夕陽とやすみは隠しきれない? その2

 とうはギャルである。

「んー……、よし」

 メイクをかくにんしたあと、ぱちんとコンパクトミラーを閉じた。

 今日もばっちり、とうなずく。

 アイロンをかけたかみはゆるく巻かれ、長さは背中に届く程度。顔にはしようをしっかり乗せて、つけまつ毛は長さ重視のストレートタイプ。耳たぶには銀色のかざりが光っていた。

 ブラウスのボタンをふたつ開けて、ハートのネックレスをのぞかせる。

 キャラメル色のカーディガンをみ、スカートの長さは限界まで短く。

 これがの、学校で過ごすときの格好だ。楽しい学校生活を送る高校二年生。

 教室ではいつもだれかと話し、明るく笑っている。

「ねー、。今週の土日、どこか行かない?」

「うん? わか、バイトないの?」

「そなのー。ひまなのー。ね、どう? 服とか見てさー、遊ぼうよぉ」

 今だってそう。クラスメイトのかわぎしわかに、前の席から話しかけられている。わかはにへへ、と気のけたみをかべ、つられてほおゆるめる。

 遊びのさそいはだいかんげいだ。しかし。

「……あー、ごめん。店の手伝い入るかも」

「あ、そうだったね。お母さんとこのスナック、今も人足りないの?」

「そうそう。当日、急に手伝って、って言われることもあるからさ」

「大変だねえ。んー、じゃあ、土曜日に空いてたら行こっか」

 わかはにっこり笑い、おだやかに言う。良心がじくりと痛んだ。

 さっきの言葉は半分本当で半分うそだ。

 急に行けなくなるかもしれない。それは本当だが、店の手伝いではない。

 親友であるわかにも秘密の仕事を、はしている。

 それは、前日だろうが当日だろうが、するりとスケジュールがまる仕事だった。

「えー、なになに。どっか行くの?」

「土日? 遊びに行くなら連れてってよー」

 周りにクラスメイトが集まってくる。

 かのじよたちの声にまぎませるように、そっと息をいた。


「ん? 、もう帰るの?」

「あぁうん、ちょっと用事があるから。また明日ね」

 わかに別れを告げて、は学校をあとにする。

 鼻歌交じりで駅に向かい、そのまま電車に飛び乗った。

 今日は仕事があるのだ。

 だからこうして張り切っていたのだが……。

「……早く着きすぎちゃったな、こりゃ」

 時計を見て、思う。新人はゆうを持って現場にとうちやくしなさい、なんてくちっぱく言われるが、さすがに早すぎだ。予定の時間まで二時間以上ある。仕方なく、ファミレスで時間をつぶす。

 テーブル席にすわってドリンクバーを注文し、ミルクティーで一息。

「……よし」

 メイク直しを終わらせてから、スマホを取り出す。

 差しっぱなしだったイヤホンを耳に着け、手早く操作した。少し前に、新しい動画がとう稿こうされたのを見つける。すでに再生数とコメント数がすごいことになっていた。

「おー……、さすが」

 かんたんの声を上げて、再生ボタンをタップする。

さくらなみおとのまるでお花見するように』

 人気女性声優のラジオ動画番組だ。

 さくらなみおと。二十一さい。声優事務所トリニティ所属。はなのある容姿とりよくてきな声帯、それに確かな演技力を持つ女性声優だ。

 番組ではコメントが絶え間なく流れ、盛り上がっているのが見て取れた。

 だんおとがひとりでトークを展開している。しかし、この回はちがう。

 かのじよは手をいっぱいに広げ、明るくこう言った。

『それでは、今日のゲストをごしようかいします! うたたねやすみちゃんです、どうぞ!』

『あ、どうも、こんばんは! う、うたたねやすみです!』

 おととなりにやってきたのは、いかにも新人の女性声優だ。

 大きくてんだひとみは落ち着きなく動き、やわらかそうなほっぺたはこわっている。背中に届くさらりとしたかみは、さっきからせわしなくでられていた。

「……んふ」

 ついにやけてしまい、あわてて口元を手でかくす。うたたねやすみが登場すると、『かわいい』『かわいい子きた』『めっちゃきんちようしてるのかわいい』といったコメントが流れ始めたのだ。

 しかし、次に流れてきた多くの『だれ?』というコメントにかたを落とす。

「む……、いや、まぁ。そうだよね……」

 仕方ない、と無理矢理になつとくするものの、ため息がれてしまう。

 おくれて、『プラガのマリーゴールド』『マリーゴールドちゃん』『プラガの子かぁ』とやすみを特定するコメントも流れた。

 そうそう。プラスチックガールズのマリーゴールド役、うたたねやすみだぞ、と心の中でつぶやく。……それ以外のキャラ名が出ないのは、悲しくはあるけれど。

「ううー……。知名度がしい……」

 机にし、小声でうめく。ハートのネックレスが、テーブルに当たってかつんと音を立てた。のろのろと外して小物入れにう。

 代わりにかばんからカバー付きの本を取り出した。

『にゃんこ部!』

 深夜に流れるショートアニメの台本だ。ぺらりと開くと、出演者のらんには『にゃむにゃむ役:うたたねやすみ』と書かれていた。

 うたたねやすみのセリフには、すべてマーカーが引かれている。

 そう、とうは声優である。

 芸名、うたたねやすみ。芸能事務所チョコブラウニー所属。デビュー作は『プラスチックガールズ』のマリーゴールド。芸歴は三年目に入った──まだ、新人声優だ。

 今日は、『にゃんこ部!』のアフレコの仕事がある。

 久しぶりのアニメだから、と気合を入れたが、少なめのセリフはすぐ頭に入ってしまった。電車の中でも台本を読んだし、家でも散々練習した。いまさら復習するところもない。

 かといって、別作品の仕事があるわけでもない。

「オーディション、受かればなぁ……」

 色んなオーディションに行っては落ちてをかえしている。『にゃんこ部!』はようやくもぎとった仕事だけれど、出番はこれきりで次はなかった。

「……結局、がんばるしかないんだろうけどさ」

 うめいたところで仕事は増えない。くちびるとがらせ、スマホに視線をもどす。

 動画では差し入れのおが投入されるところだった。

『わぁー! おいしいですねぇ、このクッキー! 幸せ~……』

 画面の中のやすみがおを食べて、顔をほころばせていた。

 ぱたぱたと手を動かし、明るく笑い、感情を力いっぱい表現するやすみに対し『かわいい』のコメントが次々に流れていく。

 ……やった、うれしい。

 そう思う反面、だましていて申し訳ない、という気持ちにもなる。

 うたたねやすみは、とうのアイドル声優としての顔だ。だんなら、「幸せ~……」なんて絶対に言わない。わいらしい仕草だってしない。仕事のためにかわいい女の子を演じている。

 うたたねやすみととうは真逆の人物だ。

 だましている自覚はある。罪悪感もある。けれど、仕方がなかった。ギャルの新人声優では人気は出ない。今の自分に求められているのは、きっとういういしさや清純さだからだ。

 しかし、自分をいつわってキャラを作っても、うたたねやすみの知名度はそれほどない。

 このラジオに呼んでもらえたのも、おとと仲がこうはい声優だからだ。

 番組が終わりに近付くと、『おれこの子おうえんするわ』『やすみちゃんのファンになります』『ツイッターフォローしよ』なんてコメントが流れるのが見えた。おとには頭が上がらない。

ねえさーん。ありがとー」

 画面内のかのじよに両手を合わせる。そうしてから、よし、と立ち上がった。

 収録がんばるぞ。



 スタジオから出て空を見上げると、すっかり夜になっていた。

 春の夜風は少しはだざむく、無意識にうでさする。

「よっと」

 小物入れを取り出し、外していたネックレスを付け直した。

 収録中は、音が鳴るものは身に付けない。マイクにノイズが乗ればなおしになるからだ。音を立てずに台本のページをめくるのも、今では慣れたものだった。

 おそい時間になったが、収録にはそれほど時間はかっていない。

 おんきようかんとくからの説明。

 一回通しでのテスト収録。

 調ちようせいをしてからの、本番の収録。

 ミスしたしよや、演出意図の異なる部分の細かいリテイク。

 それだけやっても、雑談の時間の方が長かったくらいだ。もっとりたかったな。

「けどまぁ……、こんなものなのかな……、ん?」

 駅の方からやってくる、ひとりの女の子に目が留まった。

 と同じ高校の制服だ。

 オフィス街の中で、制服姿は自分とかのじよだけ。

 すれちがいざま、そちらに視線が吸い寄せられる。

 けれど、かのじよの目はとらえることなく、そのまま歩いて行った。が来た道をなぞるように進んでいく。

 はつい足を止めて、かえった。

「あの子、こんなところで何やってんだろ」

 学生服でひとり、夜のオフィス街を歩く理由がわからない。いやまぁ。それは自分にも当てはまるのだけど。

 ……まぁいっか。は再び、駅に向かって歩き始める。

 ──そう。この時点では、全く気が付いていなかった。

 かのじよがある意味で、運命の相手であることを。

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