夕陽とやすみは隠しきれない? その6

「いやぁ、実は始まる予定だった番組がとつぜん飛んじゃってねえ。きゆうきよこのかくを立ち上げたんだけど、とつかんとは思えないほどにかくだよねえ。やっぱ人間、追いつめられたときに真価が発揮されるっていうかさぁ」

 おおいではさっきからこの調子だ。

 ゆうぐれゆう──わたなべは不本意そうにとなりすわっており、ぶつちようづらかくそうともしない。

 も同じように、ぶすっとだまんでいる。

 空気が悪い。

 そんなふたりに気付かず、おおいでげんよく自分の話を続けていた。

 ……ていうか、あたしたちはほかの番組の補欠かよ。どうりでスケジュールがタイトだと思った。それわざわざキャストに伝えなくてもよくない?

 ではないが、舌打ちのひとつでもしたくなる。

 けれどが何かを口にする前に、おおいでに電話がかってきた。

「あぁ、ごめん。ちょっと出るね。多分、作家がすぐに来ると思うからさ」

 そう言い残すと、さっさと出ていってしまった。

 ちんもくが降り、部屋に重苦しい空気が流れた。となりをそっと見やる。

 かのじよもまた、こちらをうかがっていた。その表情は、まるでさんくさいものを見るようだ。

 きっと自分も、似たような表情をしているのだろう。

「あんた……、本当に、あのゆうぐれゆう? イメージと実物がちがいすぎるんだけど……」

 自然と疑うような口調になる。

 の知るゆうぐれゆうは、もっとぽやぁっとした育ちが良さそうな女の子で、顔つきだって明るい。とは全くの正反対だ。

 ……そりゃもちろん、メディアにるキャラと本人は別物だ。たいていの声優は大なり小なり、みんなキャラがちがう。制作じんも、それにいちいちんだりしない。

 見た目に関してもいくらでもごまかしが効く。

 しようければ別人になれることは、何より自身がわかっている。

 それにしても、これはちがいすぎではないか。

 この根暗女が人気じようしよう中の女性声優、ゆうぐれゆうだって?

 ただ、そう思うと、今朝かのじよがキレていたのもなつとくがいく。

 ギャルふたりが自分のしたきをなぜか手にしていて、しかも片方は「この人あんまり演技くないの?」なんて口にする始末。

 さらにゆかに落とされ、カフェラテをぶっかけられる。

 そりゃ舌打ちもしたくなるだろう。

「……あなただって完全に別人じゃない。とううたたねやすみだなんて、とても信じられない」

 えんりよに観察するに対し、かいそうに言う。

「あぁ……、マリーゴールド……、プラガで一番好きだったのに。中身がこんな品のない人だったなんて……」

 なげくように言う。

 ゆうぐれゆうが自分の演じたキャラを知っている……、それ自体はうれしい。

 が、どうも目の前の少女とゆうぐれゆういつせず、今のもただの悪口としか受け取れない。

「あーあ。あたしだって、『指先を見つめて』とか好きだったんだけどなー。こんなしようわるやつがあんな清純ヒロインやるなんて、色んなことにげんめつしそう」

「そのくつなら、あなたこそ清純ヒロインなんて絶対できないわね。知性のないおさるさんだけ演じてれば? だんから役作りしてるじゃない」

「そういうわたなべは、教室のすみだまむ根暗女を演じるわけ? セリフなくて楽でいいね。オーディションいらずなんじゃない? ていうか、あんたこうはいでしょ。あたし芸歴三年目、あんた二年目。せんぱいに対する口のき方を教えてあげようか?」

「声優としては二年目だけど、わたしは劇団に入っていたから役者の芸歴は四年目なの。その言葉、そっくりそのままお返しするわ、こうはい

「は? 声優としての芸歴を語りなさいよ。劇団の役者なんて前職みたいなもんでしょ」

「あなた、劇団出身のベテランに同じこと言える? もう少し頭を使って話しなさいな」

 たがいににらい、口早にあおう。

 あわや教室でのリベンジマッチか──というところで、がちゃりとドアが開いた。

「どもども、おはようございます。おくれてごめんね、ふたりとも」

 とびらを開けたのは、二十代中ごろの女性。

 がら身体からだにグレーのスウェットという格好で、ノートパソコンと紙の束を胸にかかえている。

 かみの長さはかたに届かない程度。ぐせのままでぼさぼさだ。まえがみはゴムで留めて、上にぴょこんとねている。

 丸見えのおでこには、冷えピタがぺたんとけてあった。

「放送作家のあされいです。よろしくお願いします」

 かなりの童顔なうえにノーメイクなせいで、放送作家どころか学生にしか見えない。ただ、目の下にはいクマが刻まれており、顔はつかっていた。

 しかし、これがかのじよの平常運転。

 女子力という言葉を鼻で笑うような、その容姿には見覚えがある。

あさちゃん! なんだ、作家さんってあさちゃんだったの」

 は立ち上がり、かのじよの元にる。

 あさつかれた顔のまま、力のないみをかべた。

「うん、そう。番組やるのは久しぶりだね。やすみちゃん、またご飯作りにきてよ」

「いいけどさぁ。あさちゃんち、きたないじゃん? 人を呼べるようになってから呼んでよ」

「それじゃあ、いつまでっても呼べないじゃない」

 久しぶりに会ったせいで、ついきゃいきゃいと盛り上がってしまう。

 すると、おそおそる近付いてきた。あさを上から下までながめ、

「初めまして……、よろしくお願いします」とこわごわあいさつする。

「はい、よろしくお願いします。悪いね、こんな格好でね」

「いえ……」

 言いつつ、は引いている。気持ちはわかる。も初めて会ったときは、「やべーやつが来た」と感じたものだ。

 しかし、かのじよのそんな視線を気にせず、マイペースに窓へ指を向けた。

「わたしの家、すぐ近くなんだよ。だから、こそこそやってきてこそこそって帰るの。いやぁもう服選ぶのもめんどうくさいっていうか……、しんどいっていうか……」

 あさうつろな目でふふふ、と暗いみをかべる。

 放送作家はずいぶんと激務らしく、昼も夜も家も会社もない状態で走り続けている。

 そんな生活は、かのじよから色々なものをうばっていた。

あさちゃん、相変わらず女子力がかつしてるね」

「あんなもの、過労の前にはあっという間に蒸発するもんさ」

「うちのマネージャー、めっちゃいそがしいけどいつもバッチリ決めてるよ」

「だからわたし、あの人苦手なんだよ。パワフルすぎるでしょ。マネージャーだって激務だろうに……、というか、わたしの話はいいからさ。打ち合わせしよっか。どうせおおいでさん、しばらくもどってこないだろうし。さ、ふたりともどうぞご着席」

 とともにすわり直しながら、たずねた。

「作家があさちゃんってことは、このヘンテコなキャスティングしたのもあさちゃん?」

 自分を指差し、そのあとにへ指を向けた。むっとしたがこちらに手をばしてくる。

「指を差さないでちようだい

 そう言って指をにぎってきた。ちょっとびっくりする。

 声のとげとげしさとは裏腹に、にぎる手の力はやさしい。そっと指をつつあかぼうの姿を想像させた。うらみがましくうわづかいで、こちらをにらむ姿は残念なことにわいらしい。

 それに少しだけ、どうようしてしまう。

「ちょっと。なんで急にかわいいアピールしてくんの。意味不明すぎるからやめてくんない?」

「……?」

 思わずキレのない文句をすが、当人はまゆひそめるばかりでわかっていない。どうやら天然らしい。それはそれで、こちらがずかしくなるのだが……。

 何も言えずにいると、あさが小首をかしげる。

「ん。なにふたりとも。もしかして、結構なかよしだったり?」

「あり得ません。ぶんけんちがうので」

「右に同じ。こここくしてるから」

「あぁそう……。えっと、やすみちゃんの質問に答えると、キャスティングしたのはわたしじゃないよ。おおいでさん。キャスティングをするだけして、あとはこっちにかくごと丸投げ。いやになるよ、もう。だから、この台本もさっきできたばっか」

 どっこいしょ、とすわり、かのじよは台本をひらひららした。

 ということは、番組の構成はすべてあさになったのか。

 放送作家、または構成作家と呼ばれるかれらは、番組のかく、構成を行う。

 番組がおもしろくなるかどうかはキャストのうでかっているが、キャストの良さを引き出すのが放送作家の仕事だ。収録時はともにブースに入り、細かい指示や進行をする。ラジオ番組でキャスト以外の笑い声が聞こえたら、放送作家のものと思っていい。

「はい、これ台本ね。第一回だから、内容は大分変則になるけど」

 台本はコピー用紙をホッチキスで留めただけだが、ラジオならこれがつうだ。

 と並んでぱらぱらとめくる。

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