Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第五話 作家と女子高生とおかえり(1/2)

 その日はいつもより早く目が覚めて、午前中から小説を読みふけった。

 なかなか僕好みの本だったのでやる気があふれて、午後からの原稿はすらすらと進んだ。

 たまにこういう日がある。太陽がのぼるように、川が流れていくように、自然に文字がつづられていく。

 物語は序盤を抜け、いよいよ中盤へ。

 二人での日々に主人公とヒロインが慣れてきたあたりだ。

 ここらで一つ、山場が欲しいところだけど。

 二人の距離が一歩くらい縮まるようななにか。

 さて、と。

 キーボードをたたく手を休め、頭の中にいる登場人物たちに問いかけてみる。なあ、君たちはどうしたい、と。彼らはそんなもんいらない、とそろって顔をしかめた。

 まあ、そうだよな。

 進んで厄介ごとなんて背負いたくないわな。

 僕が彼らの立場だったら、同じように顔をしかめるだろう。しかし、作者としてはそういうわけにもいかない。物語は起伏が大事。

 そんなわけで──。

 彼らをどうしようかな。

 煮ようか、焼こうか。

 なんて悪魔のようなことで、うんうんと頭を悩ませていると、腹が、減った。

 昼飯もろくに食べずに仕事をしていたせいだ。

 すっかりと冷えてしまったインスタントのさしてくもないコーヒーに口をつけつつ、時計を見やるともう五時前になっていた。あと少ししたら、まつくんがやってくる。

 夕飯前のこのタイミングに間食でもしようものなら、まつくんは怒るだろうな。ああ、違うか。ねるのかな。怒られるより、そっちの方がずっとつらいや。

 でも、それはそれとしておなかはすいた。

 雑念というハサミが、集中力の糸をぷつりと切ってしまう。

 ……しょうがない。気分転換に外の空気でも吸ってくるか。

 思い立つと同時に腰をあげ、カーディガンを羽織り、玄関で靴を履いていた時だった。僕が触れる前にガチャリと音がして、ドアノブがひとりでに回った。びっくりした。

 だから、多分、こんなことを口にしてしまったんだと思う。

「おかえり」

「え? あ、はい。ただいま」

 制服姿の女子高生はぽかんとしていた。

 ライトブルーのエコバッグが妙に所帯じみて見えた。

「なにをしているんですか?」

「いや、集中できないから散歩でもしてこようかなと思って」

「はあ。そうなんですか」

 異様で微妙な空気。

 漫画なんかでよくある、寝ぼけて学校の先生をお母さんと呼んでしまったというシチュエーションが思い浮かんだ。実際にやったことはないけど、あれもこういう気まずい雰囲気が流れるだろうな、となんとなく実感する。

「というか、ふふ。先生、今。おかえりって」

「いや、違う。違うから。ちゃんとわかってる」

 指摘されると、思わず頰が熱を持つ。

 もうすっかりとんでしまったせいでつい忘れそうになるけれど、まつくんが僕の部屋に通っているのはあくまでバイト。ふたつ担当が僕の原稿のために送り込んだ秘密兵器なのだ。

 家に帰ってきたわけじゃない。

 まだ、仕事中。

 ただ、彼女は学校帰りにそのままうちにやってくるものだから、ついぽろっとこぼしてしまっただけ。

 そう、ちゃんとわかってる。

 けれど、あせる僕とは対照的に、まつくんは優しく笑ったままだった。

「いいですよね。おかえりって」

「え?」

 僕の脇をするりと抜け、まつくんはローファーを脱ぎ、部屋の中へ。

 その足取りは軽く、トントンとまるで雨音のように心地よいリズムが響く。僕は玄関に腰掛けたまま、振り向いた。

 彼女のいる空間が、もうすっかりとんでしまっていた。

「どういうこと?」

「だって、他人には絶対に使わない言葉じゃないですか。家族とか、恋人とか。そういう特別近しい人にしか言わない言葉ですよね、それって。やっぱりうれしくなりますよ」

うれしいの、君」

「はい」

「なんというか」

「はい?」

「変わってるね」

 僕の言葉に、まつくんはあきれたように口を開いた。

「先生がそれを言います?」

「え? 僕、変わってる?」

「気付いてなかったんですか?」

「え、ちょっと待って待って。それはガチのヤツ? からかってるとかではなく?」

「本当に気付いてないんですか?」

「その声のトーンはガチのヤツだ」

 ええー、僕、変わってる?

 自分では至極真面目で真っ当な人間だと思っているんだけど。

 いや、でも確かに。小説家なんて仕事をしている人間はみんな、大体どこかおかしい。であるなら、その一員である僕もおかしいのかもしれない。マジで?

「大体ですね。普通の人の家には、スクール水着もメイド服もナースとかバニーなんてものも、ぜーんぶ置いてないですよ」

「あ、それ、ズルい。ズルいぞ。それを今持ち出す?」

「むしろ、今まで見て見ぬふりをしていたわたしを褒めて欲しいくらいです」

「あのお。まつくん。いや。まつさん。その件につきましては──」

 僕は思いっきり下手に出ることにした。

 仕方ないだろう。まだ捕まりたくないもん。まだってなんだ。まだって。今後も捕まる予定はないぞ。

 必要があらば、地球の裏まで逃げる覚悟だ。

 こういう時、小説家って超便利。

 書くものさえあれば、どこにいても仕事ができるんだもんなあ。

「わかってます。誰にも言ってません。というか、言えませんよ」

「なら、いいんだけど。これからも引き続き黙っているように!!」

「いきなりの強気っ!?」

 当たり前じゃないか。

 黙っているというなら、こちらのものだ。

「あ、でも」

 と、まつくんは台所に買ってきたばかりの食材を並べて、それから僕がテーブルに置きっぱなしにしていたマグカップを流しに運びつつ言った。

「黙っていて欲しいなら、一つお願いを聞いてもらってもいいですか?」

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