第1話 アキラとアルファ


 少年の頭を食い千切ろうと、犬に似た肉食獣が牙だらけの大口に力を込めている。地面に倒れている少年は、その肉食獣に上に乗られて押さえ付けられながらも、左手に持ったれきを相手の大口にこんしんの力で押し当てて、何とかあらがっていた。


 肉食獣は少年にき直すどころか、異常なまでのこう筋力で獲物を瓦礫ごとおうとしている。少年の命をその硬さでかろうじてつないでいるものが、牙から伝わる圧力に屈してひび割れていく。


 少年が必死の険しい表情を浮かべながら右手の拳銃で獣を銃撃する。至近距離で撃ち出された銃弾が獣に着弾する。だがそれでも獣は死なない。むしろより強く少年に力を掛けてきた。


 引き金を引き続け、次々に着弾させる。だがそれでも獣は死ななかった。そして敵を殺し切る前に、引き金を引いても沈黙する銃口が、少年に弾切れを伝えた。


「クソッ!」


 既に眼前まで迫っている獣の顔を、瓦礫を握った左手で押し返しながら空の銃で必死に殴り続ける。抵抗を止めれば死ぬだけだと、諦めずに全身全霊の力を込めて抗い続ける。


 そして少年よりも早く、獣が先に限界を迎えた。死にかけながらも最後まで獲物を食い殺そうとしていたが、ついにゆっくりと崩れ落ち、ようやく息絶えた。


 少年は自身におおかぶさっていた獣を残った力を振り絞って退かすと、倒れたまま大きく息を吐いた。


「……考えが甘かったか?」


 そう口に出した後、思わず出た弱音をしっするように首を横に振る。


「……いや、違う! これぐらいは覚悟してた! ちょっと死にかけた程度のことで、諦めて帰ってたまるか!」


 厳しい表情で身を起こし、息を整える。命を賭けてここまで来たことに意味と価値を与えるために、気力を振り絞って立ち上がる。


 続けてペットボトルの水を頭から被り、獣の返り血でまみれの顔と頭から血を洗い流す。そして拳銃に弾丸を詰め直すと、気合も一緒に入れ直した。


「……よし。続きだ」


 広大な都市のはいきょの中を、少年は再び進んでいった。


 辺りには半壊したビルが立ち並んでいる。地面は瓦礫だらけだ。人気は無い。少年の足音も、足下の小石を蹴った音も、先程の銃声も、周囲の静寂に飲まれて消えていく。


 汚れで変色しているただの服と、整備状態の怪しい拳銃。少年はたったそれだけの装備でこの場を探索していた。それは少年の境遇を無視すれば、この場の危険性をまるで理解していない自殺まがいの装備だった。


 少年もここに来る前からそれを知っていた。そして先程殺されかけたことで、身をもって知ったつもりだった。だがそれでも、旧世界の遺跡と呼ばれるこの場所がどれほど危険なのかを正確に理解するにはほど遠かった。


 故障による暴走で目標を無差別に襲う自律兵器。既に死に絶えた製作者の命令に従って今も外敵を排除し続けている警備機械。野生化した生物兵器のまつえい。過酷な環境で突然変異を繰り返している動植物。


 それらは生物や機械の区別無く、東部に住む人々からモンスターと呼ばれている。旧世界の遺跡は、その危険なモンスター達のだ。先程少年を襲った肉食獣もその一種だ。


 少年はそれを知った上で、自分の意志で、死を覚悟してこの場に足を踏み入れた。それはその危険に見合う価値のあるものがここに有るからだ。


 その価値は実際に死にかけた後でも変わらない。だからこそ、それを求めて先に進む。スラム街の子供という安値の命よりははるかに高額なものを求めて。その自身の命を賭け金に乗せて。


 少年の名は、アキラといった。




  ◆




 ここはクズスハラ街遺跡の外周部と呼ばれている場所だ。アキラが住むクガマヤマ都市から一番近い遺跡であり、また都市の経済圏内に存在する遺跡の中では最も大規模な遺跡でもある。


 モンスターに襲われた後も遺跡探索を続けていたアキラがいきを吐く。


「……ろくな物が無いな。命賭けでここまで来たっていうのに。……もっと奥まで行かないと駄目か?」


 顔を少し上げて遺跡の奥に視線を向ける。その先には高層ビルが立ち並ぶ遠景が広がっている。その光景は無数のビルで形作られた地平線の先まで続いていた。


 かすむ遠景から軽く判断しただけでも、奥の建物ほど規模も巨大で外観の状態も良い。周辺の半壊した建物の状態とは雲泥の差があった。


(何とかしてあそこまで行けば、すごく高値の遺物が手に入る、か?)


 得られるかもしれない大金がアキラの欲を刺激する。わずかに悩み迷ったが、すぐに嫌そうに首を横に振り、自分に言い聞かせるように口に出す。


「いや、無理だ。流石さすがに死ぬ」


 廃墟と化している周囲と、立派な景観を維持している奥部。その差異はその状態を維持する環境の差だ。


 つまり、奥部では旧世界時代の高度な自動整備修復機能が現在でも稼働しているのだ。その周辺の警備機械なども、当時の驚異的な技術で製造された高い性能を維持したまま稼働しており、部外者の侵入を武力で排除し続けている恐れが極めて高い。


 それらの警備機械が警備する区域から、アキラのような子供が生還する可能性など皆無だ。


「この辺だって、俺には厳しいんだ。やめろ。これ以上奥には行くな。……よし」


 アキラは何とか欲を振り払ってその後もしばらく遺跡探索を続けたが、これといった成果は無かった。軽く項垂うなだれて溜め息を吐く。下がった視線の先には白骨死体が転がっていた。


 既に似たような白骨死体を数回見付けている。その都度、所持品でも残っていないかと死体の周囲を探してみたのだが、金目の物は全く見付からなかった。


(……この先客も所持品は無しか)


 既に誰かが持ち去った。あるいは自分と同程度に無謀な者が、ろくに装備もそろえずにここに来て、その無謀に相応ふさわしい末路を迎えただけ。アキラはそう思って少し憂鬱になっていた。


(……このままだと日が暮れる。不味まずいな。今日はもう帰るか? 下手に意地を張って残れば、この白骨死体の仲間入りだ。危険な遺跡から生還した。その経験が最大の収穫だってことにして……)


 アキラが無意識に顔をゆがめる。思い付いた言い訳は、何でも良いから成果が欲しいという未練を消し去るには弱かった。


 既に一度モンスターと戦って死にかけている。ここで帰ってしまえば、その命賭けの勝利すら完全な無駄骨となる。それを嫌がる心が、アキラの決断を鈍らせていた。


 探索継続か、それとも撤退か、顔をしかめながら悩み迷う。頭の中でてんびんが揺れ動く。だが選択を迷う程度には、無意識に理解もしているのだ。このままずるずると探索を続けてしまい、闇夜の中でモンスターにまた襲われるようなことになれば、次は死ぬと。


 その思いが選択の天秤をわずかな諦めと共に撤退の方へ大きく傾け始めた時、アキラの目の前を小さな光る何かが横切った。


(……何だ?)


 光は夕暮れのビルの影の中を揺れながら宙を飛んでいる。発光しながら飛ぶ指先よりも小さな虫の、その淡い光だけが浮いているように見える。


 アキラはわずかに警戒したが、遺跡にせいそくするモンスターには見えず、すぐに警戒を解いた。そのまま淡い光に釣られて視線を動かしていくと、通りの先、乱立する廃ビルの陰からより強い光が漏れていた。淡い光は通りを進み、通りの角から漏れる光の中に溶けていった。


 怪訝な顔でそちらを見ていると、他にも複数の淡い光がアキラの後ろから顔の横を通り過ぎていき、通りの角の先へ向かっていく。振り返って後ろを確認するが、その先には暗がりが広がるだけで、向かってくる光などは確認できなかった。


 もう一度角の方を見る。するとまた淡い光が自分の後ろから角の先へ向かっていく。アキラは訳が分からず困惑していた。ただ、廃ビルの暗がりの中で見るどこか幻想的でもある光は、ひどく興味を引かれるものだった。


 アキラはしばらく立ち止まっていた。だが少し迷ってから角の方へ進み始めた。光源は不明だが、何か有るかもしれない。命を賭けてここまで来たのだ。何でも良いから成果が欲しい。その思いが勝ってしまった。


 欲と興味に負けたアキラが、警戒しながら角の先をのぞむ。そしてその先の光景を見た途端、衝撃で硬直した。


 アキラの視線の先では、小さな淡い光が集まって大通りの一部を輝かせていた。その幻想的な光景の中心に、一人の女性が立っていた。


 女性は神秘的で非現実的な美しさを備えていた。更に端麗なようぼうと美麗な肢体を余す所無く周囲にさらしていた。つまり全裸だった。


 肌はスラム街の住人のものとは比べようも無いほどに美しく、きめ細やかな肌の光沢は、都市の上位区画に住む女性達が財と執念と旧世界の技術を以て磨き上げた輝きを超えていた。


 肢体の美しさは芸術的ですらあり、腰まで伸びたわずかな劣化も見られない髪が見事な艶を放っている。老若男女問わずれるであろう顔立ちに浮かぶりんとした表情が、そのたたずまいを際立たせていた。


 魂を奪われる。そう表現できるほどにアキラは彼女に見惚れていた。彼女の飛び抜けた美しさは、アキラのさほど長くない人生の中で見た全ての女性と比べても、比較対象に想像さえ含めても、比類無きものだった。アキラの中にある美人の基準を一目で大幅に書き換えていた。


 アキラの後ろから飛んできた淡い光が、彼女の指先に止まる。光が彼女に吸い込まれるように消える。彼女がまとっている輝きがわずかに増した。その光景に、アキラは魅入られていた。


 自身の指先に向けられていた彼女の視線が、不意にアキラの方へ向けられる。アキラと彼女の目が合う。彼女はアキラにその裸体を余す所無く見られているのにもかかわらず、アキラをじっと見詰める以上の反応を返さなかった。その所為せいでアキラも我に返る契機を失い、そのまま彼女をじっと見続けていた。


 不意に、彼女が非常にうれしそうに笑う。そして、一歩アキラに近付いた。


 見知らぬ誰かが自分に近付こうとしている。その認識がわずかな警戒心を抱かせた。その瞬間、アキラは一気に状況を理解し直した。ほうけていた表情を激変させると、おびえすら感じられる非常に険しい表情で彼女に銃を向け、叫ぶように制止する。


「動くな!」


 彼女は異常の塊だった。


 旧世界の遺跡は危険なモンスターの住み処だ。訓練を積んだ武装集団ですら死にかねない場所だ。彼女はそのような場所に一人で武器も持たずに隠れもせずに立っている。辺りを警戒する素振りすら無い。衣服を何一つ身に着けておらず、裸体を隠そうともしない。ビル風が砂やほこりを巻き上げているのに、髪にも体にもわずかな汚れすら付いていない。


 加えて見知らぬ誰かから銃を突き付けられていて、更に震えで誤って引き金を引いても不思議の無い状態だと一目で分かるのにもかかわらず、彼女は全く動揺せず、一切警戒せず、危機感の欠片かけらも感じさせない態度でアキラに近付いてくる。


 気が付けば、周囲の幻想的な光は全て消え去っていた。幻想を取り除かれてただの暗がりに戻った廃墟を背に、裸体のまま笑って近付いてくる彼女の姿は、異質そのものだった。


 既にアキラは彼女に対する認識を、極めて得体の知れない未知の何かに切り替えていた。微笑ほほえみながら近付いてくる彼女に向かって、再び叫ぶように警告する。


「う、動くなって言ってるだろ!? それ以上近付くな! 撃つぞ! 本気だぞ!」


 普段のアキラなら警告などせずに既に撃っている。相手が丸腰だと一目で分かること。彼女の表情から敵意を感じられないこと。訳の分からない状況で混乱していること。それらがアキラの指を鈍らせていた。


 しかしそれにも限度がある。警告を無視して近付いてくる相手に引き金を引こうとする。


 その瞬間、彼女の姿がアキラの視界からこつぜんせた。アキラはまばたきすらしていなかった。だが彼女がどこかに素早く移動したような過程は全く見えなかった。一切の前触れ無く、一瞬で、完全に姿を消していた。


 アキラの顔がきょうがくで激しく歪む。混乱しながら周囲を見渡すが、彼女の姿はどこにも見えない。


『大丈夫。危害を加える気は無いわ』


 自分の真横から、誰もいないはずの場所から、アキラは彼女の声を聞いた。反射的に声の方へ顔を向けると、すぐ横、手を伸ばせば届く至近距離に彼女がいた。いつの間にか服を着て、目線を合わせる為に少しかがんだ体勢で、微笑みながらアキラをじっと見ていた。


 この異常な状況は、既にアキラの未知への対応力を超えていた。超過した精神負荷がそのまま得体の知れない恐怖に変換され、アキラの精神をむしばみ始める。


 アキラはその恐怖に歯を食い縛って耐えていた。半狂乱になって慌てふためくのを何とかこらえていた。正気を失った者から死ぬ。スラム街で生き延びた経験がアキラの意識を支えていた。


 アキラが再び銃を彼女に突き付けようとする。銃を握ったまま腕を彼女の方へ伸ばし、必死に銃口を押し当てようとする。


 本来その動作は出来ないはずだった。彼女との距離が近過ぎる所為で、腕を伸ばすと彼女にぶつかるからだ。


 しかし、それは出来てしまった。アキラがその動作を終えた時、アキラの両手は彼女の胸に手首までめり込んでいた。


 両手からそこに何かが有るという感触は一切伝わってこない。視覚を信じる限り、彼女は確かにそこに存在する。だが両手の触覚は、そこには何も無いとアキラに示し続けていた。


 余りの出来事にアキラは銃を構えた体勢のまま思考を停止した。両手は彼女の胸にめり込んだままだ。


 彼女はアキラの反応を取り戻そうとして、しばらくの間目の前で手を振ったり声を掛けたりといろいろ試していた。だがアキラはそのままぼうぜんとし続けていた。




  ◆




 かつて世界をせっけんしていた高度な文明が滅び、半壊した都市の跡、原型を失いつつある建造物、壊れて動かなくなった道具などから、かつての英知と栄華を想像するのが困難になるほどの長い年月が流れた。


 雨粒さえも改造され作り替えられた世界で降る雨は、その膨大な年月の中で、地平の果てまで続く廃墟を崩壊させ続けながら、天まで届く木々を育て、地上に住む者達の命を支え続けていた。


 今では旧世界と呼ばれる過去の文明は、その高度な技術で多くのものを生み残した。


 材質不明の瓦礫の山。半分崩壊したまま宙に浮かぶ高層ビル群。服用するだけで四肢の欠損すら治療する薬。そして、人を殺すには余りにも過剰な威力の兵器群。他にも様々なものが、その文明が滅んだ後も、世界中に散らばっている。


 それらは今では旧世界の遺物と呼ばれている。かつての英知と栄華、その欠片だ。


 人々はその欠片をあつめ、長い時をかけて人類社会を再構築した。万能な魔術と見間違うほどの高度な科学力を誇った文明さえ滅ぼした何かですら、その担い手である人類を滅ぼすことは出来なかったのだ。




 人類の生存圏の東部と呼ばれる地域には、統治企業と呼ばれる組織が管理運営する企業都市が無数に存在する。クガマヤマ都市もその一つだ。


 クガマヤマ都市はその一部を巨大な防壁で囲っている。壁の内側も外側もどちらも同じクガマヤマ都市なのだが、そこには明確な格差が存在していた。


 防壁の内側には、企業の幹部などの富裕層や権力者達が住む上位区画と、比較的裕福な一般人が住む中位区画が存在している。外側は下位区画であり、主に経済的な事情で防壁の内側に住めない者達が住んでいる。都市の外である荒野と呼ばれる危険地帯に近い部分には、スラム街も広がっていた。


 アキラはスラム街に幾らでもいる子供達の一人だ。


 つまり、サイボーグのような機械的強化処置もされておらず、生体改造のような生物的強化処理も受けておらず、ナノマシン等による身体能力の強化も施されていない、身体的にごく普通の子供だ。


 専門性の高い技術も保持しておらず、学校教育等による教養も無い。親もおらず、他の保護者もいない。金も無く、食事も足らず、いつ死んでも不思議は無く、死んでも誰も気にも留めない。そのようなスラム街にはありふれた子供の一人だ。


 荒野を住み処にしているモンスター達は時折都市を襲撃する。真っ先に襲われるのは荒野と接しているスラム街であり、その住人達だ。


 アキラはモンスターの襲撃を三度生き延びた。一度目と二度目の襲撃は、ただひたすら走って逃げ回り、物陰に隠れて生き延びた。名も知らぬ誰かが時間を稼いでくれたおかげで、アキラの代わりに襲われ、食われ、殺されてくれたおかげで、辛うじて逃げ延びた。


 契機は三度目の襲撃だった。その時アキラは犬に似た小型モンスターから逃げ切れず、偶然持っていた拳銃だけで殺し合う羽目に陥った。


 真面まともな訓練も受けていないほぼ素人の腕前で、モンスターの頭部に三発も命中させることが出来たのは、奇跡的な確率の幸運だった。だがその程度の幸運ではアキラが生き延びるには足りなかった。モンスターはその程度では死なず、血塗れの顔でアキラに駆け寄り、獲物を食い殺そうと大口を開けた。


 モンスターの異様に大きな口に腕を食い千切られる前に、アキラは反射的に自身の拳銃をその口に突っ込んで引き金を引いた。


 相手の口内で撃ち出した銃弾が、硬い頭蓋骨の防御を発砲前に突破して、敵の頭部に内側から着弾する。そしてそのまま脳を破壊して絶命させた。


 完全に絶命するまでのわずかな時間に強く嚙まれた所為で、モンスターの歯が腕にかなり食い込んでいた。だがそれでも何とか腕と命を失わずに済んだ。


 三度目の襲撃を生き残った後、アキラはハンターになって成り上がると覚悟を決めた。ハンター稼業の危険性を一応知ってはいたが、自力でモンスターを倒せたことで、自信を、希望を持ってしまったのだ。


 この世界にはハンターと呼ばれる人々がいる。金と名誉を荒野に求める者達だ。


 荒野は都市の外であり、モンスターがうごめく危険地帯だ。安い銃が無駄に出回っている非常に治安の悪いスラム街でさえ、荒野と比べれば遥かに安全。そう思えるほどに危険な場所だ。


 しかし同時にばくだいな金と力をもたらす場所でもある。荒野には旧世界の遺跡が、旧世界の遺物が存在しているからだ。


 人々を襲うモンスターは、現存する旧世界の遺物でもある。生物系モンスターは高度な生体技術の実物例であり、機械系モンスターは貴重な機械部品の宝庫だ。都市に持ち帰れば相応の金になる。


 更に遺跡から極めて貴重な遺物を持ち帰れば、都市すら買える大金が手に入ることも有る。現在でも稼働し続けている旧世界の遺跡、特に軍事施設等を掌握して完全に制御できれば、国を興すことすら可能だ。


 有能なハンターは持っている力も金も桁違いだ。危険な遺跡から貴重な遺物を持ち帰るごとに金と力を増していき、より危険で稼げる遺跡に向かう。


 その繰り返しの果てに、異常なまでに高性能な旧世界製の装備で武装し、旧世界の技術を取り入れた高度な兵器を保持するまでに成り上がった者は、時に都市すら超える権力と戦力を持つ個人に成り得る。


 アキラは確かに自力でモンスターを倒した。だがそれはモンスターだらけの荒野から生還できる確率がゼロでは無くなったという程度の意味でしかない。


 しかしそれでも賭けに出るには十分だった。スラム街で現在の生活を続けていれば、いずれは死ぬのだ。そこからがる為には、賭けに出るしかないのだ。


 その日、アキラはハンターを目指して立ち上がった。今日よりましな明日を目指して。




  ◆




 アキラは得体の知れない美女と出会った後、その時の余りの出来事の所為で呆然とし続けていた。その側で彼女はアキラが平静を取り戻すのを微笑みながら待っていた。


 そのまましばらく時間が流れた。アキラの理解を超える状況はいまだ継続中だ。しかし自身を害するような出来事は何も起こっていないので、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。そしてある程度まで混乱が治まった辺りで、アキラの目の焦点が虚空から眼前の彼女の顔に戻った。


 彼女はそれに気付くと、アキラに改めて微笑んだ。


『大丈夫? ちゃんと私のことが見える? 私の声も聞こえている? ここはどこ? あなたは誰?』


 受け答えが出来る程度には冷静さと平静を取り戻したアキラが怪訝な表情で問いに答える。


「……見えてるし、聞こえてるし、ここはクズスハラ街遺跡で、俺はアキラだ」


 彼女がとても嬉しそうに笑う。


『良かった。私はアルファよ。よろしくね』


 アキラがアルファに対する警戒心を下げる。えず、自分を害する様子は無い。得体の知れない存在であることに変わりは無いが、敵意が無いのなら過剰に警戒する必要も無い。今は遺跡の中にいるのだ。余分な警戒心はモンスターなどの直接的な敵への警戒に振り分けた方が良い。そう判断したのだ。


「……それで、アルファさん? は、幽霊じゃ……ないんだよな? 触れないけど」


『そうよ。証明しろって言われても困るけれど。理解してもらえないことや、ある程度の語弊を前提に説明すると、あなたが見ている私は拡張現実の一種なの』


 話を明らかに理解できていないアキラに対して、アルファが笑って少し詳しく説明する。


 脳が視覚と聴覚を処理する過程に外部から追加の情報を送り込むことで、アキラにアルファが実在するように認識させている。


 アキラの脳には特異な形式の情報に対応した無線の送受信機能があり、その追加情報を取得している。それが生まれ付きのものか、何らかの変異によって生成されたものなのかは分からない。


 この会話も空気振動を介さずに、脳が声帯に出す指示情報と、聴覚に割り込ませた音声情報をりして実現している。互いの視認も同様の方法で行っている。


 アキラはアルファからそれらのことを要約して説明された。だが全く理解できなかった。それはその表情からアルファに正しく伝わった。


 アルファが更に要約して、最低限の内容に纏めて言い直す。


『私の姿はあなたにしか見えない。私の声もあなたにしか聞こえない。だから気を付けないと虚空に向かって話し掛ける変な人だと思われる。取り敢えず、それだけ分かっていれば良いわ。あと、私のことはアルファでいいわよ。私もアキラって呼ぶわね』


 アルファは説明の最中もアキラに微笑んでいた。その微笑みにはスラム街に住む薄汚い子供に対する侮蔑も警戒も哀れみも全く無い。それがアルファに対する評価を上昇させていたことに、させられていたことに、アキラは気付いていなかった。


「……分かった。それで、アルファはこんな場所で何をやってるんだ?」


『ちょっとした頼み事があって、私を知覚できる人を探していたの。最低でも、私と話が出来る人をね』


 そこでアルファが少し残念そうに笑う。


『その人がハンターだと更に都合が良かったのだけれど、まあ、そこまで都合良くはいかなかったわね』


 するとアキラが少し戸惑った様子を見せる。


「えっと、何でハンターだと都合が良いんだ?」


『その頼み事の内容が、所謂いわゆるハンター稼業の依頼のようなものだからよ。あ、別にハンターではないと絶対駄目って訳ではないのよ? だから話を聞いてほしいの。良いかしら?』


 アルファは表情を笑顔に戻して話を続けようとした。アキラが少し迷った後に、躊躇ためらいながら答える。


「その、俺は一応ハンターなんだけど……」


 アルファが少し驚いた様子を見せる。


『え? アキラはハンターだったの? そのとしで? ハンター歴はどれぐらいなの?』


「い、いち」


『一年?』


「……一日。今日、ハンターになりました……」


 アルファが微妙な表情を浮かべる。二人の間に沈黙が流れていく。


「……いや、何でもない。忘れてくれ」


 アキラは既にハンターとして生きていく覚悟を決めていた。だから自分がハンターであることを隠すようなはしたくなかった。


 しかしハンターとしての実力も無いのに、他者にハンターだと名乗るのは良くなかったかもしれない。そう思い直して自身の発言を取り消した。


 ハンターとは呼べない者に用は無いだろう。アキラがそう思って立ち去ろうとする。


 だがアルファは笑ってアキラを呼び止めた。そして意欲的に話を続ける。


『そう言わずに話ぐらい聞いてもらえないかしら。これも何かの縁。折角出会えた訳だしね』


 真面なハンターを名乗れる実力などアキラには無い。それはアルファも分かっている。しかし他に自分を認識できる人間がいないのも事実だ。更に現時点でアキラの実力が極めて未熟であることは、長期的に見ればアルファにとってマイナスの判断材料ではなかった。


『依頼内容は、私が指定する遺跡を極秘に攻略すること。報酬として私がアキラをいろいろサポートしてあげるわ。これは前払分よ。更に成功報酬として、遺跡を攻略したら、高額で売れる旧世界の遺物を進呈するわ』


 予想外の内容にアキラが思わず声を大きくする。


「本当か!?」


 アルファはアキラの反応に内心でほくそ笑みながら、外では自信を感じさせる好意的な笑顔を浮かべる。


『本当よ。はっきり言って、こんな美味おいしい依頼を受けられるなんて、アキラは残りの人生の幸運をたった今使い切ったわ。だからこの依頼を受けないと大変よ? もう幸運なんて残っていないから、私のサポートで補っておかないと生きていけないわ。多分ね。どう?』


 アキラの中のひねくれた部分が、アルファの発言を疑えと指示を出している。しかしアキラにはアルファが自分をだまそうとしているようには見えなかった。


(……第一、俺みたいなガキを騙して何の意味が有るんだ? 俺に金なんか無いことぐらい見れば分かるだろう。それとも俺をからかっているだけか? それに仮に本当だとしても、こんな得体の知れない相手からの依頼なんて引き受けても良いのか?)


 そう疑った後で、アキラは自分にとって当たり前のことに気付いて、考えを改めた。


 得体の知れない相手だからこそ、何らかの裏や事情が有るからこそ、自分に話を持ち掛けているのだ。普通の人間が自分など相手にするはずが無いのだ。ならばチャンスは生かすべきだ。そう考えて、覚悟を決めた。


「分かった。どこまで出来るか分からないけど、俺はその依頼を受ける」


 アキラは自分でも驚くほどに強い覚悟を込めて、ハンターとして、初めての依頼の承諾を告げた。


 アルファがとても嬉しそうな表情を浮かべる。


『契約成立ね』


 そのまま微笑みを絶やさずに話を続ける。


『では、早速前払分のサポートを始めるわ』


 そして、突然その表情を極めて真剣なものに変えた。


『死にたくなかったら、10秒以内に右のビルの中に飛び込みなさい』


「急に何を言って……」


 アキラは怪訝な顔でもっと詳しく聞こうとした。だがアルファの有無を言わせぬ真剣な表情に、思わず言葉を止めた。


『……8、7、6……』


 その間にもアルファのカウントが進む。うそでは無いのなら、この場に留まれば、死ぬ。アキラはそれを理解した。


「……ッ!」


 その瞬間、アキラは即座に全力で右のビルに向かって走り出した。


 それを見送るアルファの表情が不満げなものに変わる。


『……遅い』


 アルファにとって、アキラが行動に移るまでに要した時間は、自身が要求する基準に満たないものだった。だが出会って間も無いことや、一応間に合ったことを考慮して、現状では及第点と評価する。


 カウントが始まってからちょうど10秒後、遺跡の奥から飛んできた砲弾がその場に着弾した。爆炎がアルファの姿を包み込み、瓦礫が四方に飛び散っていく。


 それが収まった時、アルファの姿は消えていた。吹き飛ばされたのではない。瞬時に移動したのでも無い。初めから、そこに実在などしていなかった。




  ◆




 アキラがビルの中に飛び込んだ瞬間、背後から爆発音が響いた。爆煙混じりの爆風が体の横を駆け抜けていく。


 驚いて爆発音の方向へ振り向くと、つい先程までいた場所が砲弾による攻撃で半壊していた。固い地面に亀裂が走っており、その周囲が焼け焦げていた。あと数秒あの場に留まっていれば確実に死んでいた。それを理解させるのに十分な光景だった。


 アキラは突然の出来事に恐怖よりも先にあっに取られていたが、アルファが何の前触れもなく目の前に現れたことで我に返った。


「い、今のは……」


 アルファは先程と同じ真剣な表情で階段を指差している。


『次は階段を駆け上がって。8、7、6……』


「……ッ!」


 アキラが必死の形相で階段に向かい急いで駆け上がる。背後から再び爆発音が響く。爆風が階段を通ってアキラを追い越していく。階段を必死に駆け上がっていると、先回りしていたアルファが踊り場で上を指差していた。


『上階へ急いで。5、4……』


 アキラは悲鳴を上げている肺と両脚の抗議を無視して、全力で階段を駆け上がり続けた。


 その様子を見たアルファは、今度は大分速かったと判断して、わずかに笑った。




  ◆




 アキラはその後もアルファの指示通りに走り続け、息も絶え絶えの状態でビルの屋上に辿たどいた。辺りを軽く見渡し、屋上の端で手招きしているアルファの姿を見付けると、息を整える暇も無くそこへ向かう。


 そしてアルファにある程度近付いたところで、相手の微笑みにも、手招きの動作にも、先程のような緊急性は無いことに気付いた。すぐに走る速度を大幅に落とし、限界に近付いていた息を整え始める。そしてアルファの側に着くと、大きく息を吐いた。


「……アルファ。さっきのは何だったんだ?」


 屋上の端に立つアルファが、微笑みながら下を指差す。


『いろいろ説明する前に、まずは自分で見た方が早いわ。ゆっくり下を見て。少しずつ、静かにね』


 アキラが怪訝な顔で指示通りに下を見る。そして顔を大きくしかめた。その視線の先では、先程アキラを襲ったモンスター達が何かを探すように地上をうろついていた。


 モンスター達の体長は2メートルほどで犬に似た外見をしている。それだけならばきょうじんな肉体を持つ大型犬なのだが、その犬の背中からは小型の機銃が生えていた。更には複数のロケット弾のような物が生えている個体や、小型のミサイルポッドを背負っている個体なども見えた。様々な火器を体から生やした犬の群れが外敵を探して周囲をはいかいしていた。


 アキラは前に戦ったモンスターに似た犬の群れを見て、あれには銃器の類いは付いていなかったと思いながらも顔を歪める。


「何なんだあれは……」


『あれはウェポンドッグよ。元々は都市部の警備を行う為の人造生物で、体から銃火器とかが生えているけれど、あれでも機械ではなくて生物側なのよ』


 アキラが視線をアルファに戻すと、アルファが悠長に解説を続ける。


『多分街の警備の為に生成された個体で、この辺りの警備を受け持っていたのでしょうね。個体差も有るけれど、成長するに従って背中から生える火器が強力になるのよ。あのミサイルポッド付きの個体が群れのリーダーだと思うわ』


 聞いて損の無い内容だが、アキラは別にモンスター達の解説を求めた訳ではなかった。それでも聞いてしまえばいろいろ疑問も湧いてくる。


「何で生物から銃火器が生えるんだよ。おかしいだろ?」


 アキラの素朴な疑問に、アルファがちょっとした豆知識を教える感覚で答える。


『生体部分がナノマシンの保持保有機能を兼ねているから、金属などの原材料を経口摂取すれば、材料に応じた火器が背中に生成されるのよ。恐らく既に当初の設計とは大分かけ離れた存在に変異しているわ。現状の環境に応じて独自に仕様変更でもしたのでしょうね』


 専門家が聞けば驚愕するであろう貴重な知識を聞いているのだが、アキラにはその価値も内容も分からなかった。辛うじて理解できたことは、生物から銃器が生えるという不可解なことにも、一応説明可能な原理が存在するということだけだ。


 アルファの表情は襲撃時の真剣なものから余裕を持った微笑みに戻っている。アキラはそのアルファの様子から恐らく今は安全なのだろうと判断して緊張を解き、あんの息を吐いた。


 アルファが得意げに笑いかける。


『どう? 私のサポートが有って良かったでしょう? あのままあの場に残っていたら死んでいたわよ?』


「……分かってる。おかげで死なずに済んだ。ありがとう」


 モンスターの襲撃による興奮と動揺の名残。死ぬ気で走って乱れた呼吸。得体の知れない人物への捻くれた警戒。助けてもらった感謝。とにかく落ち着こうとする意志。アキラはそのもろもろが入り交じった複雑な表情を浮かべていた。


 アルファは魅力的な微笑みでアキラの警戒心をぎながら、相手の表情を観察して内心を探っていた。


『どう致しまして。私の高性能ぶりをたんのうしてもらったところで、これからのことを話したいのだけれど、良いかしら』


「ああ」


 アルファが非常に大切なことを伝えるように、相手を見詰めながら一度しっかりとうなずく。


『アキラには私が指定する遺跡を攻略してもらうわ。ここではない別の遺跡で結構な高難易度よ。はっきり言って、今のアキラの実力で攻略するのは不可能。私の凄いサポートが有ったとしても途中で確実に死ぬわ。生還どころか生きて辿り着くことすら無理。だからアキラにはその前段階として、遺跡攻略の為の装備と技術を手に入れてもらうわ。それを当面の目標にして……』


 話が長々と続きそうな気配を感じて、アキラが少し言いにくそうに口を挟む。


「あの、ちょっと良いか?」


 アルファが愛想良く微笑む。


『何? よく分からないところが有ったら、遠慮せずに何でも聞いて』


 アキラはアルファの妙な愛想の良さにわずかにたじろいだ。そして躊躇い気味に尋ねる。


「そうじゃなくて、その、それも大切な話だってことは分かるんだけど、今後の予定とかこれからの話は後回しにして、まずはここから生きて帰る為の話を優先してもらっても良いか?」


 アルファが話を止めて意味有りげに微笑む。そしてアキラを無言でじっと見続ける。アキラがわずかに表情を固くする。


(……不味い。途中で口を挟まない方が良かったか?)


 ウェポンドッグ達は今もビルの周囲を徘徊している。いつまでも屋上に隠れ続ける訳にもいかない。何とかしてこの窮地を乗り越えなければ、アキラにはこれからなど存在しない。


 その不安と焦りから思わず口を挟んだのだが、そもそもアルファの機嫌を損ねれば、この窮地を乗り越える手段そのものが消えかねないことに、アキラは今更ながら気付いた。


 アキラの顔に焦りと不安がにじる。アルファはそれを確認すると、気にした様子も見せずに笑った。


『分かったわ。私も落ち着いていろいろ話を聞きたいし、まずはここから脱出してクガマヤマ都市まで戻りましょう。話の続きは遺跡を出てから。それで良い?』


「ああ。頼む」


 生還の見込みが大幅に増えて、アキラは安堵の息を吐いた。


 だがその安堵をたたき潰すように、アルファが微笑みながら新たな指示を出す。


『それなら今から下に戻って』


 アキラが驚きで吹き出しんだ。そこから何とか回復した後は、アルファにぜんとした表情を向けたまま立ち尽くしてしまう。


 アルファはそのアキラの様子にも全く動じずに少し先に進んだ後、自分の指示通りに動こうとしないアキラに向けて、催促するように手招きする。


『どうしたの? 早く行きましょう』


 我に返ったアキラが慌てながら抗議する。


「いや、ついさっきそこから逃げてきたんだろう!? 何でそこに戻るんだ!? 下にはまだモンスターがうろついてるんだぞ!?」


『指示の理由を懇切丁寧に説明しても良いけれど、ゆっくり移動しながらにしましょう。アキラが私のサポートを信頼できないって言うのなら仕方無いけれどね。無理強いはしないわ』


 アルファはそう言い残すと、アキラを置いてビルの中に続く出入口の方へ歩いていく。


 銃器も生えていない一匹と戦っても死にかけたのに、下には銃器を生やした群れがいる。その死地へ戻る恐怖がアキラの足を止めていた。


 だがアルファの姿がビルの中に消えるのを見ると、歯を食い縛ってその後を追う。


 自力で都市まで生還する自信は無い。そして少なくとも先程の死地を乗り切れたのはアルファのおかげだ。だから一見無謀であっても、その指示に従うことが、生還の可能性を最も上げる選択のはずだ。今はそう信じて、得体の知れない人物のもとへ急いだ。


 ビルの中に入ると、アルファが出入口のすぐ側で、待っていたと言わんばかりに微笑んでいた。アキラは妙な敗北感と気恥ずかしさを覚えながら、階段を下りていくアルファの後に続いた。


 一度必死に駆け上がった階段を、今度はかなりゆっくりと下りていく。途中で何度も一時停止を指示されてその都度立ち止まり、再開の指示を受けて再び下りていく。


「……それで、何で下に戻るんだ? 危なくないのか?」


『凄く危険よ』


 アルファはあっさりとそう答えた。一瞬絶句したアキラが、慌てて聞き返す。


「ちょっと待ってくれ! 危険なのか?」


『モンスターが徘徊している場所よ? 安全な訳が無いでしょう?』


「そ、それはそうだけど、そういう話じゃないだろう。ちゃんと説明してくれ。移動しながらなら懇切丁寧に説明してくれるんだろう?」


『アキラがクズスハラ街遺跡からクガマヤマ都市まで無事に生還する為には、まずはこのビルから脱出する必要が有るわ。アキラに屋上から飛び降りても死なずに済むような実力が有るとは思えないから、階段を使って下りる必要が……』


 説明するまでも無いことまで細かく話そうとするアルファに、アキラは不満と不信を覚えて顔をしかめると、少し強い口調で口を挟む。


「分かった。これだけ教えてくれ。アルファの指示通りに動けば、俺はちゃんと生きて帰れるんだな?」


 アルファが真顔で答える。


『アキラが自力で何とかするよりは、高い確率で生還できると思うわ。上でも言ったけれど、無理強いはしないわよ。私の指示を信用できないのなら、私もアキラをサポートしないわ。するだけ無駄だからね』


 アルファはアキラをじっと見ながら返答を待っている。アキラの返答次第でアルファとの関係は決裂だ。


 しばらくしてから、アキラが少し自己嫌悪気味に項垂れながら答える。


「……ごめん。悪かった。アルファの指示に従うから助けてくれ」


 アルファが機嫌を直したように微笑む。


『分かったわ。改めてよろしくね』


 危なかったと内心で安堵したが、それでも不安は残る。アキラがおずおずと尋ねる。


「……あと、出来れば不安を抑える為に、あの指示の理由をなるべく分かりやすく、簡潔に要点だけでも教えてほしい」


『良いわよ』


 あっさりそう答えたアルファが、その理由をずらずらと羅列していく。


 ウェポンドッグの行動パターンには個体差がある。敵を見付けるとどこまでも追跡するもの。特定の範囲から出ないもの。敵を見失った場合に周辺の索敵を続けるもの。すぐに持ち場に戻るもの。様々だ。


 それらの個体の差異を見極めた結果、あの時点でアキラが下に戻れば、帰り道で遭遇するモンスターの数が激減すると判断した。


 ウェポンドッグの火器の弾薬は体内の製造臓器から生成されている。そして体内に保持できる弾薬量には限りがある。保有している弾薬を一度使い切ると、新しい弾薬が生成されて火器に再装填されるまで時間がかかる。


 その間なら、たとえまたウェポンドッグに見付かったとしても、走って逃げる途中で後ろから撃ち殺される可能性が大分下がる。


 食い殺そうとしてくる可能性もある。だが嚙み付けるほどの至近距離なら、威力の低い拳銃でも倒せる可能性が増える。


 その大きな要素に加えてその他あらゆる要素を比較検討した結果、下に移動するという指示を出した。


 アルファがそれらのことを説明した後で、笑ってくくる。


『かなり簡潔に説明したけれど、もう少し詳しい方が良いかしら?』


 長い。アキラはそうも思いながらも、それを先に聞いていれば違っていたとも思い、まだ少し不満げな様子を見せていた。


「……いや、十分だ。……その説明を屋上でしてくれれば良かったのに」


 するとアルファは、幼い子を説き伏せるように微笑みながら付け加える。


『危険な状況では、悠長に説明している余裕が無いことの方が多いのよ。例えば、アキラが3秒後に眉間を撃ち抜かれるとして、そのことを丁寧に説明していたら回避行動までの猶予は何秒あると思う? ゼロよ』


「そ、それはそうだけど……」


『伏せて、と、端的に指示しても、何でだって、聞き返されたら結果は同じ。私はアキラに触れられないから、アキラを力尽くで床に伏せさせることは出来ないの。私の端的な指示に対して即座に動けないのなら、やっぱりアキラは死ぬわ』


 自分の死を持ち出されて黙ってしまったアキラに、アルファが微笑みながら更に付け加える。


『ちなみに、私が今こうして説明しているのも、今ならある程度は安全だと判断したからなのよ?』


「……。分かりました」


 アキラはアルファの話に納得しつつ、聞けば聞くほど自分の短慮を指摘する内容が返ってくる気がして、やや項垂れて頷いた。


 一階まで戻ってきたアキラが表情を険しくする。そこには先程自分を殺しかけた攻撃の跡が生々しく残っていた。すぐに周囲を見渡してモンスターがいないことを確認する。そして大丈夫そうだと判断すると、軽く息を吐いて緊張を緩め、その表情を和らげた。


 だがその緩みと安堵も、アルファが再び真剣な表情で話し始めるとすぐ消え去った。


『アキラ。これから遺跡を脱出するのだけれど、私が今から言う指示をしっかり聞いて、そして可能な限りその指示通りに動いて。私の指示以外の行動を取るたびに、死ぬ確率が上がるわ。分かった?』


「あ、ああ」


『今から30秒以内に、全力でビルの外に走り出して。ビルを出たら左に曲がって、そのまま何があっても振り返らずに全力で道形みちなりに走り続けて。分かった?』


「……わ、分かった」


 悠長に指示の理由などを聞いていれば時間切れになる。それぐらいはもうアキラにも分かっていた。強く念押ししたアルファに、アキラは怯えと緊張の混ざった険しい表情でしっかりと頷いた。


 アルファがアキラに道を譲るように横に移動する。そしてアキラを見ながらビルの出口を指差した。


 アキラが引きつった表情でビルの外を見る。そこにも先程の攻撃の跡が残っている。死地の光景だ。


 今からそこへ勢い良く飛び出さなければならない。必死になって逃げ出した場所へ駆け出す為に、意気込みを乗せて少し前傾姿勢を取る。しかし足は床に貼り付いたままだ。


 アキラはちゅうちょしていた。理解と納得と行動は別だ。理解して納得したが、それを行動に移せるだけの覚悟が足りていなかった。


 アルファが秒読みを始める。


『5、4、3……』


 時間切れになったらどうなるのだろうか。アキラは一瞬だけその結果を想像して、覚悟を決めてビルの外へ駆け出した。


 半壊した高層ビルの谷間を全力で走り続ける。とにかく急いで走り続ける。すぐに息が切れ、走る速度が落ち始める。それでも必死に走り続ける。心肺機能が悲鳴を上げる。舗装された固い地面を蹴り続けている両脚が痛みを訴える。その痛みを我慢してひたすら走り続ける。


 辺りにモンスターの姿は無い。誰かが交戦しているような音なども聞こえない。アキラは少しだけこのまま全力で走り続けることを疑い始める。


 辺りの静寂が遺跡の中には自分しかいないと伝えているように感じられる。肺と脚と心臓が罵声を浴びせながら休息を要求し続けている。アキラは苦痛を訴える身体の要求に、ある程度耳を傾けながら走り続ける。


 前方には何もいない。後方からも何も聞こえない。もう大丈夫なんじゃないか。そのような思考が無意識に浮かび、わずかに気が緩み始める。その途端、走り続けてまっていた疲労と痛みがアキラの意識を一気に掌握してしまった。


 もう大丈夫だろう。わずかに緩んだ頭が吐いたその言葉に流されて、アキラはちょっとだけ休息しようと立ち止まり、後方の安全を確認する為に振り返った。あれ程念押しされたのにもかかわらず、アルファの指示に逆らってしまった。


 アキラが硬直する。その視線の先、少し離れた場所には、大型モンスターの姿があった。群れではなく一匹だけだったが、その巨体の迫力はアキラを襲ったウェポンドッグの群れを超えていた。


 そのモンスターは少し前に見たウェポンドッグに似た外見をしていた。背中からは巨大な大砲を生やしている。しかし犬の部分は群れを作っていたウェポンドッグ達とは異なり、8本脚で脚の位置も非対称という、全体的にいびつで、機能美にけんを売っている姿をしていた。


 犬に似た歪んだ頭部には、右には縦に二つ、左には一つの目が付いていた。目の大きさもぞろいで、頭部の歪み方から考えても真面な視界を確保できているのかどうか怪しい状態だ。


 だがそれらの目は、アキラの姿をしっかりと捉えていた。


 モンスターが大口を開いてほうこうを上げる。更に背中の大砲が砲火を上げる。発射された砲弾がアキラから少し離れた位置に着弾して爆発した。着弾地点の瓦礫が派手に吹き飛ばされた。


 飛び散った瓦礫が爆発の衝撃の大半を受け止めて、更に残りを分散させて周囲に伝わる衝撃を軽減していた。そのおかげでアキラは弱い爆風を浴びただけで済み、負傷を免れた。


 モンスターが背中の大砲をもう一度撃とうとする仕草を見せる。だが砲弾は発射されなかった。弾切れだ。すると大口を開いて再び咆哮を上げ、不揃いな脚でアキラを目指して走り出した。


 アキラは振り返ってモンスターの姿を見てから、ずっと呆然と立ち尽くしていた。モンスターが走り出した後も動けずにいた。


『走って!』


 アルファの姿はどこにも見えないが、声だけはアキラの耳に強く響いた。その叱咤でアキラがようやく我に返る。即座に死に物狂いで走り始めた。


 だが既に大分接近を許してしまっていた。振り返らずに走り続けていれば、もっとモンスターとの距離を稼げていた。事前の警告通り、アキラはアルファの指示に逆らったことで、自分が死ぬ確率を大幅に上げてしまった。


 苦痛という全身からの訴えをアキラは全て無視して走り続けた。後方から聞こえるモンスターの足音はどんどん大きくなっている。


 歪な脚部の所為でモンスターの走りは比較的遅い。おかげでまだ追い付かれずに済んでいる。だが巨体を支える脚で地面を踏み付けるたびに、地を揺らしごうおんを響かせている。それは巨体の重量と、それを支える脚力のすさまじさをアキラに有り有りと伝えていた。


 その音が響くたびに、振動が伝わるたびに、アキラの精神が容赦なく削り取られていく。その脚で踏み潰されたらひとたまりもないことは確実だ。


 必死に走り続けるアキラの横にアルファが現れる。わずかに浮いて滑るように併走しながら、真剣な、だが少しあきれの混ざった表情を浮かべていた。


『だから振り返るなって言ったのに。聞いていなかったの?』


 アキラが必死の形相で訴える。


「悪かった! 次はちゃんとする! だから何とかしてくれ!」


『分かったわ。私がタイミングを指示するから、振り返って銃撃して』


 その無謀とも思える指示に、アキラが思わず顔を強く歪めて叫ぶように聞き返す。


「銃撃!? あんなやつ相手にこんな拳銃でどうしろって言うんだ!?」


 アルファがえて素っ気無く答える。


『嫌なら良いのよ。無理にとは言わないわ』


「お願いします!」


 アキラは貴重な呼吸の機会を消費して叫ぶように答えた。アルファが少し満足げに微笑む。


『下手に狙おうと思わないで。正面に銃口を向けて、素早く全弾撃ち尽くすこと。タイミングが命よ。可能な限り合わせて。良いわね?』


「分かった!」


 アルファが指を折りながら秒読みを始める。


『5、4、3……』


 このままなら死ぬだけだ。もうやるしかない。アキラが必死の表情でそう覚悟を決める。


『……2、1、ゼロ!』


 合図と同時にアキラは素早く振り返り、狙いも付けずに銃を構えて即座に引き金を引いた。


 ちょうど銃口の先の位置に、モンスターの巨大な眼球が存在していた。至近距離で発砲された弾丸が、眼球を突き破ってモンスターの頭部に撃ち込まれた。


 アキラは半狂乱に近い状態で撃ち続けた。次々に撃ち出される銃弾がモンスターの頭部の中身を搔き回し、多大な損傷を与えていく。


 だがそれほどの負傷を与えても、モンスターはその強靭な生命力で即死を免れていた。しかしひんに違いは無く、死ぬまでのわずかな残り時間で出来たのは、断末魔の叫びを上げることだけだった。その絶叫が遺跡に大音量で響き渡った。


 絶命したモンスターの巨体がその場に崩れ落ちる。それでもアキラは全弾撃ち尽くした拳銃をモンスターに向けたまま引き金を引き続けていた。モンスターの頭部から流れ出る血と完全に動かなくなった巨体を見て、ようやく引き金を引くのを止めた。


「……た、倒せた……のか?」


 アキラは荒い呼吸を続けながら、本当に倒したのかどうか確証を持てないまま、警戒しながらモンスターを見続けていた。そして息が整い始め、興奮も少し治まってきた辺りで、流れ出る血に沈んだ巨体の様子を改めて見て、ようやく倒した実感を得た。


『アキラ』


 そのままへたり込もうとしていたアキラが声の方へ顔を向ける。そして少し緩んだ表情で礼と謝罪を告げようとする。だが微笑みながら遺跡の外を指差しているアルファを見て、再び顔を引きつらせた。


『10秒以内に……』


 アキラは最後まで聞かずに必死の形相で走り出した。


 アルファはそのアキラをその場で見続けていたが、不敵に微笑むと忽然と姿を消した。後にはモンスターの死体だけが残された。


 迫ってくるモンスターから死に物狂いで逃げていたアキラには気が付く余地など無かったが、逃げるアキラの背後では様々なことが起こっていた。


 モンスターはアキラにしか見えないというアルファの姿を知覚しており、アキラのすぐ後ろにいたアルファを食い殺そうとしていた。


 アルファは自身の姿をおとりにしてモンスターの動きを誘導していた。そして絶妙に位置を調整した上でモンスターに自身を食い付かせた。


 モンスターは確かに嚙み付いたのにもかかわらず、その感触が全く無いことに混乱し、わずかに動きを止めてしまった。


 アルファはその隙をいてアキラにモンスターを銃撃させた。振り向いたアキラがモンスターの眼球を銃撃するように、自身を食い付かせた時にモンスターの位置、状態、体勢を的確に操って、容易たやすく撃破させた。


 ウェポンドッグの群れはアキラがアルファの依頼を引き受けた途端に現れた。遺跡の外を目指して必死に走り続けるアキラがその関連性に気付くことは無かった。




  ◆




 ウェポンドッグの襲撃から何とか脱したアキラは、その後も必死に走り続けて、クズスハラ街遺跡の外まで何とか辿り着いた。そこもまだそれなりに危険な場所ではある。だがそれでも遺跡の中よりは安全だ。


 アルファは先回りをしていたかのように姿を現してアキラを迎え入れた。疲労でへたり込んでいるアキラに優しく話し掛ける。


『休んだままで良いけれど、話の続きをしても良いかしら? アキラには私が指定する遺跡を攻略できるほどの装備と実力を身に着けてもらう。ここまでは良いわね?』


 アキラが荒い呼吸を整えながら頷く。


「ああ。続けてくれ」


『装備はお金を稼いで買うか、遺跡に潜って手に入れることになるわ。実力の方は、訓練と実戦で身に着けるしかないわね。安心して。私のサポートによる最高品質の訓練が受けられるから、すぐ上達するわ』


 アキラには訓練の内容が全く予想できない。だが自信満々に説明するアルファの様子から、とても効果的な訓練を付けてくれるのだろうと思った。


「それは凄く助かるけど、そこまでしてもらって良いのか?」


『気にしないで。これも報酬の前払分よ。それにアキラに私の依頼を完遂してもらう為だから、私の都合でもあるの。前払分だからってもらい過ぎだと思うのなら、その分だけきつい訓練に耐えることで応えてくれればいいわ』


「わ、分かった。出来る限り努力はする」


 アキラはアルファの不敵な微笑みに訓練の過酷さを感じてたじろぎながらも、しっかりと頷いた。


 アルファも満足そうに頷く。


『当面の目標は、高性能な装備を手に入れる為にも稼げるハンターになることよ。アキラにはハンターオフィスにハンター登録だけを済ませた自称ハンターを早く卒業してもらわないとね。……一応聞くけれど、ハンターの登録はもう済ませたのよね?』


 アキラが懐からハンター証を取り出す。見るからに安っぽい紙切れに、東部統治企業連盟認証第三特殊労働員の文言と、ハンターとしての認証番号、登録者の名前が記載されていた。


 アルファがその幾らでも偽造できそうなハンター証を見て、一応確認を取る。


『……ハンター証って、そんな安っぽい作りのものだったかしら。勘違いしないで。別にアキラの話を疑っている訳ではないの。ハンター証として使えるなら問題無いわ。……大丈夫よね?』


「……大丈夫だと思う。多分」


 ハンター登録を済ませた時、施設の職員からハンター証として渡されたのは間違いなくこの紙切れだ。


 だがそのハンター証から漂う何とも言えない安っぽさを改めて指摘されると、アキラもだんだん不安になってきた。


『どこでハンター登録を済ませたとか、いろいろ聞いても良い?』


「分かった」


 アキラはその時の様子をアルファに話しながら、嫌な出来事も一緒に思い出してわずかに顔を歪めた。




 アキラはクガマヤマ都市の下位区域にあるハンターオフィスでハンター登録を行った。


 スラム街の外れにあるその派出所は、潰れかけの酒場のような外観だった。看板は半分壊れており、文字も薄れている。それでもハンターオフィスのマークだけは一応視認できる状態で残っていた。それが無ければ、そこが派出所だと気付くのも難しい状態だ。


 アキラの応対をした職員はまるでやる気の感じられない風体をしていた。


 ハンターオフィスの職員は東部でも人気の職種で有能な者が多い。だがその男からそのような雰囲気は感じられない。人気職とはいえスラム街付近の勤務を嫌がる者は多く、この男も左遷されてここに流されてきたのだ。やる気も能力も相応だった。


 アキラが緊張しながら職員に手続きを頼む。


「ハンター登録に来ました。登録の処理をお願いします」


 職員が面倒そうに舌打ちをした後で読みかけの雑誌を脇に置く。そしてスラム街の子供への応対を明らかに嫌がっている様子を見せながら職務を進める。


「……名前は?」


「アキラです」


 職員が手元の端末を操作する。近くのプリンターから安っぽい紙に印刷されたハンター証が出力されると、雑な手付きでそれを取り、アキラに投げ渡す。そして仕事は済んだとばかりに再び雑誌を読み始めた。


 アキラは受け取ったハンター証と職員を交互に見ながら困惑していた。ハンター登録にはもっといろいろな手続きがあると考えていたのだが、名前を聞かれただけで終わってしまったからだ。本当にハンター登録が済んだのか不安になり、思わず声に出す。


「お、終わり?」


 職員が嫌そうな表情で雑誌からアキラに視線を移す。


「終わりだ。とっとと帰れ」


「名前を聞くだけで終わり? 他にもいろいろ聞いたりするんじゃ……」


 職員が心底面倒だという表情で、手でアキラを追っ払う仕草をしながら言い放つ。


「すぐにくたばるお前から、何か聞くことでも有ると思ってるのか? どうでも良いやつのどうでも良い情報なんかどうでも良いんだよ。別にお前の名前だってどうでも良いんだ。規則だから聞いてるだけで、偽名だろうが何だろうが知ったことか」


 アキラは既に知っていたはずの自身への評価を再認識して、ハンターオフィスから黙って出ていった。




 アキラはアルファにハンター登録時のことを話し終えた。そのアキラが自分のハンター証をじっと見ている。その目には、現状を理解しつつ、そこから意地でも這い上がろうとする意志が込められていた。


 アルファがアキラを元気付けるように微笑む。


『取り敢えず、訓練は読み書きからね。情報の取得は非常に重要よ。安心しなさい。私のサポートは超一流だから多少の読み書きぐらいすぐに習得できるわ』


「分かった。頼む。……何で文字が読めないって分かったんだ?」


『そのハンター証だけれど、登録者の名前が、アジラになっているわ』


 その雑な仕事とどこまでも軽んじた対応に、アキラは思わずハンター証を握り潰してしまいそうな自分を必死に抑えていた。


 アルファが苦笑しながら提案する。


『取り敢えず、クガマヤマ都市に戻りましょうか。話の続きはそこでしましょう。読み書きの勉強が終わるまでは、私が代わりに読んであげるわ』


 アキラは黙って頷いた。ハンター証を仕舞い、クガマヤマ都市へ向けて歩き出す。アルファも並んで歩いていく。


 アキラが不愉快な気分を紛らわす為に軽く尋ねる。


「そういえば、クズスハラ街遺跡で倒したモンスターは何て名前のやつなんだ?」


『ウェポンドッグよ』


「……えっ? 全然違うように見えたけど、あれも同じ種類のモンスターなのか?」


『恐らく自己改造の仕様変更に失敗した個体なのでしょうね。だからアキラでも倒せるほど弱かったのよ』


「あいつ、見掛け倒しだったのか?」


『そこは解釈次第ね。あのモンスターにはアキラでも倒せるような致命的な弱点があって、幸運にもその弱点を衝いただけかもしれないわ。アキラが今からあれともう一度戦っても問題なく倒せるって言うのなら、見掛け倒しって解釈でも良いと思うわ。もちろん、私のサポート無しでよ?』


「絶対無理だ」


『それなら、それだけ私のサポートが凄いってことね。感謝してくれても良いのよ?』


 どこか得意げに悪戯いたずらっぽく笑って礼を催促するアルファに向けて、アキラが半分自棄やけになったように笑って答える。


「ありがとうございました」


 感謝は本心だ。失態を補ってもらった恩もある。だがその感謝を笑って催促されると、それを素直に表に出すのは、いろいろと捻くれているアキラには少々難しかった。


『どう致しまして』


 アルファはそれを察したように、その上で少しからかうように、楽しげに笑って返した。




  ◆




 ハンター稼業の一日目。アキラはアルファと出会い、命賭けの遺跡探索を何とか生き延びて、無事に都市まで帰還した。


 この日から、アキラとアルファの数奇なハンター稼業が始まった。





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