夕陽とやすみは隠しきれない? その4

「むぅ……」

 したきをまじまじと見つめてしまう。これには見覚えがあった。声優雑誌の付録だ。

 確かライブに出たときのしようだったか……、あぁ、くそ。かわいいなぁ。いいなぁ。そりゃ人気も出るよなぁ……。

「どしたん、。そんなにらんじゃって」

 わかの声にはっとする。熱い視線を送りすぎたらしい。

「ん。や、れいな顔だな、って思っただけ」

 軽く手をってごまかす。

 ゆうぐれゆうは出演作を着実に増やす、勢いのある新人だ。

 すずのようなれいこわいろを持ち、演技はもちろん歌もい。

 としは変わらないが、とはかなりの差がついている。だから意識してしまう。比べてしまう。うらやましい、と思ってしまう。

 当然ながら、そんなせんぼうわかは気付かない。

「ねー、美人さんだよね。むら、ちょっとしたき貸して? もっとよく見たい」

「え? あ、あぁ、はい……、ど、どうぞ」

 わかしたきを受け取ろうとすると、むらの手にわかの指が軽くれた。

「あ、あふっ! ご、ごめんっ!」

 むらみような声を上げ、勢い良く手をめる。そのせいでしたきが手からこぼれ落ちた。

「あ、ごめん。落としちゃった」

「あ、あぁ、ご、ごめんごめんごめん……。さ、触……、いや、ちょっとあせって……」

「いや、そんなあやまらんでも」

 むらあせりっぷりにしようしつつ、わかしたきを拾い上げようとした。すわったまま身体からだを乗り出し、ゆかに手をばす。

「でもさー、この子ってこれだけかわいいのにマイナーなんでしょ? どして? あんまり演技はくないとか?」

 わかの口から、そんな言葉がつるりとすべちる。

「いやいやわかちがちがう。むらが言うマイナーって、ちよう人気声優に比べるとってだけで、知名度も人気もつうにあるよ。演技がくてかわいいから、したきになるほど人気なの」

「──へ?」

「……あ」

 とつぜんように、わかはきょとんとした目を向けてきた。はっとして口をさえる。

 あわてて言い訳しようとしたところで──、どん、と音が鳴った。

「わっとと、ごめん!」

 わかが身を乗り出したせいで、ちょうど通りかかった人とぶつかってしまった。

「──とっとと、あぶな……っ、あっ!」

 わかは体勢をもどそうとして、身体からだを机にぶつけてしまう。

 そのひように机の上から、カフェラテ入りのカップがゆかに落ちていった。

 ゆかにカフェラテがぶちまけられる。

 したきはもちろん、ぶつかった相手のうわぐつまでかかり、わかあわてて立ち上がった。

「あ、あぁ、ご、ごめんね! うわぐつよごしちゃった……! す、すぐくから!」

「あぁもう、わか。ティッシュあるから、ハンカチじゃなくてこれ使いな」

 あたふたするわか、おろおろするだけのむらしりに、ゆかそうに加わる。

 そこで気付く。わかにぶつかられ、カフェラテをけられたその人は、一言も発していない。立ち止まったまま、何も言わないのだ。

 しんに思い、かのじよの姿をしっかりと見た。

「……ん。あのときの」

 は小声でつぶやく。

 このあいだ、収録帰りにけたクラスメイトだ。

 暗い印象をあたえる少女だった。下を向いているから、余計そう思う。

 頭の丸みがれいで、ショートボブがよく似合っている。けれど、まえがみの長さがりよくそうさいしていた。まえがみで目が見えづらい。がら身体からだは細く、胸もうすい。ブレザーの下に白いカーディガンをんでいて、スカートは長めだ。

 暗くて地味で、とにかく印象がうすい。クラスメイトなのに名前も思い出せなかった。

 は、一度話した相手の顔と名前はそうは忘れない。かのじよとは一度も話したことがなかった。それどころか、かのじよが人と話しているところを見たことがない。

よごれ、残っちゃうかな……、本当ごめんね。ええと……、なにさんだっけ……?」

 わかは気が動転しているせいか、何気に失礼なことを口にしていた。

 かのじよわかにじろりと目を向け、そこで初めて口を開く。

「……わたなべわたなべ

 見た目に反比例するような、れいとおった声だった。

「あ、あぁ、わたなべさん。ごめんね、今くから……」

 かがみこむわかに、は何も言わない。なぜか、かのじよの目はちがうものを見ていた。

 カフェラテまみれになったゆうぐれゆうしたきを、じっと見つめている。

「あ、そうだむら! むらもごめん! これ、大事なものなんだよね? その……、アイドル声優、だっけ。すぐれいにするから。ほんとごめんね」

「え、あ、あぁ……、い、いや、だいじよう……、ただのしたきだし、き、気にしなくても」

 わかむらがそんなやり取りをしている間も、ゆかゆうぐれゆうを見下ろしていた。

 そこで信じられないことが起きる。

「────ちっ」

 が舌打ちをしたのだ。強い音がひびき、空気がぐっと重くなる。

 いて出た悪意に、頭のおくしびれそうになった。

 固まってしまったわかを置いて、はそのまま歩いて行こうとする。

「──ちょっと待ちなよ」

 反射的には立ち上がっていた。の背中に声をける。

「今のはさぁ、確かにわかが悪いよ。でもさ、あやまってる人にその態度はないんじゃないの?」

「い、いいって。これはわたしが悪いよ」

「いや、これはわかがどうっていうより、あたしがむかついてるだけ」

 止めようとするわかおさえ、にらむ。

 さっきのはさすがにカチンときた。何様のつもりだ。

 はこちらにゆっくりと向き直り、を見る。真っ向からにらみ返してくるかのじよを見て、は初めて気が付いた。

 なんとするどく、きようあくだろうか。かみかくれて見えづらいが、まるでもうきんるいのようなだ。

 かのじよかいそうに口を開く。

「──品のない連中がさわいでいるだけでもうつとうしいのに、人様にめいわくまでけて。そのうえっかかってくるなんて、ずいぶんと人間の文化をお忘れのようで。ご出身は森のおくかしら?」

 かつぜつがよく、聞き取りやすい声でうたうのはたっぷりのいや

 地味な見た目に反してこうげきてきだ。

 いや、あのを見たあとでは、こちらの方がしっくりくる。

「文化を知らないのはそっちでしょうが。あんたの国では、『ごめんなさい』には舌打ちを返せって習うわけ? さぞかしてきな幼少期を過ごしたんでしょうね。根暗なのはそれが理由?」

 言葉を返すと、ほおがぴくりとる。

 眼光がより強いものに変わる。

「……そういうあなたはずいぶんとすくすく自由に育ったんでしょうね。そうでなきゃ、そんな頭の足りない格好をして平気なわけがないわ。はだかの方がまだマシだもの」

「あ? 人の格好をバカにするのはいいけど、自分の身なり整えてから言いなさいよ根暗女が。久しぶりに口を開いたからってはしゃぎすぎなんじゃないの? いくらうわぐつよごされたからって、そこまでキレなくてもいいでしょうよ」

うわぐつ……、あぁ」

 の言葉に、まゆがぴくりと動く。自分のうわぐつを見下ろして、鼻を鳴らした。

「どうでもいいわ」と首をり、指差したのはゆかに落ちたしたきだった。

 かのじよは心底けいべつしたような顔で、てるように言う。

うつとうしいの。声優だか何だか知らないけれど、そんな物でさわいでバカみたい。何がいのか全くわからないわ。どうせあなたたちもバカにしていたんでしょう? そのグッズも、持ち主も、声優自身も」

 話が見えずにこんわくする。

 かのじよいらっているのは、このしたきのせい?

「それに、声優っていう割には見た目を売りにしてるんでしょう。歌ったり、おどったり、アイドルのごとをして何がいのかしら。何にせよ、見ていて不快。それだけ」

 すべるように言葉が出てくる。

 むらかたせまそうにうつむくばかりで、何も言い返さない。

 おこっている理由がわかに無関係なら、これ以上っかかる必要はない。

 ないのだけれど。

「──よく知りもしないで、勝手なこと言うなよ。ゆうぐれゆうはかわいいよ。だから見た目も売りになるけど、それの何が悪いの。言っておくけど、見た目だけじゃないから。演技だって歌だって一級品で、そのうえ容姿もいいからこういう売り出し方されているだけ。わかる?」

 の口からは、そんなストレートな反論が飛び出していた。

 わかおとしめられたと思ったときとはまたちがう、別のいかりがいてくる。

 バカにするんじゃない。そう言いたくなる。

「……な、何よそれ。あなたこそ、よく知りもしないで適当なこと言わないでちようだい。どうせにわか知識でしょう? あなたみたいなばんぞくに、何がわかるっていうの」

 きよかれたような顔をしたが、まゆひそめて言葉を返してきた。

「おーおー、ばんぞくだろうが何だろうが好きに言えばいいよ。でも、そのにわかでもわかるくらい、ゆうぐれゆうはいい声優だっつってんの。アイドルのごとだって? それで人の心をふるわせるなら、熱をあたえられるなら、それは本物でしょうが。大体、人が夢中になっているものに対して、その言い草は失礼じゃないの?」

 考える前に言葉をしていた。自分の思いを一気にまくて、かのじよの出方を待つ。

 さぁ、どう来る。が身構えていると、急にの勢いがしぼんだ。

「む、ぐ……。……け、けほっ」

 何か言いたげにくちびるをむにむにと動かし、けんしわを寄せて顔を赤くしている。

 挙句、顔をらしてみ始めた。

「……アホらしい。口では何とでも言えるわ。付き合いきれない」

 こちらをひとにらみすると、きびすかえす。まるで台詞ぜりふだ。

 思わず、その背中に言い返そうとする。が、うでをぐっと引き寄せられた。

「や、やめなよ、。わたしは本当にだいじようだから……」

 わかに心配そうにそう言われ、急速にクールダウンする。

 ……確かにこれ以上続けても、不毛な争いになるだけだ。

 大人しくほこを収めると、わかうでを組んだまま、ほっとあんの息をく。そうしてから、感心したような声を出した。

「にしても……って、この声優さんそんな好きなんだね。意外。アニメとかるっけ?」

「え? あ、ん、んんー。い、いやぁ? そ、そういうわけじゃないんだけど……。あ、ほら。お客さんの受け入りだから。ね。うん。ていうかむら、あんたの好きな声優がバカにされたんだから、あんたが言い返しなよ」

 わかげんきゆうを無理やりごまかし、話のほこさきを変える。

「え、あ、言おうとはしたよ……た、タイミングがさ……」

 むらまどいながらしたきとを見比べ、ごにょごにょと言っている。

 はため息をくと、立ち去るの背中をいちべつした。

 こいつとはもう関わりたくない。心の底からそう思った。

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