Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第四話 作家と同期と飲み会(2/2)

 社会人二人が女子大生にしっかりとごそうになってから、店を出る。夜風が頰をでた。アルコールでっていたから気持ちよかった。秋の空は高く、丸いお月様がらんらんと輝いている。

「ご馳走様でした」

 店を出るとすぐに、僕とあずまの二人で頭を下げた。

 端から見たら、なんの集団だろう、なんて不思議がられるかもしれない。片やフリーターみたいなかつこうの男。片やブランド物で身を固めた男。

 それが中学生くらいの女の子に頭を下げているんだから。

「べつにいい。わたしも、今日はたのしかった」

「これからどうする?」

 時間は十時。もう一軒くらい付き合ってもいいし、解散にしてもいい頃合いだった。パチンとあずまが顔の前で手を合わせた。

「ごめん。僕はこれで失礼するよ。家に家族を待たせてるし、明日も仕事だ」

「謝ることじゃない。今日は幹事ご苦労様。また飲もう」

「ああ、じゃあ、また」

 そう言って、帰っていった。

 となると、僕らも解散かな。

「ウミはバスだっけ。バス停まで送っていこうか」

「ほんと?」

「ああ」

「うれしい」

 ほわっと笑う。まるで春の空気みたいだ。温かくて、丸っこい。ウミは無表情がデフォルトなので、こういうのは案外と珍しい。

 思わず、ドキッとしてしまう。

「じゃあ、いこう」

「うん」

「今日は久しぶりにたくさん話したなあ」

「ホヅミとは、そうだね」

あずまとは違うわけ?」

あずまくんとは、SNSでたまにやりとりしてるから」

 肩で風を切るようにして歩いた。

 この辺だと、僕が住んでいる町なんかとは違って夜でもお店のライトでキラキラと輝いている。闇の中にいくつもの光が浮かびあがり、酒に酔った人たちが気持ちよさそうに揺れていた。

 しばらく歩いたところで、ウミが言った。

「ねえ。ホヅミはもう、SNS、しないの?」

「ああ、しないね」

「どうして?」

「別に理由はないけど」

あずまくんから前にきいたよ。ホヅミがSNSをしなくなったのは、わたしのせいだって」

「……別にウミのせいじゃない。僕がそういうのに向いてなかっただけ」

 そう。誰が悪いわけじゃない。

 あるいは、僕に力がないことが理由の全てなのかもしれない。

 実は、僕だってデビュー当時にSNSのアカウントを作成したことがあった。何人かの読者と交流したりもした。あずまの言う通り、感想をもらえるのは励みになったし、うれしかった。

 でも、デビューからひと月とかふた月がった、ある日。

 なんとなくネットで自分のペンネームとか作品名を検索するという超危険行為──エゴサーチ──をしていると見てしまったんだ。

 僕の作品の読者とウミの作品の読者が言い争っているのを。

 同じ出版社の同じ賞を同時期に受賞したということで、比べられることが多かったってわけだ。人の数だけ価値観はあるし、僕の作品を嫌いだと切り捨てる人がいることは──残念だけど──しょうがないと思っている。どんなに優れた作品にだってアンチはいるものだし。

 けれど、その言い争いの内容が、なんというか僕には耐えられなかった。

 ウミの読者は、僕の作品の欠点を挙げ連ねていった。読みにくい。表現が気持ち悪い。序盤の展開が遅い。主人公に感情移入ができない。ヒロインが、昔、振られた元カノにちょっと似てるから嫌だ。キャラの言動がキザったらしくてイタい。エトセトラ。

 やっぱりしょうがないとは思う。

 僕とはきっと感性や価値観が違うのだ。

 ただ、僕の作品の読者は丁寧にその一つ一つに応えていった。わたしはこう思う。この表現がいいんだ。序盤は最後まで読めば、きちんと伏線になっているから必要だ。あなたの元カノについては流石さすがに知らないです。

 こんな風に丁寧に説明しても、しかし相手は聞き入れてくれなかった。

 多分、ウミの読者は誰かを言葉でねじ伏せるのが好きなタイプだったんだろう。討論が目的じゃなくて、言葉のつちで自分より弱い人を殴るのが好きなだけ。

 実際のところ、僕の作品の出来なんてどうでもいいんだ。

 決定打になったのは、ウミの作品のファンが発した一言だった。


『でも、〝季節〟シリーズは全然売れなかったじゃないか』


 僕の作品の読者は、そこでなにも言い返せなくなった。

 それが、まぎれもない現実だったからだ。

 ぼうぜんとした。

 結局、僕の作品を支持してくれた読者は、アカウントを消してしまった。

 SNSで僕にとても真摯な感想を送ってくれた人だった。続きを楽しみにしています。読んだらまた感想をお送りしますね、と言ってくれた人だった。

 一方、ウミの読者は、勝ち誇っていた。

 やっぱり俺が正しい、だってあいつは言い返せず逃げたんだから、なんて言っていたっけ。

 悔しくて、悔しかった。

 だけど、僕だって言い返せない。

 以降、僕はSNSを見るのをやめた。

「本当に? わたしのせいじゃない?」

「当たり前だろ」

「そう。それなら、いい。ね。次は、いつにする?」

「ん? なにが?」

「ご飯。ホヅミ、焼き肉がたべたいっていってた。わたし、またおごるよ?」

 その言葉に悪意はないんだろう。

 そういう女の子だ。

 ただ純粋に僕を気遣ってくれている。でも、わかんないんだろうな。それが僕にとってどれほど悔しいことなのかって。

 SNSの件もあって、正直に言うと、僕はウミを思いっきりライバル視していた。もちろん、ウミのことは好きだ。ウミの作品だって本当に面白いと思う。売れてくれてうれしい。それでも。

 誰よりも面白い話を書いたから、どんな作品よりもたくさんの人に読まれて欲しい。

 その願いは、作家としての抑えがたい本能だ。

 理性でどうこうできるものじゃなかった。

 ふう、と白く凍る息を吐いて、いいか、と告げた。

 僕は、僕の、ちっぽけな自尊心を守るために宣言しなくちゃいけなかった。ライバルだから。それが仮に、一方通行の片思いだとしても。

「次は僕がおごる番だ。見てろ。次の作品はそっこーでアニメ化を決めて、売り上げでウミを越してやるから」

 これでもデビュー当時は少しくらいうぬぼれたりしたんだ。

 けど、そんな仮初の自信なんてすぐに砕け散った。

 よくバトル漫画なんかで、力の差がありすぎて敵の強さがわからない、って描写がある。主人公が強くなるにつれて、段々と敵と自分の力の差を認識するようになるあれだ。

 それと似たようなものかもしれない。

 小説を書き、賞を取り、本を出して、僕はようやく、自分の選んだ道がそういう場所なのだと知った。僕の戦場には、天才しかいない。

 きっと、あずまは才能とか器とかキャパシティとかを理解できるさとい人種だったんだろう。

 そして、ウミは天才に埋もれることのない、突出した才能を持っていた。

 僕はそのどちらでもなかった。

 だから、こつこつ積みあげていくしかない。

 でも、それのなにが悪い。

 才能がなくても、必死になって積みあげていったら、いつか天才たちと同じ景色が見れるかもしれない。そう信じてなにが悪い。そうだろう。

「わかった」

 ウミはこくりとうなずいた。

「未来でまってるね」

「うん。すぐいく。走っていく」

 今はまだ、ライバルが笑って受け流せるだけの軽い宣戦布告。僕の挑発は、ウミにおびえもあせりも与えることはできない。それでも。

 これが、今の僕の精いっぱいだった。


   ❁


 次の日はまつくんがやってきた。

 彼女は、月・水・金の夕方からと、たまに土日にも顔を出してくれる。その日は、体育祭の準備やらでいつもより一時間遅かった。

 僕は前日の飲み会の後、日がのぼるまで原稿を書き進めていたので、それでもまだとんくるまっていた。自営業はこういう時、便利だ。

 仕事の時間を自由に調整できる。

「すみません。おなか空いてますよね。すぐに夕食の準備をします」

 慌てながらエプロンをまといキッチンに立つ女子高生を、ぼうっと眺めた。僕が横になっているせいか、位置的にお尻のあたりに視線が固定される。スカート丈は膝の少し上くらい。下品ではなく、かといってダサくもない、絶妙なところだった。

 女子高生のああいうセンスってどこで磨かれるんだろう。

 ああ、別に女の子限定ってわけじゃないか。

 男でも、学生服の着崩し方が絶妙なヤツがいたっけ。

 大抵、スクールカースト上位の人間だった。そう言えば、学生の時も不思議に思ったんだ。彼らと僕は、なにが違うんだろう、と。大学入試の小難しい積分の答えはすらすらと導き出せるのに、今になっても学生服の格好いい着方は謎のままだ。

 それだけじゃない。

 他にも、眉の整え方とかワックスのつけ方。ダサくない私服の買い方。美容室ややけになれなれしいセレクトショップの店員との会話の続け方。

 世界は、いまだ多くの謎に包まれている。

 れいな足に目がいったところで、まつくんが僕を呼んだ。

「先生、どこを見てるんです?」

「別にどこも見てないけど」

 うそを吐きつつ、実はまだ彼女の足に見入ったりしている。きれいな膝の裏だ。皮膚が薄くて、男のものとは全然違う。透き通るように白いのだ。

「一つだけ言っておきますけど、女の子はそういう男の人の視線に敏感ですよ。大体、視線の先がどこに向かってるのかわかります」

「じゃあ、問題。今、僕はどこを見てる?」

「さっきまでは足でしたけど、今はシャツに透けている下着のラインを見ています」

 まるで今日の献立を告げるみたいに、淡々とまつくんは告げる。

 わあ、正解。

 女子高生チルドレンは絶対れんなエスパーらしい。

「……シャワー浴びてくるネ」

「はい。いってらっしゃい」

 僕はようやく、のそのそととんから脱出した。



 シャワーを浴びて、体から完全に眠気を追い出してテーブルに着く。ほかほかと湯気を立てる出来立ての食事が二人分、そこには並べられていた。

「いただきます」

 二人、同じように口にして、ご飯をき込む。

 はぐっ。米が立っている。今日は、豚肉のしようが焼きだった。味付けが濃くなりがちなメニューだけれど、くどくないベストな加減だった。タレをチョンと白飯に垂らして、肉にかぶく。その後、白米。しようが焼き。白米。エンドレス素敵コンボ。ああ、い。

 しるをずずっとすすると、体の芯があったかくなって落ち着く。

 そこで、ようやく気付いた。

 昨日、居酒屋のお通しに感じた違和感の正体。

 料理がおかしかったわけでなく、僕の味覚が変わっていたのだ。

 最近に至っては、まつくんがやってこない日でも作り置きしてくれている料理をレンジでチンして食べていた。

 すっかりとまつくんの家庭的な手料理にしつけられた僕の舌は、大衆居酒屋で提供されるような濃い味付けされた料理を受け付けなくなっていたってわけだ。

 やばいなあ。

 これ、胃袋をつかまれたようなもんじゃないか。

 むむう、とうなっていると、まつくんが心配そうに、どうしましたって顔を曇らせた。

しくなかったですか?」

「いや、逆」

 正直に答えることにした。

しくて困ってる」

 言うと、まつくんは、ぷっと噴出した。

 くすくすと笑っている。

しくて困るってどういうことですか」

「ほら、食べすぎると困るじゃない。太ったりとか」

「大丈夫ですよ。ちゃんとカロリーも計算してますから。多少食べすぎても、そう簡単には太りません」

「あとは、コンビニの弁当とかが舌に合わなくなって食べられなくなる。いや、これは本当に困った。まつくんのご飯しかしく食べられないなんて」

「じゃあ、仕方がないですから、責任をとって、わたしがずっと作ってあげなくちゃですね」

 まるでプロポーズみたいなことを言う。

 いや、本人にそのつもりはないんだろうけどさ。

「毎朝、僕にしるを作ってくれるってこと?」

「……それじゃあ、プロポーズですよ。あ、おかわり食べますか?」

 さらりと受け流される。

 完璧な大人の対応。

 にっこりと笑って、まつくんは僕に手を差し出した。

 まあ、当たり前か。というか、よく考えてみると、半分冗談とはいえ、女子高生にプロポーズまがいのことを口にするおっさんは気持ち悪すぎるな。うん。

 こうして流してくれて助かったのかもしれない。

「ああ、うん。食べる。お願いします」

「よそってきますね」

 そうして、なんともなしにまつくんが立ちあがり、キッチンの方へいってしまったから、僕は最後まで気付かなかった。

 僕らの他愛ないやり取りの後に、彼女がどんな顔をしていたのかを。

 顔を太陽のように真っ赤にして、深呼吸を繰り返していたことも。

 くしくしと顔を隠すように前髪を引っ張っていることも。

 僕はぜーんぶ知らず。

 ただ、おかわりのご飯を楽しみに待っていた。

まつくん、まだー?」

「え、ああ、はい。ちょっとだけ待ってください。熱くって」

 なにが熱いのかを彼女は口にしないまま。

 だから、僕はふうんとうなって、大人しく席に座っていた。

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