第二章 魔法と、狩りと、発展と、井戸 その2

 翌日は暇で退屈が産まれそうなほど何もない。

 少し考えたケーナは何かできることはないかと村の中をぶらぶらと散歩することにした。

 ホーンベアの角をお手玉風に弄びながらケーナは村をひと回りする。

 家屋が並んでいる他は畑しかないので、道端に置いてあった岩に腰掛けて畑仕事をしている村人を眺めるくらいしかすることはない。

 観光地でもない村なので、のどかな光景以外には驚くほど何もない所だ。

 ここに来るまでにやったことと言えば、村の中を我が物顔で歩き回る鶏の卵を拾ったくらいだろう。

 そんなケーナの視界の端にマップウィンドウが展開表示される。

 記されたのは昨日と一昨日にケーナが移動した、銀の塔からこの村へ続く道程とその周辺である。衛星写真のように上空から見下ろした形となった村の周辺地図だ。

「キーちゃん?」

『辺境ノヨウニマップヲ作リマシタ。後ハ行動範囲ヲ増ヤシテ詳細ナ地図ヲ作リマショウ』

「まあ、そういうやり方しかないかー。それにしてもこの村って何かに似てるなあ?」

 村の中央に集まる形で立っている家屋。その外側を占める畑。かで似た物を見た記憶のあるケーナは、うーんと考え込んだ。程なくして記憶の底から答えを導き出す。

「あ、オフラインモードの出発地じゃん」

 オンオフ両方のモードがあるVRMMORPG・リアデイルは双方で出発地点が違う。

 オンラインは所属国の王都で、オフラインは適当に配置された辺境の村だ。

 その村に住む者たちの依頼をこなしていくことで、最終的に村を砦のように発展させていくことがプレイヤーの役目だ。

 シナリオの経過中に一五個の魔法と三〇個の技能スキルを手に入れられるプレイヤーのクエスト登竜門である。

 リアデイルの技能スキルは基本の七種魔法以外では、クエストをこなさないと一つも手に入らない仕組みになっていた。

 四〇〇〇と+αのクエストを残さず実行した者だけが、スキルマスターの称号を受け取れるのである。

 しかし、スクロール作成で得た技能スキルが一つでもあると資格を失ってしまうという、隠されたデメリットがあった。

 その辺り、スキルマスターの存在は運営の罠と言っても過言ではない。

 勿論一度取得した技能スキルは破棄できないし、そのクエストを受けようとしても技能スキルがある以上はクエストが発生しない。

 βテストからリアデイルに付き合ったケーナを含む一部の廃人はそれを思い知った。しかし軌道に乗った世界へ後から入ってきた者はそれを知らずに脱落していった。

 ちなみにこの事実は運営側がネットに挙がり次第消しているので、一期の登録者以外で知る者は少ない。

 運営はその労力をもっと別のものに使えと、さんのプレイヤーはよくなげいていたものだ。

 だったらこの村もオフラインモードの村みたいに発展させてしまえばいいんじゃないか?

 ケーナののうにそんな言葉が浮かんだ。

「しかしそれでまた迷惑になるのもどうかなぁ……」

 ブツブツと考え込むケーナに畑仕事をしていた者から声が飛ぶ。

「よう、ケーナちゃん。畑にまで何の用だい?」

「……え? ああ、ええと、何かこの村のお役に立てないかなあ、と思って」

 ケーナの言葉に畑仕事をしていた村人たちは、顔を見合わせて笑い出した。

「え、ええっ。なんですかその反応っ?」

「いやいや、ケーナちゃんはこの村のって言うか、宿屋の客だろう」

「そーそー、村のことは村に住む俺たちの仕事だしさー」

「アンタがそんなことを気にする必要はないんだよー」

 わはははーと、朗らかに笑う皆に口々に言われてしまっては、流石に口を出すわけにはいかない。

 頭を下げて一旦そこを離れ、腕組みをしながら頭上を見上げて脳内を流れていく技能スキルを一つ一つ確認していく。

 これにもピンからキリまで多種多様あった。

 そのクエストで一度使えば後は全く使わない奴だとか。先程の【魔法:温水】がそれに当たる。

 その後に続く上位の技能スキルを得るために必要で手に入れたものの、一度も使ってないモノも多い。

 あるけれども早々使うにはやや問題があるモノ。【技術技能クラフトスキル:建築:城】とかがいい例だ。

 後々まで頻繁に使うモノなど全体の半分以下である。

 技術技能クラフトスキルといっても作成専門だけで二五〇〇個もあるわけではない。

 この中には戦術技能ウエポンスキル能動技能アクテイブスキル常時技能パツシブスキル、その他にも特殊技能エクストラスキル等が含まれる。

 数が多すぎてさすがにケーナも全部を覚えているわけではない。状況に応じてその都度スキルリストから選択するしかないようだ。

 村の外縁をぐるりと回る。村の入り口から昔は馬車の待機場所だった野原を通り、宿屋の裏手に出る。

 そこでまたしても釣瓶で水を汲んでいるリットを見掛けた。マレールから娘の仕事は奪わないようにと厳命されているため、見ているだけしかできない。

 小さな体で一生懸命に釣瓶の縄を引っ張る彼女の姿にハラハラしっぱなしだ。

筋力STR増強】の効果を持つ腕輪でも渡すよりは、まず井戸の構造から変える必要があるなー、と思ったケーナの脳裏に丁度良いものが閃いた。

 村を砦に進化させる途中で、砦内のあちこちにスキルで設備を作る過程がある。

 その中の、台所の井戸に設置する水汲み機を付けてはどうかと思い当たった。形状は木組みのキャタピラみたいなものである。

 単純な手押しポンプがこの場合適切なのだが、金属系の材料が足りないので自動的に却下された。

 該当物の形状は手回しハンドルを動力にして、歯車で駆動させるキャタピラである。

 数ヶ所にますがついており、水を汲んでといに流す装置だ。

 作成には少量の金属と大量の木材が必要になる。これなら現状の井戸の上に台を組んで乗せてしまえばいいので、設置も楽だ。

「よし! 悩むよりは先ず行動。マレールさんに許可を取ろう」

 いきなり飛び込むように戻って来たケーナに「井戸を改造したいんですー!」と詰め寄られ、マレールは困惑した。

 理由を聞くとリットだけでなく、誰でも簡単に水が汲める装置を作るとのこと。身振り手振りで説明されても全く理解不能だ。

 最初は戸惑っていたマレールだったが、朝方とは違い妙に活き活きとしていて楽しそうなケーナの様子についOKを出してしまう。

「マレールさんの許可ゲットーッ! ひゃっほー!」

「あ、ちょっとケーナ! 昼飯を食いに来たんじゃないのかい!?」

 水を得た魚のように飛び跳ねて出て行こうとしたケーナは、マレールの呼び掛けに我に返る。

 一泊に付属しているのは朝食と夕食だけで、昼食は別料金だ。

 面倒になったケーナは、当初に提示した銀貨二〇枚を渡して「村を出る時に差額を返してくれれば良いです」と言ったら「だったらキチンと昼食も食っていきな」と言われてしまったのである。

 妙な醜態を見られてしまったため、ケーナは赤くなったまま昼食を終えた。その後は井戸の周りをぐるぐる回りながらアイテムウィンドウをにらんでいた。

 理由は手持ちの材料不足で、例の物を作成するのに量が足りないといった悩みである。

 必要な材料の大半は材木で、農村ならば材木イコール薪になるだろう。だとすると、自力でなんとか都合しなければならない。

「うーん、切り倒すしかないか?」

 昨日の森の感じからすると、樹木たちに断りを入れても切り倒せるかどうか果てしなく疑問が残る。

 そこまで考えて、はたと気付いた。

「あ、そうだ! 切り倒さなくてもへし折れたのがあるじゃん」

 ケーナの予想を越えた勢いで飛んで行った熊が作り出した、無惨な光景を思い出す。

 善は急げとばかりに、昨日の現場へ行ってみることにした。

 昨日の現場には、ドミノ倒しみたいに木が折り重なって倒れていた。

 手前側の一本が消えているのは村人が持って行ったらしい。おそらく数量的には一本丸々で事足りると思うが、他に何か使うかもしれない。

 後々こんな機会もあるか分からないので、全部加工してしまうことにした。

技術技能クラフトスキル:木材加工Lv.3:start】

 ケーナの周りから強風が巻き起こり、倒れた三本の木の枝をまとめて打ち払う。

 そして皮がかつら剝きにされ、輪切りになった物が眼前にドンドンドンッ! と積まれる。強風に揉まれて葉ズレの音でざわめいていた森は、風が収まってやっと静けさを取り戻した。

 ケーナは予想外の工程を、啞然として眺めていた。

 おもむろに肩を落としてためいきをひとつ。

「いや、確かに必須事項に風魔法がるけどさあ。実際に目にするとまさかこんなんだったとは……」

 植物系材料の場合、種族デメリットでハイエルフでは採ってこられない。

 店で買ったりギルドメンバーに頼んだりしてはいたが、初めて目にする加工方法に目が点である。

 技術技能クラフトスキルには前提条件として、地水火風氷光の初期魔法が加工に必要だ。

 今のように木材の加工は風魔法で製材するが、ゲーム画面上ではここまでの工程は表示されない。

 精々対応する魔法のエフェクトがデフォルメされて発生するくらいだ。今の奴だと小さい竜巻がくるくると表示されるだけである。

 でき上がった輪切りのひとつ分の大きさがトラックのタイヤくらい。

 それを一ダースを一纏めにして、合計一四個をアイテムボックスへ放り込む。一〇トントラック一台分の容量が綺麗サッパリ消え去った。

「……考えるな私。考えたら終わりだから、うん」

 物理法則なんぞ軽く超越する出来事に(自分が仕出かしたことだけど)額に手を当てて頭痛を抑える。

 アイテムボックスからネタ武器を抜く。

【恐怖】(敵の行動を一時的に止める)と【威圧】(敵の回避を大幅に下げる)を内包した惨劇の夜ジエイソンブレード。一見するとただのなただ。

 打ち払った枝の細かい枝葉を削ぎ落とし、ロープで纏めてこれもアイテムボックス内へ放り込む。

「これはマレールさんに渡しちゃえばいいや」

 今更野宿をする必要もないので、薪とかは持ち歩かなくて済む。

 後は大掛かりな物を組むために、技能スキルのウィンドウを表示して各材料を確認した。

 おのおのの部品はある程度作っておいて現場で組み上げてしまうために、今で部品毎に加工しておく。

 そして再び強風が吹き荒れ、切り株が空を舞う。

「気にしない気にしない」と呟きながら、ケーナは大量の汗をかきつつ作業に没頭した。


 その一時間後には宿屋の裏にある井戸の周囲に、手の空いた村人が数人集まっていた。

 宿屋の住人を中心として輪を作り、井戸に奇妙な木組み細工を設置するケーナを物珍しそうに眺めている。

 ケーナはまず井戸に掛かる土台部分を置き、車輪みたいに二個連結した歯車を軸とした。

 そこに等間隔でますのついたキャタピラをくっつけて連結させる。幅は四〇センチメートルくらいだ。

 最後に手回しハンドルのついたギアボックス機構を軸と繫げ、回ってきた枡が水を落とす所へ樋を設置して終了である。

 ケーナは先ず自分でハンドルをくるくる回して、誤動作がないのを確認してからその場所をリットに譲った。説明もなしに場所を譲られたリットは困惑気味だ。

「え? えっと、どうすればいいの?」

「そこのハンドルを右回りに回せばいいのよ。がーって回しちゃって」

 リットは言われた通りに右にハンドルを回してみた。最初に少し力を入れてみたものの、やたらと速く回ってしまう。

 キャタピラ部分がガラガラと音を立てて回転し、汲み上げられた水が樋を伝わって桶へと流れ込む。

 みるみるうちに水が溜まっていき、桶から水が溢れ出た。

 これには周囲で見物していた村人も歓声を上げる。我も我もと押し寄せて、一人ずつハンドルを回転させて喜んでいた。

「おおっ! ロクに力を入れていなくても水がたくさん汲めるじゃないか」

「なるほどこりゃ便利だ! 凄いなケーナちゃん。こんなモノを作れるなんて」

「こりゃあウチの婆さんでも楽に水が汲めるじゃないか!」

 マレールや夫のガットもしきりに感心して頷いている。村人たちの好感触にガッツポーズを取ったケーナに村長が詰め寄った。

「すまんがケーナちゃん。村の中央にある井戸にも同じものを置いてくれんかの?」

「ええ別に構いませんよ。直ぐ作れますし」

 この村には三つの井戸があって、宿屋の裏の井戸は村の南側の家が使う割り当てとなっているようだ。

 中央の井戸は北側の割り当てになっている。もうひとつの井戸は村の外側の柵近くにあり、かなり昔に崩れて使えなくなったらしい。

 掘り直しても良いのだが、水の匂いで魔物が寄ってくるかもしれないので、封鎖されたままにしておくのだとか。

「後は最後の仕上げー」

 村人たちにちょっと下がってもらって、脳内から術を二つ選択する。

 瞬時に足元から三メートルの高さまで燃え上がった炎が、ケーナの頭上で火の粉を散らす。

 効果アップを示す赤い光が霧のように彼女の周囲を舞う。コレには流石に村人たちもたじろいだが、神秘的な光景にあっさりと静かになった。

魔法技能マジツクスキル:炎系自己付加:増幅ブースト:start】

魔法技能マジツクスキル:付加保存Lv.9:幾千の夜エンドレスナイト:start】

 続いてかざした掌から黄金色の粒子が放出されて、水汲み機にキラキラと纏わり付く。

 しばらく金色に染まったように輝いていたが、ケーナが深呼吸をして姿勢を戻すと同時に消えていった。

 先に唱えたのが、次の魔法の効果を一・三倍に引き上げる【増幅ブースト】の魔法。

 後に唱えたのが術者のLv×魔法Lv分の日数だけ、錆びない腐らない壊れないコーティングをする魔法である。

 つまり一二八七〇日分、約三五年に渡りこの水汲み機は新品状態のまま保存される。

 その後は日が沈む前に、中央の井戸にも水汲み機が設置され、村人に歓声をもって迎えられた。

 そしてまた『ケーナちゃんの偉業を称える会』という宴会が催されることになった。

 昨日と同じように村人たちに酒を勧められたケーナだったが、断固として断ったら場が静かになって村人の視線が突き刺さった。

 結局泣く泣く酒を飲む羽目になったのは言うまでもない……。

 次の日にまた酒を飲むまいと誓ったのだが、マレールの「なあに酒なんて飲み続ければ慣れるもんさ」という言葉にせんりつを覚えたという。


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試し読みは以上です。


続きは好評発売中『リアデイルの大地にて』でお楽しみください!

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