『オキナイト ダメダゼ! キアイヲ イレロ!』
……ボーイッシュ娘ボイスの目覚まし時計に起こされ、俺はベッドから身を起こした。
いつもより、一時間も早くセットしてあった。
今日は眠い目をこすってでも、早めに部室へ向かわねばならないのだ!
俺は制服の袖に腕を通すと部屋を飛び出した。
─○●○─
「あら、ちゃんと来たわね」
部室にたどり着くと、部長だけしかいなかった。
まだ学校は始まっていない。
今日は朝から集まりがあると昨夜言われて、朝早くからここに来たんだ。
部長はソファーに座り、優雅にお茶を飲んでいる。
「おはようございます、部長」
「ええ、おはよう。もう朝は大丈夫のようね」
「はい、おかげさまで」
部長の視線が俺の足に移る。
「堕天使にやられた傷は?」
俺は先日の戦いにおいて、光の槍で太ももを貫かれた。
「はい、例の治療パワーで完治です」
と、俺は笑顔で答える。
「そう、あの子の治癒能力は無視できないもののようね。いち堕天使が上に黙ってまで欲するのも頷けるわ」
俺も部長の対面の席へ腰をおろした。
部長にいくつか訊きたいことがあったからだ。
「あの部長。チェスの駒の数だけ『悪魔の駒』もあるのだったら、俺の他にも『兵士』があと七人存在できるんですよね? いつかは俺と同じ『兵士』が増えるんですか?」
そう、チェスの駒と同数の『兵士』の駒が存在しているはずだ。俺の他に兵士は作れるはず。いずれはそうなるのかな、と思い部長に質問してみたんだ。
俺の質問に部長は首を横に振った。
「いえ、私の『兵士』はイッセーだけよ」
──っ。
え? それって、喜んでいいんでしょうか?
何気に告白ですか? 「私にはイッセーしかいないの!」みたいな。
「人間を悪魔へ転生させるとき、『悪魔の駒』を用いるのだけれど、そのとき転生者の能力しだいで駒を通常よりも多く消費しなくてはいけなくなるの」
……告白じゃないのね……。
って、駒の消費?
「チェスの世界ではこういう格言があるわ。女王の価値は兵士九つ分。戦車の価値は兵士の五つ分。騎士と僧侶の価値は兵士の三つ分。そんなふうに価値基準があるのだけれど、悪魔の駒においてもそれは同様。転生者においてもこれに似たような現象が適用されるの。騎士の駒を二つ使わないと転生させられない者もいれば、戦車の駒を二つ消費しないといけない者もいる。駒との相性もあるわ。二つ以上の異なる駒の役割は与えられないから、駒の使い方は慎重になるのよ。一度消費したら、二度と悪魔に駒を持たせてはくれないから」
「それと俺がどういう関係にあるんですか?」
「イッセー、あなたを転生させるとき、『兵士』の駒を全部使用したのよ。そうしないとあなたを悪魔にすることはできなかったの」
全部!? マジか。
じゃあ、俺は『兵士』八つ分の価値があったってこと?
「それがわかったとき、私はあなたを絶対に下僕にしようと思ったの。でも、長らくその理由が判明しなかったわ。いまなら納得できる。至高の神器と呼ばれる『神滅具』のひとつ、『赤龍帝の籠手』を持つイッセーだからこそ、その価値があったのね」
俺は左腕へ視線を動かした。
赤い籠手。十秒ごとに能力が倍になっていく、狂ったような力の結晶。
使い方しだいでは神すらも倒せるという。
俺には過ぎたシロモノだが、宿ってしまっているのだから仕方がない。
「あなたを転生させようとしたとき、私の残りの駒は騎士、戦車、僧侶がひとつずつ、兵士が八つしかなかったわ。イッセーを下僕にするには、そのなかで兵士を八つ消費するしかなかったの。兵士の駒と相性も良かったし。他の駒では転生できる力はなかった。でも、元々兵士の価値は未知数。プロモーションなども含めてね。私はその可能性にかけた。結果、あなたは最高だったわ」
うれしそうに微笑む部長。
俺の頬を指でなでてくる。
「『紅髪の滅殺姫』と『赤龍帝の籠手』、紅と赤で相性バッチリね。イッセー、とりあえず最強の『兵士』を目指しなさい。あなたなら、それができるはず。だって、私のかわいい下僕なんだもの」
──最強の『兵士』。
なんて響きのいい言葉だ。
そんなことを思う俺の顔に部長の顔が近づいてくる。
近い! 近いです、部長!
そして、俺の額に部長の唇が触れた。
「これはお呪い。強くおなりなさい」
額にキス……。
ぐらっ。
あまりの展開に俺の体がぐらつき、顔が紅潮した。
うわ。うわ。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
頭のなかで何かが弾けた! あまりのうれしさに脳内がお祭り状態となっている!
なんてこった! なんてこったよ!
生涯初めての女の子とのキス!
ほっぺでも唇でもないけど、こんなにうれしいものはない!
感動で涙が出てきそうだ!
俺! 俺、がんばります、部長! このキスにかけても! 絶対に!
「と、あなたをかわいがるのはここまでにしないとね。新人の子に嫉妬されてしまうかもしれないわ」
嫉妬?
なんのことでしょうか?
「イ、イッセーさん……?」
俺の背後から声。聞き覚えはありますぞ。
振り返ると、金髪の少女──アーシアが何やら笑顔を引きつらせていた。
「ア、アーシア?」
え? 怒っているの?
ど、どうして?
「そ、そうですよね……。リ、リアス部長は綺麗ですから、そ、それはイッセーさんも好きになってしまいますよね……。いえ、ダメダメ。こんなことを思ってはいけません! ああ、主よ。私の罪深い心をお許しください」
手を合わせてお祈りポーズのアーシア。
だが、「あうっ!」と途端に痛みを訴える。
「頭痛がします」
「当たり前よ。悪魔が神に祈ればダメージぐらい受けるわ」
さらりと部長が言う。
「うぅ、そうでした。私、悪魔になっちゃったんでした。神様に顔向けできません」
ちょっと、複雑そうな彼女。アーシア、そんなに哀しそうな顔しないでくれ。
「後悔してる?」
部長がアーシアに訊く。
アーシアは首を横に振った。
「いいえ、ありがとうございます。どんな形でもこうしてイッセーさんと一緒にいられるのが幸せです」
──っ。
は、恥ずかしいセリフに俺の顔が紅潮する。
こ、これは、う、うれしいもんだな。男として最大級の賛辞だぜ。
それを聞いて、部長も微笑む。
「そう、それならいいわ。今日からあなたも私の下僕悪魔としてイッセーと一緒に走り回ってもらうから」
「はい! がんばります!」
元気よく返事をするアーシア。
まずはチラシ配りだけど、アーシア大丈夫かな?
不安は募る。
と、俺はアーシアの変化に気づいた。ってか、なんでいままで気づかなかったんだ。
「アーシア、その格好……」
そう、アーシアは俺の通う駒王学園、女子の制服を着ていた。
「に、似合いますか……?」
恥ずかしそうに彼女は訊ねてくる。
いやいや、とんでもない!
この学園にまた一人天使が舞い降りた! などと、男子の話題が俺の耳に早くも聞こえてきそうなぐらいだ。
すげぇ、似合ってますがな!
「最高だ! あとで俺と写メールを撮ろう!」
「え、は、はい」
反応に困ってる彼女だが、かわいいのは本当だ。ああ、俺の学園ライフが充実していく!
「アーシアにもこの学園へ通ってもらうことになったのよ。あなたと同い年みたいだから、二年生ね。クラスもあなたのところにしたわ。転校初日ということになっているから、彼女のフォローよろしくね」
部長がそう言ってくる。
マジか! 俺のクラス!? アーシアが!?
「よろしくお願いします、イッセーさん」
ぺこりと頭を下げるアーシア。
俺の脳内では、すでに松田と元浜に自慢しながらアーシアを紹介する絵が想像されている。悔しがるあいつらの顔を想像するだけで笑いが止まらん。
「ああ、あとで俺の悪友二人も紹介するからな」
「はい、楽しみです」
ふふふ、松田、元浜、俺はどんどん大人への階段を上るぞ。
悪友ども、俺はモテない男子高校生を止めるぞーっ!
と、脳内妄想をしていると、部室に木場、小猫ちゃん、朱乃さんが入ってくる。
「おはようございます、部長、イッセーくん、アーシアさん」
「……おはようございます、部長、イッセー先輩、アーシア先輩」
「ごきげんよう、部長、イッセーくん、アーシアちゃん」
それぞれがあいさつをしてくれた。
みんな、俺を「イッセー」と呼び、アーシアを一員と認めてくれていた。
最高だ。
こんなに最高なことはない。
部長が立ち上がる。
「さて、全員が揃ったところでささやかなパーティを始めましょうか」
そういうと部長が指を鳴らす。
すると、テーブルの上に大きなケーキが出現した。おおっ、魔力ですか。
「た、たまには皆で集まって朝からこういうのもいいでしょ? あ、新しい部員もできたことだし、ケーキを作ってみたから、みんなで食べましょう」
部長が照れくさそうに言った。
しかし、手作りケーキとは! ありがたくいただきます!
部長、俺、とりあえず最強の『兵士』を目指します。
部長とアーシア、木場、小猫ちゃん、朱乃さんと共にがんばります。
俺は、心のなかでそう誓うとパーティを盛り上げるために一発芸「ドラゴン波」の準備に取り掛かった。