二節 新魔王戦争 二十三.上覧試合

 一年前。


 王宮より僅かに東。臨時の政府機関として設えられた中枢議事堂は、こうの他の建造物と比べても、目立って新しく見える。かつては地平を三つの王国に分けて争っていた者達が、今はこのひとところでともに政を敷いているのだ。

 言うまでもなく、それは容易な道のりではなかった。民が国家の在り方を捨てて併合の道を辛うじて受け入れることができたのは、そこに〝本物の魔王〟という脅威が存在していたからだ。

 恐怖と狂気の侵食を受けた都市は次々と放棄され、今やじんぞくの生存圏は、かつての時代の十分の一にも満たぬという。

 だが、そのためにこうはかつてないほど栄えた。

 異なる文化圏が混ざり合い、残された数少ない都市に膨大な人口が集約された。

 暗黒の時代は、新たなる統一国家へのほうを残したのだ。


 ──故にこそ今、何をいても勇者を探し出す必要がある。

 残された猶予の時はあまりに短い。調査部隊の報告を受けながら、こう第三卿、はやすみジェルキはそう考えている。

「……報告は以上となります。確実にそうである、と断言できる者はおりません。今回も、名乗り出た者は売名目的の自称かと」

「理解した。下がっていい。……魔王自称者の時代の次は、勇者自称者か」

「……引き続き調査を行います」

 険しく寄った眉間に眼鏡を直して、ジェルキは議事堂の廊下を一人歩く。

 彼は生粋の文官であり、こう二十九官の内でも保有兵力は下から数えた方が早い。しかし従える諜報部隊は、二十九官随一の練度だ。

 それが小九ヶ月動き続けて、いまだに勇者の名の特定すらできていない。もっとも妥当な結論は分かっている。誰もが当然の帰結として、その答えに至るだろう。

 しかし、それは今後の世界にあってはならぬ可能性だ。

(──果たして勇者は、人知れず死んでいるのではないか?)

 発狂。あるいは自害。〝本物の魔王〟の力を思えば、仮に打ち倒すことができたのだとしても、そのような結末に至った可能性は極めて高い。

 しかし。

「相変わらず怒った顔してるなあ。大丈夫?」

 扉の前を通り過ぎたところで、野太い声がかかった。ジェルキは不機嫌な表情のままにそちらを見て、思い直して眉間に指を当てる。

「……ユカか。何、いつもの案件だ。顔の話など、いつものことだろう……」

「ってことはいつも通り、勇者が見つかってないってことじゃんね。相談乗るよ?」

 丸々とふとった、赤い軽かっちゅう姿の巨漢である。第十四将、こううんろうのユカ。

 ジェルキとは担当分野もかつての所属国家も異なっているが、権謀術数渦巻く二十九官の中では数少ない、信頼のおける男だと認識している。

「君に向く類の問題とは思えん。人には適性がある。君の仕事は…………いや。また、反乱分子の鎮圧だったか。だから甲冑のままか?」

「んー。実はそうなんだよね。二人斬り殺しちゃった。気分悪いよね。魔王軍との戦いが終わったのに、今度は同じじんぞくだもんなあ」

「……。魔王軍も同じじんぞくだったぞ」

「あー……まあ、そうね。言葉のあやだよ。うん。気持ちは分かるでしょ?」

 実際、粛清や鎮圧などの汚れ仕事を率先して買って出ているユカの働きは、ジェルキの心労をいくらか和らげてくれてはいる。少なくとも、この期に及んで他種族討伐などに精を出している第六将ハルゲントなどよりも、余程評価されるべきだ。

 これは仕事の適性の問題だ。本物の勇者が見つかるまで──そうした風潮が高まらぬように、誰かが時を稼ぐ必要があった。

「ユカ。その勇者の件だが……待った」

 ジェルキは話を続けようとして、廊下の向こうから現れた者に注意を向けた。

「第三卿?」

 新たに現れた影は、女である。れいな美貌は、尋常の者にとって好感を抱くに十分なものだ。

「……まだ、勇者の件などに心を砕いておられるのですね」

 しかしジェルキの眉間のしわはいよいよ深まった。彼女の名を、あかせんのエレアという。

 第三卿ジェルキは同じ文官として、この第十七卿エレアを心の底より嫌悪していた。

「君には関係のない話だ。君の兵が先日、リチアの兵を拷問したという噂を聞いたぞ。そのような女が──」

 ジェルキの突き刺すような視線が、エレアの背後へと向いた。

 日差しに濃く沈んだ影の中に、大きな、赤い瞳がある。

「女王陛下を連れ出して、これから何を吹き込もうとしている」

「……。せんえつなことをおっしゃいますね。先程、女王様御自らから、散策のともにとご指名を受けました」

「なるほど。女王陛下を連れ出して、のくだりは取り消そう」

「……」

「まあまあ、陛下の前なんだから、喧嘩しちゃだめだよ? ねー、陛下?」

 ユカは平時通りの気負いのなさで、目線を合わせて笑いかけてみせた。

 低い位置の瞳がぱちぱちと瞬いて、一言だけを返す。

「そうね」

 最後の王族であった。

 長く滑らかな銀の髪と、人形のように整った顔立ちは、王族代々に取り入れられてきた、優れた血統を示すかのような──まさしく一輪の花の可憐さである。


 正統ほっぽう王国。一つの国の王族は、最初の六年〝本物の魔王〟の侵攻を食い止め続けたが、王国にまんえんする恐怖と犠牲の中、革命と称する民の狂乱によって尽く処刑された。

 中央王国。一つの国の王族は、息子達を死に追いやったものと同様の病に冒されながらも民の統制に身を砕き、今のこうの礎となるも、戦いの終わりを見ることなく倒れた。

 西連合王国。一つの国の王族は、〝本物の魔王〟との和解の可能性を探したが、それ故に王都へと乗り込まれ、民諸共虐殺された。


 西連合王国の虐殺の渦中で、ただ一人生き残った娘。この世に残った最後の王族の名を、女王セフィトという。年は、僅かに十。この年にして、佇まいには常にくらい死の影がある。

 女王は、淡々と問うた。

「ジェルキ。勇者様は、どこかにいるのでしょう?」

「……いる、と願っております」

「それなら、どうして現れないの?」

「……。まだ、捜索の及んでいない地域はございます。もしかしたら、人間ミニアであるとも限りません。世界の全てを捜索します」

 彼女と話す時には、ジェルキも片膝を突き、目線を合わせて答える。たとえ政治の実質が、こう二十九官による議会制に移行しているとしても──三王国が併合したこのこうは今なおであり、しんより選ばれし〝正なる王〟の血筋を上回る権威は存在しない。

「エレアはどう思うの?」

「……勇者などがおらずとも、私達にはセフィト陛下がおります。今はまだ政務に携われぬ身なれど……女王陛下にはいずれ必ず、民を治める器があると、このあかせんのエレアが保証いたします」

 ──それではいけないのだ。

 確かに、セフィトの明晰さは稀にジェルキをも驚かせることがある。

 容姿や振る舞いを見ても、民を率いる王器が備わっていることは確かなのであろう。

 だが、幼い彼女にいずれ実権が与えられたのならば、それは必ずかいらい政権と化す。ジェルキは、彼女の傍らに立つエレアを見た。前第十七卿の殺害容疑すらある、卑しい血筋の女を。

 セフィトが口を開く。

「ユカ。あなたの意見も聞きたいわ」

「んー。俺にはよく分かんないよ。でも、勇者が出てきて、困るってことはないとは思うな」

 ユカは首の後ろを搔きながらのんに言った。僅かに覗いた袖に、斬り伏せられた民の返り血が染みているのが、ジェルキの目の高さからは見えた。

「勇者がもしどこかにいるんなら、俺達みんなを救ってくれた恩人だもんなあ」

 女王はじっと目を見開いたまま、少しだけ首を傾ける。

「それなら、見つけましょう。名誉と見返りを与えればいいのでしょう?」

「……それは今の時点でも、十分に提示しております。それでも、本物が現れ出ないのです」

「本物が必要?」

「……っ……、と……言いますと」

「本物でないといけないの?」

「……」

 ……そうでなければならない、はずだ。

 仮の勇者を立てるのならば、例えば第二将──絶対なるロスクレイにそう名乗らせるだけで、民は納得するのかもしれない。

 だが、その後で本物が見つかったとしたら。その証拠が挙げられたのなら、その反動の不信がどこでどのような形で爆発するのか、ジェルキには到底算出できない。

「勇者様を決めるとお触れを出しても名乗り出ないような方なら……きっと決まった後にも、名乗り出ないわね」

 幼い女王の言葉を受けて、エレアが小さく呟く。

「私達が勇者を探していることを、民にも広く知らせる……」

 これまでのようにかんちょう隊を使って探らせるのではなく、もっと大きな布告を打つことができるのなら。民の関心を一挙に集める巨大な催しを引き起こせるのだとしたら。その後に他の何者かが〝本物〟を主張しても無意味になるほど、決定的な周知だ。

「はははは。そんじゃあいっそ、ジェルキのとこに名乗り出てる勇者自称者を集めて、王城試合でもさせてみるかなあ。勇者なら一番強いだろうってさ」

「……ユカ」

「ああ、乱暴な物言いだった。悪い悪い」

「………。いいや。気にしていない。こちらこそ、悪かった」

 ジェルキは今一度、可憐なるセフィトを見た。

 その赤い虹彩を覗くと、渦巻くような深淵へと落ちそうになる。落城をその目で見てただ一人生き残った王の瞳の中には、今でも滅びの炎の残滓がある。

「ジェルキ?」

「……いえ。少し、考え事が。女王陛下。おいとまいたします」

「ええ。元気でね、ジェルキ」

 たった今、彼の脳裏に浮かんだ構想は、誰にも……女王にすら、明かすことはできなかった。


 はやすみジェルキは、常に考えている。残された猶予の時はあまりに短い。

 これからの時代のためには勇者が必要だ。〝本物の魔王〟の時代を終わらせた、王族にも並ぶ権威の象徴が。

 その勇者の権威を以て、女王セフィトを廃位する。

 これより始まる新時代に、これまでのような王政は持続不可能だ。しんより選ばれし〝正なる王〟の血族は、もはやセフィト以外に存在しない。だが勇者という別の偶像が現れぬ限り、いずれ民は必ず、王の統治を求める。そうして訪れるのは陰謀と対立に満ちた傀儡政権だ。

 幼い王は併合したこの王国を統治できず、魔王の脅威を前に一度は集った民は再び分裂し、争いはじめるだろう。議会から離反した第二十三将──いましめのタレンも、その点においては正確な見解を有していたと考えている。

(……誰かが。誰かが、この事業を成さねばならない)

 今の二十九の官僚によって運営される議会政治を、民より選ばれた政治家に運営させる。三王国から寄せ集めた戦時体制であるこう二十九官は、彼自身も含めて廃止する。

 そして、一部の魔王自称者が行っていたような、共和制の国家へと転換させる。それが可能な時代があるとすれば、今しかない。


 人が死にすぎた。平和が喪われすぎた。

 もう二度と、戦乱と混沌の時代に世界を逆行させてはならない。

(誰かが成さねば。この事に気付いた、誰かが)

 勇者自称者。彼らが勇者を自称するほど、己の力に自負を持つというのならば──彼らはいずれ、統一国家に仇をなす魔王自称者と化す。力を持つ者が、各々に〝魔なる王〟を自称した、かつての時代がそうであった。

〝本物の魔王〟という共通の敵が存在する限り、彼らは国家への脅威とはならなかった。しかしこの二十五年間は、魔王を倒すべき英雄を作りすぎたのだ。


 勇者は一人でいい。

 新たな時代を始めるためには、彼らをも全て一掃せねばならない。

 その口実がいる。

(それができるのは)

 眉間に眼鏡を直して、ジェルキは議事堂の廊下を一人歩く。

 今は何をすべきかが分かっている。

(──私だけだ。今、その方法が必要なのだ)

 そうして作られる平和な時代に、ジェルキの座るべき席は残っていないだろう。

 誰よりも、彼自身が理解している。


 ──そして、一年。




 地平の全てを恐怖させた世界の敵、〝本物の魔王〟を、何者かが倒した。

 その一人の勇者は、未だ、その名も実在も知れぬままである。

 恐怖の時代が終息した今、その一人を決める必要があった。


 ──今、修羅の名は四名。

 やなぎつるぎのソウジロウ。

 ほしせアルス。

 かいのキア。

 しずかにうたうナスティーク。

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • 異修羅 1 新魔王戦争

    異修羅 1 新魔王戦争

    珪素/クレタ

  • 異修羅 2 殺界微塵嵐

    異修羅 2 殺界微塵嵐

    珪素/クレタ

  • 異修羅 5 潜在異形種

    異修羅 5 潜在異形種

    珪素/クレタ

Close