Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第五話 作家と女子高生とおかえり(2/2)

「わかったよ。いくら欲しいんだ?」

 無条件降伏とばかりにポケットから財布を取り出す。中には、二百九十三円しか残ってなかった。それで足りるかな。足りるわけないよね。わかってました。

「一応、言っておきますが、お金じゃないですよ」

「え? じゃあ、欲しいのは体?」

 新品未使用でプレミアム付きのこの体が欲しいなんて。

 まつくんも言う言う。

 しかし、僕が腕で体を抱く仕草をすると、まつくんの目がしらーっと今まで見たことないくらい細ーくなった。

 そのまま彼女は機械的にスマホを取り出す。

「もしもし、警察ですか?」

「待ったー。タイムタイム。ナチュラルに通報しないで! それはシャレにならない」

 靴を脱ぎて、まつくんのもとへ慌てて駆け寄る。

「はっ。あまりのしんどさに、つい」

「つい、で通報しないで欲しい」

「むう。でも、今のはホヅミ先生が悪いんですよ」

 まつくんが、ぷくっとわいらしく頰を膨らませた。

「はい。反省してます。それで、なにが望みなの。金ならないよ」

「すぐに財布を取り出したのに?」

「思ったよりも入ってなかった」

 多分、まつくんの財布の中身より少ないと思う。

 最近、買い物関係については、ほぼほぼまつくんに任せてあるので、お金を下ろすタイミングがなかったのだ。

 ちなみに、まつくんには月初めに前もって必要な額のお金を渡してある。食費プラス雑費で三万円。それで三食きちんとした食事がとれるのだから、まつ様々だった。

 しょぼんとうなれる僕に、まつくんが言った。

「さっきも言いましたけど、別にお金じゃないですから。そんなに落ち込まなくても」

「じゃあ、なにをすればいいのかな?」

「えっと、改めて言うのは少し恥ずかしいんですけど」

「うん?」

「おかえり、と言ってもらっていいですか?」

「おかえり」

「今じゃないです」

「……どういうこと?」

「だから、えっと、その。今後、わたしがこの部屋にくるじゃないですか? それで、その時に、さっきみたいに、おかえりって言って出迎えてくれませんか?」

「そんなのでいいの?」

「いいえ、違います。それがいいんです。駄目ですか?」

 いきなりの上目遣いに、胸がつかまれたように痛む。

 なにこれ、不整脈? 病院にいかなくちゃ、みたいな展開はありません。僕は鈍感系主人公ではないので、大人しく認めます。うっかりトキメいてしまいました。あぁ~~心がぴょんぴょんするんじゃあ~~。

「いや、全然。じゃあ、帰る時は、いってらっしゃい、か」

「え?」

「あれ? そういうことじゃなかった?」

 尋ねると、まつくんがすごい勢いでぶんぶんと首を横に振った。

「そういうことです」

 なにやらすごい熱心なご様子。

 思わず圧倒されてしまう。

「じゃあ、そういうことで」

「はい。よろしくお願いします」

 すっかりと機嫌をよくしたまつくんは、少し前にったラブソングを小さく歌いながら、そのまま夕飯の準備を始めた。

 僕はといえば、もう散歩にいく気にもなれず。

 いや、違うな。散歩するよりも、このなぜだか上機嫌になった女子高生を見ていた方が面白いと思ったから、ノートPCの前に戻って腰を下ろし、その背中を眺めることにしたのだ。

 まつくんは手を洗う前に、いつもは二つに結っている髪を一つの束に縛った。いわゆるポニーテールだ。慣れたもので、数秒でぱぱっと出来あがる。

 こうするだけで、イメージが随分と変わる。

 いつもより少しだけ大人な雰囲気で、あと真面目な感じ。

 顕わになったうなじがまぶしい。

「今日の夕ご飯はなに?」

ひきにくが安かったので、ハンバーグです。あとは作り置き用にポトフを用意しておきますので、明日にでも温めなおして食べてくださいね」

「ポトフってすごいね。面倒なんじゃないの?」

 実家でだって作ってもらった記憶がない。

「下ごしらえをすませたら煮るだけなので、そうでもないですよ。一緒に作ってみます?」

「え、うん。じゃあ」

「ええ!? 本当にやるんですか?」

「もちろん。なにかおかしい?」

「おかしくはないですけど、急にどうしたのかなって。今まで一回もそういうことなかったじゃないですか」

「僕だってやろうと思えば料理できるんだぞってところを見せつけてやろうと思って」

「先生、料理できないですよね?」

「ん、なっ。根拠のないぼう中傷はやめて欲しいね」

「初めて部屋にあがらせてもらった時、台所に料理をしたような痕跡が全くありませんでした。冷蔵庫にあった食材も実家から送られてきたものですよね? 段ボール、そのままでしたし」

「しまった。バレてた」

「……どうしてすぐにわかるようなうそをつくんですか。それで、本音は?」

「ヒロインと料理をするシーンの参考にしたいから。これも取材の一環だよ」

「ああ、なるほど。ん? でも、じゃあ、どうしてを張ったりしたんです?」

「なんとなく」

 だって、二十八にもなってまともに料理できないってなんか格好悪いじゃん。とはいえ、を張ったせいでよけい格好悪くなってしまったってことは、この際、置いておく。

「まあ、いいです。そういうことなら、一緒に作ってみましょうか」

 誘われるように、まつくんの隣へ。

 少し視線の高い位置から見る至近距離のエプロン姿の女子高生は、なかなかどうして胸にくるものがあった。谷間が確認できるわけではないけど胸のふくらみはわかるし、うなじも近くからはっきり見えるし。なにやらいい匂いもするし。

 控えめに言って、最の高。

「先生、どこ見てるんですか?」

「いや、別に」

 目線をらす僕と、じいっと僕をにらまつくん。

「はあ。胸は見なくていいですから、まずはその豚肉をタコ糸で縛ってください」

「了解です、シェフ」

「よろしい」

 どこか得意げに、まつくんが胸を張る。

 ドヤ顔、わいい。

 おかえりとか、いってらっしゃいとか、こうして肩を並べて二人で料理をするとか。まるで、家族ごっこままごとでもしているような感じ。

 なんというか、ひどくむずがゆいけど、でも悪くはないな。

 そこで、ふと気付く。

 多分、今、僕とまつくんとの距離が一歩近付いた。

 僕が物語の登場人物たちに求めた一歩だ。

 なるほどね、こういうものでいいのか。

「おかえり、ね」

 反復すると、舌の上にじんとした甘いしびれが残った。そんなことを口にしたのは、一体、いつぶりだろう。一人暮らしだと言う機会が確かにないし。

「え? なんです?」

「なんでもないよ。で、次はどうすればいい?」

 まつくんの指示に従って、手を動かす。

 しく調理できるといいな、と柄にもなくそんなことを祈っていた。

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

    ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

    葉月 文/DSマイル

  • ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.2 コミカライズはポンコツ日和

    ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.2 コミカライズはポンコツ日和

    葉月 文/DSマイル

  • ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.3 青い日向で咲いた白の花

    ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.3 青い日向で咲いた白の花

    葉月 文/DSマイル

Close