Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第八話 作家とイラストレーターとタイトル(2/2)

 ごくりと生唾をみ込んで、僕はさっきの感覚が消えない内に頼んだ。

「ねえ、ポンコツ」

「なに? っていうか、ポンコツ言わないで」

「今のをもう一回言って」

「へ? 今のって?」

「〝おにーちゃん〟ってヤツ。なんか新しい扉が開けそうな気がする」

 うへえ、と声が聞こえた。

「ヤだあ~」

「どうして」

「気持ち悪い~」

 え? そこまで?

「なら、まつくんにって、あれ~?」

 隣にいるはずだったまつくんは、しらーっとした顔でいつの間にか掃除を再開していた。完全に聞こえてませんよ、聞いてませんよーって雰囲気を背中から漂わせている。

 仮に鈍感なふりして聞いてきても無駄ですからね、と。

 目を見なくても、視線が痛い。

 くそっ。勘づかれたか。

 最近、この手のことに関して、まつくんの察しのよさがすごいんだが、一体どうしたらいいんだろう。気軽にセクハラの一つもできやしない。

「ちょっと待って」

 ハッとなにかに気付いたようなポンコツ様のお声。

まつくんって誰?」

「あ、そういうのいいんで」

 すんと鼻を鳴らす。

「んもー、どうしてよーう。たまにはわたしとも楽しく会話してくれてもいいじゃない」

ねるなって。あ、よし、じゃあ、こうしよう。キャラの設定資料をふたつ担当に送っておくから、早めにデザインをあげてよ。そうしたら、いくらでも話し相手になるよ」

「え? 本当に?」

「本当本当。僕、うそつかない」

「わかった。じゃあ、全力で頑張る」

 適当にあしらっただけだというのに、ふんすと鼻息を荒くするポンコツ大先生。

 ほんっとちょろい。ちょろすぎる。こんなにちょろくて大丈夫なんだろうか。いや、大丈夫ではないだろうな。やっぱりつぼとか買わされそう。

「うん。よろしく。あ、でも、無理だけはしないように。忙しいの、知ってるからさ」

「ん? むふふふ」

「なに? なにがそんなにおかしいの?」

「んーん、なんでもないわ。じゃあ、全力でほどほどに頑張るね。おにーちゃん」

 全力なのか、ほどほどなのか、はっきりしないままポンコツさんは電話を切った。それにしてもヤバかったな。受話器越しの声だからか、妙に近くてくすぐったい。

 ポンコツがつぶやいたとびきり甘い〝おにーちゃん〟ボイスにゾクゾクしてしまう。

 確信を得る。

 驚くべきことに、どうやら僕は妹属性もいけるらしい。

 ああ、自分の才能が怖い。怖すぎる。

 でも、あんな妹はいらない。

 心配すぎて、嫁に出せないしさ。一生面倒見てやらなくちゃって思ってしまう。いや、収入面を考えたら、僕が養ってもらう側か。それはそれで有りだが、むう。なんとなく悔しいものはある。やっぱり、いらないな。うん。

 どうせなら、家事ができて、なんだかんだ言いつつコスプレとかもしてくれて、優しくて、甘えさせてくれて。そういう妹がいい。って、あれ?

 だとすると、僕の理想の妹は、案外、近くにいるんじゃないか?

まつくん」

「はい? なんですか?」

「僕のことをおにいちゃんだと思ってくれても構わないからね」

「え? 急になんですか? 絶対に嫌ですけど」

 さらっと言って、掃除を続けるまつくん。

 しょぼんぬ。そっかー。絶対に嫌かあ。じゃあ、しかたないな。諦めよう。別に泣いてなんかいないんだからね。まつくんに、おにーちゃんって慕われたいだけの人生でした。完。

「そんなことより、編集部から先生宛の年賀状が転送されてきてるみたいですけど、これは」

「ああ、それなら、そっちの押し入れに──」

 流れで言いかけて、途中で我に返る。

「いや。僕が後で片付けておくから、こっちにもらえる?」

「わかりました」

 まつくんから、荷物を受け取る。

「ん、ありがと。あと、言い忘れてたんだけど、そこの押し入れは開けないでね」

「……えーっと、その」

 けぷんけぷんとなにやら言いたそうに身をよじるまつくん。

 ああ、この様子だと。

「もしかして、見た?」

「すみません。前に掃除してた時に開けてしまいました」

「じゃあ、中になにが入ってるのかも知ってる?」

「はい。ファンレター、ですよね」

「うん」

「でも、多くが未開封でした。先生は届いた手紙を読んでないんですか?」

 ああ、そこまでバレてるのなら隠す必要もないのか。

 そう、僕は読者がわざわざ書いてくれたファンレターを一度も読まずに、押し入れの中に突っ込んでいる最低の作者だ。

「デビューしてすぐの頃は読んでたよ。返事も書いたりしていた」

「先生にとって、ファンレターは迷惑なものなんでしょうか?」

 いいや、と胸の中に渦巻くいろんなものをみ下しながら首を振る。

「そんなことないんだ。うれしいさ。もちろん。でも今はちょっと、開く勇気がなくて。そんな資格がなくて。僕は僕の作品を好きだと言ってくれる人たちに顔向けできないから」

「どういうことですか?」

「僕はまだ、世界を変えていない。だから、今はみんなになにも応えられないんだ。それが悔しくて、みじめで。結局、現実から逃げてるだけなんだけどさ」

 再び、どういうこと、てな感じでまつくんがこてんと首をかしげていたけれど、僕はこの話はこれで〝おしまい〟という風に笑っておいた。

 空気の読める子だ。

 それで十分に、僕がこれ以上は話したくないんだってことをんでくれるはず。

 案の定、それからすぐにまつくんは洗い物を片付け始めた。

 僕もまたノートPCの前に座りなおして、画面をにらむ。

 制服エプロンのまつくんがせっせと家事をしてくれている。

 と、その瞬間、僕はその姿を、様子を、世界を、まるで一枚の写真のように切り取ってとどめておきたくなった。多分、僕が今書いている物語の主人公もこんな光景を見ているんだろうな。そして、その優しい時間にいやされている。

 だったら、この作品にふさわしいタイトルは──。


〝放課後、制服姿の君と。〟


 すとん、と胸に収まる感覚があった。

 そういうのは理屈じゃなく、けれど、とても大事なことだ。声に出した時の舌当たりもいい。決定だ。この作品は、〝放課後、制服姿の君と。〟。

 その勢いに乗って、さっき約束したばかりのキャラクターの外見設定もまとめることにする。ええっと、メインヒロインは、と。これは簡単だな。

 洗い物を続ける女子高生を見る。

 彼女の外見的特徴を書き出していくだけでいいんだもの。

 とりあえず、か・わ・い・い、と僕は作家にあるまじき言語力で満足げにそう書いた。



 数日後、ふたつ担当から送られてきたメインヒロイン〝向日ひなたあおい〟のキャラデザインは、髪型や色、表情にいくらかのパターンがあったものの、どれもよくまつくんに似ていた。

 二次元に落とし込むためにキャラクター性を強めているにも拘らず、く特徴を捉えてるっていうか。制服なんて、まつくんが着ているものを参考にしてリメイクしたとしか思えない出来だった。細かなパーツは全然違うのに、受ける印象はそのまま。

 頭の中のイメージにぴったりと重なる。

 僕が送ったいくらかの指示だけでこんなに描けるんだから、悔しいけどやっぱ天才だわ。

まつくん、やーい」

 お場の掃除をしていたまつくんを呼ぶ。

 ひょこっと洗面所のドアから顔を出したまつくんは、蒸気のせいで頰をほんのりピンクにしていた。二つに結ばれた髪が、垂れた兎の耳みたいにぴょこんと揺れている。

「はーい。どーしましたー?」

「ちょっとこっちにきてみない? いいものが見れるよ」

「いいもの?」

 タオルで手を拭きながら、まつくんがトコトコやってくる。

 体を半歩ずらして、パソコンの画面をまつくんの正面へ。

 キンとした高い声が、途端に耳の奥を刺した。

「ええ! わたしじゃないですか。なんで。ていうか、これ、POP☆コーン先生のイラストですよね? え? あ、かわっ。きゃわわ。って、え? でも、あれ? どういう?」

「すごくわいいでしょ、次の作品のヒロインの日向ひなたあおい

「え? は? ええ? ヒロイン? た、確かに、ものすごくわいいですけど。あの、ホヅミ先生。すみません。説明が欲しいです」

 まつくんがぽかんと口を開けていた。

 どうやら頭の中はクエスチョンマークでいっぱいのようだ。

「あれ? 言ってなかったっけ? 次のヒロインのモデル、まつくんだろ。だから、キャラデザも合わせてもらったの」

「わたし、ヒロインなんです?」

「ええ。まさか、そこからなわけ? 最近、ハウスキーパーみたいなことばっかりやってるけど、そもそも君って作品執筆のために秘密兵器として派遣されてるんだから。忘れてない?」

「ああ、えっと、はいはい。そうでしたね」

 あ、本当に忘れてたみたいだ。目がめっちゃ泳いでるし。むむう。この際だから、はっきりと自覚をもってもらおうかな。まつくんには胸がキュンキュンするようなメインヒロインになってもらわないといけないからね! そうとも、誰もが羨むようなメインヒロインに!

「うん。で、どれがいいとか希望ある? 髪型とかいくつかパターンがあるんだけど」

「わたしも一緒に決めていいんですか?」

「もちろん。だから呼んだんだ」

 マウスをクリックしてイラストを進める。

 とても幸福なことに、あれでもない、これでもない、ではなく、あっちもいいし、こっちもいい、と悩みながら、その日、一日をかけてキャラクターデザインを二人で決めた。



 後日。

「キャラデザ、見た。すごくよかった。さすが売れっ子イラストレーター!!」

 ちょっとばかりルール違反なのだけれど、僕は担当を通さず、直接感想を伝えることにした。それくらい今回の仕事は飛びぬけて出来がよかった。修正を頼んだけど、それに関してだって悪い意味じゃない。逆だ。出来がよすぎた故の修正依頼だった。

「あ、本当ですか? えへへへ。よかったぁ。今回、いつもより細かい指示がたくさんあったから割とドキドキしてたのよね。イメージと違ったらどうしようって。も頑張ったし。さてさて、じゃあ、ホヅせんせー、約束通り、お話しましょー。わたし、今、つぼを買おうかなって悩んでて──」

「よし、次は主人公いってみようか。あと、サブヒロインたちも早めにあげてくれる? やっぱりイラストがあった方が想像しやすいし、原稿書くのもテンションあがっていいなあ」

「うわあああん、鬼っ! うそつき! 約束と違うじゃないいいぃぃぃ」

「なにを言ってるんだ。ちゃんと話はするぞ。仕事の話だけど」

「わたしが思ってたのと違う! 頑張ったのにぃぃぃ。もーやだあああ。つぼの話がしたぁい」

「わかった。なら、こうしよう。キャラデザを全部仕あげてくれたら、お茶でも飲みにつれてってあげるよ。その時はどんな話でも聞こうじゃないか」

「え? 本当に? じゃあ、頑張る」

 これでやる気を出してくれるんだから、本当にちょろい子である。

 あと、さらっと聞き流したけど、つぼはやめとけ。つぼは。つか、つぼの話ってなんだ? そんなもんについて語れるような知識ないぞ、僕には。

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