第二幕 ポーション

 働かざる者食うべからず。

 動き出してからは速いもので、とんとん拍子に薬用植物研究所で働くことになった。

 趣味を仕事にするのはいささか気が引けたけど、後々のことを考えると、これがベストな選択だったんじゃないかと思う。

 私が研究所で働くことは限られた人達しか知らなかったようで、研究員さん達に伝わったのは、出勤初日、所長に連れられて皆の前で挨拶をしたときだった。

「今日から配属になりました、セイと申します。よろしくお願いいたします」

 所長に促されて挨拶をしたのだけど、だか皆ぽかんとしている。

 研究員さんのほとんどは既に顔見知りだったが、私がここで働くというのは寝耳に水だったようで、突然のことに皆驚いていた。

 そのせいか、挨拶をしても最初は反応がなくて、一拍置いた後にどよめきが広がった。

「それじゃあ、当面のセイの面倒は……、ジュード、お前が見てやれ」

「え? 俺ですか?」

 皆のどよめきを抑えるように、所長は少し大きな声で話した。

 突然、私の面倒を見るように言われたジュードは驚いていたけど、私としては研究員さん達の中でも仲のいいジュードが担当してくれるのは心強かった。

 知らない人と一緒に仕事をするなんてことは日本でもあった話なので、全く知らない研究員さんが担当になってもそれなりにやっていけるとは思うけど、それよりは知っている人の方がいいっていう気持ちもやっぱりある。

 更にその人が仲のいい人だと言うことなし。

 そういうことも所長は考えてくれて、ジュードを付けてくれたんだろう。

「よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしく」

 改めてジュードに挨拶すると、驚いてはいたけど、ジュードも笑って返してくれた。

 ジュードは研究所でのあれこれを色々と教えてくれた。

 この研究所での主な研究対象は、研究所の名前にもなっている薬用植物、所謂いわゆる薬草とポーションだ。

 薬草の効能は元いた世界の物とほぼ同じで、ジュードが説明してくれる合間に日本で学んだことを話すと、「よく知ってるね」と驚かれた。

 日本では趣味レベルで学べることが、こちらでは王立学園アカデミーと呼ばれる学校の、専門課程で学ぶレベルだったらしい。

 ちなみに王立学園というのはこの国の貴族の子達が通う学校で、一般的には十三歳から成人となる十五歳まで通うそうだ。

 専門課程というのは、そこからさらに十八歳まで通う人達のための課程で、ジュードはこの専門課程で薬学について学び、その中で薬草についても学んだそうだ。

 やっぱり自然科学等の元いた世界にもあった学問については、元の世界の方が研究が進んでいるみたいね。

 そんなジュードだけど、専門で研究しているのはポーションなんだって。

 ポーションですよ、ポーション。

 RPG等のゲームに出てくるアレですよ。

 飲んだり、患部に塗ったりして使うことから、日本では薬に該当する物なんだろうけど、何が違うかって、ポーションは即効で効果が出るのよね。

 どれだけ効果が出るのが速いかって?

 うっかり作った切り傷に、ちょっと塗るだけで瞬時に傷がなくなるのよ。

 あれには驚いたわ。

 もっとも、ポーションの効果を知るために、いきなり刃物で指先を切った私を見て、ジュードの方が驚いていたけどね。

 どうしても試してみたくて、ほんの少し切っただけだったのだけど、ものすごく慌てられたわ。

 その後、怒られたけど。

 結局、初日は研究所の設備の案内や、研究所で行っている仕事の内容なんかを説明してもらって終わった。

 翌日はポーションの作り方を教えてもらった。

 ジュードが主にポーションを研究しているっていうこともあるけど、私も元いた世界にはなかった物に触れられる方が面白そうだと思って、一緒に研究することにしたの。

「それじゃあ、始めるね」

 ジュードはれた様子で、ポーションを作り始めた。

 今後一緒に研究するに当たり、私が一度もポーションを作ったことがなかったので、作り方を実演してもらうことになったのよ。

 おなべに決められた薬草と水を入れ、魔力を注ぎながら煮込むとポーションができる。

 ポーションには下級、中級、上級等、ある程度のランク分けがされているのだけど、このランクは入れる薬草によって決まるらしい。

 でも、ただ決められた薬草を入れれば高ランクのポーションが作れるという訳ではないみたい。

 ランクが高いポーションを作るには繊細な魔力操作が必要なようで、作製者の生産スキルのレベルに応じて作製可能なランクが決まるんだって。

 材料となる薬草も高価な物だけど、作れる人間の数も少ないということで、高ランクのポーションは、おいそれと使うことができないような価格で売られているらしい。

 そもそも、高ランクのポーションは王侯貴族しか買える者がなく、一般的な薬屋の店先に並ぶことはないらしいのだけど。

 さて、話を少し戻すわね。

 ポーションを作るには魔力を注ぎながら煮込むことが必要なのよ。

 そう、魔力。

「材料を入れた後は魔力を注ぎながら煮込んでね」

「魔力?」

 最初に言われたとき、魔力なんてどうやって注ぐのよと思った私は間違っていない。

 だって、元いた世界にはそんな物はなかったもの。

「どうやって注ぐんですか?」

「え?」

 この質問をしたら、ジュードに驚かれた。

 この世界には魔法がある。

 魔法を使うには魔力が必要で、誰でも使える生活魔法というものが存在することから、この世界の人にとって魔力というのはとても身近なものだそうだ。

 ポーションに引き続き魔法だなんて、益々ゲームみたいだと思うけど、まごうことなき現実なのよね。

「えっと、セイは魔法使ったことないの?」

「ないですね」

「生活魔法も?」

「えぇ」

 庶民にとっても一般的な生活魔法すら使ったことがないということに、ひどく驚かれたけど、魔力を操作できないとポーションが作れないので、ポーションを作り終わった後に、ジュードから魔力操作の講義を受けることになった。

「これで出来上がり」

「うわー」

 煮込み終わり、されて細長い薬瓶に入れられたポーションは薄紅色の透き通った液体だった。

 今回作ってもらったのは一番簡単な下級HPポーションだ。

 材料となる薬草が薬草園に生えているので入手しやすかったという理由もあったらしい。

「こんなの作れるなんて、すごいですねー」

「下級HPポーションだから、割と簡単に作れる物だよ」

「でも、魔力操作とかしないといけないんですよね?」

「まぁ、そうだけど。まだ下級だから、そこまで難しくはないよ」

「そうなんですか? でも、やっぱりすごいですよ」

「そ、そうかな?」

 眼の前にあるファンタジーな代物にテンションが上がり、すごいすごいと言っていたら、ジュードが照れてしまった。

 ほんのりと頰を染めて、はにかむイケメン。

 眼福でした。


 ポーションを作り終えた後は、魔力操作の講義に移った。

 ジュードは王立学園で習ったのと同じ方法で、手取り足取り、懇切丁寧に教えてくれた。

 そう、文字通り手を取って。

 まずは体の中にある魔力を感じるところから始めるらしいのだが、これがとても難しかったのよ。

 何せ、魔法のない世界に住んでいたからね。

 この世界の人も生活魔法を使う程度なら、そこまで体内の魔力を意識しなくても問題ないらしい。

 生活魔法の殆どは詠唱だけで発動するんですって。

 ただ、ポーションを作ったり、生活魔法以外の魔法を使ったりしようとすると、体内の魔力を意識する必要が出てくるんだとか。

 どうやって魔力を感じるか、色々と説明されたけど中々魔力を感じ取れない私に、それじゃあと言って王立学園方式でジュードが補助してくれた。

「じゃあ、俺の手と合わせて」

 事前に説明された通り、胸の前に上げられたジュードのてのひらに自分の掌を合わせた。

 仕事の一環で薬草園の畑仕事も行うジュードの手は少しだけ荒れている。

 自分より大きな、節の出た手は紛うことなき男の人の手で、合わせられた掌は、私より少し高いジュードの体温を伝えてきた。

 常日頃、こんな風に男の人と手を合わせるなんてことはなかったので少しだけ恥ずかしかった。

 いかん、いかん、気にしたら負けだわ。

 仕事、仕事。

 そんな風に気持ちを切り替えていると、ジュードから声がかかった。

「それじゃあ、いくね」

 右の掌からジュードの魔力が送り込まれ、そこから、じんわりと何かが入ってくる感じがした。

 それは熱が移動するというのか、何というか、形容しがたい感じだった。

 ジュードの魔力が右手から入ると、体の中の何かが押し流されるように動いた。

 これが私の魔力らしい。

 右手から動き出した魔力は左手から出て行くということもなく、血液のように体中を巡る感じがした。

 召喚に伴って、私の体も地球人でいることをやめたみたいね。

 地球にいた頃にはなかったはずの魔力を、自分の体の中に感じられるようになったのだから。

「何かが体中を巡っている感じがするんですけど」

「ん? もう分かったの? それが魔力だよ」

 感じたことをジュードに伝えると、少し驚かれたけど、微笑ほほえみながら教えてくれた。

 王立学園仕込みの方法だけど、そこでも大抵の人は体内の魔力を感じ取れるようになるのに一週間くらいはかかるみたい。

 ほんの少し魔力を流してもらっただけで、すぐに分かるようになった私に「才能あるよ」とジュードが笑った。

 体を巡る魔力は、ジュードが私に魔力を送り込むのをやめても感じ取れたままで、そこからの魔力操作の実技は、これまたジュードが驚くほどスムーズに進んだ。

「すごいね、こんなに早く説明が終わるとは思わなかったよ」

「きっと教え方が上手なんですよ。ありがとうございます」

 にっこり笑ってお礼を言うと、また頰を染めて、はにかまれた。

 実際、ジュードの教え方はとても分かりやすかったのよね。

 気を良くしたらしいジュードは、この後、様々な生活魔法も教えてくれた。

 使わないと不便だからと言いながら。


   ◆


 召喚されてから、また少し時間が経ち、ジュードとも大分打ち解けた。

 私が敬語を使わなくなった程度に。

 ジュードの方が先に研究所に所属していたということもあって、最初は会社の先輩にするように接していたんだけど、年齢が近いこともあって、かしこまるのはやめて欲しいとジュードから言われたのよ。

 ジュードに教えてもらってからというもの、私は只管ひたすら、下級HPポーションを作っていた。

 それもこれも、高ランクのポーションを作れるようになるために生産スキルのレベルを上げるためにね。

 単純に、作れば作るほどレベルが上がるのが楽しかったというのもある。

 昔から、やり込み要素のあるゲームなんかが好きで、つい、のめり込んじゃうのよね。

 もちろん作った下級HPポーションは無駄にはせず、研究所での研究に使うことになった。

 最初に異変に気付いたのは、ジュードではない、ポーションを研究している研究員さんだった。

「セイ」

「何ですか?」

 少し離れた所からかかった声に振り返ると、研究員さんが手招きしているのが見えた。

 何だろうかと思いながら近寄ると、彼は作業机の上に載っている下級HPポーションを指差した。

「これ、セイが作ったポーションかな?」

「ええっと……、そうですね。私が作った物です」

 研究で使うポーションのうち、研究員が作った物については、誰が作った物か分かるように印を付けてある。

 何かあったときに追跡して原因が調べられるようにね。

 研究員さんが指差したポーションには、私が作った物だと分かる印が付けられていた。

「作るときに何か特別なこととかした?」

「いえ。特に何もしていないんですけど。どうかしましたか?」

「うーん、セイが作った物を使っているときだけ効果が変わるんだよね」

 この研究員さんはポーションの新しいレシピの開発を行っている。

 今回は既存のポーションを素材にして、より効果の高い新種のポーションを作製しようとしていたそうなんだけど、その実験中に市販のポーションと研究所で作られたポーションとで効果が変わることに気付いたらしい。

 詳しく調べるうちに、研究所で作られたポーションの中でも市販のポーションと同じ効果の出る物と、そうじゃない物があるのに気付いたらしく、結果、私が作ったポーションだけ効果が高くなることを発見したんだとか。

 研究員さんは首をかしげるけど、本当に何も特別なことはしていないのよね。

 最初にジュードに教えてもらった通りの材料と手順で作ったし、それ以外の材料を加えてもいなければ、手順を変更したりもしていない。

「これ本当に下級HPポーションなんだよね?」

「そうだと思います。作り方はジュードに教えてもらった通りに作ってるので」

「そうか。ジュードにもちょっと話を聞いてみるかな」

 研究員さんは、今度はジュードを呼ぶと私に教えた内容を聞き出していた。

 私も隣で聞いていたけど、やっぱり私が覚えているのと同じ内容だった。

「一般的な下級HPポーションの作り方だな」

「そうですね。俺はそれ以外の作り方を知らないです」

「とりあえず、セイの作ったポーションを鑑定に出してみるか」

「それが早いかもしれませんね」

 結局、原因が分からなかったので、私の作ったポーションを鑑定に出すことになったみたい。

 それからしばらくして、研究員さんがどこかに出した私が作ったポーションの鑑定結果が返ってきた。

 驚くなかれ。

 私が作ったポーションは、それ単体で、ちまたに出回っているポーションより性能がいいことが判明した。

 大体五割増しだそう。

「やっぱり、おかしな性能してるよね」

 私が作った下級HPポーションを片手にジュードがつぶやく。

 私の作製したポーションは漏れなく効果が高いみたい。

 鑑定のために何本か提出したらしいんだけど、全て市販品より効果が高かったらしいのよね。

「教えてもらった通りに作ってるだけなんだけどね」

「色も間違いなく下級HPポーションの物だけど、何でだろうね?」

「さぁ、腕がいいからとか?」

「んー、あまり関係ないと思うけど。製薬スキル、今いくつだっけ?」

「ちょっと待って。『ステータス』」

『ステータス』と唱えると、目の前に術者のみが見ることができる半透明のウィンドウが現れ、そこに私のステータスが表示される。

 これはジュードに教えてもらった生活魔法の一つ。

 そして、私が生産スキルのレベル上げに夢中になってしまった理由の一つでもある。

 スキルのレベルが数値として見えるっていうのは、やり込み要素の一つだと思うわ。

 こう数値で表されちゃうと、うっかりカンストを目指したくなっちゃうのよね。



 小鳥遊 聖  Lv.55/聖女

  HP:4,867/4,867

  MP:6,057/6,067

  戦闘スキル:

   聖属性魔法:Lv.∞

  生産スキル:

   製薬   :Lv.8



「今、8レベルだね」

 ステータスを確認し、製薬スキルのレベルを告げると、ジュードは「うーん」とうなりながら首を傾げる。

「8だと、まだ中級は作れないんだよなぁ」

「まぁ、何でもいいんじゃない? 効果が低いって訳じゃないし」

「いやいやいや、誤差で済ませられないレベルだから! こういうことの解明をするのも俺達の仕事だからね!」

 効果が高いんだからいいじゃないと思っていたのだが、ジュードいわく、こういう謎現象を研究し、原因を解明するのも研究員の仕事だと怒られた。

 仕方がないわねと、引き続きジュードの考察に付き合う。

「他の人と比べても、材料の種類も使用量も同じ、手順も同じ、違うのは作っている人間くらいだけど」

「そうなんだよなぁ」

「後、考えられるのは注ぐ魔力が違うのかってことくらいだけど……」

「ポーション作るときに大量の魔力でも注いでるの?」

「どうかしら? そんなに多く魔力を使ってはいないと思うんだけど」

「そうだよな。隣で見ていても、そんな感じはしないし……」

 薬草の量を増やしたり、注ぐ魔力の量を増やしたり、ポーションを構成する素材の分量を変更しても、他の人が作ったときには多少効果が増加するくらい。

 五割も増えるなんてことはなく、精々数%の増加程度だ。

 手順は簡単過ぎて、変更したとしても、最初に魔力を注いだお湯を作って、その中に薬草を入れて煮出したくらいかな。

 こちらは現在確立されている手順が最も効率がいいみたいで、効果が上がることはなかった。

 ジュードと一緒に、あーでもない、こーでもないと言いながら、何本ものポーションを試作して分かった結果だ。

「魔力に属性とかあるんだっけ? それが影響しているとか?」

「そこはあまり考えられないかな」

「そう?」

「魔法スキルを持っている人が作ったポーションと持っていない人が作ったポーションで効果に差は出ないしね」

 戦闘スキルの中には様々な属性の魔法スキルと呼ばれるものがある。

 この魔法スキルには生活魔法は含まれず、一般的には魔法スキルを持っている人のことを魔法が使える人って言うんだって。

 その魔法スキルを持っている人の魔力は属性を帯びていたりするのかなと思ったのだけど、ジュードの話しぶりからするとあまり関係なさそうね。

「それより、セイが魔力以外に何か出してるんじゃない?」

「何かって何よ?」

「んー、よく分からないけど」

 そう言って、ジュードが笑いながら私の手をまじまじと見る。

 その表情は冗談を言っている顔だ。

 最近は打ち解けたからか、議論の最中にジュードがこんな風に冗談を言ってくることも増えたのよね。

「一体、何なんだろうね?」

 そうして議論は最初に戻る。

「とにかく色々と試してみるしかないかしら。原因を解明するのもお仕事なんでしょ?」

「ははっ、そうだね」

 そこからまたジュードと一緒に色々な条件でポーションを作った。

 私の一日はこうしてポーション作りで過ぎていった。


   ◆


 喚び出されて三ヶ月。

「『ステータス』」



 小鳥遊 聖  Lv.55/聖女

  HP:4,867/4,867

  MP:5,867/6,067

  戦闘スキル:

   聖属性魔法:Lv.∞

  生産スキル:

   製薬   :Lv.21



 研究所で只管ひたすらポーションを作っていた私の製薬スキルは21レベルまで上がった。

 ポーションは10レベルごとに作れるランクが上がるので、現在は上級HPポーションも作れる。

 ただし、まだ失敗することも多かったり……。

 上級のポーションは使用する薬草も貴重な物が多いため、あまりにも失敗が多いこのレベルでは中々作らせてもらえない。

 20レベルを超えて作った上級HPポーションはまだ三つなのよね。

 それでも、そもそも上級のポーションを作れる人間が少ないから、研究員の私が上級のポーションを作れるようになったのは快挙らしい。

 今までは研究所に上級のポーションを作れる人間が一人もいなかったらしく、研究で使うときには外部に注文して取り寄せていたらしいので、私が作れるようになったときには、その分の手間とコストが減ると喜ばれた。

 製薬スキルのレベルを上げるためにはポーションを作る必要があるのだが、一般的には魔力が枯渇してしまうので、一日に作れるポーションの個数に限界があり、なかなかレベルを上げられないのだそうだ。

 私?

「相変わらず、おかしな量を作ってるね」

「そう?」

「うん。一日に中級のポーションを十本以上作れるとか、十分おかしいから」

 目の前の保管庫にはずらりと並んだ中級HPポーション達。

 性能はもちろん一般の五割増し。

 研究所の所長曰く、下手をすると一般の上級HPポーションより効果が高いかもしれないとのこと。

 そんな私の作るおかしな性能のポーションの原因を探るため、今なおジュードと二人、日夜検証を続けている。

 相変わらず原因は一向に分からなくて、私とジュードだけでは見落としがあったのかもと、最近では他の研究員まで検証に加わっているんだけどね。

 色々な角度から検証をとのことで、作製経過を検証する者、ポーション自体を検証する者等に分かれて検証を行ったのだけど、その間、私は只管ポーションを作り続けた。

 一日中。

 あれはいつだったか、その日、百五十本目の下級HPポーションを作っていたときだった。

 ジュードが言ったのだ、「まだ作れるの?」と。

 それに対する私の返答は、「何のこと?」だった。

 そこでようやく、一日に作れるポーションの一般的な個数というものを知った。

 ポーションに注ぐ魔力はランクが高くなるにつれ必要量が多くなるそうで、下級で百本、中級で十本程度が一般的に一日に作れる本数だそうだ。

 これは専門的にポーションを作っているくすの話で、研究所の人間はもう少し少ないらしい。

 確かにポーションを作っているとMPが減るけど、微々たるものだから、全然気にならなかったのよね。

 そこでジュードに、製薬中に魔力を注いでいないんじゃないかとか色々言われたけど、MPはしっかり減ってるし、そもそも魔力を注がなければ、ただの薬草をせんじた汁ができあがるだけ。

 結局、所長の「性能が上がる方の研究を優先しろ」との声で、私はポーション作製の日々に戻った訳だが、少々調子に乗り過ぎたらしい。

 研究に使うよりも私が作るポーションの方が多くて、余るようになった。

 市場に卸せばいい金額になるのだが、如何いかんせん性能が一般の1・5倍で、このまま卸すと問題になるということで、研究所には現在素敵な量のポーションがある。

「また沢山作って。所長に怒られるよ」

「集中して作ってたら本数を数えるのを忘れてたのよね」

 噓です。

 早く文句を言われずに上級HPポーションを作れるようになりたくて、レベル上げをしていただけです。

 薬草は薬草園の物を使っているので、この間、薬草園の薬草が少なくなってきたって所長に文句を言われたのよね。

 怒られるのは嫌なので、今日作ったポーションは自室に隠そうかと思い、今日作った分を保管庫から取り出しているとバタンと大きな音がして研究室のドアが開いた。

 後ろを振り返ると息を乱した兵士が「所長は?」と大きな声で叫びながら、研究室に飛び込んできた。

 所長室のドアを指差すと、大慌てで所長室に向かう。

 一体何があったんだろう?

 しばらくすると兵士と所長が所長室から出てきた。

「緊急事態だ、今ある回復系のポーションを集めろ」

「何があったんですか?」

「第三騎士団がゴーシュの森から戻ってきたんだが、サラマンダーが出たらしくてな。怪我人が多くてポーションが足りないらしい」

 所長の近くにいた研究員が聞くと、状況が分かった。

 第三騎士団はこの一週間、王都西にあるゴーシュの森で魔物の討伐を行っていたのだが、どうやらそこで甚大な被害が出たらしい。

 いつもは甘いマスクでにこやかに微笑ほほえんでいる所長が、鬼気迫った顔で指示を出し、途端にバタバタと研究員たちが机の引き出しや棚からポーションを研究室入り口近くの机の上に集める。

 私もジュードと一緒に保管庫からポーションを取り出して運んだ。

 机の上に集まるポーションを見て「こんなに!」と兵士さんが驚く。

 えぇ、最近め込んでいましたから。

 保管庫から全てのポーションを取り出し終わり、その後、部屋に置いてある上級HPポーションのことを思い出したので、取りに行った。

 部屋から戻ると、研究所のポーションを集め終わったらしく、ドアの外に来ていた荷馬車にポーションを積み込み終わったところだった。

「何人か一緒に来い」

 所長の指示で、入り口近くにいた研究員が荷馬車に乗り込む。

 私が走って荷台に乗り込んだところで、馬車が走り出した。

「ねぇ、ゴーシュの森って竜なんて出るの?」

「竜? いや、出ないよ」

「サラマンダーって火竜のことじゃないの?」

「ん? サラマンダーはただの火を噴く蜥蜴とかげだろ」

 一緒に来たジュードにサラマンダーについて質問すると、予想外の答えが返ってきた。

 サラマンダーって竜じゃなかったんだ……。

 脳内イメージでは火竜だったのに……。

「蜥蜴なのに、そんなに被害が出るって……」

「蜥蜴っていっても大きいからね。その癖すばやい。竜種ではないとはいえ、ランク的には上位に入る魔物だよ」

「そう」

 サラマンダーの脳内イメージが体長十メートルのコモドオオトカゲになった。

 これが火を噴いて高速で向かってくるなんて、たいした瞬間、生をあきらめて動けなくなる自信がある。

 そんな上位の魔物と戦うなんて騎士団も大変ねと考えていると、荷馬車が王宮の一角で止まった。


 すぐそばの建物に入ると、中は戦場だった。

「これはひどい……」

「……」

 普段は広間として使われている部屋には、多くの負傷者が寝ており、彼等の間を医師や看護師と思われる人達が走り回っていた。

 部屋には怪我や、サラマンダーの火による火傷やけどによってうめく負傷者達の声があふれ、医師さんの「ポーションはまだか!」という叫び声が響く。

 先程までのんに構えていた頭は冷え、ぼうぜんと立ち尽くしていると、先頭に立っていた所長が手をたたいた。

「持ってきたポーションを配分しろ! お前ら二人はあっち、ジュードとセイは向こうを頼む」

「「「「はい!」」」」

 持ってきたポーションを数本ずつ持ち、あちこちにいる医師さんに配っていく。

 医師さんは大抵重傷者の側におり、ポーションを受け取るとすぐさま患者に与えた。

 全体的にポーションが不足しているためか、普通であれば中級HPポーションでもなければ全快が難しいような重傷者にも下級HPポーションが与えられる。

 医師さんの気持ちとしては与えないよりはマシといったところかな。

 患者が生死の境目にいるならば尚更。

 与えることで生き残れることもあるからね。

「これは!」

 研究員に手渡されたポーションを患者に与えた医師さんは驚いていた。

 魔物の爪に大きく皮膚を切り裂かれ、荒い息をしていた患者にポーションを与えたところ、傷が完全に消え、患者も急になくなった痛みに閉じていた目を開き、恐る恐る体を確認していた。

 いたる所にあった細かい傷なども含め、全ての傷が消え、顔色も真っ青だったのが回復していた。

「下級だったよな?」

 医師さんはげんな顔で、手の中にある空瓶をかざして見ていたけど、全て患者に与えた後であり、ランクの判別は難しいと思う。

 医師さんが与えたのは確かに下級HPポーションだったけど、それはただの下級HPポーションではない。

 私が作った五割増しポーション、つまり性能自体は中級のポーションね。

 医師さんに何かを聞かれる前にその場を離れ、次々とポーションを配り歩く。

 あちらこちらで医師さんや看護師さん達の戸惑う声が聞こえたけど、さくっと無視した。

 今は配る方が先だ。

「上級HPポーションはないかっ?」

 広間の奥の方で、誰かの声が聞こえた。

 声がした方を見ると何人かの医師さんや騎士さんが集まっている場所があった。

 声がしたのはあそこかしら?

 手持ちのポーションに中級HPポーションがあったので、それを持って向かうと、近付くにつれ議論している声が聞こえた。

「これは上級でも難しいだろ。回復魔法が使える者はいないのかっ?」

「回復魔法でも4レベル以上でないと……」

「聖女様はどうした? あの方は4レベルの回復魔法が使えるんだろう?」

「それが、カイル殿下が、このようなむごい場面を聖女様にお見せできないと……」

「何だとっ!」

 カイルって、確か第一王子の名前、あの将来禿げそうな赤髪君よね。

 確かに重傷患者の患部をモザイクなしで見るのは、とてもきつい。

 スプラッターに割と耐性があると自負する私でも直視がきつくて、なるべく見ないようにしながらポーションを配ったのだ。

 あのゆるふわ愛良ちゃんでは、見た瞬間に気を失うかもしれない。

 愛良ちゃんが来られないことを説明する文官らしき人物に食って掛かっている騎士さんは、患者の友人だろうか?

 人垣のせいで患者が見えないため判断は付かないけど、上級HPポーションでも持ち直すのが難しいほどの重傷のようだった。

 人垣を見回すと所長がいたのでそばに行くと、気付いた所長に声をかけられた。

「セイっ! 上級HPポーションは残ってないか?」

「ああ、それなら「団長!」」

 声のした方を向くと、医師さんや看護師さんが慌しく動き出した。

 患者の容態が急変したらしい。

 私も人をき分け、患者の傍に行く。

 近くで見る患者は右上半身が焼け焦げ、に様々な傷があり、生きているのが不思議な程の重傷であった。

 荒い息が徐々に静かになっていく。

「ちょっと、どいて!」

 医師さんを押しのけ患者を見ると、間もなく息を引き取りそうな気配がした。

 慌ててエプロンのポケットに入れていた上級HPポーションを取り出し、ふたを開け、口元に持って行く。

 大きな声で「飲みなさい!」と言うと、少しずつだが、どうにか飲み込めるようだった。

 ゆっくりと彼がポーションを飲み込むのを、周りの人達もかたんで見守る。

 どれくらいの時間が過ぎたか、ポーションを全て飲み終わらせ患者を見ると、黒焦げだった皮膚ががれ、その下かられいな肌が現れていた。

 荒かった息も落ち着いたけど、それは止まっているという訳ではなく、穏やかな寝息に変わっていた。

 そこまで見届けて、ふぅっと、いい仕事したぜ的な息を吐くと、周りから「うおおおおおおおおおおおおおお」っと歓声が起こった。

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