Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第七話 作家と担当とクリスマスイブ(1/2)

 その電話はクリスマスイブの前日、十二月二十三日にかかってきた。

 数日前には編集部主催による作家陣の忘年会が開かれ、そこであずまやウミと、今年一年の間にあったあれやこれやを酒の力を借りて忘れることに成功した。あれこれっていうのは、まあ、本当にあれこれだ。担当への恨み言。出版不況の現実。売れない文庫本。少子高齢化問題、地球温暖化。最後の二つはうそです、もちろん。

 年末年始くらいはゆっくりさせてあげたいので、まつくんにも学校が始まるまで顔を出さなくていいと言ってある。編集部も忘年会とほとんど同時に仕事納めに入ると言うし、せっかくの冬休みにバイトをさせるのも忍びない。

 とはいえ、こちらの仕事は待ってくれないものである。

「さて、と。今日も一日がんばるぞい!」

 僕は残り少ないカレンダーにバツ印を刻んで、今日もけなにキーボードをたたき続けていた。

 と、床に置いてあったスマホが震え出したので、手探りで見つけ耳に押し当てる。通話の相手は確認するまでもない。

「原稿ならまだできてないから」

「まあ、残念」

 くすくすとくすぐったい笑い声が聞こえてくる。電話の相手は案の定、ふたつ担当だった。というか、僕のスマホに電話をかけてくる相手は九割、彼女だ。

「忘年会の時に、進捗は伝えているはずだけど?」

「あら、そうだったかしら? まあ、いいじゃない。それで、初稿はいつ頃あがりそう?」

「わからん。キャラクターに聞いてよ」

「それは無理。だって、その子たちと会話ができるのは、世界中でホヅミ先生だけだもの」

 あ、ああああああ、もー、なんっつー殺し文句。

 嫌味のつもりで吐いた一言に、とてつもなく重いカウンターを放たれた。

 そんなこと言われた日には、もうね。作家として頑張らなくちゃいけなくなる。我ながら、あきれるくらい単純だ。

「できるだけ早めに。そうだな。多分、一月中にはある程度形になると思う」

「了解しました。じゃあ、先にPOP☆コーン先生の予定を押さえておいていいかしら?」

「今回もイラストを頼めるの? 今、アニメ化作品だけで二本くらい抱えてなかったっけ?」

「ええ、でも、これまでずっとお願いしてきたって経緯もあるし、お声がけしなくちゃ失礼でしょう。それとも、ホヅミ先生はPOP☆コーン先生じゃ嫌かしら?」

「とんでもない。むしろ僕にはもったいないくらいの相手だよ」

「あら、そういう言い方は応援してくれるファンの人に失礼だわ。みんな、ホヅミ先生の作品が好きで応援してくれているのに。もちろん、POP☆コーン先生もその中の一人なのよ」

 POP☆コーンというのはもちろん映画館なんかでよく口にするお菓子の名称なんかではなく、僕のデビュー作〝季節〟シリーズからずっと小説のイラストを担当してくれているイラストレーターのペンネームだ。

 長いこと同人の方で活動をしていた人らしく、彼女の商業デビューは僕の〝季節〟シリーズなんだとか。それでも、この五年で僕と彼女の認知度は随分と広がっていた。

 その繊細な筆遣いであっという間にスターダムまで駆けあがっていった彼女は、二十代半ばにして、もうすっかり業界有数のヒットメーカーとして定着している。

「本当にぃ? 義理じゃなくて?」

「そんなことでうそはつかないわ。だって、POP☆コーン先生から直々に、今後もずっとホヅミ先生の作品のお手伝いをさせて欲しいって言われてるもの」

 そう言われると、普通に照れる。

 目の前にいたら、うっかり結婚しようとかプロポーズをしてしまうまである。

「まあ、じゃあ、うん。お願いできそうなら、頼んで欲しい。あ、でも、本当に無理はさせないように。体を壊されたら元も子もないしさ」

「はいはい。ちゃんとホヅミ先生が心配していたって伝えておくわ。きっと逆に張り切っちゃうと思うけど」

「なんでさ?」

「あらあら、まあまあ。そこを尋ねちゃうの。そういうところよね。君がモテないのは」

「ああ? なんで今、急に僕はけんを売られたわけ?」

「本当にそういうところよ」

 そういうところってどういうとこだよ。わけわからん。

「鈍感主人公が許されるのはラノベの中だけってことなんだけど。ま、いいわ。私が口を出すところじゃないし。じゃあ、お仕事のお話はこれでおしまいね。ホヅミ先生、今年も一年間、お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします」

 改めてこんな風に挨拶されると調子が狂う。

「え? ああ。いや、こちらこそ」

「さて、ところで話は変わるんだけど、はじめくん、明日はどうせ暇よね?」

 途端に、ふたつ担当の声色が変わる。

 僕の呼び方も変わる。

 彼女は仕事のON、OFFを意識的に切り替えるタイプなので、仕事以外だと僕のことを本名で呼ぶのだった。

「どうせとか言わないでよ。どうせとか」

「じゃあ、予定あるの?」

「むうう。それはあ、ええっと」

「私にを張ってどうするの?」

「ない、けど。暇ですけど。ああ、そうさ。なんの予定も、ケーキを食べる予定すらないですよ。仕事で一日潰すだけの、ただの平日だ。なんだよ、悪い?」

「よかった。じゃあ、私とデートしましょうか」

「……は?」

 今、ふたつ担当はなんて言った?

 これまでの六年間、僕がどれだけアプローチしてもちっともなびかなかった人がなんて口にした? デートって聞こえたんだけど。聞き間違いかな?

「デートよ、デート。私もこの電話で仕事納めだし。映画でも見にいかない? ちょうど明日から見たい映画がふうきりされるのよ。付き合って。前に取材でいった映画館に、そうねえ。十三時に集合で。お昼ご飯は食べてきてね。よろしく。じゃあ、おやすみなさい」

「え、ああ。ちょっと待って。……マジか」

 切れた。

 言うだけ言って切りやがった。

 というか、今の、ほんっとーに聞き間違いじゃないよね。

 デートって言ってたよな。

 ブラックアウトしたスマホの画面は、しかしもう、うんともすんとも言ってはくれなかった。もちろん、改めて尋ねる勇気や度胸がクソメンタルな童貞の僕にあるわけもない。



 普通だった。

 正直、待ち合わせ場所に着いたら、ドッキリでしたとか言われるのかと疑っていたけれど、そんなこともなく。びっくりするくらい普通にデートだった。

 駅前から続く大通りは昼間だというのに、イルミネーションできらびやかにいろどられていた。

 道ゆく誰も彼もが浮かれていて、楽しそうで、釣られるように肩の力が抜けていく。

 朝、出かける前に見た天気予報では夕方から雪が降ると言っていた。空は厚い雲に覆われ、息は吐いた途端に白く凍りついた。逆に吸うと、まるでガラスのカケラをみ込んだみたいな痛みがチリチリと喉を通り、肺へと深く潜っていく。冬のりんとした空気だ。

 待ち合わせの十五分も前にふたつ担当はやってきた。

 チェック柄のロングコートの下には、シックな印象を与える黒の薄いレースのトップスと、にぎやかな町の明かりに負けない華やかな赤いフレアスカート。ショートブーツは冬らしいファー付きで、長い髪はロール編みのハーフアップにまとめてあってせいな印象が強くなる。

 いつもと全然雰囲気の違う、きちんとしたデートコーデだった。

「お待たせ、はじめくん」

 ふたつ担当が声をあげると、周りにいた男たちが一人の例外もなく彼女に視線を注いだ。クリスマスのきらびやかな光の中で、ふたつ担当の美しさは一層の輝きを放っていた。

 さりげなく僕に近付いてきて、そっと腕を取られる。

 かすかに肘に当たっているこの柔らかな感触は、む、むむむ、胸だろうか。

ふたつ担当。今日は──」

「はい、さっそく、減点、いってーん。デートだって言ったわよね。今日の私は、君の担当編集じゃありませーん」

「じゃあ、なんて呼べば?」

「あら、なんでもいいのよ」

「じゃあ、んんっ。ごほん。シ、シオ。っつ、てー、どうして足を踏むんだっ!」

「調子に乗らない。呼び捨ては駄目よ。私の方が年上なんだから」

「シオさん、ならいいですか?」

 ちらりとふたつ担当、いや、シオさんの方を見ると、ふふっとバラのようなルージュがれいな弧を描いていた。

「はい、OK。映画、もう席取っちゃってるけどいいわよね?」

「え、ああ、うん」

「どうして緊張しているの?」

「だって、シオさん。いつもと全然違う」

「当たり前じゃない。デートだもの」

「これ、本当にデートなわけ?」

「少なくとも私はそのつもりだけど。はじめくんは違うのかしら?」

 問いかけるように、こてんと首を傾けられる。

 あー、もー、わいいなあ。もー。

 しかも、この人、絶対に自分がわいいことをわかってやってるだろ。

 はあ。もう、なんだっていいや。男なんて、相当馬鹿な生き物である。わいい女の子になら、だまされたっていい。いや、むしろ手のひらでく転がして欲しい。僕がピエロになって彼女が笑ってくれるなら万々歳だ。

「いや、僕もデートだと思っています」

「ふふっ。二人ともそう思っているんならデートなんじゃないかしら?」

「そーすね」

「ほらほら。いきましょう。映画始まっちゃう」

 それから、ふたつ担当の選んだ映画をた。

 ちょうど今日からふうきりされたアニメ映画だ。前作が興行収入五十億を突破した新進気鋭の監督の作品で、笑いあり涙ありの、恋愛ものだった。僕たち以外にも、カップルできている人たちがちらほらと。初日ということもあって、席は九割以上埋まっていた。

 シートはなんとカップル席で、映画の途中、幾度となく僕たちの手は触れ合った。握ることはなかったけれど、ふたつ担当の指が触れるたびに、僕の心臓がここにいるぞと叫びをあげた。

 ちらりと何度も何度も僕は隣に座る美しい女性を盗み見た。

 映画の光で縁取られた彼女と世界の境界線は、様々な色に染まっていた。れいな人だと改めて思う。大きな瞳も、くるりと上を向いたまつげも、すっと通った鼻も、ふっくらとした唇も。

 僕が小説なんて書かなかったら、きっと、生涯縁のなかった人だろう。

 そのことが、どうしてか少しだけ寂しかった。

 映画をた後は、喫茶店でお茶をしながら感想を言い合い、漫画とかアニメのグッズを取り扱っている専門店をにぎやかしにいった。ラノベコーナーにはアニメ化作品や人気作の新刊がたくさん平積みされていた。ウミの〝彼方かなた〟シリーズも並べられていた。

 僕の作品は、当たり前というか、なんというか、棚差しされていた。

 あからさまにがっくりと落ちた僕の肩を、まあまあ、という風にシオさんがたたいてくる。

「その手はなに?」

「大丈夫よ」

「本当に?」

 小説を書いていると、たまに悩むことがある。

 いや、うそだ。

 しょっちゅう悩むし、不安になる。

 そう。まつくんのテストのようにはいかない。僕らの手元には壊れた指針しかなくて、その向かう先が成功とは限らない。甘い甘い果実をかじれるのは、ほんの一握りだけ。

 努力したものが等しく報われる世界じゃないのだ。

 けれど一方で、編集者は僕たち作家をだまさなくちゃいけない。

 歩みを止めないように。

 進む先に栄光があるのだと、朗らかに歌う。

 なんかそういう伝説があったな。セイレーンだっけ。いや、でもあれはその美しい歌で船乗りを惑わして遭難させるって話だからちょっと違うか。

「大丈夫、大丈夫。心配なら、無敵の呪文を何度だって唱えてあげる。絶対、だいじょうぶだよ。はじめくんの作品は面白いもの。まだ、世界がその面白さに気付いていないだけ」

「……いつか、見つけてもらえるかな」

「もちろん。きっと、世界は君を見つける。それが次の作品になればいいと私は思ってる」

 シオさんがおかしそうに笑った。

「さあ、景気づけにお酒でも飲みにいきましょうか」

 気付けば、デートは終盤だった。

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