はたらく魔王さま!2

魔王、近所付き合いで家計を助けられる(1/6)




 おきが燃え上がり、しやくねつとなって切り刻まれた肉をがす。


 無数の肉片からしたたる血とあぶらが、一層炎の気勢を強めさらにその身をさいなんだ。


 端から肉と骨が炭化していく焦げたにおいと、断末魔すら包み込む煙が辺りに充満する。


 彼は、そんな光景を舌なめずりをしながらながめていた。顔に浮かぶみは、ただただ欲望に突き動かされるじゆうのようだ。


「くっくっく、どうだ、手も足も出ずに地獄の炎で焼かれる気分は」


 暗いおさえた声だが、炎の中で断末魔の悲鳴を上げる『肉』に対してのざんぎやく性までは隠し切ることはできない。


「貴様らの肉、ハラワタ、骨に至るまで、この俺がらいくし、我が野望のかてとしてくれよう。安心してくがいい、くっくっく」


「魔王様……」


 困惑したような声が、炎と煙の向こうからかかった。しかし彼は動じない。


「まぁ待て、あせるな。最期の最後まで徹底的に炎であぶってやらねば、俺の気が済まんのでな」


「いえ、あの、ですから魔王様」


「さぁうたげの始まりだ! まずはハラワタから喰ってやろう! どうした! そのように縮こまって、恐ろしいのか!?」


「……」


「もう逃げ場は無い! 俺に捧げられるいけにえの第一号は……貴様だ!」


 そうさけぶと、彼は右手のはしするどく繰り出した。


 二本の伝統武器の先端は、寸分たがわず網の上のよく焼けた肉を捕らえ、それを血の池地獄さながらの赤みを帯びたピリからのタレに漬け込み、そして彼の口へとに運ぶ。


「くっくっく、いい味だ」


 彼はじやあくな笑みを満面に浮かべて、それをほおった。


「……魔王様」


「なんだよあし


 彼は急に表情が素に戻り、先ほどから声を投げかけてくる正面の人物に顔を向けた。


「お食事は、もう少しお静かになさってください。周りのお客さんに迷惑です」


 ぜまなテーブルを挟んで向かい側にいる芦屋と呼ばれた上背のある男は、煙のすきから困ったようにまゆを下げた顔をのぞかせた。


「ん? そうか、そういえばちょっとテンション上がりすぎて声がでかかったかな」


 魔王、と呼ばれた、どこにでもいそうなふうぼうの若者は、周囲を見回す。


「それに、ホルモン焼肉くらいでそんなにはしゃがないでください。まるで普段ロクなものを食べていないみたいじゃありませんか」


「別にそういうつもりじゃないが、いっつも粗食かジャンクフードしか食ってないんだから、たまにこうやっていいもの食えば、そりゃテンション上がるわ」


 そう言いながら〝魔王〟は、網の上でいい具合に焼き上がった肉やホルモンや野菜を、次々と取り皿に移してゆく。


「いやー、俺今まで、ハラワタがいっていう悪魔達の気持ちが分からなかったんだけど、ホルモンって本当美味いな。このリードヴォーはとろっとろでコクがあるし、ガツやナンコツの歯ごたえはなんとも言えねぇ! これがハチノスか? 形は変だが悪くない!」


「……よろしゅうございました」


あし〟は複雑なおもちでうなずき、魔王のテンションをしずめることをあきらめた。


 週末の夕方。そこかしこのテーブルで肉を焼く煙が上がっている店内の席は、八割ほどがまっていた。幸いにして魔王のテンションを迷惑がられる気配はなかったが、芦屋は今までそんなに魔王に粗食をいてきたのだろうかと、心の片隅で少しだけ反省する。


 東京都渋谷区ささづかの、京王線笹塚駅から徒歩五分の場所にある築六十年の木造アパート〝ヴィラ・ローザ笹塚〟の二〇一号室に入居する〝魔王城〟。その魔王城から歩いて十分の『百号通り商店街』に、地域で人気のホルモン焼肉屋があった。


 オープン十周年サービスとめいたれ、金曜と祝前日以外のディナータイムの早い時間帯ならばドリンク一杯サービス、ほとんどの肉が一皿三九〇円均一だというので、〝魔王サタン〟ことおうさだが、強硬に外食を主張したのだ。


 給料日直後でふところが温かかったのと、ある事情から一応『お祝い』をすべきだろう、ということになり、魔王城の家計簿を管理する、〝悪魔だいげんすいアルシエル〟こと芦屋ろうも了承した。


 サービスドリンクのウーロン茶をすすりながら、芦屋はわきにあるサラダボウルを手元に寄せて、


「肉ばかりでなく野菜も召し上がってください。最近では家庭でこれだけの野菜を食べようと思うと、三九〇円ではとても済みませんので」


 そう言いながらかいがいしく真奥の皿に野菜を取り分ける。


「あー、なんか野菜が高いんだってな」


「キャベツが一玉で三百五十円など狂気のです」


「俺は肉好きだから野菜とか別にいいんだけどな」


「栄養バランスが偏ります。せめて魚など焼ければよいのですが、魔王城のコンロに魚グリルはありませんし、何よりあの換気扇の力では、煙やにおいを外に排出しきれません」


 いじましい生活の話題を、ウーロン茶とともにみ下す二人の大悪魔。


「そう言えばさ、うるしはらばんめし、買ってった方がいいんじゃね? 焼肉弁当とかあるっぽいぜ?」


 真奥がふと手に取ったメニューの一番端のところに、持ち帰り用焼肉弁当の表記がある。こちらもカルビ弁当が六百円となかなかのお手ごろ価格だ。


 だが、芦屋は渋い顔をすると首を横に振り、残っていたサラダを全部より分けると店員を呼んで皿を下げてもらった。


「必要ありません。帰りにすぎで豚丼の並でも買えば十分です」


「え?」


 思いのほかれいてつな発言に驚くと、あしはサラダをほおりながらふんぜんと言う。


「最近、うるしはらはネットショッピングなるものを覚えたらしく、働きもしないくせに勝手に魔王様のカードを使って、家計をに使い込みすぎているのです。一つ一つの買い物はそう高額ではありませんが、甘やかすとつけあがります」


「え? あいつそんなことしてんの?」


「先月のカード引き落とし明細に、魔王様が購入されたパソコンとネット回線以外の引き落としが数多くあったと記載されていました。我々が無駄遣いしたのでなければ、やつの仕業です」


「……あー、なんか、確かに最近、俺が買った時よりもノートパソコンがごてごてしてるとは思ってたけど……」


 魔王城初の最先端文明機器と言っても過言ではないノートパソコンは、漆原の能力を見込んでおうが買い与えたものである。


「外に出られないってストレスでまたぞろ裏切られちゃかなわんから、多少のことは大目に見ようとは思ってたが、あんま度が過ぎるようならビシっと言ってやらんとな」


そうしてください。裁きのてつついをお願いいたします」


 じゆうめんを作りつつも真奥の頼もしい言葉に少しふんが和らぐ芦屋だったが、


「じゃさ、その分ちょっとだけぜいたくしていい?」


「は?」


 突然びるような声を出してメニューを開く真奥を見てはしが止まる。


「漆原の分考えてたから自重してたんだけどさ、そういうことなら一皿だけ上カルビいかね? 上カルビ!」


 上カルビ、上ミノ、上ハラミだけはサービス価格でも四九〇円の値がついていた。


 芦屋はがっくりとうな垂れて答える。


「……仕方ありませんね、今日だけですよ。その注文でおしまいですからね」


「っしゃ!!」


 真奥はガッツポーズをしながら店員を呼び、しっかりと上カルビを注文してから会計を頼んだ。芦屋は上カルビごときでほくほく顔になってしまうあるじの顔を見て、微笑ほほえましくも情けない気持ちで胸が一杯になった。


 去来するむなしい思いをみ下そうと手に取ったグラスの中は、既に氷だけになっていた。




    ※




 神々が見守る地とされている、せいじゆうたいりくエンテ・イスラ。大海イグノラに浮かび、十字をえがく五つの大陸に、を唱えんとした悪魔の王は今、日本の東京の渋谷のささづかにいた。


 魔王サタン。それはやみの生き物がうごめく魔界をべる、恐怖とざんこくを代名詞とする存在である。


 腹心の四天王である四人の悪魔だいげんすいとともに、サタンはエンテ・イスラの人間勢力をちくし、あと一歩で世界を征服できたはずだった。


 だが魔王の野望を打ちくだき、エンテ・イスラを守った英雄がいた。その名は、エミリア・ユスティーナ。勇者エミリアとの最終決戦に敗れた魔王は、異世界への門〝ゲート〟に飛び込み、エンテ・イスラからの逃亡を図る。


 傷つきしようもうした体で、〝ゲート〟に流されたどり着いた異世界の名は〝地球〟と言った。そこはエンテ・イスラよりも広大で、文明が進化した、人間の支配する世界だった。


 異世界である地球の〝日本〟という国に漂着したサタンとアルシエルは、高等悪魔の姿を保てなくなってしまう。日本には、自然にゆうしゆつする〝魔力〟が一切存在しないことがその原因だった。


 力を取り戻してエンテ・イスラに帰還するために、二人の大悪魔は聖も魔も存在しないこの〝日本〟という国で、人間にまぎれて暮らし、安全に魔力を回復する方策を探すことにした。


 そして、地球の時間で一年が過ぎた。そこには、立派なフリーターとして自立した二人の大悪魔の姿が!


 魔王サタンは、大手ファーストフードチェーンマグロナルドはた駅前店のA級アルバイトクルー、おうさだとして。


 悪魔大元帥アルシエルは、そんな真奥の生活を支える主夫、あしろうとして。


 東京都渋谷区笹塚にある築年数殿堂入りの賃貸木造アパート、ヴィラ・ローザ笹塚二〇一号室に仮の魔王城を設置して、毎日を元気に、じゆんぽう精神おうせいに過ごしていた。


 世界征服を目指した悪魔としては明らかに間違った生活が、新たな日常になって久しいある雨の日のこと。真奥貞夫は出勤途中に雨宿りをする女性に気まぐれでかさを貸す。


 その女性こそ、魔王サタン追討のために世界を渡った勇者エミリア・ユスティーナだった。


 突然の勇者出現にあわてふためく真奥だったが、エミリアもまた、孤立無援のまま日本に降り立ち、日本人として、日々をアルバイトで過ごしていることを知る。


 宿敵同士が再びかいこうしたにも関わらず、力を自由に行使できないがために、日本社会の一員として大人しく生活せざるを得ず、にらみ合いが続く。


 そんな最中、二人は『エンテ・イスラよりの刺客』を名乗り、『魔王と勇者をともにまつさつする』という目的を持つ敵からの襲撃を受ける。


 その正体は、かつての魔王配下の悪魔大元帥にして、勇者エミリアに撃破されたはずのてん使ルシフェル。そして勇者エミリアの仲間の一人でありエンテ・イスラに絶大な権力を誇るだいほうしんきようかいの大神官オルバ・メイヤーだった。


 非道な手段で迫るルシフェルとオルバに、おうは一方的な戦いを強いられ、何度もきゆうおちいる。


 しかし真奥がたんで魔王サタンとしてのかくせいを果たし、勇者も帰還のための保険として温存していたせいほうを開放したおかげで、形勢を逆転して二人の刺客の撃退に成功する。


 魔王サタンが復活し、勇者にもエンテ・イスラから仲間が救援に現れたため、聖と魔の決着がつくかと思われた。


 しかしサタンが、戦いで破壊された市街の復旧と現場の人々の記憶消去に取り戻した魔力を注ぎ込む。そのため力がふつていして、再び真奥さだの姿に戻ってしまった。


 エミリアは、帰るチャンスをふいにした魔王を監視するという名目で、日本に残ることを決意。聖と魔のこうちやくは、日本の東京の渋谷のささづかで、そのまま維持されることになったのだった。




    ※




 ホルモン焼肉屋から出た二人の肺を、蒸した空気が一気に満たした。きりが出ているわけでもないのに、肺に水が入り込むような錯覚に陥り、せそうになる。


 初夏から本格的な夏に移ろうとする時期で、は長くなり、朝晩の気温も下がりにくくなりつつある。加えて時ということもあり、毎日不快指数の針は全力で振り切れているのだ。


「あんなにじゃんじゃん火をいてる焼肉屋の中の方が涼しいってどういうことだよ!」


「エアコンは偉大ですね」


 早い時間に店に入ったこともあって、商店街は未だ活気を失っていない時間だった。勤め帰りのサラリーマンの群れが、笹塚駅のあるこうしゆう街道の方から大勢歩いてくる。


 途中の牛丼ファーストフードすぎで一番安い豚丼をテイクアウトした真奥とあしは、その流れに逆らうように笹塚駅の方向に向かっていた。


「すっげぇよなぁ、よくこのクソ暑いのに、あんなにスーツ着込むよな」


「ああ見えて風を通しやすい素材だそうですよ? 最近は『洋服のあかやま』や『AKAKI』のようなリーズナブルな店でも売られるようになったとか」


「それくらいは知ってるけどさ、そもそも真夏に長袖着たくねぇじゃん」


「魔王様、南大陸の砂漠の王国を攻めた時のことをお忘れですか」


 芦屋の顔が急に険しくなる。


 時間は午後七時になろうとしていたが、日の長い夏のこと、空は未だはくの色を保ち、商店街の街灯が夏独特の光彩を街に落としている。


 商店街の出口、甲州街道と交わる交差点で二人は赤信号にひっかかった。


「強い日光は肌を焼くのです。砂漠のたみは皆厚い布で体を覆っていたでしょう? 日本はあれほどのしやくねつの土地ではありませんが、地球とエンテ・イスラではそもそも事情が違います」


「い、いきなりなんだよ」


 突然熱っぽく語りだすあし


「日焼けは長期的にはがんの原因となります。オゾン層が薄くなったことで、日本の都市部に降り注ぐ紫外線の量は年々増え続けていることをご存知ですか!?」


「ンなこと知らねぇよ、それがどうしたんだよ」


 芦屋は空を指差した。


「このような夕方やくもりの日など、あまりが差していない時でも、紫外線は降り注いでいるのです。皮膚ガンや白内障などの原因であり、南極のオゾンホールが近いオーストラリアなどでは、学校に通う子供達にサングラスの着用を義務付けている州すらあるほどです」


 熱弁を振るう芦屋だが、手に持った豚丼が人に当たらないように、気を遣うことは忘れない。


「結論を申しますと、日本においても夏場に半袖でいることは、必ずしも推奨されることではなくなっているということです。なので魔王様の健康のためにも、できれば七分袖のシャツにサングラスなどを常用していただけると、私としても安心なのですが」


「七分袖はともかく、サングラスとか勘弁しろよ」


 芦屋がどこまで本気なのかは分からないが、おうは雑談にとどめておきたいので、


「おい青になった。豚丼冷めないうちに帰ろうぜ」


 と、素早く話の腰を折った。


「あ、はい」


 横断歩道の此方こなた彼方かなたまった人波が一斉に動きはじめて、芦屋も素直に腰を折られる。


 ささづか駅前の大きな横断歩道で、多くの日本人にまぎれて、雑談しながら歩く大悪魔二人。


「ところで魔王様、あのホルモン焼肉屋のこと、ご存知だったのですか?」


「え?」


 横断歩道を渡りきったところで芦屋が歩きながら尋ねてきた。


「魔王様の通勤経路にある店ではなかったので、どうしてあそこだったのかなと」


「ああ……実は前に行ったことがあるんだ」


 真奥はそう言ってからあわてて付け加える。


「い、言っとくけど、人におごってもらったんだからな、家計には手をつけてないからな!」


 恐る恐る見上げた芦屋の顔は、穏やかながお


「そんなことくらいで怒ったりはしませんよ」


 絶対うそだ。自分で金出して行ったとか言ったら、今夜一晩説教の末、また激烈な節約メニューをいられるに決まっている。そのさんくさい笑顔の裏に何を隠した!


「と、とにかく、初めて行った時は……って言っても今日で二回目なんだけど……さきさんに連れてってもらったんだよ」


 木崎ゆみ。真奥の勤務先にして魔王城の家計の要、マグロナルドはた駅前店の店長である。


「なるほど、得心しました。従業員同士の打ち上げか何かですか。そう言えば八ヶ月と十七日前に、魔王様が夕食は不要だとおっしゃって出ていった日がございましたね」


「そんな細かい日付がパッと出てくるお前が怖いわ」


 おうは顔をしかめる。


 ささづか駅前のガードを通り過ぎると、急に人通りがまばらになった。網の目のように路地が伸びる古くからの住宅地に差しかかったのだ。


さきさんが俺の歓迎会だっつって連れてってくれてさ。なんか知り合いのお店なんだって。その日は俺と木崎さんと、他に何人かいたけど全部木崎さんが払ってくれたんだ」


うわさたがわぬ豪儀な店長ですね。でも、それならホルモンは初めてではないのでは?」


「前に行ったときはおごりだってんで恐縮して、ずかしながら何食ったか覚えてなくてな」


 魔王として極めつけに情けない告白をしながら、


「しかし……今回ばかりは素直に木崎さんのことヨイショできねぇわ」


 ゆううつそうな表情を作る真奥。


「それだけ魔王様を信用してくださっているということです。入社して一年も経たないのに、それこそ異例の出世、と言うべきではありませんか」


 あしは逆にどこかうれしそうに言うが、真奥は力無く首を横に振った。


「ンなこと言ったって、バイトであることには変わらないしな」


「時間帯限定でわずかな人数とは言え、魔王様が人間を支配できるのです。喜ばしいことではありませんか」


「日本語としては間違ってないが……お前、本気で言ってる?」


「でなければ、今日は外食などしていません。魔王様の出世祝いの外食ですからね」

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