最低最悪なひどい一日だ!!

 だが、その時の俺は知るよしもなかった。

 本当に最低最悪で酷いことはこれから後に始まるのだということを……。


    ◆


 ハードである最新型ヘッドギアタイプVRマシン『VR・NX』は、ほぼ全てのVRゲームに対して互換性があるので、DL版ではない十年前の物理媒体ソフトでも問題なく挿入して起動できる。問題はソフトの内容だった。

 俺は自分の部屋で先程押し売られたパッケージをにらんでいた。『きわめ・クエスト』と書かれたタイトルの下には剣を持ったよろい姿の男が悪魔と戦っているイラストが描かれている。

 ──古っ……!

 この時代錯誤な絵の古臭さが、中に入っているソフトにまで浸透していそうな気がした。ってか、どうせ面白くないんだろうな。グラフィックとかドット絵だったらマジでどうしよう? いやそうなったら流石さすがに文句言わないとな。電話に出なくても店の場所は分かってんだ……。

 VR・NXのスロットに『極・クエスト』のソフトをセット。頭部に装着してベッドに横たわり、目を閉じる。真っ暗な闇の中で再度気持ちを新たにする。

 そうだ、そうだ! 言ってやる! 面白くなかったら、店まで行って文句言ってやる! 返品して、お金返してもらおう! 俺だって言う時は言うんだ! よーし、決めた!

 すると不意に荘厳な女性の声が聞こえた。


『勇者よ。魔王を倒し、この世界オーベルダインを救うのです』


 クレームの決意を固めているうちに、いつの間にやらゲームが始まっていたらしい。暗闇から、姿の見えない女性の声が俺の脳内で響く。


『まずはフローラ城を目指すのです』


 これは……ひょっとして女神の啓示か? ふーん。俺は勇者の設定な訳だ。なんだなんだ。超本格フルダイブRPGとか言ってたけど、案外普通の始まり方なんだな。

 なんて考えていると、

「起きて、ヒロ!!」

 今度はいきなり元気そうな女性の声が。続けて体を揺さぶられ、俺はいやおうなく目を開ける。視界に飛び込んできたのは青い瞳の金髪美少女だった。

「わわっ!」

 彼女との距離があまりに近くて、俺は驚き、のけぞった。途端、体勢を崩して俺はベッドから落下する。

「だ、大丈夫、ヒロ?」

「いてて……」と言いながら、尻をさすり──それと同時に喫驚する。

 痛い!? 痛いって何だ!? まさかこのゲーム、痛覚があるのか!?

「ごめん。驚かせちゃったわね。ねえ、ケガしてない?」

「あ、ああ。それは大丈夫なんだけど……」

 窓から差し込む朝の爽やかな光に照らされた金髪の少女を凝視する。としは俺と同じくらいだろうか。スリムな体形で、麻の布でできたような質素な服を着ている……って、よく見れば俺も同じようなのを着ているな。

 ベッドから見える位置には姿見があり、そこには少女と同じ麻の服を着て、ベッドに腰掛ける俺が映っていた。顔、体格も本当の俺と相違ない。このきわめ・クエストは、現実の自分の体形をハードであるVR・NXを通じてスキャンし、VR電脳世界に転送する『ヴァーチャルプロジェクション方式』採用のゲームらしい。この少女がさっきから『ヒロ』と俺の名前を呼ぶのも、VR・NXに登録してある俺のUNユーザーネームを読み取っているのだろう。

 それにしても……。

 少女の顔は、すごくれいだった。いや女性としても無論、綺麗なのだが、今はそういう意味ではなく、ゲームとしてのグラフィックのことである。肌の質感、存在感、更に耳を澄ませば息づかいまで聞こえてくる。俺はそのことに感動していた。古いゲームの癖に、ファイクエの前作とほぼ変わらない、いやそれ以上の精度である。

「な、何、じっと見てるのよ?」

 少女がほおを赤らめた。普通、NPCを眺めていると頭上にカーソルと名前が表示されたりするのだが、いくら眺めてもそれらは出てこない。

 ふぅん。そういうゲームっぽく感じる要素はカットか。なるほど。これがレオナさんが言ってた『超本格フルダイブRPG』って訳ね。

 まさに現実さながら。自分がゲームをしているのを忘れる程のリアルさだった。

 ふと不安になり、俺は目の前の何もない空間をチョンチョンチョンと人差し指で突いてみる。ほぼ全てのVRゲームに共通する『トリプルタッチ』というコマンドである。こうすれば普通、ステータス画面が表示されるのだが……

 すると、ステータス画面こそ現れなかったものの、


『今までの冒険をセーブしてゲームを終了します。よろしいですか? YES/NO』


 そんなテロップが視界の背景を透過して表示された。

 ああ、よかった! いつの間にか異世界に紛れ込んでいたらどうしようかと思った! ちゃんとゲームの中だった!

 胸をで下ろすが、少女はいぶかしげな表情だ。

「ねえ、ヒロ。さっきからアンタ、ホントに大丈夫? 寝ぼけてるの?」

 ツンデレっぽい少女に俺は聞く。

「えっと、君は、その誰だっけ?」

「はあ? アリシアよ、アリシア! アンタとおさなみの!」

「幼馴染み……そういう設定か。で、この部屋は君の……アリシアの部屋?」

 アリシアは一瞬、絶句した後、声を張り上げる。

「アンタの家のアンタの部屋でしょうが!!」

「ああ、、俺の部屋なんだ。で、俺の家に幼馴染みのアリシアが何の用?」

「バカにしてるの!? 今日は、うちのリンゴの収穫、手伝ってくれるって約束したじゃない!!」

 すごけんまくだが、そんな約束をした覚えがないので仕方ない。

「ご、ごめん。そうだっけ」と、とりあえず謝っていると、ノックの音がした。

「おーい、アリシア。ヒロは起きたのか?」

 爽やかな声と共にドアを開けて入ってきたのは、絵に描いたような好青年だった。

「兄さん。ヒロったら寝ぼけてるのよ」

 男は俺のそばまで来て、白い歯を見せて笑う。

「いくら寝ぼけていても、お前の親友のこのマーチン様を忘れるはずがないよな?」

 アリシアの兄で俺の親友らしいマーチンは背が高く、金髪を短く切りそろえていた。アリシアと同じく整った顔はあいきようあふれている。

「ヒロ。お前、まだ朝飯食ってないんだろ? だから頭がハッキリしないんだ。そういう時は、ホラ。うちの農園で取れたリンゴだ。食えよ」

 マーチンは俺に赤々としたリンゴを手渡してきた。顔を近付けると、もぎたてのリンゴの香りが漂ってくる。俺はそれにガブリとかじり付いた。

「あら。言ってくれたら切ってあげたのに」

 アリシアが果物ナイフを取り出していたが、俺は構わずリンゴをモシャモシャとかじり続けた。

「うまいだろ?」

「うまい……ってか……すごい……!」

 嗅覚、それに味覚までも存在しているのか!

 ログハウスのような部屋を見渡せば、立体感のある家具。そして、目の前にいるNPCたちの存在感。

 な、何だよ、コレ! マジで現実と変わらない! こんなハイクオリティなゲームが十年も昔に発売されていたなんて! これってひょっとして超大作フルダイブRPGなのか?

きわめ・クエスト』──そんなタイトルを俺は今まで聞いたことすらなかった。まぁ十年前発売のソフトなら、当時俺はまだ七歳。知らないのも無理はないのだが。

 リンゴが芯になるまで食べきった後、俺の気持ちは高ぶり始めた。

 そこまで悪い買い物じゃなかったのかも! 何だか、やる気が出てきたぞ! こうなったら早く冒険に出発したいな!

「ヒロ。今度はちゃんと切ってあげるからね」

 果物ナイフを片手に持ったアリシアが、マーチンにもらったリンゴをいている。俺はそんなアリシアに語り掛けた。

「なぁ、アリシア。フローラ城にはどうやって行くんだ?」

 その途端。アリシアはリンゴを床にごとりと落とした。見ると、顔をリンゴさながら真っ赤に染めて、小鼻をヒクヒクとけいれんさせている。

「ば、バカ! 言って良い冗談と悪い冗談があるわよ!」

 マーチンも首を横に振る。

「ヒロ。その冗談は笑えないぜ」

「いや、別に俺、冗談言ったつもりはないんだけど! 普通に町の外に出たいだけなんだけど!」

「ま、町の外ですって……!」

「オイッ!! いい加減にしろ、このバカ野郎!!」

「ひっ!?」

 唐突なマーチンの怒声に体を震わせてしまう。

「口を慎め! 町内衛兵隊に聞かれたらどうするつもりだ!」

 ちょ、町内……衛兵……何ソレ……?

 ツンデレ系だと思っていたアリシアが、兄の態度に恐れをなしたのか、オドオドと俺に語り掛ける。

「ひ、ヒロ。とにかくふざけるのは、もうおしまいにしましょ。ねっ? 今日は楽しいリンゴの収穫日だよ! 早くウチの農園に行きましょう!」

 しかし、俺は負けなかった。だってこれだけリアルなNPCたちだ。モンスターがどんなグラフィックなのか早く確かめてみたい。

「悪い。でも、リンゴ狩りは後にしたい。とにかく町の外に出てみたいんだ」

 するとアリシアは今度は顔面そうはくとなり、口に手を当ててつぶやいた。

「あ、頭がどうかしちゃってる……!」

「!? 失礼だな!! 俺は正気だ!!」

 意味が分からない! 普通だろ! RPGで町の外に行くのは!

 らちがあかないと思った俺は、すっくと立ち上がり、二人に言う。

「とにかくちょっと町の外に出てみるよ。リンゴの収穫はその後で絶対手伝うからさ……」

 そうして俺は一人、ドアまで歩いた。

 さぁ一体、町の外にはどんなモンスターが生息してるんだろ! ワクワクするなあ!

 だが、その時。『ドッゴォォォン!!』。背中にものすごい衝撃が走った。

「げっふぅっ!?」

 叫びつつ、衝撃ではじき飛ばされた先には木製のドア。俺は顔面をドアに強打した。

「な、な、な、」

 痛みをこらえて顔を押さえつつ、どうにか振り返ると、マーチンが「今、ちょうどタックルしたよ」と言わんばかりに腰を落とし、右肩を突き上げた体勢で立っていた。

「マーチン!? なんでお前、急にタックルしてきた!? 親友の設定だろ、お前は!!」

「親友だからこそ、お前がだつちようするのを黙って見過ごせる訳がないだろう!」

「だ、脱町?」

「それすら忘れたのか? ホントに記憶喪失にでもなっちまったのかよ、お前……」

 マーチンは大きないきいた後、話し続ける。

「なら分かるように説明してやる。いいか。このテッドの町はゴブリンから人民を守るため、町の四方に巨大な堀をめぐらせ、外の世界との交流を隔絶している。町民は皆、この町からは外出禁止だ。外からも特別な使いの者を除いて、誰もこの町に入ることはできない」

 な、なるほど。魔物が怖くて鎖国状態って訳か。だから町を出るって言ったら二人して顔色を変えるんだ。でもゴブリン? ゴブリンって……。

「いや、あの、ちょっと、やりすぎじゃない? たかがゴブリンに」

「たかが……だと……?」

 マーチンは目をり上げ、恐ろしい顔付きで俺をにらんできた。

「お前は一体どれだけおかしくなれば気が済むんだ!」

「いや俺、そんなにおかしくないだろ!」

 叫んだ後、ほんの少しだけ冷静になって考えてみる。

「もしかして……ゴブリンが数百匹も数千匹も群れをなして襲ってくるのか……?」

 すると二人はますます顔を怒りで紅潮させた。

「そんなにそこいら中、ゴブリンだらけな訳があるかあ!!」

「一体何を考えてるの、ヒロ!! いい加減にして!!」

「!? 分かんねえよ、もう!! じゃあどういうことなんだよ!?」

「全く、何が数千匹だ! 普通の人間がゴブリン一匹でも倒せる訳がないだろうが!」

「え……」

 いやいやいやいや!! ゴブリンなんか、ファイクエシリーズの序盤でイヤと言うほど戦ってきたっつーの!! 他のRPGでも雑魚キャラだろ!? ああ……そうか、分かったぞ! 要はこの人たち、ゴブリン一匹すら倒せない非力なステータスってことね!

 ようやく謎が解けたので、俺は余裕振ってマーチンの肩に手を乗せた。

「あのな、マーチン。今まで黙っていたが、実は俺には力があるんだ。この世界の誰も持っていないようなすごい力がな」

 そしてアリシアにも語り掛ける。

「今朝、夢の中で女神が俺のことを勇者だって言ったんだ。きっとゴブリンなんか一撃だぜ?」

 気付けばアリシアは目に涙をにじませていた。

「お医者様を……早く……!」

 オォイ!! ひっでえおさなみだな!!

「アリシア。コイツは本当に町を出かねん。こうなりゃ目を覚まさせてやるしかない」

 マーチンが俺の前に立ちふさがり、ファイティングポーズを取った。

「そんなに力があるなら見せてみろ! 俺を倒してから行け!」

「に、兄さん?」

 アリシアは驚くが、俺はニヤリとほくそ笑む。

 ああ、そういうことか! こういうイベントね! ここでかっこよくマーチンに勝つと、おお切って町を出られる訳ね!

 リアルなら怖くてケンカなんかとてもできないが、はVR世界。そして、たかがゲーム。俺の気は大きくなっていた。

 マーチンと同じように両拳を胸の前に構える。

 ふふふ! 勇者の力で、軽く小突いただけで吹き飛ばしちゃったりして!

 そう思いながら、マーチンの腹を狙い、さつそうと右拳を繰り出した。だが拳が目標に到達する前に『バギッ』と音がして俺は床に倒れていた。同時に鼻の辺りに痛みが。どうやらカウンターで殴られたらしい。

 恐る恐る顔に手を当てる。見ると、俺の手の平が赤く染まっていた。

「ち、ち、血が!! は、は、鼻から血が出たァ───ッ!?」

「殴られりゃあ血が出るだろ。どうだ、ヒロ。これでちっとは目が覚めたか?」

 ポタポタと流れる鼻血! 更に鼻の辺りにはツーンとした鋭い痛みが!

 自分から殴りかかった癖に、俺は逆上していた。

ってえな! 何が親友だ、このバカ! 大体、俺はお前なんか知らねえよ!」

「お前! ケヌラの木の下で、誓いを交わしたあの日のことまで忘れちまったのか!」

「そんな気持ち悪い名前の木、知るかあ!!」

「もう許さないぞ!」

 そしてマーチンは自分から殴りかかってきた。マーチンは俺より背が高く、腕も太い。そのヴィジュアル通りに力の差は歴然だった。

 バキッ、ドガッ、ガスッ。

 顔、胸、腹を激しく殴打された後「うううっ……!」とうなって、うずくまった俺をマーチンは哀れそうに見下ろしていた。

「全く。そんなザマでゴブリンに勝てるはずないだろうが」

 マーチンはナイフをフォーク代わりにして余裕の表情でリンゴを食べている。アリシアが両手を広げて俺たちの間に入ってきた。

「兄さん! やめて! ヒロも反省したと思うの!」

 アリシアはそう叫ぶが……いやもうっせえよ!! 既にボコスコ殴られた後だっつーんだよ!! なんだよ、このおさなみ!! そしてこの親友は!!

 いつしか俺の怒りは沸点に達していた。

 リアルじゃあ散々嫌なことがあって、その上、フルダイブRPGでボコられるって一体何なんだよ!!

「ふざけんなああああああ!! NPCの癖にぃぃぃぃぃぃ!!」

 俺はリンゴをかじるマーチンに体当たりをらわした。油断していたのか、マーチンは俺の体当たりをモロに喰らい、ドッと床に倒れた。

 ざ、ざまーみろ! 一撃喰らわしてやったぞ!

 少しだけいい気分だったが、様子がおかしい。

『やりやがったな!』なんて、すぐ起き上がってくると思ったのに、マーチンは倒れたまま、微動だにしなかった。

 流石さすがに心配になって、のぞき見る。

「ま、マーチン? 大丈夫か?」

 そしてマーチンの顔を見て……俺は絶叫した。

「ひいぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 果物ナイフの刃先がマーチンの喉を貫通し、首筋から突き出ている! そしてこうくうからはドクドクと赤い液体があふれていて……

「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 先程の俺の叫びを打ち消す大絶叫が、状況を把握した幼馴染み、アリシアの口から発せられる! 震えながら、兄の手首に指を当て、様子を見ていたアリシアだったが、

「し、し、死んでる……!」

 そうつぶやいた後、鬼のような顔で俺をにらんだ。

「この人殺しいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「お、落ち着けよ、アリシア。や、『やくそう』とかある?」

「死んでるって言ってんでしょうがあああああ!! 薬草なんかで助かるかあああああああああああああああ!!」

「そ、そ、そうですよね!」

「ねえ、ヒロ、アンタ、コレ、アンタ、ちょっとどうすんの、ねえ、兄さん、これ、アンタ、死んだわ、確実に、アンタ殺して、ねえ、殺したわ、ヒロ、ちょっと、ねえ、ヒロ、ヒロ、ヒロ、」

 焦点の定まらない目でブツブツと言いながら、俺にゆっくり近付いて来るアリシア。それが今までフルダイブRPGで見たどんなモンスターよりも恐ろしくて、

「ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 俺はドアを開けて、一目散に逃げ出した。

 ま、マズい、マズい、マズい、マズすぎる!! もうコレ、いったんリセットして最初からやり直したい!!

「テメ────────ッ!! 待てええええええええええええええええ!!」

 鬼女のほうこうを背中に受けつつ、俺は田舎のようなあぜみちを背後も振り返らずにひた走った。

 なのに、

「逃ぃげるなああああああああああああああああああああ!!」

 うそだろ!! 引き離せない!? このおさなみ、足、速すぎない!?

 俺はとつに中学生の頃の部活を思い出しながら、手足のフォームを整えた。そうしてから死にものぐるいで疾走する。やがてアリシアの声は遠ざかっていった……。


 しばらくして、民家が建ち並び始め、ようやく町らしくなってきた。中世ヨーロッパ建築のような家々の間に延びる石畳の上を、通行人のNPCたちが歩いている。彼、彼女らは全力で疾走する俺に奇異の視線を投げていた。

「はぁはぁ……! ぜぇぜぇ……!」

 VRゲームの世界にいるはずなのに息が切れる。とにかくもう限界だった。俺は速度を緩め、ゆっくりと後ろを振り返り……背後に恐ろしいおさなみがいないことを確認してから、ようやくホッと一息いた。

 ──ああ……怖かった……!!

 路地裏の民家の壁にもたれかかり、どんより曇った気分でその場に座り込み、途方に暮れる。手にはマーチンを倒した時の感触がまだ残っていた。

 ──ひ、人を殺してしまった……!! 俺は一体これからどうすれば……?

 だが、俺は頭をブンブンと横に振る。

 いやいやいやいや、待て待て待て待て!! コレってゲームじゃんね!? そうゲーム!! たかがゲームだよ!! 大丈夫、大丈夫!! 全然たいしたことない!! 何なら、もう一回『NEW GAME』からプレイすればいいだけだしな!!

 その時、不意に、

「……ヒロ君」

 耳元で女性が俺の名前を呼んだ。

「うわあああああ!! ごめんなさ───────い!!」

 だが、アリシアではなかった。そこには目を疑う光景があった。

「ごめんね。さっきは電話に出られなくて。お風呂に入っていたから」

 俺の隣には、このフルダイブRPGを売りつけたゲームショップ如月きさらぎの店員、銀髪のレオナさんがいた!

「ん? びっくりした?」

「びっくりしましたよ! だ、だって、」

 レオナさんは小さかった。何と30センチくらいのフィギュアサイズである。しかも露出の多い水着のような衣装を着ており、背中には羽があって、俺の顔の近くをフワフワと浮遊している。

「ああコレね、きわめ・クエストの販売店特典なの。この格好はゲームショップ店員の私しかできないの。通常のキャラクターはプレイヤーの現実世界の身長と体重、そのまんまだからね」

「は、はあ。しかしまた何でそんな格好に……」

 体形はフィギュアサイズ。だが、Gカップはありそうな巨乳。更に腰はしっかりくびれていて、手足も細い。俺はごくりと生唾を飲んだ。

 じ、実物はこれを大きくした、そのまんまなんだろうな……!

 ゲームショップの店員というよりグラビアモデルのようなレオナさんは、くるりと空中で回って見せた。

「妖精の姿なのよ。今、私の姿はアナタみたいなリアルプレイヤーにしか見えないし、声もNPCやモンスターには聞こえないわ」

「え? つまり、どういうこと?」

「だから。手取り足取り教えるって言ったでしょ? この仕様は難易度超高めのきわめ・クエストのサポート役に適しているのよ」

「な、なるほど! それじゃあこれから俺のナビをしてくれるんですね!」

 レオナさんは妖精というか小悪魔みたいだったが、この窮状での協力者の登場は心底うれしかった。

「今やり始めたばかりね? リンゴの収穫は終わったかしら? 今は可愛かわいおさなみと一緒に町の散策中? まぁ無限に近い数の分岐があるフリーシナリオシステムだから、なかなか想像がつかないけど」

「いや、それがちょっと最初の分岐でミスっちゃったみたいで。アハハ」

「あら、ヒロ君。まさかおさなみにエッチなことでもしたんじゃあないでしょうね?」

 まさに小悪魔的に、ウリウリと俺のほおを小さな肘で突く。

「えっとそれがですね──」

「待って。言わなくてもいいわ。当ててあげる」

 そしてレオナさんは俺の首もとに近付く。

「な、何?」

 浮遊しているレオナさんの豊満な胸の谷間が視界に入った。慌てていると、レオナさんは俺の胸よりシルバーのタグ付きペンダントを取り出して見せてくる。

 え……! 気付かなかった……こんなの首に付けてたんだ、俺……!

「もう知ってるかも知れないけど、リアルを極限まで追求したこのゲームではステータス画面などは極力排除されてるの。無論、現実感を出すためにね。そんな中、プレイヤーがゲームの進捗具合を推し量ることができる唯一の方法──それが『称号システム』よ」

「称号システム……?」

「そう。プレイヤーが付けているこのペンダントに、ヒロ君の現状に適した称号が与えられるの」

 そして。楽しそうに俺のペンダントのタグをのぞき込んだレオナさんの小さな顔が、みるみるうちに青ざめていった。

「しょ、称号……『親友殺しベストフレンド・キラー』……!!」

 レオナさんは目を大きく見開き、つぶやく。

「いきなり……詰んでる……!!」


 浮遊したまま、しばらく固まっていた妖精のレオナさんは、いつしか神妙な顔付きになっていた。

「平凡な男の子かと思っていたら、初っぱなから親友のNPCに襲いかかるなんて……アナタ、かなりイッちゃってる高校生だったのね……!」

「いや違いますよ! 殺意はなかったんです! アレは何て言うか、その、事故だったんですよ! マーチンがナイフをリンゴに刺して食べていてですね、その時、えぇと、ちょっと押しちゃって、それで倒れた勢いであのその、グサッて!」

 二、三度小さくうなずいた後、レオナさんは鋭い目を俺に向けた。

「ワザと……ね?」

「だから違うってのに!」

 俺は「ああ、もうっ!」と頭をボリボリいた。

「とにかく、そんな訳でもう一回初めからやり直したいんですけど! リセットするにはどうしたらいいんですか?」

 するとレオナさんは小さく首を横に振る。

「無理よ。このゲームに『やり直し』はないの」

「ええっ! そんなバカな!」

「ヒロ君。現実世界で失敗したからって『NEW GAME』からやり直せないでしょう? リアルを追求するってそういうことなのよ。そして、きわめ・クエストは基本的にオートセーブ。仮に今ゲームをめても、親友を殺した後の状態からロードされるわ」

「じゃあ俺、『親友殺しベストフレンド・キラー』とかいう訳の分からない称号付けられたまま、このゲームを続けるんですか? イヤですよ、そんなの!」

「ちなみにソフト自体を新品に交換したとしてもダメよ。一度、極・クエストをプレイしたという履歴がハードに刻まれているの。完全に初期化して始めるにはハードも買い換える必要があるわ。最新ハードはウチでも売ってるけど、よかったら買う? 十万円以上するけれど」

「何でハードまで買い換えなくちゃならないんですか! だったら、いっそのこともういいですよ! 俺、このゲームめます! お金返してください!」

 少しだけ興味が湧いていたが、こんな状態でゲームを続けたくはない。かといって高価なハードを買い換えるなんてできる訳がない。だからズバリそう言ってやったのだが、レオナさんはにらむようなまなしを俺に向けてきた。

「それは無理。お金を返すことはできないわ」

「な、なぜ?」

「ウチの店はね。死んでも絶対に返金をしない主義なの」

「!! 消費者センターに訴えてもいいですか!?」

「やめておきなさい。前途ある高校生と血みどろの訴訟争いなんかしたくないわ。それより、もっと前向きに考えましょう。確かに『親友殺しベストフレンド・キラー』からゲームを進めるのは容易ではない。けれど私も協力する。だからやるだけやってみましょう」

 全くに落ちない状態の俺をスルーして、レオナさんはしやべる。

「この極・クエスト──略して『キワクエ』は十年前の国内限定フルダイブRPG。もちろん今はメーカーからのヘルプなどのサービスも終了して過疎りに過疎っている状態。それでもごく少数のリアルプレイヤーは存在しているのよ」

「ええっ!? 十年前のフルダイブRPGをいまだにやってる人がいるんですか!?」

「日本は広いわ。そりゃあそんな人もいるわよ。そしてその内の一人がギンジさんよ。ギンジさんも十年前、ヒロ君と同じように序盤で親友を殺したらしいの。だから彼に会って話を聞いてみましょう。何か突破口が見つかるかも知れないわ」

「それでそのギンジさんはに?」

「このテッドの町のカジノに入り浸っているわ。ほぼ十年間ずっと」

 ええ────! 十年間、過疎ゲーのカジノに入り浸ってる人って一体……!

「でもヒロ君。その前にポケットの中を確認してみて」

 レオナさんに言われ、手をポケットに入れてみると、小銭のような銀貨が三枚入っていた。

「うん。所持金は30ガルド。それでとにかく安い服を買いましょう」

「服? よろいじゃなくて服ですか? この麻の服で別にいいんじゃ?」

「どうも今の状態を分かってないようね。ホラ、こっち来なさい」

 ふわりと飛んだレオナさんの後を追う。しばらくしようし、民家の物陰に着地したレオナさんが俺を手招きした。そこから、通りをのぞき見ると二人の男が会話をしている。

「知ってるか。マーチンが殺されたらしいぜ」

「ええっ! あんな好青年を一体誰が!」

「それがったのは親友のヒロらしいんだよ。今、町内衛兵隊がやつの行方を追っているようだ……」

 俺はほおをヒクヒクさせながら、妖精のレオナさんに小声で叫ぶ。

「お、俺、指名手配されてるの!?」

「これで分かったでしょう。見つからないように格好を変えなきゃいけないわ。服屋はからそんなに離れていない。だけど、なるべくうつむいて歩くのよ。見つかったら即、通報されるから……」


 ──ああ、ひどいことになった……。やっぱもうめたいな、このゲーム……。

 ログアウトしたかったが、ナビをしてくれているレオナさんの手前、なかなか言い出せない。仕方なく俺はうつむきながら、レオナさんの飛ぶ後を追った。服屋はさっき居た場所から目と鼻の先だったが、道中、時間がやたらと長く感じられた。

 それでもどうにか、うらぶれた服屋に辿たどり着く。服屋の主人が通報したりはしないのだろうかと危ぶんだが、

「リアルでもVRでも、商売人は基本お客様第一主義。いくら怪しいと思っても、店員のNPCが入ってきた客をいきなり通報したりはしないはずよ」

「そ、そうですか」

 納得しつつ、店内に入る。レオナさんが指し示した、フードの付いた魔法使いのローブのような服を手に取り、すぐに年配の主人の元に向かった。

「ヒロ君。15ガルドよ」

 俺は無言で店の主人にお金を差し出す。俺の顔と金を交互に見ると、男は口元をいやらしくゆがめた。

「くくく。お客さん。今、うわさになってますぜ」

「ええっ!」

 ちょ、ちょっと何コレ!? 通報されそうな流れだけど!? 話が違う!!

「いやいや。あっしも商売ですからね。お客さんを売ったりなんかしませんよ」

「じゃ、じゃあ一体……」

 おびえる俺に店の主人はシミだらけの右腕をすっと差し出してきた。

「くっくく。代金は20Gだよ」


 ……ローブを羽織って店を出た後、俺はレオナさんに愚痴る。

「いや何なんですか、あの店の主人! 定価よりも高い金額、取られましたけど!」

「しっかり足下を見てきたわね。どう? これがキワクエのNPCよ。なかなかリアルな反応をするでしょう?」

「リアルというか感じ悪いんですけど!! つーか俺、これから物を買う時、ずっと割増価格なんですか!?」

「だから。こういう状況を何とかするために、今からギンジさんに会うんでしょ。さぁフードを付けて」

 レオナさんにたしなめられて俺はいきいた後、フードを目深にかぶった。

「これで即、身バレすることはないわ。ひとまず安心ね。それじゃあカジノを目指しましょう。ちょっと遠いけど付いてきて……」

 レオナさんは、俺の少し先を飛んでいた。顔を周りの人間に見せないようにしつつ、辺りをうかがう。武器屋や鍛冶屋、また宿屋などが建ち並んでいる。ゲームが始まったばかりの田園風景だった場所と比べると、往来を歩く人も多く、雰囲気が全く違う。

「『テッドの町』って言いましたっけ? すごく広いんですね」

「ええ。このアルフレイ大陸の他の町や城との交易を全て禁止し、広大な土地によって自給自足する鎖国のような巨大な町、それがテッド──通称『ちよう』よ」

「鎖町……!」

「ちなみに町を勝手に出た者は『だつちよう』の罪で町内衛兵隊に厳しく裁かれるわ」

 確かマーチンもそんなこと言っていたっけ。それにしても町を出るだけで罪になるなんて変わった町だな。ってか待てよ……。

「それじゃあフィールドでモンスターと戦えないじゃないですか!? 何なんですか、このゲーム!?」

「だからまず、この町をく抜け出すことがキワクエ攻略の第一歩なの。その方法も併せてギンジさんに聞きましょう。親友殺しでも脱町が可能かどうかをね……」

 歩いていると、やがて道は狭まっていく。活気がなくなった通りには、みすぼらしい格好の者が千鳥足で歩いており、辺りには飲み屋とおぼしき店が点在していた。

 レオナさんが俺の顔の前まで来て、ニコリと微笑ほほえむ。

まで来ればもう大丈夫。カジノはすぐよ」

「そ、そうですか。よかった……」

 その時。背後から誰かにポンと肩をたたかれた。なんだろうと思って振り向くと、

「ヒ────ロ────ちゃ────ん」

 体中から一斉に血の気が引く! 俺の背後には両の口角を大きく上げて笑う、金髪へきがんおさなみがいた!

「あ、あ、あ、あ、アリシアああああああああああ!?」

「うふふふふふふ。探したよう。すっっっっっごく探したよう……」

「れ、れ、レオナさんっ!!」

 救いを求めて視線を送るが、レオナさんも俺と同じくきようがくの表情を浮かべていた。

「この付近にまで出没するなんて! なんて恐ろしい幼馴染みなの! フードだってかぶっていたのに!」

「そ、そうだ! フードを付けていたのに、どうして?」

 アリシアは唇を舌でぺろりとめる。

「後ろ姿ですぐ分かったよー。だって私たち、昔からの幼馴染みじゃないの」

流石さすがは超高速汎用人工知能アールエヴォ搭載のキワクエね! NPCの自我と自由度、それに洞察力までハンパないわ!」

「ちょっとレオナさん!! 感心してる場合じゃ!!」

「あらあら? どうしたのヒロ? 独り言なんか言っちゃって?」

 アリシアは不思議そうな顔を俺に向けている。妖精のレオナさんの姿と言葉はNPCであるアリシアには感知できていないのだ。

 アリシアがまるでキスでもするかのように整った顔を俺に近付けてきた。

「あ、アリシア! 聞いてくれ! あれは事故で!」

 不意にアリシアが天使のように優しい微笑ほほえみを見せて、ろうばいする俺から顔を離した。

「え……?」

 驚いていると、アリシアが照れたようにほおく。

「私、あの時おかしかったよね? あんなに叫んじゃって。でもね、ヒロを探して駆け回っていたら、ちょっとは落ち着いたよ」

 今度は俺に潤んだ瞳を向ける。

「ねえ、ヒロ。私、ヒロのこと好きだった。うぅん、今でも大好きよ」

 ひょっとしたら誤解が解けたのか……そう思った途端、アリシアは花の咲いたような笑顔でこう言った。

「だから……ヒロは私が殺してあげるね!!」

「!? いや、全然誤解解けてねーじゃん!!  何でそうなるの!?」

「安心して。その後、すぐ私も後を追うから。また三人で仲良くしましょう……あの世でね……」

 だ、ダメだ! 全く会話にならない!

 レオナさんが眉間にしわを寄せて、アリシアを見据えていた。

「うーん。最愛の兄を殺されて、かなり病んじゃってるわね。これはもうおさなみのアリシアじゃあないわ」

 不意にアリシアは胸元からナイフを取り出した。それは、何とあのナイフ! マーチンの命を奪った血にれた果物ナイフだった!

 果物ナイフをクルクルと器用に回した後、短刀を持つ忍者のように半身に構える。

「そう、私はアリシア……『地獄の果物ナイフ使いヘルズ・フルーツスライサー』アリシア=フォン=ローターゼン……!」

 何だ、その名称!? 一体どうしてそうなった!?

「細かく切り刻んであげる! リンゴジュースを作る時のようにね!」

 叫ぶや、恐怖で後ずさる俺の懐にアリシアが飛び込んでくる! そして果物ナイフをいつせん

 だが、ビビって後退していた俺は尻餅をついて、どうにか偶然その攻撃をかわした。すぐさま立ち上がって、距離を取る。

「ヒロ君、気をつけて! 幼馴染みは素早さが非常に高い設定よ! 彼女を仲間にして冒険を進めるプレイヤーも多いんだから!」

「な、何ソレ!? アリシアって仲間になる予定だったんですか!?」

「フリーシナリオシステムだから誰を仲間にするかは自由! だけど幼馴染みと親友を序盤で仲間にするのはこのゲームの定石なの!」

 なのに俺はマーチンを殺し、アリシアからは命を狙われてるってか! マジで最悪なスタートじゃんか!

「ヒロ……何をブツブツいっているの? ああ、そーか、そーか。きっと……神様にざんの言葉をささげているのよねええええええ!!」

「逃げるのよ! ヒロ君!」

 レオナさんが耳元で叫ぶのと、アリシアが飛びかかってくるのはほぼ同時だった。俺はとつに横っ飛びをして攻撃をかわした後、全力疾走を開始する。

「ヒロおおおおおお!! 待てええええええええええええええ!!」

「待っちゃあダメよ、ヒロ君! 止まったら殺されるわ! ゴーゴーゴーよ!」

 アリシアの足の速さは身に染みて分かっている。俺は必死で寂れた通りを駆け抜けた。レオナさんが俺の肩にしがみつき、指示を出してくる。

「ヒロ君! そこの通りを右に入って!」

「はいっ!」

「次の角は左!」

 背後でアリシアが何か叫んでいたが、その声がどんどん遠ざかる。レオナさんの的確な指示に加え、日が暮れてきたこともあって視界が悪い。先程よりは容易にアリシアをけたらしい。

「よし。そこの建物の陰に隠れましょう」

 路地裏の寂れた小屋の物陰で俺は中腰になり、乱れた呼吸を整える。

「ヒロ君って結構逃げ足が速いのね」

「はぁはぁ……ってか、げ、ゲームの中なのに疲れるんですね……はぁはぁ……!」

「キワクエはプレイヤーの五感はもちろん疲労度なんかもリアルに再現しているの」

「い、いるんですか、そのシステム……!」

 ちょうどその時。俺の胸元がまばゆく光り輝いた。

「え……!! こ、これは……!?」

「ヒロ君! 今すぐ胸のペンダントを取り出して!」

 もしかしてレベルアップ!? アリシアから逃げ切ったことで俺の身体能力が向上したのか!?

 俺は期待してペンダントを取り出す。眩い光が消えて、そこにはこう書かれていた。


よく走る親友殺しランニング・ベストフレンドキラー


「……は?」

「やったわね、ヒロ君! 新しい称号ゲットよ!」

 妖精のレオナさんが小さな親指を立てていた。

「え、えっとこれって、素早さが上がったりとかしたんですか?」

「いいえ! ただ単に称号のコレクションが増えただけ! この調子でたくさん集めていきましょうね!」

「!? いや、どうでも良いっすよ、こんなコレクション!!」

 大声で叫んだ後、脱力する。何だか色んな意味でドッと疲れてきた。思えばキワクエを始めて随分と時間がっている気がする。

 俺はおずおずとレオナさんに申し出た。

「あ、あの……すいません。俺、今日はもうログアウトしたいんですけど……」

「ええっ! このタイミングで? もう少しやりましょうよ!」

「でも明日も学校があるし……」

「いいじゃないの、学校なんて! 今、この瞬間さえ楽しければ、それで!」

「!? 大人の発言とは思えない!!」

「引きこもりも、たまには良いものよ」

「高校生に引きこもりを勧めてこないでくださいよ……。とにかく俺、一旦めたいんです!」

「チッ。仕方ないわね。じゃあ一度、現実に戻りましょうか」

「何で今、舌打ちしたんすか……!」

 レオナさんが渋々了解したので、俺は空間をチョンチョンチョンとトリプルタッチ。セーブ画面を呼び出そうとした。だが……

「アレ? 何も出てこない? 何で?」

 戸惑っていると、突然レオナさんが血相を変えた。

「キワクエは戦闘中はログアウトできない! これはつまり戦闘状態はまだ続いているということ!」

「そ、それって……?」

「み─────つけた─────────────」

 愉悦をはらんだ声がして、振り向けば目前! アリシアが俺の顔面にナイフを振り下ろそうとしていた!

「ひいいっ!?」

 とつに手で顔をガードするが『シュッ』。やけに、あっさりした音が耳に入る。

 ──よ、よかった! 空振ったんだ!

 だが……ガードした左手を見ると、手の平がパックリと裂けて、血がドクドクとあふれ出している!

「うっわあああああああ!! き、き、切られたああああああ!? ってええええええええええ!!」

「ひ、ヒロ君、落ち着いて! キワクエの中じゃあ、痛覚は現実よりもにぶめに設定されてるから!」

 そ、そうなのか? 確かにマーチンに殴られた時も今回も、傷口と出血量に比べると痛みはそこまで感じていないようだが……。

「そう! だから、今から四肢をもがれたとしても、階段から転げ落ちて全身打撲したくらいの痛みで済むから安心してちょうだい!」

「いやそれのどこが安心なんですか!? なんでVRゲームで全身打撲の痛み、味わわなくちゃいけないんだよ!!」

「ヒロおおおおおおお!! だから、さっきから何を一人でブツブツしやべってんだってばよおおおおおおおおおおお!!」

 ナイフを上段に構え、俺の頭部を狙って飛びかかってくるおさなみ!

 も、もうダメだ! 今度こそ殺される!

 だが、そう思った刹那。アリシアが体勢を崩し、その場に両膝を突いた。

「ぐうっ!? 目……目があああああああああああ!!」

 見ると、レオナさんがアリシアの顔に張り付いて、右目をポコポコと殴っている!

「な、何!? コレは一体、何なのよおおおおお!?」

 レオナさんの姿が見えないアリシアからすれば、急に目に激痛が走ったように思えて、理解不能なのだろう。

「く、くそがああああっ!!」

 右目を押さえるアリシア。だが、レオナさんはふわりと移動して左目を狙う! そして俺の方を振り返って叫ぶ。

「ヒロ君! 行きなさい! カジノを! カジノを目指すのよ!」

 俺はうなずくときびすを返し、再び全力で駆けだした。

「また逃げるのかああああああああ!! ヒロおおおおおおおおおおおおお!! いいか、覚えておけえええええ!! に逃げても必ず見つけ出す!! お前の命を切り刻むのは私!! 地獄の果物ナイフ使いヘルズ・フルーツスライサーのアリシアよおおおおおおおお!!」

 アリシアの絶叫に近い声を聞き、俺も走りながら叫ぶ。

「一体何なんだ、このゲームはああああああああああああああああああああ!!」

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