Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第九話 作家と女子高生と遊園地デート(2/2)

 ゲートの端にあるチケットブース前にできた長い列に並ぶこと十五分。受付窓口でチケットをパスに変えてもらい、荷物検査を終えてからようやくの入場。

 一歩を踏み入れた瞬間、僕らは魔法にかかった。

 目の前に広がる光景に、僕もまつくんもしばし言葉を失ってしまう。

 これが、噂に聞くランドか。どこか西洋の街並みを彷彿とさせる建物が立ち並んだ空間を、初心者感丸出しでキョロキョロしながら進んでいく。

 しばらく二人で歩いていると、やがて開けた空間に出た。

 視界の中心にそびえ立つは、青屋根の白城ブルールーフ・ホワイトキヤツスル

 ふははは──。

 スゴイぞー、カッコいいぞー!!

 誰も彼もが浮かれていて、吐いた息の白にすら光が宿りキラキラと輝いている。

 と、たたただ圧倒され続けていた僕とは対照的に、まつくんはそこで意識を取り戻し、僕の腕にぎゅっとしがみついてきた。

 なんぞ?

 いきなり、どしたし?

 なにやら腕に当たる柔らかさとか、優しい匂いとか、体温とかに困惑し続ける僕をよそに、彼女はもう一方の手をすっと伸ばし、その先にあるスマホのシャッターを切った。

 カシャン、とフィルムカメラの無骨で機械的な音とは全然違う電子的な音が響く。

 白亜の城を背景にした僕と茉莉くんのツーショットが、長方形に切り取られる。

〝今〟は一瞬のうちに〝過去〟となり、けれど確かな形を得て〝未来〟の僕らにとっての〝いつか〟の証が残る。

 多分、それは永遠に少しだけ似ていて、でもきっと大きく違うのだろう。

「やっぱり、まずは記念写真からですよね」

 女子高生、ほんと写真好きだよねー。

 満足そうにスマホの写真を確認したまつくんは、しかし、腕から離れそうな様子がない。

「あのー、まつくんまつくん。……近くない?」

「ええ? そうですか?」

 言って、より一層、ぎゅっと近付いてくる。

「でも、デートですから許されますよね、きっと」

 ほえ? デートってそんなもんなの?

 いやいや、とは言いつつふたつ担当とのデートではそんなにくっついてなかったよな。ええ? でも、そうなのかな。最近の若者はそうなのかも。女子高生が言うなら正しいんじゃね? というか、正しいよね。別に僕がくっついていたいからじゃありません。しからず。

 僕が黙ると、勝ち誇ったみたいにまつくんがにまーっと笑った。

「さ、まずはどれから乗ります?」



 結局、午前中の時間を使って僕たちは三大コースターと呼ばれるアトラクションの内の二つを制覇した。本来ならどちらも待ち時間がゆうに四時間越えの、超人気アトラクションだ。

 決して、午前中の時間だけで収まるものじゃない。

 しかし、まつくんがスマホのアプリやらファストパスと呼ばれるよくわからないものを活用してくれたおかげで、最小限の待ち時間だけで遊ぶことができた。こんな寒空の下で長々と列に並ばなくてよかったのは、本当にまつ様々だった。さすが現役女子高生!

 久々のジェットコースターは面白かった。

 なんとかと煙は高いところが好きと言うが、僕は高いところから見渡せる景色が好きだ。

 あと、高速で動く乗り物も好き。

 この世の理はすなわち速さだと思いませんか、と言ったアニメのキャラがいた。物事を速く成し遂げればそのぶん時間が有効に使えるし、遅いことなら誰でもできる、と。つまり速さこそ有能なのが文化の基本法則、と。彼の持論に僕も強くうなずく。速さこそ、正義。

 お昼の時間になると、周りになにかを食べながら歩いている人間が増えていった。僕らも昼食をとるために、レストランへ向かう。

 こちらも大盛況で、事前に予約しておいたにも拘らず、十分ほど待ってから案内された。

 僕らの食事中には、ランドのマスコットキャラクター──の着ぐるみを着たキャスト──が現れて、ゲストと一緒に写真を撮ったり、サインを書いたりするサービスが行われた。

 当然、まつくんも大興奮で、ポシェットからノートを取り出し、サインをもらっていた。

 ちぇ、僕だってサインをられたことないのに。

 頼まれたら、いくらでも書くのに。

 と、若干の焼きもちを抱きつつのぞいたノートには、僕のものよりよっぽど達筆なサインが描かれていたので、あっさりと対抗心は消えていった。そういや、僕、字、下手なんだよな。小学生の時には習字を習ってたんだけど、ちっとも上達しなかったのだ。

 あー、比べられなくてよかった。

 なんにしたっていヤツと比べられるのとか地獄でしかない。

 うわー、ホヅミ先生って、その、へ、下手なんですね、なんて女子高生に言われた日には自殺する自信すらある。あと、まつくんは妙に優しいから、大丈夫です、えーっと、経験を積めば上達しますよ、とかフォローを入れてくれるのだ。やっぱり、死ぬしかない。うん。

 パスタのプレートを一人前ずつと、ピザを一枚だけ注文する。

 水の入ったグラスに少しだけ口をつけたまつくんが、ふーっと息を吐いた。

「結構、疲れたみたいだね。楽しめてる?」

「はい。とっても楽しいです」

「それなら、よかった」

「先生はどうですか?」

「僕も楽しいよ」

 アトラクションもそうだけど、いろんなことにいちいち反応して、驚いて、笑っているまつくんを見ているのも楽しい。

 昔、なにかで読んだ気がする。

 デートのだいはどこにいくかじゃなくて、誰といくかだって。

 その通りだと思う。

「午後からはどうします?」

 本当なら三大コースターの残り一つを攻めたいところではあるけれど、どうやらまつくんはそこまで絶叫マシーンが得意ではないっぽいし、疲れてそうなので、別の提案をしてみることにした。僕だって一応、分類上は大人の男なので、最低限の気遣いくらいはできるのだ。

 むしろ、群れるのが苦手な人間って気遣いは得意分野だったりする。

 周りに気を遣ってばかりで疲れてしまうから、最終的にボッチを選んでしまうのだ。とはいえ、まつくんといるのは苦ではない。逆に楽まである。

「そうだなあ。昼はもう少しゆったりとしたアトラクションに並んでみる? あとはパレード見たり、買い物とか」

「あ、買い物。いいですね。わたし、ぬいぐるみが見たいんですよ。こーんな大きいヤツが売っているみたいですよ」

 両手を広げて、こーんな大きいを表現するまつくん。

「それ、買うの?」

「いえ、その、単純に見たいだけです。あ、でも小さいものなら一つくらい買ってもいいかもしれませんね。今日の記念に」

「ふうん。それを見たら、今日のこと思い出してくれる?」

「もちろんですよ。そもそも絶対に忘れませんけど」

 そんな他愛のない会話をしていると、パスタが運ばれてきた。

 いただきます、と言って、フォークで丁寧にパスタを口に運ぶ。

「あ、しい」

 まつくんが口に手を当て、そうつぶやいた。

 そのパスタは、確かにとてもしかった。



 レストランを出た後、僕たちは午前中よりペースを落としてゆっくり園内を回ることにした。

 何時間も並ぶような人気のアトラクションには向かわず、アンティークなデザインをした二階建てのバスでエリアを移動したり、ピンボールや野球ゲームなどのレトロでノスタルジックなゲーム機で遊んだり、ボートに乗ってジャングルを探検したりした。

 いつしか西の空が真っ赤に染まっていた。

 空の半分に夜がまり始め、ゆっくりゆっくりと勢力を拡大していく。

 やがて、えとした星の光が冬の夜をかすかに照らすのだろう。シリウスやプロキオン。ベテルギウスなんかが。

「そろそろお土産を見にいこうか。帰りの時間もあるし、パレードも少しだけ見たいし。って、どうかした?」

 不意に視線を夜空から隣を歩いていた女の子へ移したのは、彼女が歩みを止めたせい。一、二、三。と、少しだけいきすぎて、僕もまた足を止める。

「あの子、どうしたんでしょうか?」

「え?」

 まつくんの視線の先には、三歳くらいの女の子が一人でいた。

 彼女はきょろきょろとあたりを見回したかと思うと、泣き出しそうになるのをきゅっと我慢するみたいに唇を強くみしめた。力を込めた瞳には、それでも堪え切れなくなった感情がふつふつとまっていき、やがて流星のようなしずくになって頰をなぞっていった。

「泣いてるね」

「泣いてますね」

「迷子だと思う?」

「わからないです。でも」

「うん。女の子が泣いている。声をかけるには十分な理由になるんじゃない?」

 僕がそう言うと、まつくんはとてもうれしそうに、はい、とうなずいて女の子の方へ走っていった。

 ねえ、とまつくんが声をかけると少女の顔に一瞬だけあんの笑顔が浮かんだけれど、それはすぐにしぼんでいった。お目当ての相手ではなかったからだろう。

 まつくんはしかしめげることなく、にっこりと微笑んだ。

「こんにちは。どうしたのかな? お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」

「え? う、うえっ。わ。わかんない~」

「大丈夫よ。泣かないで。一回、お姉ちゃんと一緒に深呼吸しようか? はーい、息を大きく吸って。はい、ストップ。そこから吐いて~。うん、上手~。あ、涙、止まったかな? お名前は言える?」

 尋ねつつ、まつくんは取り出したハンカチで女の子の涙を拭っていた。

「……マミ」

「そっか。マミちゃんっていうんだ。わたしはまつ

「マツリ、ちゃん?」

「そう。仲良くしてね。お父さんかお母さんのお名前はわかるかな?」

 それからもまつくんは優しい声で、テキパキといろんなことを聞いていった。まあ、見事なもんだった。こういう事態に慣れているのが見て取れる。

 ほとんどの質問には答えが返ってこなかったけど、少女が一つ答えるたびに、偉いね、と優しく頭をでてあげていた。そうすると、段々、きゅっと強く握られていた少女の手のひらが解けていくのがわかった。

 単純に情報を得るだけなら、もっと効率的な方法があったと思う。

 現に、マミくんが迷子札を持っていることに、まつくんは話の途中から気付いていたし。それでも根気よく対話を続けていたのはきっと、今、一番不安になっている少女の気持ちを少しでも軽くしてあげるため

 優しくて、他人の心を気遣える子なんだ。まつくんは。

「ホヅミ先生」

「ん? なに?」

「すみません。ここにマミちゃんのお母さんの電話番号が書かれてあるんですけど、連絡とってもらっていいですか? 多分、親御さんもわたしみたいな学生より、大人の人と一緒にいるのがわかった方が安心すると思うので」

「いいよ。でも、すみません、は余計だな。僕だって、もう当事者のつもりなんだから」

「は、はい。ありがとうございます」

「だから、ありがとうも余計だって」

 苦笑しつつ、僕は受け取った迷子札に書かれてあった番号に電話をかけた。

 それから三十分後に、マミくんの両親はやってきた。

 少し目を離した隙に、マミくんは一人で別のエリアに移動していたらしい。まつくんがマミくんから聞いた話によると、僕らも乗った二段バスを使ってここまでやってきたんだとか。

 マミくんの両親はすごく心配していて、何度も何度もまつくんや僕に礼を言っていた。短い時間ですっかりとまつくんになついてしまったマミくんは、お母さんに手を引かれて帰るまでずっとまつくんのスカートの裾を握って放さなかった。

「バイバイ」

 小さな背中が夜に溶けて見えなくなるまで、まつくんもまた手を振り続けていた。

「ちょっと残念ですね」

「なにが?」

「マミちゃん。せっかくの遊園地だったのに、迷子になった思い出が残るのはなんだか寂しいなって思いまして」

「馬鹿だなあ」

 思わず、僕はそうつぶやいていた。

 彼女の優しさが、心の在り方が、どこまでもまぶしく見えて、少しだけ目をすがめた。

「え?」

「あんな小さいんだ。今日のことなんてすぐに忘れるさ」

「それはそれで寂しいですけど。でも、そうですよね」

 それに、と僕はぽりっと後頭部をいた。

「もしずっと今日のことを覚えていたとしても。マミくんはきっと、迷子になったことよりも優しいお姉ちゃんと友達になったことしか覚えてないと思うな」

 びっくりした顔をして、まつくんが僕を見る。

 僕は妙に気恥ずかしくなって視線から逃げる。まつくんがわざわざ回り込んでくる。しまった。逃げられない。

 ぐぬっと思わず言葉に詰まった。

 らしくないことなんて、言わなきゃよかった。いつもなら思ってるだけなんだ。口にはしない。でも、今日はなんというか、あまりにまつくんが寂しそうにしているから。つい。

 やがて、くすくすと笑い声が聞こえてきた。

「なるほど。それは、なんというか、とてもホヅミ先生らしい解釈ですね。ホヅミ先生の作品はいつも、ハッピーエンドですから。でも、うん。わたしはそんな優しい終わり方がとても好きなので、その案を採用することにします」

「やっぱり物語はハッピーエンドじゃないとね」

「ですね」

 その頃には、もうすっかりと世界は夜の中に在った。

 オリオンの並びがゆっくりと空を横切っていく。

 ああ、でもこの場所は夜でもひどく明るいから星が見つけにくいな。ほんと、魔法みたいだ。夜なのに、いや、夜だからか。まるで、星々が僕らのいる地上にまで降ってきているかのよう。オレンジ色のランプが連なって、風に揺れていた。

 ん、と僕はまつくんに手を差し出す。

「もうパレードの時間だ。ほら。見にいこう」

「はい」

 そうして、まつくんは僕が差し出した手を握り、それから。ぐいっと引っ張って僕の腕を自分の体に押し付けてきた。やっぱり距離が近いと思う。近すぎる。でも。

「最後までエスコートお願いします」

「まあ、デートだからね」

「そうですそうです。デートなんですから」

 デートだから、今はこの距離感でもいいんだと思った。



 すっかりと出遅れてしまったパレードを遠くから眺めていた僕たちは、帰宅ラッシュに巻き込まれる前にランドを後にすることにした。

 と、その前にトイレ休憩。

 僕は早々に任務を遂行したのだが、女子トイレは少しばかり列になっていてまだいくらか時間がかかりそうだった。

 ただじっと待つのもあれだったから、目についた明かりの方へふらっと寄っていく。

 そして、それはそこに在った。

 じっと目が合う。

 じっとじっと目が合う。

 つぶらな瞳を前に、根負けしたのは僕の方だった。

 五分くらいしてから、まつくんが戻ってきた。

「すみません。お待たせしました」

「これ、あげる」

 まつくんが、はて、という風に僕の手にある袋を見る。僕を見る。もう一度、袋。僕。袋。

 あまりに何度もやってしつこかったので、少し揺らして袋をまつくんの顔にぶつけてやった。もふんという衝撃と共に、彼女は、わぷと声をあげていた。

「今日、君はとてもいい子だったから、そのごほう。お土産、見る時間なかったしさ。ぬいぐるみはそれでよかった?」

 さっき僕と目が合ったのは、この遊園地のマスコットキャラクターが紋付きはかまで和装しているぬいぐるみだった。なんでも新年限定バージョンとからしい。

 全長で三十センチくらい。

 僕はそれを、今日の記念にまつくんにプレゼントすることにしたのだった。

「いいんですか?」

「もう買っちゃったしね。よければもらって?」

「ありがとうございます。うれしいです」

「どういたしまして。喜んでもらえて光栄、です」

「本当に本当に、うれしいです。わたし、今日のことは絶対に忘れません。何年っても、何十年っても。ずっと、ずっと、ずーっとです」

「それは大げさじゃない?」

 自分で言うのもあれだが、そこまで大したもんじゃないと思う。

「ちっとも大げさなんかじゃありませんよう」

「……今日のデートは、楽しかった?」

「ホヅミ先生は、何度もそうやって聞きますね」

「わからないんだよ。あんまり、その。デートとかって慣れてないしさ」

 慣れてないというか、人生二度目だし。

「わたし、今日は一日中ドキドキしてましたよ。あんなにくっついていたのに、ちっとも伝わりませんでしたか?」

「僕もずっとドキドキしてたから」

 僕の言葉に、やっぱりとびきりの笑顔を浮かべるまつくん。

 それが彼女なりの答えなんだろう。

 帰ろうか、お姫様、とまつくんへ手を差し出す。はい、と彼女がうなずく。最初はたどたどしく、やがて強く。しっかりと。月明かりで作られたうっすらとした影が、一つにつながれる。

 そうして僕たちは、今度こそ本当に駅へと向かって歩いていった。

 朝くぐった門から出ると、ぶわっと星たちが夜空に広がった。

 今日一日、僕たちにかけられていた魔法が解けていくのがわかる。

 少し寂しくて、でも、まだ温かいのはどうしてか。

 きっと、ランドから出ても二つの影がつながれたままだったからだろう。

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