Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第九話 作家と女子高生と遊園地デート(1/2)

『三年んー、二ぃくみぃー。なかがわぁー、なおあきぃー、でーっす!』


 テレビの中で、学ランを着た男子高校生が声を張りあげている。

 こうして、普段、人には言えないことを力いっぱい主張するのだ。けんの謝罪とか、兄弟姉妹への恨み言とか。好きな人への告白とか。

 僕がまだ中学生とか高校生の時にっていたテレビ番組の、特別復活回のようだ。

 なかがわなおあきくん、十八歳は、グラウンドの真ん中にぽつんと一人で立っていて、学校中の窓という窓から顔を出した全校生徒の視線にさらされている。

 僕はまつくんの入れてくれたコーヒーをすすりながら尋ねた。

まつくんはこの番組って知ってる?」

「いいえ、初めて見ます」

「だよね」

「ホヅミ先生は知ってるんですか?」

「まあ、僕がまだ学生だった時に、結構、ってたから。話のネタになるかもって思って、たまに見てたよ。なつかしいな」

 結局、雑談するような友人はついぞできなかったという悲惨な結末を迎えたわけだが。

 べ、別に寂しくなんてないんだからね。番組の内容も、僕からしたらなんの罰ゲームなんだろうって思うようなヤツだったしさ。そんなこと言ったら、ひんしゅくを買うだけだろうし。

 まあ、みんなも一度、よく考えてみて欲しい。あんなたくさんの視線が集まる中、告白とかしちゃうんだよ。百万円積まれても嫌だ。いや、待て。タイム。百万円積まれたら考えるかも。どうせわざわざからかってくるような知り合いもいないし。

 こういう時、ボッチは強い。どれだけ視線を集めても、持ち前の影の薄さですぐに空気と一体化できる。ここからは、ステルスホヅミの独壇場っすよ!!

 流行なんてのは火と同じで、燃料をくべ続けなければすぐに消えてしまうもんだ。卒業する頃には、誰も彼もが忘れているだろう。ボッチ、最強説、あると思います。

 ああ、でもテレビか。

 今だったら動画サイトとかに流されたりするのかな。

 それは嫌だな。好き勝手にコメントを書かれたりするしさ。やっぱり無理。一千万円積まれてもやりたくない。

 そんな益体のないシーソーゲームを割と真剣に考えている内に、テレビの中の青年は僕とは裏腹に次第にテンションをあげていった。

 前口上を述べ、本題へと入る。


『俺にはあー、いまぁー、好きな人があー、いまーすううう!』


 テレビの中の青年が叫ぶ。

 ウェーイ、と無責任な生徒の声で校舎が震える。

 まつくんは青年の緊張がでんしたように、きゅっとスカートの端っこを強く握っていた。


『今日はああ、その子に、おもいを、伝えたいと思いますううう!』


『hooo! だぁー、れぇー?』


『三年んんんー、四組のぉぉぉ、ふじさわぁぁぁ、きりちゃん。入学式の日、ハンカチを貸してくれた時から、ずっとおおお、好きでしたぁぁぁ。付き合ってぇ。すう。くださあああい!』


 テレビの画面が、告白された少女に寄っていく。顔を真っ赤にして、それでもうれしそうにしている藤沢桐ちゃん、同じく十八歳。やがて、彼女はこくりとうなずいた。

 引っ込み思案な子なんだろう。

 それでいっぱいいっぱいって感じ。

 一方、青年のテンションは天元突破し紅蓮破顔グレンハガンする。


『ふおおおおおおおおお! やったあああああああああ!』


 学校中のいたるところから、おめでとうの花が咲く。

 たくさんの拍手と祝福の中、こうして一つのカップルが生まれた。

 はいはい、めでたいめでたい。僕はやっぱり冷めた気持ちで見ていたのだけれど、まつくんの視線はくぎ付けになっていた。自分が告白されたわけでもないのに、頰の紅潮が耳の先まで伸びている。まるでゆうの下にいるみたい。目も少し潤んでいた。

「こういう公然告白みたいなのってさ、女の子的にどうなわけ?」

「そうですねえ。やっぱり、恥ずかしいのは恥ずかしいですよね。でも」

 そこで一度言葉を切って、まつくんはしわになったスカートから手を離し、そのまま唇を隠すように覆ってから、

「ちょっと憧れもある、かなあ」

 ぽしょっと小さく声にした。

「ええ? 本当に? 僕には全くわからないんだけど。具体的にどのあたりが?」

 僕のつぶやきに、まつくんはあせったみたいに大げさに手を振る。その仕草は小動物みたいで、やたらとわいい。え、キューン!

「いやいや、なんというか。んー、んー、一週回って逆に有り、みたいな感じですね」

「え、じゃあさ。あんな風に告白されたら好きじゃなくても付き合ったりしちゃうもの?」

「それは、わからないですけど。でも、心は動きますよね。好きな人がいなかったりしたら気にはなっちゃいます。うん」

 だって、とまつくんはまるで言い訳するみたいに唇をとがらせて、

「一生懸命な姿は、格好いいから。あー、もー、これ、なんの時間ですか」

 今度はパタパタと手で、熱くなっているであろう顔をあおいでいる。

「いや、取材を兼ねて。ごめん、もう少し聞かせて。そうなんだ。ああいうのがいいんだ」

「単純にみんなの前で告白すればいいってわけじゃないですよ。でも、真剣じゃないですか。本気じゃないと、絶対にできないですよね。その熱意、みたいなものが伝わると弱いです。というか、ホヅミ先生の小説でも、告白シーンたくさんあるじゃないですか。それと一緒です」

「僕の子は、公然であんな恥ずかしいこと口にしない」

「みんなに読まれてるんですから、同じですって。〝さよなら〟シリーズの告白シーンなんて拡声器を使ってましたよね。特に描写はなかったですけど、絶対に周りに聞こえてますよ」

 あれ? 言われてみれば、そうなのかな?

 あのキャラの告白シーンも、このキャラのこっ恥ずかしいシーンも、読者からしたらテレビを見ているのと同じようなものなのか。そうか。でも、そうだよな。本を読んでくれた何千人かには見られてるんだよな。

 ……うっわ。急に顔が熱くなってきた。

 僕もまつくんをて、手をうちわのようにして顔に風を送る。

「今日は、なんだか暑いね」

「ですね。一月なのに」

「ほんと、それ。ところで、まつくん。話は変わるけど、今週の土曜日は暇?」

「特に予定はないですけど」

「よかったら、僕とデートしない?」

「はあ、いいですけど。……って、え? 先生、今なんて?」

 一度はうなずいたものの、まつくんがすごい勢いで首をひねってこちらを見てくる。グリン、て感じ。それから、柔らかそうな頰をぐいーんと引っ張って、いひゃい、なんて言っている。

 残念ながら、夢でも聞き間違いでもないんだよなあ、これが。

「いや、だからさ。デート。暇なら、付き合ってよ。一巻のクライマックスに、主人公とヒロインがデートするんだ。そのための取材にいきたいんだよね」

 って、少しばかり言い訳臭いかな。

「わ、わわ、わたしでいいなら、喜んで?」

「どうして疑問形なわけ?」

「えっと。じゃあ、その。はい」

 告白された女の子と同じように、こくん、と控えめにまつくんがうなずいた。

 そうこうしていると、テレビの中で次の女の子が告白を始めた。

 好きでーすと大きな声で叫んでいる。つきあってくださーい。告白されたぼう頭の男子生徒は、体を全部使って、大きな丸を作っていた。僕でいいならー、付き合いましょー。

 ほんと、よーやるわ。

 すすったコーヒーはすっかり冷めていたけれど、少し熱い今の僕にはちょうどよかった。


   ❁


 デートのいき先は、ランドに決めていた。

 千葉県某所にある日本で多分、一番有名な遊園地。

 普段ならチケット代の出費は痛いところだが、今の僕には昨年末に行われた出版社主催による忘年会のビンゴで当たったペアチケットがあるのだった。ちなみにあずまはiPadで、ウミは海外旅行券。金持ちのところにはそれ相応の品がいくものらしい。

 さすがにまつくんを寒空の下で待たせるわけにはいかないので、念には念を押して、僕はランドの最寄り駅で一時間前から待っていた。

 頭上には一月の薄い青空が広がっていて、白い息が吸い込まれていく。やがてその息が雲になって天を覆うのだ、なんていつものように益体のない空想をしながら過ごす。

「あれ? ホヅミ先生早いですね。わたし、もしかして時間を間違えました?」

 結局、待ち合わせの三十分前にまつくんは現れた。

「いや、僕もさっき着いたところだから」

「お待たせしてすみません」

「本当にそんなに待ってないから。大丈夫だって」

 駅から出てテテテとこちらに小走りでやってくるまつくんは、なんというか輝いて見えた。

 真っ白なボアブルゾンに、上品な光沢感のあるプリーツスカート。首元には灰色のマフラーが余裕をもって巻かれている。

 僕はミニスカートが大好きだし、チラリズム王国の──自称──名誉大臣でもあるけれど、それでも若い子が寒い中、生足を出して〝わいい〟のために寒さに耐えているのは、なんだか、こう、忍びないものを感じるような年になったので、まつくんの格好にほっとした。着込んでいても、わいいは作れる。

「どう、ですかね? これ」

 僕が観察していることに気付いたのか。

 まつくんが見せつけるように、控えめにくるりとその場で一回転する。スカートの先がかすかに揺れる。長い髪が、風と踊る。吐いた息が雲のように横に流れる。

 彼女の頰は、桜をほう彿ふつとさせるほのかなピンク。

「なんか、こう、その。うん。モコモコしてる」

 上手く感想を口にできない僕がなんとかそれだけ絞り出すと、まつくんは、たはー、やっちまったーて感じで笑っていた。目が不等号みたいな顔文字になってる。(>_<)(←こんなの)。

「やっぱり変ですよねすみませんすぐ着替えてきます」

 息つく間もない早口。

 かーっと彼女の顔が赤に染まる。

「待て待て待て。変じゃない。わいい。わいいって」

「本当ですか? えへへへ。なら、よかったです」

 言いながら、くしっと赤くなった指先で前髪をいじまつくん。

 少しばかり潤んだ上目遣いに、裸の天使様が僕の心臓に銀の矢をザクザクと何度も突き刺す。ちょっ、まっ。わいすぎかよ。トキメキすぎて胸が痛いよう、死ぬわ。手加減して。

 まだデートは始まったばかりだっていうのにさ。

「本当本当。制服姿じゃないのは新鮮だね」

「この前、散々コスプレしてあげたじゃないですか」

「いやいや。コスプレと私服は全然違うもんだって」

 と、まつくんが僕のコートの袖をちょんとつかんで、

「ホヅミ先生。これ、私服じゃないです」

「じゃあ、なんなの?」

「ふふふ。なんだと思います?」

「君、楽しそうだね」

「はい。楽しいです。それで、答えは?」

「わからない、降参だ」

「デート服、です」

 はい、わいい。

 百点満点んんん! 出ました、百点です。意識しているせいで、いくらか声が大きくなって、そのくせ少し硬い感じになった〝デート服〟の発音なんか犯罪級にわいい。超くわぁいい。

 裸の天使様が今度は金色の矢で、ここがええんか、ここがええんやろ、という風にやっぱり僕の心臓をザクザクとえぐってくる。あ、死ぬ。というか、死んだ。今、死んだ。百回死んだ。

 死因・え死。

 ラノベ作家として、これほど誉れ高い死に方は他にないだろう。へへ。えたよ……、真っ白に……。えつきた……、まっ白な灰に……。

「ま、まつさんや。今日、なんかやけに浮かれてない? つか、アクセル全開すぎない?」

 もう少しインターバルを挟んでもらわないと、僕の魂が天に召されてこのまま解散まである。

「えへへへ。やっぱり、浮かれてますかね、わたし」

「うん。どう見ても浮かれてる」

「でも、初デートで初ランドって、やっぱり憧れがあったからうれしいっていうか」

「ん? 初デート?」

 聞き間違いかな?

「え? ああ、はい。初デートです」

「ああ、僕とまつくんのってことね」

「いいえ。わたしの人生、正真正銘の初デートです。男の人と二人きりでお出かけする機会なんて、今まで一度もなかったので」

 その言葉を聞いて、僕は思わずまつくんの細い肩をぐわっしとつかんだ。

「君、それで本当によかったの? 初めてなんだろ? それが僕みたいな前のえないおっさん相手でいいの? 今ならまだ間に合う。やめる?」

 てっきり、まつくんクラスの美少女なら、デートの一つや二つ、いや、百や二百くらいこなしていると思っていました。

「ホヅミ先生は、えないおじさんなんかじゃないですよ。大丈夫です。わたし、今日、本当に楽しみにしてたんですから」

 まつくんの肩に置いていた僕の手を、彼女の手が優しく包む。

 手のひらの冷たさは雪のようで、触れ合った瞬間に少しだけんでいく。僕と彼女の体温の平均で落ち着いて、それが二人の温度に変わる。

 ぎゅっと、つないだ手を離さないようにまつくんが力を込めた。

「ほら、いきましょう」

「え、あ、ちょっと。本当にいいの? 一生に一度のことだよ」

「大げさだなあ。わたしがいいって言ってるんだから、いいんですよ。さあ、はやくはやく」

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