はたらく魔王さま!2

魔王と勇者、職責の全うに命を賭ける(5/5)


「本当に……てめぇどんだけ……」


 真奥さだはグッタリしながら京王新線幡ヶ谷駅前でタクシーを降りた。


「はは……はははは、まぁ、その、あれだ、千穂殿から、魔王がかつて首都高を復活させたと聞いたから、できるだけ魔力を浪費させるためにあえて広範に影響を及ぼそうと……」


うそこけ、絶対後先考えてなかっただろ!」


 かまづきすずは、冷や汗を浮かべて乾いた笑いを浮かべる。


 サタンとベルが空から到達したしん宿じゆくは、まさしくの大混雑状態であった。


 ベルの言い方から、新宿駅の損害はせいぜい架線切断くらいとタカをくくっていたサタンは、変電設備が丸ごと一つ消滅しているのを見て絶句した。


「いや、その、切断技を持っていなくて、おおつちだと打撃技しか……」


 ごにょごにょと言い訳がましいベルを、サタンはデコピンしてだまらせる。


 変電設備の完全復旧に、新宿駅につながる関東一円全ての鉄道の混乱。さらには変電設備壊滅による電力インフラの整備まで全てを回復させた結果、天使を放り込めるゲートを開くまでに戻っていた魔力はあっという間に底を突き、魔王サタンはパンツ一丁のフリーター真奥貞夫に戻ってしまった。


 修繕に関しては全く役に立たなかったベル。


 特段派手にせいほうを消費したわけでもない彼女の前で魔力を失うというのは、冷静に考えると命がけの危険な行為だったが、か彼女は、サタンが魔力で全ての状況を修復する様をずっとだまって見ていた。


 力尽きてフラフラの真奥に代わり、都庁前に置き忘れてきた制服を回収してきてくれたり、タクシーを捕まえてくれたのもベルだった。


 一体どういう心境の変化か知らないが、真奥貞夫としては、それらの理由を問うよりももっと優先して考えなければならないことがあったのだ。


 既に、時間はマグロナルド幡ヶ谷駅前店の閉店時間である夜の十二時にせまろうとしているのである。


「魔王、どうした」


 タクシーが去るとあわててよたよたと走り出す真奥に驚いたすずが尋ねるが、それに取り合っている暇はない。一分でも、一秒でも早く店に戻らなければ。


 だが、責任を負った時間帯に二時間近くも店を留守にしたツケは確実に回ってきた。


 店内からの逆光に照らされて進み出てくる人影に、真奥は思わず硬直してしまう。


「……これは一体どういうことだ? まーくん」


「き……さき、さん」


 スーツ姿のままおう立ちで高みから真奥を見下ろす木崎の表情は、逆光の影の中でもよく分かるほどに厳しいものだった。


「一体、どうして……」


「電話を受けた。ちーちゃんに何かがあったらしいということと」


 木崎の、勇者もかくやというするどい視線が、こうぼうの尾を引いて真奥に向けられた。


「君がモップを持って飛び出していったきり戻ってこなくて、他の者が困っていたこともな」


「あ……いや、その……」


 おうは顔を引きつらせて、半身を引く。すずも何がしかの威圧感を受けているのか、真奥の隣で固まったまま動かない。


「いい度胸だな、ああ? 午前中の負けも取り返せぬまま、時間帯責任者が行き先も告げずに二時間も、仕事をさぼってデートか? あぁ?」


「その、あの……」


 真奥は完全にしどろもどろになって、思考が空転してしまっていた。


 さきの帰還は予想外だったが、冷静に考えればクルーがあわてるのも当然のことで、真奥はうるしはらの電話の後ほとんど何も言わずに店を飛び出してしまっていたのだ。


 鉄道復旧に時間を食った上、魔力消費量が予想を超えたために、都庁前のみちばたに置いてきてしまった制服を鈴乃に取りに戻ってもらうハメにおちいり更に余計な時間を食ったのが大きかった。


 そして確かに浴衣ゆかた姿の女性と二人で連れ立って帰れば、真奥が仕事をサボってあいびき、というのはそれほど突拍子もない想像ではないだろう。


 さりとて本当の理由を話したところで木崎が理解してくれるはずもなく、木崎を納得させられる言い訳も用意できず、うそはますます木崎の不興を買うだけで……。


「真奥さんは、私を助けてくれたんです」


「何?」


 突然の第三者の声に顔を上げた木崎は、そこに見慣れぬ女性が立っていることに気づく。


 一体いつからそこにいたのか、真奥もまさか、その声がかかるとは思いもせず、勢いよく振り返った。


「……あなたは?」


といいます。ちゃんと……それから」


 固まったまま、冷や汗を流している男の情けない横顔を見ながら、


「真奥さんの、友人です」


 そう、はっきりと言い切った。


 間抜けづらの真奥は、さらなる間抜けな表情でを見た。


 恵美は素早く目をらし、木崎だけを視界に入れる。


「まーくんの、友人?」


「はい。千穂ちゃんと、そこのかまづきさんといつしよに帰宅する途中、変質者に襲われて、身を隠しているところを真奥さんが助けてくれたんです」


「変質者? そう言えば、ささづかの方の交差点で何かあったと聞くけど」


「女の子ばかり三人で抵抗しようもなくて、身を隠してるのが精一杯で……」


 木崎は恵美の言うことを半信半疑で聞いていたが、


「そ、そうなんだ、いや、そうなんです」


 すると今度は鈴乃が、恵美の案にいつしゆんで乗ると、


「すず、あ、か、かまづきさん……」


 すんでのところで呼び捨てを止めたおうだが、それほど意外な変わり身の仕方だった。


「ま、真奥さんに追い払ってもらって、だが、お店を放り出してき、き、きちゃったって無理に帰ろうとするものだから、付き添わんわけに、あ、付き添わなければいけないと思って……」


 うっすら涙など浮かべて、泣き笑いの表情を作りながら慣れない言葉で真奥をようするすず


 何そのキャラ、と真奥はのどまで出かかった言葉を必死にみ込む。


 そしてそれ以上に、意外すぎる一言を発したのが、だった。


さだ


「……なんだよ」


 恵美が、人前で自分の下の名を呼んだのは、初めてのことだった。


ちゃんは、無事におうちに帰ったわ。お母様が待っていらして」


「あ、ああそうか、分かった」


 真奥はか決まりが悪くなり、小声でうなずくにとどめた。


 そのやり取りをだまって聞いていたさきは、


「……そういうことなら、仕方がないな」


 と、何かをあきらめたようにけんしわを寄せながらためいきをつく。


「やはり今後は若い女性をアルバイトには取れんな。何があるか分かったもんじゃない」


 そんなぼやきをオマケにつけると、幾分はくを和らげた木崎は、真奥の肩に手を置く。


「私や他のクルーにとって、君は大切な存在だ。だからこそ無茶はするな。ちーちゃん達を守ろうとした君の勇気は買う。だが君がをしたら、私や彼女達も心を痛める」


「木崎さん……」


「今日のことも、そして彼女達の気持ちも、君がいい経験として蓄積してくれることを願う」


 それだけ言うと、木崎はここに至ってようやく鈴乃に目をやった。


「まーくんを……真奥を送り届けてくれてありがとう。とりあえず、中に入って休んでほしい。コーヒーを用意させるから。さぁ、あなたも」


 真奥の肩を優しくたたいてから、鈴乃と恵美にも声をかける木崎。


「どうする?」


「その、私達は……」


 鈴乃と恵美は顔を見合わせてえんりよしようとするが、


「飲んでけよ」


 ぶっきらぼうに言う真奥の声に、言葉を止めた。


「木崎さんが入れると、かマッグのコーヒーでもいんだ」


 どこかずかしそうに言う真奥。鈴乃と恵美は改めて顔を見合わせた。


「バカを言え、マッグのコーヒーは、誰が入れても均等にしくできるものだ」


 さきおうを小突くと、


「じゃあ」


「お言葉に甘えて……」


 あまり強く遠慮しても木崎に悪いので、素直に店内に案内される二人だが、


「き、き、木崎さん!」


 中から一人のクルーが、真っ青な顔をして飛び出してくるのに出くわして目を丸くする。


「あ、真奥さん帰ったんだ! あ、いや、でもそれどころじゃなくて」


 相当に混乱しているらしく、手足を盛大にバタつかせるクルーだが、木崎のいつかつがその姿勢を軍人のそれに変える。


「落ち着け! 私の店のクルーは何があってもどうようするな! 何があったか簡潔に報告しろ!」


 歴戦のぐんそうのような勇ましい号令に、クルーは直立不動で答えた。


「はいっ! 冷蔵庫から人が飛び出してきました!」


『はい?』


 木崎と真奥、さらにはすずの声が唱和する。


「冷蔵庫から体中げた人がいきなり飛び出してきて、気絶してるみたいなんですけど一体どうすりゃいいのか」


「ま、まさかっ!」


「あ、おいまーくん!」


 木崎の制止を振り切ってちゆうぼうに飛び込んだ真奥は、


「げっ!」


 思わずぜつきようしてしまう。


 なんと、先ほどゲートに放り込んでどことも知れぬ異世界に飛ばしたはずのサリエルが、食材保存用の業務用高湿冷蔵庫から半身を出してうつ伏せに倒れているではないか。


 本来の冷蔵庫の住人であるポテトやチキンの袋がサリエルの分だけ表に飛び出しており、確かに冷蔵庫の中から人間が飛び出してきたように見える。


「な、なんだこれは!?」


 後からやってきた木崎たちも、その有様を見てさけび声を上げる。


 息をんだのは当然鈴乃と恵美だ。


「魔王! まさか、あのささ飾りが……」


 鈴乃は、思わず店の入り口を振り返る。


 魔王の開いたゲートが、なんの脈絡もなくこんな所につながるはずがない。考えられるのは、真奥が知らずに設置して魔力発現装置となったたなばた笹飾りが、ゲート開閉に使われた魔王の魔力と呼応したとしか考えられなかった。


 大勢のお客を招いた笹が、招かれざる客まで招いてしまったわけだが、今さら引っこ抜いたところでサリエルは帰ってはくれない。


「ぐ、む……」


 だが混乱が冷めらぬうちにサリエルがもぞもぞとうごめきながらうめき声を上げ、意識を取り戻しかけているではないか。


 こんなところでサリエルに暴れられたら絶望しかない。


 先ほどの戦闘で、サリエルは気絶しただけで無力化したわけではない。すずは力の性質上サリエルにあらがうことはできないし、唯一抵抗できるおうは既に力を使い果たしている。


 今からまた鉄道網をつぶしに行くわけにもいかず万事休すの有様で、やがてサリエルがむくりと顔を上げた。


「……どこの、どちら様かな」


 ばんゆうふるったのは、サリエルの正体を知らないさきである。不審者対応のつもりだろうが、どうやってサリエルの暴挙から木崎を守るか、魔王と勇者とていきようしんもんかんの思いが一つになったそのしゆんかん


「……美しい……」


 もうろうとした間抜けづらと同じくらいほうけた一言が、サリエルの口かられた。


「はい?」


 木崎はいつしゆん、サリエルが何を言ったのか分からず、不審者を刺激しないためのあいまいがおで首をかしげたが、


「美の女神は、異世界にいたのか……」


「……ちょっと何を言っているのか分からないんだが」


 サリエルの反応に、木崎も困惑を隠せない。


「サリエル、まさかお前……」


 真奥は、のうによぎった恐るべき予感とともにうめき声を上げる。そして、一瞬後に放たれたサリエルのぜつきようは、その予感を即座にこうていするものだった。


「ああ、なんという運命! なんという奇跡! 僕は日本で、美の女神とめぐり会った! ああ神よ! 僕は、僕は今禁断の恋に身を焼かれ、てん使に落ちようとしております!」


『……………………』


 真奥も恵美も鈴乃も、どう反応してよいか分からず凍りつく。


「なんだこのバカは」


 木崎一人が、先ほどまでの営業用の態度を一転させ、けいべつまなしでサリエルを見下ろした。


 サリエルは突然ひざまずくと、ボロボロの体を木崎のあしもとり寄らせて声高にさけびはじめる。


「ああ、そのはるか高みから私を見下げ果てた目で見るあなたの尊顔に、僕の胸は天界の時をべるだいしようろうのように高鳴っております!」


「おい、誰か状況を説明しろ。なんだコイツは」


「……えっと、実はその、向かいのセンタッキーの、店長です、はい」


 おうの紹介に、サリエルは全力でしゆこうすると店の外を指差す。


「おお我がいとしの君よ、僕はセンタッキーフライドチキンはた駅前店の店長を勤めておりますさると申す者。マッグとセンタ、決してあいれぬ組織に身を置く私とあなたは、まさしくファーストフード界のロミオとジュリエット!」


「……変態さんか」


「あなたのくちびるかられる言葉は、どのようなぞうごんであろうとも、私には天界のオーケストラのように響きます! 僕はあなたを振り向かせるためなら、喜んでこの身を地獄の業火へと投じましょう! 僕は、僕はあなたのために、一体どのようなバラを送ることができるのか!」


 と言い出す始末。


「……誰かこいつの言葉を日本語に訳せ」


「えっと、さきさんの言うことならなんでも聞きますって言ってるんです、多分」


 真奥の棒読みに全力でこうていの意を示すサリエル。木崎は目を閉じてためいきをつくと、


「……ならば、おい、もっとちこう寄れ」


 そのしゆんかん、サリエルはオレンジ色にくまりされたひとみの中に月光のごときらめきをともし、木崎の足下へとり寄ってゆく。


「ああああ! 無上の喜び! 神よ! お許しください! 私はあなたの下を離れ、情熱の業火に身を投じぶげぇっっ!!」


 ほいほいと擦り寄るサリエルの顔面に、木崎のヒールが直撃した。みようさけび声を上げて倒れ伏すサリエル。


 だがそんな仕打ちを受けても、てんじやがんこうを持つ大天使は、マグロナルド店長のヒールにつぶされ、こうこつの表情を浮かべていた。


「店舗経営ナメんなっ! なんだその間抜けたパンダづらはなんだこのフザケた香水はっ! それがセンタッキーの店長たる者のすることかっ!!」


 木崎はぐりぐりとサリエルの顔を踏み潰すが、サリエルは一向にこたえない。


「ああ、これがてんの誘惑! なんというあらががたかんなものか!」


だまれこの変態がっ!」


 ののしりながら三白眼で真奥をにらむ木崎。堕天のじやがんすらさんしやけそうなその眼光のするどさに、真奥のみならずすずなまつばを飲み込んだ。


「まーくん……我々はこんなバカが率いる店に集客人数で敗北をきつしたのか」


「あ……いや、その、あの」


「これは……従業員一同、アンティグア・バーブーダあたりにせんされても文句は言えない」


「もうどこにある国だか分かりませんよ!」


「とにかく、責任者の職にある私と君は、自主的な給与の返納をせざるを得ない。まったく、私もまだまだ修行が足りないということか。研修のことをバカにはできんな」


 勝手に合点して勝手に反省し、勝手におうまで巻き込もうとするさき。そのきようがくの内容に真奥は顔面をそうはくにした。


「ちょ、ちょっと冗談ですよね木崎さん!」


「私は笑えない冗談は言わない主義だと言っただろう!」


「笑えなくていいから言ってください!」


 サリエルといつしよになって木崎にすがりつく真奥。


「ええい、君も男なら聞き分けろ! 武士は食わねどたかようだ!」


「今は二十一世紀で、俺は平民です!」


 そう自己申告してなんとか木崎にほんせまる悪魔の王。


 不毛な言い争いを続ける店長とアルバイト、そして予想外のせいへきを爆発させたもう一人の店長を遠巻きにしながら、すずは顔を見合わせた。


「……本当に」


「笑えない冗談だな」


 エンテ・イスラの勇者と、だいほうしんきようかいていきようしんかんは、それでもかふっきれたようながおで、その有様をながめていた。


「真奥さんの友人……か。まったく、心底笑えない冗談だわ。なんで私が、魔王のことを下の名前で呼んであげなきゃいけないのよ」




    ※




「す、す、鈴乃さんっ!!」


 魔王城のドアを開いたは、そこに既に鈴乃の姿があることに気づきぜつきようする。


「こんなところで何をしてるんですかっ!」


「いらっしゃいませさん、丁度よかった、すいはんを使って紅茶のパウンドケーキを作ってみたのですが、よろしければいかがですか」


「あ、おじやしますあしさん! 喜んでいただきます! ……じゃなくって!」


 千穂はばたばたとさわがしく魔王城に飛び込む。そこでは鈴乃がカジュアルコタツをはさんで真奥に向かって煮物をつまんだはしを突きつけていた。


〝あーん〟に見えなくもないが、その煮物が真奥のほほにぐりぐり突きつけられているのを見ると、双方の心はあまり通い合っていなかったようだ。


 千穂は真奥と鈴乃の間に割り込むと、真奥を背にかばって鈴乃をにらみつける。


「何をするんだ。邪魔をしないでもらいたい」


「そっちこそ何してるんですかっ! 真奥さんもなんでされるがままになってるんですかっ!」


「あー、そのー……」


 おうはげんなりしたような表情でうなれる。


すずさんは真奥さんの敵でしょ! 何を堂々と真奥さんちに上がり込んでそ、そ、そんな真奥さんにあーんしようだなんてうらやましいこと……」


ー、本音が出てる本音が」


うるしはらさんはだまっててください!」


 漆原の茶々をいつかつして黙らせた千穂は、鈴乃を真っぐ睨みつける。


「言う通り、基本的には私は魔王の敵だ」


 鈴乃はしかし、涼しい顔で居住まいを正し、


「だが、先だっては魔王はそのつもりはなかっただろうが、世話になったのも事実だ。だからこうやって聖別された食糧をしく食べられるように調理して、お礼に食べさせてあげるフリをしてこっそり魔王達の体に有害物質を蓄積してやろうと……」


「言ってる意味が分かりません! 芦屋さん! こんなこと言ってるけど、いいんですかっ!」


「佐々木さんのお気持ち、この芦屋、痛いほど分かります。ですが……」


 と、あしは横目で漆原を睨みながら大学ノートを差し出して見せた。


「ルシフェルが無計画な買い物をしたおかげで、来月の家計に赤字が見込まれるのです。私としても、だんちようの思いでして……」


 芦屋の手書きで『魔王城家計簿』と書かれた大学ノートの一番新しいページを見ると、そこには『カード引き落とし:40000円 使用者・ウルシバカ』と書かれていた。


「四万円て……ウルシバカさん一体何買ったんですか」


「ウルシバカって言うな! 芦屋は散々怒ったけど、それが無かったらお前サリエルにエンテ・イスラに連れていかれてたかもしれないんだぞ! もっと感謝しろよ!」


「……でも真奥さんのお金ですよね」


「しかもこれ、エミリアのかばんにこっそり仕掛けた発信機の値段なのです」


「……サイテー」


 芦屋の耳打ちに、千穂はこつに顔をしかめた。


「納得いかない!」


 漆原は反省の色もなく、憤然と出費の正当性を主張する。


「……おかげで月間予算が不足しておりまして……クレスティアの食糧援助という名の暗殺を渋々受け入れざるを得なくなりまして……」


「命けずってまで節約しないでくださいよ!」


 千穂はばんばんと家計簿で食卓をたたいた。


「帰還が不可能な今、私にとっては家計の黒字化こそが最優先なのです!」


 真奥が時間帯責任者を務めた一週間の総集客数は、なんときんでサリエル率いるセンタッキーフライドチキンはた駅前店に敗北をきつした。


 サリエルは何をどうしたのか、さきによって何かを目覚めさせた翌日、正式にセンタッキーフライドチキンの社員として、幡ヶ谷駅前店長に就任してしまったのだ。


 その後どんなきような手を使ってくるかと警戒したおうだが、おおに営業を開始したサリエルことさるつきは、毎日木崎にバラの花束を贈ってくる以外はそれまでの行いがうそのようにしんに営業に取り組み、あまつさえ木崎への花束のメッセージカードに、


「いずれあなたを超えた時、お迎えに上がります」


 などと身の毛もよだつメッセージを添えてしたものだ。


 木崎は、


「安く見られたものだ」


 と憤慨していたものの、花に罪はない、とのことで、今のところバラは店内に飾られ、ご来店のお客様がご自由にお持ち帰りいただける状況にある。


 サリエルがこちらに残留しているのは木崎の件を別にしても、帰りたくても帰れないのではないか、とはうるしはらの予想だ。


 サリエルの本来の任務は失敗し、その上魔王サタンにも敗北を喫したまま帰還すれば彼自身がその罪でてんの審判を下されてしまうかもしれないかららしい。


 サリエルがセンタッキーに潜入していたのも、何か戦略があってのことではなく、すずのように換金できるものを持ってこられず、生活のために働いていたというのだ。


 そして鈴乃はと言えば、の目の前の有様が全てを語っている。


「大体鈴乃さんも鈴乃さんです! なんでこんなに堂々と、敵地でゆっくりしてるんですか!」


「それはもちろん、私の正義を全うするためだ」


 鈴乃は今まで見せたこともない含みのあるがおで、千穂を見た。


「私は魔王をとうばつすることももちろんだが、何よりエミリアを連れ帰って、くさった教会組織を改革したい。教会が真実、人々の信仰のり所として聖なる場所であり続けるために。だがエミリアは、魔王を倒さなければ帰ってくれないだろう? だからエミリアがその気になったときにいつでも魔王を倒せるよう、徹底的に弱らせておこうと思ったまで」


 いっそすがすがしいまでに堂々としすぎている鈴乃。千穂はあつに取られてしまう。


「もう! 真奥さんが何もできないと思ってそんなこと言って!」


 千穂はじたばた暴れるが、当の真奥がされるがままになっているのでどうにもならない。


 ただでさえ魔力が失われているところに持ってきて体力すら底を突き、そこにかかる時間帯責任者の激務と営業の敗北による心労が真奥をさいなんだ。


 さらには鈴乃がペシャンコにしてしまったデュラハン号のざんがいりつけられていた防犯登録シールが、またも魔王城に警察をみ込ませ、粗大ゴミを都庁前に放置したカドで散々に油をしぼられ、真奥は完全にノックダウンされてしまったのだ。


 あげ、一人で危険を犯した上に魔力回復の大きなチャンスをふいにしてあしにはさんざんに説教をらい、そこに来てすずの聖なる食材攻めである。具合が悪くならない方がおかしい。


おうさんのゴハンは私が作ります! 鈴乃さんはどうぞご心配なく、ニートにならないうちに、仕事見つけて働きに行ってください」


「承服できないな。それにこれは私がすべき仕事だ。魔王が力を失っている今こそが、絶好のチャンス!」


「本気で言ってます!? そんなくつ言って、本当は真奥さんにゴハン食べてもらいたいだけなんじゃないですか!?」


「ほう? それなら納得するのか? 私が魔王に実は好意を寄せていて、お弁当のハートマークも聖杯の象徴であるハートのスートで魔王を害そうとしたのではなく、私の魔王へのラブだと言うなら納得してくれるのだな?」


「だだだだだ誰が納得しますか何がラブですかっ! おせち料理を日本の代表的なお弁当とか勘違いしてたくせに、とってつけたようなこと言って!」


「なんのことかな」


「しらばっくれないでください! さぁ真奥さん! 敵の塩なんか受ける必要ありません! お母さんに教えてもらって、いっぱいゴハン作ってきましたから!」


「おやおや、ではいずれ、さんのお母さんにもお礼をしなければいけませんね」


 芦屋がキッチンの床を掃除しながらそんな所帯じみた独り言をつぶやく。


「よく考えろ魔王。今私の料理を断れば、食糧援助を打ち切るぞ」


「どんなきようはく外交ですか! 真奥さん、気にする必要ありません! 私がちゃあんと面倒見ますから!」


「……こうして見ると、真奥がモテてるように見えるから不思議だ」


 うるしはらはパソコンデスクにひじをついたまま、あきれてそうつぶやいた。


「でも、どう見たってヒモだよなこれ」


 そうしている間にも、ピントがみようにズレた女の戦いはどんどんヒートアップしてゆく。


「さぁ! 私と殿と」


「どっちのゴハン食べるんですか!」


 鈴乃と千穂にせまられて、真奥は心底げんなりした様子で力なく呟く。


「頼むから……あさめしくらいゆっくり食わせてくれ……」


 だがそんな真奥の願いは、次のしゆんかんかんなきまでに打ちくだかれる。


 ごうおんとともにものすごい勢いで魔王城の扉がやぶられ、誰もが驚いてそちらに目をやる。


 そこにいたのは、


「ル~シ~フェ~ル~……!」


 いかりで今しも半天使の姿に変身しかねない、だった。


 朝の光を浴びながら床をみ抜く勢いで魔王城に入ってきたの手には、小さな箱のようなものがつままれていた。


 それを見て、うるしはらが顔を引きつらせて逃げるように壁に張りついた。


「一体、どぉいうつもりで私のかばんにこんなもの入れたのかしらぁ!?」


 それは先ほども話題になっていた、恵美達の居場所を特定した発信機だった。


「あ、いや、それは、その」


「女の私に発信機なんかつけて居場所調べて一体何するつもりだったのこのニートてん使! あなたの変態行為、断じて許し難し、成敗してくれる!」


 恵美の剣幕に恐れをした漆原だが、それ以外の面々は早くも恵美が現れる直前の様子に戻ってしまう。


「お、おいあし、エミリアを止めろよ」


「私には関わりのないことだ」


「いや関わるでしょ相当! ちょっとおいベルっ!」


「ここでエミリアが全員片付けてくれれば、これにて一件落着、だな」


「何をぶつそうなこと言ってくれてるの! ちょっと! エミリアを止めろよ!」


「遊佐さん! らしめちゃってください!」


「恩知らず! 地獄に落ちろ! おいエミリア落ち着け! それには深い理由があってね!」


「言い訳無用! 死にたくなければ潔く腹をりなさい!」


「無茶苦茶だぁ!!」


「頼むから……静かに飯食わせろってば……」


 おうの悲痛な呟きは、それから始まった死闘のそうおんにかき消されていった。


 新たな争いの火種を大量にかかえ込んでなおあやうくも鹿馬鹿しい平和が支配する六畳一間の魔王城。


 照りつける夏の日差しは本格的な夏の到来が、もう間近だと告げていた。




 ─ 了 ─






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