Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第八話 作家とイラストレーターとタイトル(1/2)

 新作のシリーズタイトルは〝君と。〟にすることにした。

 僕はタイトルに同じ単語をつけてシリーズを続けていくタイプの作家だ。デビュー作は〝季節〟を冠した。次が〝さよなら〟。その次が〝星〟。

 それから同じようにいくつかの作品を書いて、今回は〝君と。〟。

 一作目のタイトルは〝えないサラリーマンの僕と女子高生の君と。〟だ。

 シンプルにストレートに作品の内容を表している。

 よし、いくぞ。決めた。決定だ。

 そう何度もつぶやいてみるけれど、次の瞬間には、本当にこれでいいのか、と悩んでしまう。なんというか、こう、すとん、とはまってこないっていうか。しっくりしないっていうか。

 キーボードをたたく手が止まる。

 うんうんと悩み続ける僕に、どうぞ、とまつくんがコーヒーを入れてくれる。

 息抜きを兼ねて、ぐっと体の筋を伸ばしてみると、思っていたよりいろんな筋肉が凝り固まっていて、ずっと緊張しつつ作業をしていたことに今更ながら気付いた。

「タイトルってそんなに悩むものなんですか?」

 エプロンに制服姿のまつくんが隣に腰を下ろす。

 どうやら、彼女も少し休憩を挟むらしい。年末年始で掃除をしてくれる人のいなかった僕の部屋は、すっかりこんとんと化していた。ボクサーパンツとか普通にその辺に落ちているしさ。

「そうだね。内容よりも、ある意味重要だし」

「わたし、もっとあっさり決めているものだと思ってました」

「もちろん、あっさり決まる時もある。だけど、ほら。タイトルって人でいうところの名前みたいなものだから。自分の子供に名前を付けるってなったら、やっぱり真剣に考えるだろう。それに、売り上げにもすごく関わってくるんだよ」

「そうなんですか?」

「僕もデビューするまでは内容が全てなんて思ってたんだけど、実のところ、そんな簡単な話じゃないんだ」

 そもそも、本なんてものはまず手に取ってもらわなければ意味がない。

 年間に数え切れないほどの小説が出版されている現状で、そのハードルを越えていくのがどれほど大変なのかは想像に容易たやすいと思う。全国模試で並み居る天才たちと戦い、上位数名に名前を連ねるようなものだ。

 そして、全国模試とは違って、小説の番付はそのほとんどがテストの点数──要するに内容──ではなく、まず名前と顔と肩書で判断される。

 表紙が顔、帯が肩書。

 で、タイトルが名前。

 僕ら作家がどれだけ素晴らしい内容の物語を書いたとしても、読んでもらわなければ誰にも届かないし、伝わらない。

 そのためには、キャッチーなタイトルや心躍るような表紙、興味を引くような帯など、内容とは別のところで行われる読者による一次選別に勝ちあがらなくてはならない。

 ヒット作への第一歩は内容じゃなくて、パッケージ。いわゆる、金持ちで血統書付きのイケメン以外はお断りってヤツだ。くそったれー。

 作家や編集者の間では、こんな金言まであるくらいだ。

『ラノベの一巻が売れないのは編集のせい。二巻以降、売り上げが伸びなければ作家のせい』

 帯を変えただけで、売り上げが数十万部変わったなんて例も過去にはあったんだとか。

 と、これだけ売れる要素がはっきりしていて、それに則って作品作りをしても、売れるとは限らないのが難しいところである。

 昔、漫画で読んだな。

 天才じゃない漫画家に必要な三大条件。

 一にうぬぼれ、二に努力。

 そして、三つ目が運。

 あれは漫画家の話だったけど、小説家も大して変わらない。

 ふたつ担当から、企画会議に提出するために仮でもいいからタイトルを決めて欲しいと言われたのが年を明けてすぐのこと。

 それから二日。

 僕は原稿を一時ストップし、アウトプットの全てをタイトルに注いでいた。しかし、成果は思うようにあがらない。この作業に必要なスキルは〝ひらめき〟ただ一つきりなので、一秒で決まる時もあれば、百時間かけたって決まらない時は決まらないもんである。

 と、パソコン画面をにらみすぎて重くなった目頭を押さえた瞬間、スマホが震えた。

 表示された珍しい名前に、思わず顔をしかめると、

「担当さんからですか?」

「いや、違う。仕事相手には違いないけど。はー。出なかったら出なかったで、後が面倒か」

 まつくんがなんぞやって感じで首をかしげる隣で、グリーンに光る通話ボタンをタップ。

 明けましておめでとうございますー、とあっけらかんに彼女は言った。大きな声だった。スマホを慌てて耳から引き離す。

 なんでこの子、いっつもテンション高いの。

「うん。あけおめ、ことよろ。それじゃ」

 ちゃんとあいさつを返し、通話を切ろうとしたところで、あ、あう、あ、待ってよう、とあせる声が聞こえてくる。ちっ、駄目か。

「ちょっ、ちょっと。どうしていきなり切ろうとするのよう。電話をかけるまで、わたしがどれくらい悩んだのか知ってるの?」

「知らない。こっちは仕事中なんだけど、邪魔しないでもらえる?」

「あ、そうそう。仕事! そう。仕事の話よ。それならお話してもいいでしょう。聞いたわよ。次の作品、ラブコメなんですって? しかも年の差もの。どーゆー心境の変化?」

 ああ、そういえば、ふたつ担当がこの前、スケジュールの確保に動くとかって言ってたな。

「心境の変化っていうか、担当から書けって勧められたんだよ。というか、その話しぶりだと今回も一緒に仕事してくれるわけ?」

「うん? もちろん。ホヅせんせーの作品なら断らないわ」

「君なら、他にも売れそうな作品を担当させてもらえるだろ」

「そうね。打診はたくさんあるけど、そこはホヅせんせー優先で。ほら、わたしたちの仲じゃない。ところでどうして今回の原稿はこんなに遅くなったの? 駄目よ。締め切りは守らないと。九月くらいに会った時は、もうすぐ完成するって言ってたのに──」

 ブツン。

 反射的に通話を切ってしまった。

 あ、まずいかな。

 んー。まあ、でもいっか。

 こっちが忘れ去ろうと努力している黒歴史を、わざわざ掘り起こしやがったむこうが悪い。締め切りは守ったけど、全ボツらったんだよ、とか彼女にだけには言いたくないし。馬鹿にされるということは絶対にないけれど、単純に悔しい。プライドの問題。

 ややあって、再び着信。

 発信者は変わらず。

 ため息を吐いて、電話に出る。

「あれ? どうして電話が切れたのかしら? ホヅせんせー、今、外にいる? 電波弱い?」

 どうやら僕が切ったということには気付いていないらしい。

「あのね、ポンコツ。君はそんな嫌味を言うためにわざわざ電話かけてきたの?」

「嫌味ってなによう。ていうか、ポンコツって言うなぁ! わたしは、POP☆コーンです」

「あー、あー、やかましい。君なんてポンコツで十分だ!」

「うわーん。またポンコツってゆったあー。ホヅせんせーの馬鹿あ」

 POP☆コーン、略して、ついでにちょっとだけ名前をいじって僕がポンコツと呼んでいるこの女性は、いわゆる仕事上の相棒にあたる。

 僕がこれまで出版した作品の全てのイラストを担当してくれているイラストレーターだ。

 こう見えて、驚くほど頭はいい。

 学力のほどはわからないけど、多方面への知識はあるし、なんなら回転も速い。

 才能だってもちろんある。僕の小説を書く才能が十だとしたら、彼女がイラストを描く才能は少なく見積もっても百とか千だろう。ウミと同じく、天才の中からさらに選び抜かれた天才。

 どんな業界だって第一線で戦っている人間というのは、そういうもんだ。

 さっき言ったようにヒットには運が必要不可欠だけど、チャンスを握って放さない握力がないと、それはするりと逃げていってしまう。そういうものを、ちゃんと彼女は備えている。

 だから、まあ、非常に遺憾ながら心の底から尊敬はしている。

 ふたつ担当も言っていた。

 POP☆コーン先生は、締め切りを絶対に守ってくださる上に、想定以上の作品をいつも描いてくれるから助かるわ、と。

 逆に、彼女の日々進化していく絵についていくので僕が精いっぱいなほどだ。

 少なくとも、僕の本が売れないのは彼女のせいではない。多くの売れっ子作家が、彼女とタッグを組みたがっていることも知っている。

 ただ、彼女は天才と呼ばれる人の多くがそうあるように、才能にパラメーターを全振りしているような人種だった。

 いわゆる天然。

 しかも、ドがつくような。

 今だってそうだ。原稿が遅れたのには、いろいろと事情があったりするもんだ。スランプだったり、ボツになったり。

 だというのに、それを僕に直接、聞くか? 察しろよ。百歩譲って、せめて担当編集に遠回しに聞いたりしてくれよ。

 でも、この子の一番馬鹿だなって思うところは、僕の作品にこだわってしまうところだった。

 もっといい仕事があるのに、求められているのに、恩を忘れない馬鹿な犬みたいにいつまでも僕に付き合ってくれる。僕が彼女の絵に見合う作品を書くまで、いつまでも根気強く。

 そして、それに甘えてしまっている自分はひどくみじめだ。

 あるいは、そういう気持ちの置き場所がわからなくて、認められなくて、僕は彼女のことをポンコツなんて呼んでいるのかもしれない。

「馬鹿ってなんだ、馬鹿って。あのね、そういうことは気軽に言うもんじゃないんだぞ。言われた方はすっごく傷つくんだから。わかったか、この馬鹿め」

「あ、そうよね。ごめんなさい」

 素直に謝ってくるポンコツちゃん。どうやら自分が馬鹿やらポンコツやらを、常日頃から言われていることには気付いていないらしい。

 割と真面目に、この子の社会人適性が心配になってくる。

 大丈夫かな。話だけだからとか言われて、高いつぼを買わされたりしないかな。あげく、買わされた後もだまされたことに気付きもせずに、これ、これね、すごいの、れいげんあらたかなつぼなの。具体的な効果はよくわかんないけど、とにかくすごいらしいの、とかドヤ顔でマウントを取ろうとしてくる様子がありありと目に浮かぶ。ああ、もう、めっちゃ想像できる。

「あのさ、誰になにを言われても、高いつぼとか買うんじゃないぞ」

「え? つぼ? うん。今のところ、買う予定はないけど。欲しいとも思ってないし。なになに? ホヅせんせーは今、つぼにはまってるの?」

 やっぱり全然わかっていない。

 つぼに夢中になることなんて、多分、僕の人生には一度も訪れないと思う。つか、つぼのよさってどこにあんの? 形なの? 僕は女体の曲線こそ至高だと思います。まる。

「はぁー」

「なによう、どうしてため息つくの」

「いや、もし君みたいな妹がいたら、心配で胃に穴が開きそうだなって思って」

「ホヅせんせーがわたしの〝おにーちゃん〟に? え? つまり、どゆこと?」

 その一瞬、まるで雷に打たれたような衝撃が僕を襲った。ビリっとした刺激に指の先までしびれる。おいおいおいおい。まさかこの僕にこんな感情が眠っていたなんて。

 これは、ヤバいぞ。

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