夕陽とやすみは隠しきれない? その8

「ただいま……」

 自宅に帰ったは、力なくそう口にした。家の中は真っ暗で、ただいまへの返事はない。かぎをしっかりけ、きしろうをとてとて歩く。

 はこの古いいつけんに、母親と二人で暮らしている。ここは母の実家だ。

 物心がついたときは祖母、母、の三人で暮らしていた。

 自室に向かうちゆうで仏間のふすまを開き、ぶつだんに「ばーちゃん、ただいま」と声をける。部屋着にえてからキッチンへ。

「今日はカレーでいっかな」

 カレーの話をしたら食べたくなった。ストックももうないので、作り置きしておこう。

 打ち合わせのあとに第一回の収録を行い、スタジオを出たらすっかり夜になっていた。

 どっとつかれた。あれを毎週かえすかと思うと、今からげんなりする。

 本当にあの番組はくいくんだろうか……。

 せっかくもらった仕事だから、もちろんちゃんとやるけれど。

『これがわたしの能力……、すべての能力を、〝ひとつ前の段階にもどす〟能力ッ!』

「これがわたなべの声ねぇ……」

 スマホで今季放送のアニメ『こつけんの宣言者』を流していると、ゆうぐれゆうの声がこえてきた。しい声だ。主人公の敵対勢力で、物語に重要なキャラクター。これをが演じている。

「うーん……」

 首をひねる。何とも想像しづらい。あの口の悪い少女と、このキャラの声が直結しない。

 アニメに集中できないなぁ……、と思いながら、切った野菜をいためる。なべに移したところで、にんにくチューブって残ってたっけ? と冷蔵庫を開いた。

「あ、やば。もう牛乳ないじゃん。ママに買ってきてもらお」

 あとでスマホにメッセージを飛ばしておこう、とうなずく。

 の母は近所のスナックで働いている。一応、やとわれママだ。小さいながらもはんじようしていて、評判もいい。以前はよく、遊びに行きついでに店を手伝ったものだった。

『こんな……、こんな、ところで……。わ、わたしには、野望が……、ゆ、め、が……』

「え、うそ。わたなべ死んでるじゃん」

 トマトかんを探すのに夢中になっていたら、その間にの演じるキャラが死んでいた。ううん。あとでちゃんとなおそう……、と再生を止める。

 そうしているうちに、カレーライスとサラダができた。

 母の分はサラダだけ冷蔵庫に入れておけば、あとは温めて食べるだろう。

 料理をテーブルに運ぶ。ひとりきりのばんはんもすっかり慣れた。

 母は仕事で夜いなくとも以前は祖母がいっしょにいてくれた。しかし、二年前に天国へ旅立ってからというもの、こうしてひとりで食べている。

 カレーは我ながらえがいいし、味も保証できる。スマホで写真をっておいた。

「……いい出来、なんだけどな」

 スマホには、が作った料理の写真がたくさん入っている。プロフィールのとくらんに料理と書きたいくらいには、く作れていると思う。

 声優・うたたねやすみとしてツイッターに写真を上げれば、好感度が上がるかもしれない。

 そう思うものの、これらの写真をSNSに上げるのは勇気が必要だった。

『高校生の自分がひとりでばんはんを作り、ひとりで食べている』というじようきよう。これがどう取られるかが読めない。

「同情されたら目も当てられないしなぁ……。あたしがえられない」

 昔から、条件反射で「可哀想かわいそうにねぇ」とに同情する大人はたくさんいた。

 が物心つくまえに、父親が事故で他界しているせいだ。

 同情されるいわれはないのに。祖母がいないのは今でもさびしいけれど、つらいのはその一点だけだ。毎日じゆうじつしているし、楽しくやっている。

 楽しく過ごすことに関して、ギャルの右に出る者はいないのだ。

 結局、は写真を上げなかった。

 代わりにわかへ写真を送ってみると、すぐに返信がくる。

『おいしそう! 食べたぁい。今度作ってよぉ』

 じやに笑うわかの顔をおもかべ、ほおゆるめる。

 カレーを口に運んだ。ほどよいからさとさっぱりした風味が、く混ざって舌に広がる。にんにくがい。トマトかんをぶちんだのでくどくなく、さくさく食べられた。

「んまい」

 満足の出来に、ひとりうなずく。祖母のカレーの味だった。



 ギャルの朝は早い。しようを念入りに行い、かんぺきな状態で家を出る。ぼうなど論外だ。早起きしなければギャルにあらず。

 あくびをしながら居間に行くと、母がご飯を食べていた。部屋にカレーのにおいがただよっている。

「おはよう、ママ。お仕事おつかさま……、ってママ?」

 声をけたが返事がない。

 かのじよの両耳にイヤホンがついていることに気付き、後ろからのぞんだ。

 卓上のスマホにの姿が映っている。

 いや、というよりはうたたねやすみだ。

 つい先日出演した、『さくらなみおとのまるでお花見するように』をている。

「う、うげぇ……。ちょっと、ママぁ」

「あら? おはよう、

 後ろからかたする。母はイヤホンを外し、何事もなかったかのようにあいさつしてきた。

 は顔が熱いのを感じながら、スマホを指差す。

むすめずかしい姿をるのやめてよ。そのキャラ家族に見られるの、相当きついんだけど」

「んー? あぁごめんねぇ。でも、どうしても気になっちゃうから」

 母はスマホを操作して動画を止める。……あとで続きをるつもりだ。

 どれだけずかしくとも、芸名を知られている時点で観るのを止めるなんてできやしない。

 それに声優になるために、母にはずいぶんと協力してもらった。文句も強くは言えない。

 母はが声優になることに、全く反対しなかった。

 好きなように生きなさい、と言ってくれている。

 おそらく、父の死がえいきようしている。人なんてあっさり死ぬことを、母はよく知っている。

「声優で失敗したら、うちの店に来ればいいから。ね?」

 じようだんめかしてそう言うのだ。

 ぼさぼさのかみでつけながら、は朝食の準備を始める。

 サラダをもそもそ食べている母に、声をけた。

「最近、お店の方はどうなの? はんじようしてる?」

「してるしてるぅ。昨日もいそがしくてね。もうお客さんに自分でお酒入れてもらってた。やまぐちさん覚えてる? あの人、ほかのお客さんのお酒も作ってくれて、助かっちゃったなぁ」

やまぐちさんって、確かどっかのおえらいさんでしょ……。えらい人をこき使うのやめなよ、ほんと……。言ってくれたら、あたしも手伝いに行くからさぁ」

「いいってばぁ。は声優業に集中しなさい。ね? あ、でもお客さんもスタッフもに会いたがってるから、また顔出してあげて?」

 へい、と返事しつつ、パンを焼く。

 昨日のサラダの残りを冷蔵庫から出して、いっしょに卵も取り出した。

 目玉焼きかスクランブルエッグか。どっちにしようかな、と卵片手にしばし考える。

「やすみちゃん」

「芸名で呼ぶのやめて?」

「昨日は新しいラジオの仕事って言ってたけど、くいった?」

 フライパンを温めながら、うーん、と首をかしげる。

 くいった……、か?

 収録自体はとどこおりなく終わったが、それ以外の部分で相当めている。この先も正直不安だ。

 自分たちはあの番組を成功させることができるだろうか……?

 ちんもくを否と受け取ったらしく、母はあわてたように声を上げた。

「えぇ、くいきそうにないの? ママもちゃんとくよー? ……ふつおただって送るよ?」

「それだけは本当にやめて」

 実母からのふつおたっていやすぎるでしょ、とは顔をしかめた。


   ※ ※ ※


「……ちょっとカフェラテのにおいがする」

 むらは自室でひとりつぶやいた。ゆうぐれゆうしたきに鼻を近付け、ふんふんとぐ。

 大事なしたきではあるし、あのゆうぐれゆうのグッズに何たる無礼なことを、と本来ならおこるところだが、自分は心が広い。仕方なく許してやったのだ。

「でも、わたなべはちょっと許せないな……」

 カフェラテがかる原因にもなった、わたなべのことだ。

 かのじよは声優というすうこうな職業をバカにした。

 失礼なことを……。よりによって、あんな地味な女に言われたことが腹立たしい。

「全く……、ゆうひめを見習ってほしいもんだよな」

 したきのわいらしい少女を見つめる。

 かのじよとではうんでい、月とスッポンだ。

 ゆうひめの素のしゃべりを聞いていると、性格の良さがすごくよくわかる。のような暴言は絶対にかないだろう。悪口を言ったこともないんじゃなかろうか。

「逆にとうは見所があったな……。今度いろいろと教えてやってもいいかも」

 派手なギャルは好みではないが、布教は大切だ。業界のためにひとはだぐのも大事だろう。

「じゃあ今日も、かのじよたちの情報収集といきますか」

 そう言ってからむらはパソコンを立ち上げ、ツイッターを開く。

 タイムラインをながめていると、何やら気になるツイートがあった。

 むらしている声優のひとり、さくらなみおとのツイートだ。

『やすみちゃんたちの新しいラジオが始まりました! ふたりとも同じ学校、同じクラスなんだって! すっごいぐうぜん!』

 うたたねやすみ。通称やすやす。『プラスチックガールズ』のマリーゴールドを演じていた、新人女性声優だ。ぱっとしない印象だが、さくらなみおとと仲がいことは知っている。見た目もそこそこい。

「同じ学校で同じクラス……? 本当かねぇ」

 半信半疑ながらも、られたアドレスをクリックしてみる。すると、『ゆうとやすみのコーコーセーラジオ!』というロゴが目にんできた。

 おっ、と声が出る。ゆうゆうぐれゆうだ。

ゆうひめ出てんじゃん……」

 これはかつだった。している声優のラジオ番組をのがすとは。

 ふたりは同じ学校、同じクラスで、だからこそラジオが始まった……、らしい。

 そんなぐうぜんあり得るのだろうか。

 とても信じられないが、いてみようという気にはなった。

「それにしても……、ゆうひめが高二ってのは知ってたけど、やすやすも同い年だったのか」

 同い年の女性声優というのは、い。

 ひょんなことがきっかけで、もし知り合うことができれば、きっと盛り上がるだろう。特にゆうひめとはしゆが合う。ロボットアニメも好きだし、性格のあいしようもいいはずだ。

 ……もし、付き合えたら、絶対くいくと思う。

 人生何があるかわからないし、そんな万が一があるかもしれない。そのためにも、かのじよをよく知らなければ。

 むらはこのラジオをき始めることにした。


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試し読みは以上です。


続きは好評発売中の

『声優ラジオのウラオモテ #01 夕陽とやすみは隠しきれない?』

でお楽しみください!

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