夕陽とやすみは隠しきれない? その3

 朝の通学路。はカーディガンのポケットに手をみ、のんびり歩いていた。

 信号が赤になったのをかくにんしてから、スマホを取り出す。

「メールは……、来てないよねぇ……」

 仕事のれんらくはなく、自然とため息がれた。

 オーディションに合格すれば事務所かられんらくが来るため、何度もスマホのかくにんをしてしまう。けれどここ最近、さっぱり受からない。

「やー……、この前のは自信があったんだけどなぁ」

 むなしくつぶやき、青信号になったので歩き出す。そのしゆんかんである。

「ひゃうっ!?」

 後ろからとつぜんかれ、変な声が飛び出した。

「おっはよぉーん」というゆるい声が聞こえ、身体からだから力がけていく。

「……おはよ。わか、あんた朝から元気ね」

 あいさつを返すと、わかはにへへと笑った。

 かわぎしわかかのじよとは高校からの友人だが、みように馬が合う。

 かのじよのスカートはと同じくらい短く、メイクもしっかり乗っている。手入れが行き届いた長いかみは、今日もれいだ。

 手にはスタバのカップ。それをこくり、と飲んでから、こちらをのぞんでくる。

「どしたん、。今日、なんか元気ないね」

 どきりとする。顔には出ていないと思ったが、わかにはお見通しだったらしい。

 聞いてもらいたい。相談に乗ってもらいたい。きっと話せば楽になる。

「うん、まぁちょっとね」

 そうは思いつつもごまかした。

 わかはふうん? と言うだけで深くは聞いてこない。

 かわりに表情をパッと明るくさせ、うでを組んできた。口元にずい、とカップが差し出される。

「まぁまぁ。じゃあこれを飲みなさいな」

 ふたを開けると、キャラメルソースのかかったクリームが見えた。下はホットのカフェラテ。

 えんりよなく口にふくむ。ふわっとしたあまみが口の中でけて、幸せな気持ちになった。

「ん。おいしい。ありがと、わか

「いやいや。こういうときはあまいものが一番ですからな」

 わかはおどけて笑う。そんなかのじよみを返しつつ、内心であやまった。

 自分が声優であることは、家族と学校以外には話していない。マネージャーから「絶対に口外しないこと」と言われている。芸能活動の許可を得るために学校には話す必要があったが、念をして口止めした。周りにバレるわけにはいかない。

 ただ。

「ん? どしたん」

 の視線に気付くと、わかが首をかしげた。

 こちらの事情をすべて話したとしても、きっとかのじよなら秘密を守ってくれる。

 けれど、それで楽になるのは自分だけだ。

 かのじよには余計な負担をいてしまう。それは望むことではなかった。

 は手をひらひらさせると、ゆっくりと答える。

「いや。わかは今日もかわいいなって思っただけ」

「え、ほんと? いやぁ、わたしも同じこと思ってた」

 からから笑うわかを見て、もつられてみをこぼした。



 教室に入り、自分の席に着く。前の席のわかは、をくるりと回転させた。

 の机にひじを乗せ、しんけんこわいろで言う。

「次の服装チェック……わたしは今の格好のまま行こうと思うんだけど、はどう思う?」

「絶対止められるし、結構ガチめにおこられると思う。中やん先生チェック厳しいし」

「……スカートも折っちゃダメ?」

ひざしたでしょ。顔はドすっぴんね」

「やだぁ、まゆ! まゆだけは許して!」

 にぎやかに話を続け、ほかの生徒がとおかればあいさつわす。二年に進級したばかりではあるが、クラスにはすっかりんでいた。

 そこに、ひとりの男子生徒が通りかかる。

 かれあいさつを口にせず、わかとなりの席にこしを下ろした。

「うん? ねぇ、むら。その子だれ? かわいいね」

 視線をとなりに向けたわかが、さらりとそんなことを言う。

 わかは彼のしたきを指差していた。

 とつぜん話しかけられた男子──むらは、びくっとして目を白黒させる。

「え、あ、う……、か、かわいいって……、あ、こ、このしたきの子……?」

 むらわかと目も合わせず、あたふたとしている。

「そうそう。だれなのかなーって」

「え、ええと……、な、なんて言えばいいかな……」

「んー。あ、アイドル?」

 わかじやに言うと、さっきまでしどろもどろだったむらがぴたりと動きを止めた。

「アイドル?」

 ふぅー、と鼻から息をく。

 やれやれ、と言わんばかりに演技がかったりをし、熱っぽく答えた。

「アイドル……、そうだね、そういう側面も大いにふくんでいる。けれど、かのじよはそれに留まらないんだ。アイドルでありながら声優! そうアイドル声優と呼ばれている存在だ! かのじよの何がらしいかと言うと今や世界にほこる日本のアニメ文化を支える文化人としてかつやくしていておっと話がれちゃうなまぁでもここはちがえてほしくはないんだけどかのじよたちは……」

 へたくそか?

 異様な早口でまくてるむらを見て、心の中でおいおい、とむ。女子から「この子かわいいけどだれ?」とかれて、その答え方はまるきりダメなお手本だ。そういうとこやぞ。

「え、あ、ん、んん?」

 案の定、わかまどいの表情をかべた。一方、はさしておどろかない。

 むらがオタクなのは前から気付いていたからだ。

 ちらりとむらかばんに目を向けると、アニメキャラのラバーストラップが見える。

 あれは『プラスチックガールズ』の『アジアンタム』だ。

 プラスチックガールズ。つうしようプラガ。

 二年前に放送された深夜アニメで、たくさんの新人女性声優が投入されている。この作品への出演から、のアイドル声優としての人生が始まった。

 イベントや特番が多く、ライブだってやったことがある。とても思い出深い作品だ。

 ……それだけに、むらのラバストが自分の演じたマリーゴールドではなく、アジアンタムなのはくやしいけれど。

「いやいや言いたいことはわかるよ作品に声をむ声優という職業に対してアイドルあつかいをするのはどうかってことなんだけどでもまぁ待ってほしいんだそもそもコンテンツにしばられること自体がこの時代にはナンセンスだしあらゆる視点からもっとかのじよたちをだね……」

「めっちゃ語るじゃん」

 なおも語り続けるむらに対し、わかはけらけら笑っている。わかが楽しそうで何より。

 むらはアニメグッズをよくんでいるが、中には女性声優のグッズもあった。今回はしたきで、それがたまたまわかの目に留まったのだろう。

 その結果、こんなことになっているけど。このままではらちが明かないので、一言投げ込む。

「あー。とりあえず、その子は声優なんでしょ?」

 まさかまれるとは思っていなかったようで、むらに急ブレーキがかった。

「ま、まぁそうだね……、うん、はい」

「へぇー、声優! わたしジブリなら結構るよ。あとは金曜ロードショーでやってるやつとか。その声優さんは何に出てるの?」

 フランクに問いかけるわかに、むらは再び固まった。うん。これは答えづらい。

「え、えぇとあの……、い、『かいからもどったいもうとさいきようゆうしやになっていた』とか……」

 なんでそんなあからさまなタイトルを言うかな!

「え? いも……、なんて? なんだか長いタイトルだねぇ。ごめん、もっかい言って?」

 わかは困ったように笑い、むらの顔にはあせが流れるのが見えた。いたたまれない。

 わかに悪気はないし、むらにだって悪意はない。ただ単に、質問の内容が悪いだけだ。

 ……いや、むらの回答も悪いかも。ほかにもっとあっただろ。

「……えーと、わか。多分、深夜アニメとかに出てる声優だから、わかは知らないんじゃない?」

 思わずたすぶねを出す。

 相手がアイドル声優なら、わかの言うアニメとは方向性がちがう。

 むらは何も言わない。代わりに、『へぇ。意外とわかってんじゃんこいつ』みたいな目を向けてきたので無視した。そういう目が一番きらわれることを自覚してほしい。

 わかは意外そうに目を見張る。

「え、ってアニメ好きだっけ? 声優さんとかくわしいの?」

「ん……、いや、まぁ、うん。ほら、スナックのお客さんで好きな人がいてさ……」

「あぁ、お客さんつながりかぁ。じゃあならわかるかな? ねぇむら。その声優さんってなんて名前なの?」

 再びわかが問いかけると、かれはふふん、とまんげに鼻を鳴らす。

 したきをこちらに見せながら、まるで自らの功績を語るように口を開いた。

「この人はゆうぐれゆうつうしよう、『ゆうひめ』。まだ二年目だけど、今人気じようしよう中の声優だよ。ぼくはメジャーどころより、こういうちょっとマイナーな人の方が好きなんだよね」

 ──なんと。あわてて、そのしたきをぎようする。

 確かにしたきには、見たことのある少女が写っていた。

 かのじよの顔立ちはとてもわいらしく、明るい印象をあたえる。

 目はぱっちり開き、くちびるには気持ちのいいみ。アイドルっぽいしように身を包んでいて、れいあしが目をいた。代わりに胸のふくらみはうすいが、このきやくの前にはさいなことだろう。

 かのじよの名前は、ゆうぐれゆう。もちろん知っている。

 と同じ高校二年生のアイドル声優だ。

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