Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第六話 作家と女子高生とテスト勉強(1/2)

 暦が十二月に入ると、季節は一気に冬へと流れていった。赤が印象的な秋から、灰色の世界へ。窓の外を見ているだけで、なんというか、こう、寒い。

 テーブルの上には随分と古くなった型のノートPCと、マグカップが二つ。そして、最近、高校のテキストが並ぶようになった。

 体育祭などの秋のイベントを終え、学生たちにはいよいよ期末テストが近付いてきたらしい。

「勉強で忙しかったら、テスト終わるまでバイト休んでもいいよ?」

「はい。すみませんが、テスト期間中は顔を出せないと思います。ご飯はいくらか作り置きしておきますので」

「うん。助かる。ありがとう」

 まつくんが垂れてきた髪を、すっと耳にかけた。

 その間も視線はテキストに落とされている。が、一向に進んでいない。三行を書いて、三行を消して。うんうんと悩んでいるご様子。まるで僕の原稿のよう。

 そう思えたら、見て見ぬ振りができなくなった。

「あのさ。それ、二次関数のグラフの問題だろう。まず、このx²の係数でくくってみなよ」

 キーボードを打つ手をめ、とん、と指先でノートに書かれた数式をたたく。

「えっと、こうですか?」

「うん。で、君が悩んでるのはここだね。次は、xの係数の半分の二乗を足してから──」

 まつくんは、素直に僕の指示に従い式を変形させていった。

「よし、そこまできたらゴールは見えた。あとは、さっき足した数字を使って、かっこの二乗の式を作る。最後に中かっこを展開すれば出来あがり。ほら、その値でグラフを書いて」

 単純な問題なので、仕組みさえ理解していれば二分で解けてしまえる。

 導き出された答えとテキストに書かれてある回答を見比べながら、はーっと感心したようにまつくんが息を吐いた。

「ホヅミ先生、勉強できるんですね」

「これ、すごく基礎的な問題じゃない。勉強できる内に入らないよ。まあ、でも勉強は得意だったかな。学生時代、他にやることなくて、ずっとやってたから」

「ちなみにですが、大学は……」

「K大の経済学部卒」

「めちゃくちゃ有名大学じゃないですかっ!?」

「だから、言ったじゃない。勉強は得意だったって」

「もしかして、英語も得意だったりします?」

「そうだなあ。専門の論文だったら辞書なしで読んだり書いたりするくらいはできるかな。観光程度なら困らないくらいの日常会話は取得してる。TOEICは何点だったか。最後に受けた時は、もう何年も前だけど、確か九百点は越えてたと思う」

「えー、ズルいです」

 ぶうとまつくんが唇をとがらせた。

「ズルいってなにが?」

「先生、勉強ができるそぶりなんて、今まで一度も見せてくれなかったじゃないですか」

「だって、こんなの全然威張れることじゃないもの」

 本当に大したことじゃない。

 いくら実力テストで学年三位に入ろうと、そんなことより友人の輪に気軽に入れる人たちの方が僕にはずっとすごく見えた。すらすらと英語の構文をそらんじるより、友達と何気ない会話を続ける方がずっと難しいように思えた。

 僕が学生の頃やっきになって稼いだテストの点や内申点は社会に出た途端に無価値になるけど、学生時代に作った友人たちは生涯を通して輝き続ける。

 勉強したことが無駄だったとは言わない。

 でも、やっぱりもっと大事なことがあったんじゃないかって思う。

「勉強は楽だよ。やったらやっただけ確実に成果が出るし、なにより最初から答えが出ることを前提に問題が作成されている。社会に出ると、そういう問題だけじゃないしさ。むしろ、答えなんてない難問の方が多いくらい」

「そういうことを、さらっと言うのがズルいです。調子が狂っちゃいます。いつものちょっと変な先生を返してください。こんなの、わたしの知ってるホヅミ先生じゃない!!」

「ひどいことを言うね!? 最近、僕の扱いひどくない?」

「でも、本当に不思議ですよね。ホヅミ先生、顔もよくて、頭もよくて。性格は、まあ、アレですけど、悪くはないじゃないですか? それで、どうして童貞なんです?」

「多分、僕が思うに悪いのは社会だ。僕じゃない」

「わお、とっても駄目男なセリフ」

「ところで、やっぱり女子高生って童貞って嫌いなものなの?」

「んー、どうでしょう。わたしは気にしませんけど」

 はあ、天使かよ。天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。そんな精神の下、平等に全ての男を優しく包み込んでくれる大天使マツリエル様がここにご降臨なされた。拝んでおこ。

 つーか、僕らが思ってたより女子って気にしないもんなのかな。

 よかったぁ、これで女子高生も怖くない。

「そ、そうなんだ⤴ ふーん。へえ(歓喜)」

「でも、友達の何人かは親のかたきってくらい憎んでますね」

「そ、そうなんだ⤵ ふーん。へえ(絶望)」

「捕まえたら、火あぶりにするとかって言ってました」

 やっぱり、女子高生、超怖いじゃねぇぇぇかあああぁぁぁ。

 なに、魔女狩りなの?

 僕ら、女じゃないけどさ。過ぎの童貞は魔法使いへとクラスチェンジしてしまうから、その前にっとけって話なの?

 これは、僕もいよいよ命を狙われる前にさっさと童貞を卒業しなくちゃいけないな。まずは重版、コミカライズ、アニメ化、百万部突破。エンダァァァ、イヤアアアァァァ!

「先生、また馬鹿なこと考えてません?」

「カンガエテイナイヨ」

「ちなみにですけど、その雄たけびの元ネタって実際には別れを歌った曲らしいですよ」

「え? 声に出てた? どこから?」

「はあ。やっぱり性格がアレだからなのかな」

 頭痛でもしたのか、頭を抱えるまつくん。

 と、そろそろこの話題にも飽きてきたので、いい加減流れを切り替えることにした。

「それで?」

「え? なにがですか?」

「いや、なにがですか、じゃなくてさ。英語、どこがわからないの? ひっかかってるところがあるんでしょ? 教えてあげるよ」

「いいんですか? お仕事の邪魔じゃないですか?」

「まあ、息抜きにもなるし」

 言うと、ぱあっとまつくんの顔が輝いた。

 スクールバッグからテキストとノートを取り出している。

 ノートをぱらっとめくってみただけで、しっかり勉強していることがわかる。

 難しい単語の下には辞書で調べたのであろう訳が書き込まれているし、長文のあちこちには息継ぎのタイミングで斜線が引かれている。きちんと声に出して読んでいるというわけだ。

 なにより、英文の訳し方がいい。

 勉強のできない子だと、ただ単語の意味をめただけになってしまう。


 He said hello then he started to introduce himself.〝 I'm James who is 16 years old. Apple is my favorite food.〟

 I hope I'll get along with him from now on.


 自己紹介を始めた時、彼は、こんにちは、と言った。〝僕は、十六歳のジェームズです。好きな食べ物はリンゴです。〟

 わたしは、今後、彼と仲良くなることを望んでいます。


 ひどいものだと、こんな感じ。

 でも、英語を学問ではなく言語だと理解している人はそんな風には訳さない。

 もっと流ちょうな日本語にする。

 その点、まつくんは花丸だった。


 こんにちは、と彼は告げて、自己紹介をしてくれた。名前はジェームズで、年は十六歳。好きな食べ物はリンゴなのだそう。

 これから、仲良くなれるといいな。


 頭の中できちんと情景を思い浮かべながら、自分のセリフのように訳せている。

 テストの点はどちらも同じかもしれないけど、洋書を読んだり、実際に英語で会話したりする時に、この違いはかなり大きい。

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