Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

第四話 作家と同期と飲み会(1/2)

 電話で呼び出されたのは、チェーンの居酒屋だった。

 大きな町の駅前に、大抵、一つや二つ見かける系列のもの。そんな店だったし、待ち合わせ相手も気心の知れたヤツだったので、気楽な格好で出かけることにした。

 ベージュのセーターに、ジョガーパンツ。

 すいすい歩いて、指定された場所に向かう。

 店の前には、スマホとにらめっこをしている見知った顔の男が一人。

 どうやら先に着いていたらしい。

 僕は、ザ・大学生という格好だというのに、むこうはきっちりとしたスーツだ。いつもそうだ。やっぱ、ダンヒルとかチェスター・バリーっしょ、みたいな感じ。革靴は、ブライトンだな。確か、好きだって言ってたし。眼鏡はオリバー・ゴールドスミス。

 いつしか、そういうのをいちべつするだけでわかるような年になっていた。

 それでも僕はまだ、学生時代に買った服を着続けている。

「おっつ」

 声をかけると、そいつは顔をあげた。

 新人賞の同期であるあずまけんだ。僕より四つほど年上で、執筆は趣味と割り切り、普段は外資系の企業に勤めている。バリバリ最強サラリーマンだった。

 年収は、比べるまでもない。

 小説の売り上げは僕と同程度だが、サラリーマンの収入だけで不自由なく暮らせるほど稼いでいるはずだ。そんなハイスペックマンなのに、天は二物も三物も与え、女子受けしそうな優しい目元に端正な顔立ちをしている。光に透けると少し明るく見える程度に染められた髪を、無造作にセットしていた。独特なデザインのドゥシャンのネクタイをく着こなしている。

 僕はこういう陽のエネルギーを放つ人間が、はっきり言って得意じゃない。でも、今となってはその男が一番の友達になっているのだから、不思議な縁もあったもんだ。

 僕とは正反対のリア充であり、つまりは敵認定してもいい条件は役満ばりにそろっているにも拘らず、僕はこの男が好きだった。

「ごめん。待たせた?」

「いや、今、きたとこ。って、この会話、なんだかあれっぽいな。デーt」

「いや。待て、全部言わなくていい。想像するだけで、軽く死にそうになるから。さっさと入ろう。あずまの名前で予約してくれてるんだっけ?」

「ああ」

 狭い階段をのぼって、二階へ。

 自動ドアが開くと、チリンチリンと鈴が鳴った。

 席に通され、僕らはそれぞれ好きな飲み物を注文する。

 僕はビール。あずまはハイボール。そのまま適当につまみを選ぶ。三百八十円のからあげに、千二百三十円の今日の刺身盛り合わせ。二百六十円の冷ややっこ。六百八十円のシーザーサラダ。一本百二十円の焼き鳥を、塩とタレで五本ずつ。とりあえず、そんなところか。

 周りは学生ばかりで、騒がしかった。学祭の成功を祝って、かんぱーい、いえーい、という声が聞こえてくる。しかし聞き取れたのはそこまでで、それからはおのおの話し始めたのか、音が混ざり合い、ちっとも会話の内容を拾えない。

 お通しと一緒にジョッキが届いたので、コツンと合わせて乾杯した。

 喉が渇いていたせいか、とてもくてグビグビと半分くらいまで一息で飲む。ジョッキから口を離すと、ふー、と思わず深い息が漏れた。

「あー、い」

「前、会ったのは二ヶ月前だっけ。そういえば、あの時書いてた原稿どうなった? ほら、気合入れてるって言ってたのがあっただろう」

 いただきます、とあずまがきちんと手を合わせる。

 こういうさりげない所作で育ちの違いを見せつけられるんだよな。僕も小さく、いただきますと口にしてから、割り箸をパキッと割った。

「あー、あれか、あれね、あれだよな。聞いてくれる? 書きあげた後に全ボツ食らった」

「マジ?」

「マジ」

「それはきついね。結構、ヘコんだんじゃない?」

「正直、死にそうだった。思い出すだけで泣きそう」

「泣け、今は泣いていい。僕が許す」

あずまはいいヤツだなあ」

 もちろん本当に泣くわけもなく、お通しで出されたモツ煮を、まず、こんにゃくだけ取り除き口に運ぶ。長ネギのシャキッとした食感の後に、モツのクニクニとした歯応えがやってきた。もう随分と慣れ親しんだ味だ。

 けれど咀嚼を始めてすぐに、あれ、と僕は首を傾げていた。

 この店は前からあずまとよくきていた。

 そして、このお通しも何度だって食べた。

 でも、なんだろう。

 この妙な違和感は。

 向かいに座る東を見てみるものの、しかし、彼はいつものように美味そうに食べている。僕の気のせいかな。とはいえ箸はそれ以上すすまず、仕方なくビールを飲むことにした。

「じゃあ、今は企画から練り直しな感じ?」

「いや、もう原稿書いてる。別のプロットにOKもらったから」

「相変わらず立ち直りが早いな。僕だったら、ひと月は書きたくないって思うけど」

「僕は専業だから、そうも言ってられないんだ。食っていかなくちゃいけないし」

「大変だよね、専業は」

「僕からしたら兼業の方が信じられないけど。昼間仕事して、休日と夜の時間だけで書くなんて正気の沙汰じゃない。しかも、あずまは家族サービスまでしなくちゃだろう」

 あずまは、まあ、さっきも言った通りスペックが高いので、すでに家庭持ちだ。

 なんでも、高校の頃からずっと付き合っていた女の子と大学卒業と同時に結婚して、今では娘も一人。それ、なんて王道ラブコメ? はっきり言って超絶羨ましい。かつて僕が抱いた理想通りの生き方だ。

「まあね。そりゃ、大変な時もあるけど、どれも好きでやってることだからさ。それに、兼業なんて聞こえはいいけど、僕は結局、小説で食っていく覚悟が足りなかったんだよ。だから、ホヅミやおとなかちゃんが頑張ってるのは素直にすごいって思う。あ、そういえばさ、おとなかちゃんの彼方かなたシリーズ、アニメセカンドシーズン決定だって。SNSで流れてた」

「……なん、だと?」

 おとなかウミは、僕やあずまの同期であり、一番の出世頭だ。

 デビュー作である〝彼方かなたに歌う〟は発売と同時にいきなり大好評を博して、コミカライズ、ドラマCD、アニメ化ととんとん拍子に進んでいった。

 現在は〝彼方かなた〟シリーズのほかにも二つほど別シリーズも抱えており、それらもそろって順調に版を重ねていると聞く。〝彼方かなた〟シリーズに至ってはアニメ化前にすでに累計百万部を突破していた正真正銘の〝ミリオン作家〟。今では確か、三百万部は売り上げてるとか。

 と、長々とスペックを解説してみた──作家の悪い癖だ──けれど、おとなかウミという人物は、本来、こんな風にたった一言で表せてしまえる。

 天才、と。

 なにせ新人賞を受賞したのが中学生の時。

 現在ですら、まだ大学生なんだから。

「あ、やっぱり知らなかったんだね。ホヅミもいい加減、SNSくらい解禁したら? 読者と触れ合えるのはありがたいよ。りをつかんだり、情報を仕入れるのにも役立つし」

「嫌だ。僕はもうそういうのはやらない」

「本当に意地っ張りなんだから。いつまでいじけてるのさ。どうせ、まだファンレターとも向き合えてないんだろ」

 苦笑いを浮かべるあずまから顔をらし、ビールをあおる。

 そこで、ふと気付いた。

「うるさいな。ん? ということは、あれ? 今日はウミのお祝いってこと?」

「そうだよ。あ、おとなかちゃんは遅れるから先に始めててくれってさっき連絡があった」

「じゃあ、どうしてこんなしけた居酒屋なんだっ。どうせなら僕は高級焼き肉がよかった」

 作品がアニメ化を果たしたら、そのお祝いでアニメ化が決まった作家が同期に〝ご飯をおごる〟というのは、我がレーベルの先輩から脈々と受け継がれてきた伝統の一つ。

 ちなみに、ウミのお祝いをするのはこれで三度目になる。

 僕? もちろん、おごったことなんて一度もないよ。うるさいな。僕だっておごれるなら、おごってみたいさ。そのためにも、アニメ化はよはよ。オファー、お待ちしております。

「声が大きいっ! ここ、店の中だよ。あと、いくら僕らよりも稼いでるからって、学生に高い飯をおごってもらうのは違うだろう」

「プライドじゃ飯は食えない」

「情けない、情けないよ、ホヅミ」

「別に。わたしは焼肉でもかまわないけど?」

 そんな声と共にふっと光が遮られたかと思うと、そこに小柄な女の子が立っていた。

 ぱっと見、中学生。

 どう見たってまつくんよりも年下にしか思えない女の子。出会ってから六年以上もつというのに、彼女の容姿は全然変わらない。胸も、背も。

 髪型は前下がりのボブで、サイドだけ少し長めに伸ばしている。きりっとした目つきをしていて、黙っているとちょっとした威圧感があるものの怒っているわけじゃない。こういう顔なのだ。猫耳でもつけたら似合いそうな感じの微笑女、改め、美少女。

「あ、おとなかちゃんお疲れ」

「おつかれ。ホヅミもひさしぶり。元気だった?」

「それなりに」

「すわって、いい?」

 こてんと首をかしげるウミに席を空けてやる。ありがとう、と小さく告げて、ウミは僕の隣に腰を下ろした。

「飲み物は?」

「カシオレ」

「了解」

 しばらくして、店員さんが慌ただしく追加注文した飲み物を運んできてから、改めてグラスを傾けた。ハイボールの入ったジョッキを片手にあずまが言う。

「じゃあ、主役のおとなかちゃん、乾杯のおんを」

「そういうの、わたし、むり。ホヅミがやって」

「いや、僕もそういうノリはどうも苦手で。あずま。頼む」

「本当に君たちはしょうがないな。別に初対面ってわけじゃないのに。まあ、いいか。じゃあ。おとなかウミ先生の彼方かなたシリーズ、アニメセカンドシーズンのヒットを祈願して」

「乾杯っ!」

「乾杯」

「かんぱい」

 カツカツとグラスの端をぶつけて、それからもう一口ビールを飲んだ。黄金色の液体が、ぞうろつみわたる。くう、い。

「で?」

「なに?」

「いや、どうして遅れたのかなって。大学の講義かなんか?」

「ううん。ソシャゲ」

「ソシャゲ?」

「今日から、ハロウィンイベントだったの。限定キャラがなかなかあたらなくて、時間がかかった。ガチャをひくのに、コンビニからでられなかったから」

「えーと、課金てヤツ?」

「そう」

 こくりと、ウミがカシスオレンジにちびちびと口をつけながらうなずく。

 僕なんかはスマホを連絡とか調べ物用のツールとしてしか使っていないのだが、世の中にはそれでゲームをしている人も多いと聞く。中には、生活が苦しくなるほど時間やお金をつぎ込む人もいるんだとか。

 ウミも相当な金額を費やしているらしい。

「へえ、で、結局、欲しかったキャラは出たの?」

「うん」

「それは、よかった」

「でないなら、でるまでひけばいいだけ。確率がゼロじゃないなら、いつかでる」

 どこか勝ち誇ったように、ウミが言う。

 カシオレをちびっと飲んでピースサイン。

「ん? んん? そりゃそうだけど。ていうか、どのくらい引いたわけ?」

「六百連」

「わかんない。かかった金額で話して」

「一回、三百円だから、かける六百で十八万円くらい」

 ジュウハチマンエン? じゅうはちまんえん? 十八万円んんん? マジかよ!

 聞き間違いでなければ、僕の月の生活費よりもよっぽど高い。

「今回は、沼にはまった。いつもなら七十連くらいででるのに」

「あ、あずまぁ~~」

「みなまで言うな。気持ちはわかるけど、稼いだお金をどう使おうと個人の自由だ。僕たちが口を出すことじゃない」

 思わず泣きそうになって親友の名を呼ぶも、ふるふると諦めたように首を振られるだけ。ちくしょう。これが格差社会ってヤツなのか。

 悔しかったので、次のおかわりからはビールのグレードを一つあげようと心に決めた。

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

    ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

    葉月 文/DSマイル

  • ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.2 コミカライズはポンコツ日和

    ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.2 コミカライズはポンコツ日和

    葉月 文/DSマイル

  • ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.3 青い日向で咲いた白の花

    ホヅミ先生と茉莉くんと。 Day.3 青い日向で咲いた白の花

    葉月 文/DSマイル

Close