Day.1 女子高生、はじめてのおてつだい

プロローグ 作家と女子高生とコスプレ祭り

 ──おもしろかったです。


 桜色の便箋にたどたどしく書かれたたったそれだけの言葉。

 それはもしかしたら、道路に転がっている石ころのようにありふれたものなのかもしれない。

 でも、僕が人生の全てをささげようと決心するには、それで十分だった。




 電源を落とした途端に、パソコンの画面がふっと黒く染まった。

 じっと覗き込むと、そこにはよく見知った顔の男。

 首をひねって、右を見る。左を見る。正面から見据えてみる。

 にっ、と笑う。

 どうも、僕です。

 じっとじっと見ていると、思わず力ないため息が漏れた。

 先日、まつくんがどうしてもとせがむので、久しぶりに高校の卒業アルバムなんてものを開いてしまったせいだろう。

 卒業から早十年。毎日見ているとなかなか実感が湧かないけれど、改めて比べてみると、高校生だったあの頃から積み重なった分の年月はしっかり僕の体に刻まれていた。

 油断するとすぐに現れる目じりのしわとか。

 二日も放っておけば伸びてくる顎ひげとか。

 目つきなんかは、もう随分と長い間、見通しの利かない未来なんてものを映していたせいで、すっかりと濁りきっている。子供の頃の無邪気さなんてじんも残っていない。そりゃ、高校生の時だって未来に胸をトキメかせるとかいうような人種じゃなかったけど。それでも、ありきたりな人生設計なんてものを、ぼんやりと思い浮かべてはいたんだよ。

 たとえば、こんな感じ。

 まず、それなりに名の知れた大学に入学して、バイトやサークル活動に適度に精を出す。次に、学科で四番目くらいにわいい女の子と付き合う。で、卒業後は不況でも倒産から縁遠いような会社に就職し、それなりの地位まで昇進。結婚して、子供は男の子と女の子を一人ずつ。

 定年後は、奥さんと縁側で茶でも飲みながらほっこり過ごす。

 けれど、現実はそうじゃない。

 二十八歳になった僕は、はっきり言ってそのレールから完全に外れてしまっていた。

 大学までは無事進学できたものの、勉強しかしてこなかった人間に面白みなんてものがあるはずもなく、彼女の一人すらできなかった。バイトもサークルもいろいろあって、結局辞めた。

 その後、最低限の人付き合いで大学を卒業した僕を待っていたのは、部屋に籠っているだけの日々。まあ、正直、負け組だ。

 言われなくてもわかっている。それでも、人生には逆転満塁ホームランが待っているはずさ。そういうものだろ。そう信じなくては、僕は絶望して死んでしまう。と、

「あの! こ、これでいいんですか? うー、やっぱり慣れない服は着るのが難しいですね」

 脱衣所の方から、わいらしい女の子の声が聞こえた。

 振り向き、声の主を見る。

 彼女は、恥ずかしさからか顔を赤らめ、もじもじとしていた。瞬間、僕の頭の中からいろんなことが吹き飛んだ。現実? くそくらえだ。負け組? 馬鹿を言え。

 違う。違うだろ。そうじゃない。これを見ろっ!

 金はなくとも、僕の前には今、確かに男のロマンが広がっているじゃないか!

「エクセレントゥ!」

 思わずスタンディングオベーションしながら、そうつぶやく。


「エクセレント、エクセレント、エクセレントooohッ! hooo!!」


 テンションがあがるにつれ、声も大きくなる。

 万雷の喝采を一人で送る。

 木造二階建ての学生ようたしボロアパート。駅から徒歩二十分。西向きのワンルーム。家賃、五万八千円。大学卒業から約六年もの間、暮らし続けた僕にとってはもはやなんの面白みもないその部屋が、けれども今日ばかりはユートピアに変わっていた。

 今、僕の眼前で繰り広げられているのは、現役美人女子高生によるコスプレ祭り。

 それでテンションのあがらない男がどこにいる?

 チャイナ服。ナース服。服。ブルマにレオタード、バニー。スク水はこだわりの紺色旧スタイル。異論は認めるが、反論は許さないっ。スク水は旧スタイルこそ原点にして頂点。

 まつくんは普段ブレザーの学生服なので、セーラーも着てもらった。

 超似合っていた。

 コスプレをする上で欠かすことのできないメイド服にいたっては、クラシックな格式高いものからドンキなんかで売っているような安っぽいミニスカのものまでそろえてある。

 ちなみに、今、まつくんが着用しているのが、そのミニスカメイド服だ。

 資料用に通販で買った時は、あまりに安っぽくて意味がなかったと嘆いたものだが、なかなかどうして。実際に着用する姿は、逆にコスプレ感が増し増しで悪くない。むしろ、イイ!

 そんな涙なくして語るに語れない光景にすっかりと語彙をなくしてしまった僕は、ただただ最大の功労者であるまつくんへと感謝の拍手を送り続けた。

 しかし、それを受けたまつくんは少しもうれしそうではなく、むしろ困ったように眉を八の字にして、にへへと笑っているばかり。

「どうしたの、まつくん」

「ホ、ホヅミ先生。これは、本当に執筆に必要なことなんでしょうか?」

 ぐいぐいと丈の短いスカートを必死に手で伸ばしながら、まつくんは言った。

 そのちょっと恥じらう仕草もイイね!

 ニーソと肌の境目には、健康的な白い太ももがかすかに盛ってある。みんな大好き、絶対領域。ムチッとまではいかないまでも、ムラッとはくる。

 そして、その奥に眠る秘境パンツ

 リビドーだ。男とは、見えそうで見えないギリギリのラインに欲望を駆り立てられる生き物なのである。そして、見えないが故に見ようとくのだ。時に命すらして。

 チラリズム。

 ミニスカの極意とは、そこにこそ存在する。

 ただ、今のまつくんには圧倒的にそれが足りてない。

 じーっと上から下まで視線をわせながら、答えた。

「当たり前だろう。これはいわば取材だよ、取材」

「じゃあ、その。さ、さっきから先生の目がエッチなのはどうしてですか?」

「変なことを聞くんだね。そんなの、エッチな目で見てるからに決まってるじゃない」

 なにを言ってるんだ、この子は。

「エッチな目で見てるんですかあっ?」

 ガーン、と衝撃を受けたようにまつくんが叫んだ。

「むしろエッチな目でしか見ていない。そもそも、これはいわゆるサービスシーンなわけだ。つまり、読者もエッチな目でキャラクターを見る。故に書く側としてもそれに応えるだけのリビドーを込めなくては伝わらない。臨場感、マジ大事。そうだろう。だから」

「だ、だから?」

「その手をどけなさい!」

「え、ええっ! こうしないと下着が見えちゃうんですけど」

「見せなさい!」

「エッチな目で見るんですよね?」

「何回も同じことを言わせるんじゃない。エッチな目でぇ、見るっ!!」

 僕は実に真剣な顔をしながら、力強く真面目にうなずいた。

「じゃあ、嫌です」

「ここまでしておいておうじようぎわが悪いぞ。自前のパンツを見せるのが嫌なら、そっちにあるしまパンに着替えてもいい。心配は無用だよ。どれも袋から出していない新品だし。それなら恥ずかしくないだろう」

「そういう問題じゃないです! というか、なんでそんなものまであるんですかぁぁぁ」

「昔書いた作品の資料だよ」

 完全に完璧に、ぐうの音もでないほど事案な光景だが、ツッコミを入れる者は誰もいない。

 ここは僕の桃源郷。

 僕だけの城。

「ふははは。さあ、観念してその手をどかせえええ」

 雄たけびをあげつつ、がばっとまつくんのか細い手首に手を伸ばそうとすると、


「先生、そんなだからいつまで経っても童貞なんですよっ!!」


 ひどく鋭利な言葉が、に胸を抉った。ぐふっ。

 思わず血を吐きそうになるほどのダメージに狼狽うろたえている間に、すすすっと距離をとられてしまう。ジクジクと痛む胸を押さえながら、僕は絶叫する。

「あああぁぁぁ! それはあ、それだけはあ、言ってはいけないことだろうがぁぁぁ!」

「むしろ、誰かが指摘してあげないといけないことですよね? 先生ももうすぐなんですから」

「あ、待って、タイムターイム。本気の同情だけはやめよう? 年齢のとこだけ強調したりするのもリアルにきついからやめて? おいやめろそんな目で僕を見るなあああぁぁぁ!!」

 全く手心のない言葉に、膝から崩れ落ちる。

 そのまま床に手をつき、うなれた。

 出会った当初は尊敬の念とか感じられたのに、今ではもうちっともそんなそぶりは見られない。前向きに捉えるなら、それだけ距離が縮まったということかもしれない。まあ、そうじゃなければ、僕が女の子にコスプレをお願いするなんてこともなかっただろうけどさ。

 僕の様子を見て、まつくんはあきれたようにため息を吐いている。

 あれれー、おっかしいよ?

 もう勝った気でいるのかな?

 ぶわあ、かあ、めえ。

 甘い。甘すぎる。僕はまだ諦めてなんかいない。この体勢からなら、スカートを引っ張っていてもパンツを見ることは可能だ。見てやる。絶対、見てやる。パンツの色は何色だい?

 そうしてトゥンクトゥンクと高鳴る胸の鼓動を感じながら僕が上目遣いをした瞬間、しかし目の前にあったのは、にっこりと笑ったまつくんの顔だった。

「へ?」

「ふふっ。童貞さんの考えることくらいはお見通しです」

 どうやら僕がろくでもない悪だくみを巡らしている間に距離を詰め、同じように腰を下ろしていたらしい。ぬかった。こんなに近付かれてはパンツが見れない。

 まつくんは僕の頰に両手を添えてその位置でがっちりと固定しながら、

「残念でしたね」

 僕のもくを完全に潰した──と思い込んでいる──彼女はやっぱりどこか得意げだ。

 しかし、それでもやっぱりまだ甘い。

 童貞を、作家を、つまり童貞作家をめてもらっては困る。

 なにせ僕は事ここに至ってすら、あ、でもこのシチュエーションは割と有りだな、なんて考えていたんだから。顔がめっちゃ近いし。なんかキスの手前みたいな感じだし。有り寄りの有りだな、うん。使える。脳内メモにしっかりと残しておこう。そうしよう。

 僕とまつくんと。

「うふふふ」

「うははは」

 それぞれの思惑を秘めつつニコニコと笑っていた、まだ彼女のことを本当はなにも知らなかった日のこと。


   ❁


 さて、最初に一つだけ断っておこう。

 これから繰り広げられるのは、どこにでもいる底辺ラノベ作家の日常だ。

 担当編集と打ち合わせをしたり、イラストレーターの絵に歓喜の声をあげたり、たまに同期と飯にいったりすることがあるものの、大抵はおっさんがパソコンを前にして、カタカタと文字を打ち込み、悩んでは消して、また打ち込んで、これでいいのかと頭を抱えているだけ。

 特別なことなんてなにもない。

 異世界に召喚されたり、ゲームに閉じ込められたり、空から女の子が降ってくるような運命的な出会いもなければ、強いままでニューゲーム、俺Tueeeなんて物語の約束事、ラッキースケベなTo LOVEラブるなんてほんとーにひとっつも起こらない。一つくらい起これよって思うけど、マジで起こんない。

 雲が風で形や大きさを変えながら流れていくように、どこまでも自然で当たり前な日々だけが淡々と過ぎていく。でも、ああ。そうだ。もしかしたら。

 縁あってが僕の部屋を訪れるようになったあの秋の終わりから、突然去っていった春の日までの時間は、ささやかだけど特別なものだったのかもしれない。

 ううん。違うな。

 確かに特別で、奇跡のような日々だった。

 少なくとも僕にとっては。

 これは、作家と女子高生。

 そして多分、本の数だけ存在する僕と君を巡るとても大切な話だ。

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