エピローグ 喪失と再生 2

    ◇◇◇


 生物兵器を確保して、少女たちをがした後でも、最後の仕事が残されていた。

 聞き出さなくてはいけない。

 なぜギードが『焔』を裏切り、メンバーが殺されなくてはならなかったのか。

 クラウスの知る限り、『焔』に不満を持っていなかったはずだ。クラウス同様にチームを愛して、家族のように感じていたはずだ。なのに、なぜ──。

 背中から大量の血を流してたおすギードのそばにかたひざをついた。クラウスが声をかける前に、彼がかすれる声を出した。

「見事だな、バカ……」

しよう……」

 その弱々しい声に、罪悪感をいだくことはすじちがいだ。

 彼に重傷を負わせたのは、自分自身なのだ。

おどろきだぜ」ギードは薄く微笑んだ。「まさか弟子の弟子にやられるなんてな」

「僕のかんぺきな授業の成果だな」

を張んな」

 言い返そうとしたが、あきらめた。

 彼は陽炎パレスの会話をとうちようしていた。授業のさんさはお見通しだろう。

「お前がちようぜつ口下手で不器用なのは知っている。よくがんった方じゃねぇのか?」

「頑張ったのは少女たちの方だ……アナタを倒した以上、別れることになるが」

「解散か。さびしくなるだろう」

「いや、そうでもない」クラウスは告げた。「師匠が来ればいいからな」

「は?」ギードはぜんとしたように口を開ける。

 クラウスはそっとギードの首元に手を当て、血流を確かめた。

「この傷でも今すぐ応急処置すれば、師匠なら助かるだろう」

「本気で言ってんのか?」

「当然だ。師匠、二人でもう一度『焔』を始めよう」

 背広をいで、裏に仕込んだ針と糸を取り出した。それからナイフで服をいて包帯を作りあげる。

「甘すぎる……」

 その光景をギードは信じられないような目で見ていた。

「バカか……クラウス……上にはどう説明する気だ……?」

「僕に下されたのは、生物兵器のだつかんだ。達成した以上、文句は言わせない」

「だからって……」

「アナタは僕に残されたゆいいつの家族だ」

 私情とののしられようと構わない。だれきゆうだんされようとも、優先する未来がある。

 それには、もちろん最低限の条件を果たす必要はあるが──。

「だから、まずは話してくれ。アナタはなぜ裏切った? その理由だいだ」

 クラウスは針をそっとライターであぶって、ギードをにらんだ。

 この針を彼ののどもとき立てるか、傷口をほうごうするかは返答で決まる。

「『へび』」

 ギードはぽつりとらした。

「帝国の新しいスパイチームだ。不気味な連中だ。見たしゆんかんが出るほどの……」

「……聞いたことがないチームだな」

「オレはアイツらに──」

「師匠、いつたん、静かにしてくれ」

 ギードの言葉をさえぎった。

 彼に事情があると聞けた以上、ギードの延命が先決だ。

「これから簡単な手術をする。理由があるのは分かった。話はもどってから──」

 ゆっくり聞こう──と言い終えられなかった。

 前を向くと、じゆうだん

 殺気がなかった。音もしなかった。

 クラウスといえどくらやみに近いかんきようでの縫合手術は、かなりの集中がいる。死にかけの師匠に気が取られていた。けんねらった銃弾に反応できなかった。

 すきを狙った完璧なしゆう

 ──死。

 そう意識した直後、周囲にせんけつが飛び散った。

 全身が赤い液体でれていく。

「師匠……?」

 ギードが自身におおいかぶさっていた。

 彼が銃弾からかばってくれたと理解すると同時に、自らの身体からだを伝う液体が彼の血だと気が付いた。銃弾は、彼の胸部に命中していた。

 ギードの身体がだらりと力をなくした瞬間、クラウスの視界が開けた。

 遠くの建物の屋根には、小銃を構えた人間がいた。

 スナイパーは身をひるがえして闇に消えた。

 追いかける気にはなれなかった。ギードの傷口を押さえて血を止める。

 目の前で失われる命をつなぎ止めたかった。

 それがおくれだとさとっていても──。

 ギードはささやいた。「────」

 その言葉を残したきり、彼が口を開くことは二度となかった。


    ◇◇◇


 陽炎パレスに戻った時、当然、そこには誰の姿もなかった。

 とびらを開閉する音だけが、洋館の中にひびく。

 頭にあるのは『蛇』という正体不明のスパイチーム。一か月間を休息にてる気はなかった。彼らはふくしゆうの対象だ。スパイとしての責務もある。調べなければならない。

 しかし、自室までの階段を上がろうとしたところで、足が止まる。室長がてきしたように、ろうまっているのだろう。少し休む必要はあるようだ。

 クラウスは大広間に向かい、ソファにこしかけた。

 時計の下にある、部屋全体をわたせる席。

 この席に座るのは、久しぶりだった。

『焔』のメンバーが陽炎パレスにいたころは、クラウスの定位置でもあった。そこでねむりするのが好きだった。命をけた任務から戻ってきた時は、常にそのソファに向かい、心を安らげた。顔を上げると、ボスが自ら紅茶をれてくれ、メンバーの一人がフィナンシェを焼き、ギードがチーズケーキを買ってくる。仲間と共にだんしようをしながら、任務のかつやくねぎらった。

『焔』がなくなり、『灯』の時代になってから、大広間は通り過ぎるだけの空間となった。もう少し彼女たちと過ごせばよかったかもしれない。深夜、クラウスが紅茶でも飲もうと大広間に下りると、少女たちは激論をわしている。自分を倒すため、少しでも力をみがき上げるため、時にケンカし合い、時にはげまし合っていた。ターゲットである自分が大広間に進入し、となりのキッチンのだなから茶葉を取り、去っていくことにも気がつかないのはどうかと思うが、翌日にはどんなしゆうげきをするか、楽しみにしたことは覚えている。

 思い出を挙げればきない。

『焔』との日々はもちろん、『灯』の毎日も悪くなかった。

 ただ今、自分は一人となっている。

 二つの日々のどちらも失った。

むなしいな……」

 笑いが絶えなかった広間に、たった一人でソファに腰かけている。

 この心を穿うがつ感情は一体なんなのか。

 計画は完璧だった。

 ギードから言いわたされた『世界最強』のしようごうじない働きだった。

 任務は達成し、仲間を誰一人死なさず、『焔』をかいめつさせた裏切者を始末した。

 授業ができない欠点だってふうにより乗りえた。

 ほかの誰にもできない成果ではないか。

 では、なぜ満たされない──。

「こんな──」

 クラウスは声をあげる。

「──こんな結末が、僕が望んだものなのか」

 それならば、この二か月にはどんな意味があったのか。

 そうなげいた時──ふと気づく。

 みぎうでが動かない。

 しばられている?

 ワイヤー? いつの間に?

 異常事態を察知した時には反応がおくれていた。

 ソファの背後から、無数のワイヤーがびてくる。首、あしどう、額と次々とワイヤーがからみ合い、身体を動かせなくなった。

 かいを試みようとした時、銃口が向けられていることに気が付いた。

 銃を向けられ囲まれている。家具のかげから少女たちが現れて──。

 はくはつの少女とくろかみの少女が左右からけんじゆうきつけ、茶髪の少女が脚を狙い、赤髪の少女が心臓に照準を合わせている。はいももがみの少女が楽し気に、そして、あおぎんぱつの少女が冷ややかに行動を見張っている。金髪の少女──エルナが見えないということは、ソファの後方で構えているのか。

「とうとうらえましたっ!」

 銀髪の少女──リリィは特に何もしていないが、クラウスの前で胸を張った。

「お前たち……養成学校に戻ったはずでは……」

「演技です」

 彼女は事も無げに告げてくる。

 どういう心変わりなのか。

 彼女たちは、ここ数日クラウスのすいせんにより養成学校に戻る準備を進めていた。昨夜には解散のパーティまで開いたばかりであるのに。

「ふっふっ、とうとう完全勝利です。いくらでも要求をませられますね!」

「要求?」

「決まってるじゃないですか──『灯』の存続ですよ」

 リリィはそう主張する。

 首をかしげたくなったが、ワイヤーで捕らえられてそれもできない。

「なぜだ……? 出会った時とは真逆の要求を──」

「はい、出会った時とは真逆のリリィちゃんです」

 彼女は顔の前でピースサインをする。その後で、立てた二本の指を振りながら、えらそうに説明を始めた。

「いやいや、みんなで話し合ったんですよ。ほら、いまさら学校に戻って卒業して見知らぬスパイチームに加わるより、一度死線を乗り越えたメンバーが良いって」

「それはそうだが……」

 ほこらしげに語るリリィのごういんさに押されて、ついうなずいてしまう。

 なるほど、と思わなくもないが、しかし理解できない点もあった。

「……そのつうに伝えればいい要求を、わざわざ僕をだまして縛って、銃口を向けて伝える理由は?」

「授業の続きですね」

「授業はとっくに終わった」

「じゃあ、仕返し」

「お前は本当に性格が悪いな」

 スパイとして武器にもなるが、この少女は性格がしたたかすぎる。

 今のじようきようがよっぽどうれしいのか、リリィはにこやかな笑みをかべた。

「ふふーん、そんなあきれ顔してもですよ。今回はひとじちも取っていますからね」

「人質?」

「下を見てください」

 白髪の少女が一瞬ワイヤーをゆるめて、ソファの下を見せてくる。

 そこには、いつの間にかキャンバスが置かれていた。少しでもクラウスが暴れれば、み破いてしまうような位置である。

「先生がずっといている絵です。暴れたらビリビリになっちゃいますね」

ちくの所業だな」

「強くなったでしょう? だれかさんのおかげですが」

 リリィがそっと手を伸ばしてきた。

「もっと教えてくださいよ──落ちこぼれだったわたしたちがき誇れる方法を」

 彼女の言葉に続くように、他の少女たちも口にする。

「アンタとの訓練が一番タメになるしな」と、「俺様もいっしょー」と、「せんせいのおかげで初めて夢に近づけたの」と、「あこがれの『焔』が師なんて私の理想よ」と──。

 彼女たちはめいめいに自分自身へしんらいの言葉を伝えてくる。

 クラウスののうにあったのは、ギードのゆいごんだった。


『守りけ、今度こそ』


 彼はそう言い残して、息を引き取った。

 クラウスはその命に従って、少女たちを任務から遠ざけようとした。養成学校に送り返すことで守ろうとした。しかし、今となってはちがいだと悟る。自身の身体にまとわりつく無数の技術が教えてくれる。彼女たちの成長を感じさせてくれる。

 指導一つできなくとも、それでも自分は教師だった──。

 ならば自分は何を選び取るべきか。

「さぁ、先生! 『降参』の準備はいいですか?」

 リリィは偉そうにわめき続けている。

「『灯』の存続を宣言して、降参って言って、ついでに、これまでのうつぷんを──」

「ところで──」クラウスは口にする。「このお遊びには、いつまで付き合えばいい?」

 力ずくで少女たちのこうそくを破る。

 少女たちのけいかいいつしゆんゆるんだタイミングでワイヤーを勢いよく引っ張る。固定していた少女の体勢が乱れて、その暴れ回るワイヤーに他の少女もたおされた。拳銃──さすがにじつだんは入っていないだろうが──を放つひまもない。同士ちを躊躇ためらううちに、ワイヤーで拳銃をからめとる。

 美しくない手段だが、今回ばかりは仕方がない。

 彼女たちにとって、予想外の手段だったらしい。警戒不足。キャンバスを踏みにじりながら、全員の動きに対処する。まだまだ経験が足りない。これからきたえればいいか。

 足元のキャンバスはざんに引きかれる。

「せ、先生! そこまでしますか! 大切な絵を踏みつけてまで!」

「過去にしゆうちやくするのは、たった今やめたんだ」

 そうき捨てる。

 もちろんふくしゆうの願望は簡単に消えないだろう。しかし、違う道を見つけられた。

 復讐の果ての光景が無人の家というのは、あまりにさびしすぎるから。

 きっとボスも許してくれるだろう。

 しようも、そして、仲間も認めてくれるはずだ。

「お前たちでは、僕の敵にさえなれないよ」クラウスは軽く告げる。

 敵にはあたいしない。

 敵になれるとも思えない。

 けれども、もっと別の存在になら──。

 人生はいつだって皮肉に満ちている。

 仲間の復讐のために動いていた日々で、新たな仲間を得る。

 クラウスは、裂かれた絵を拾うと、そのかわききった絵の具の一部をがした。そして、大広間のかべに白いスペースを見つけると、先ほど剝がした絵の具を押し付けて、一本の、赤く、細く、はかなく、それでいて、力強い線を描いた。

 これで完成だ。

 二つの絵を見比べる。

 あか色の絵の具を激しくり『家族』と名付けた──

 そして、それを破り裂き、新しく描いた──

ごくじようだ──」

 クラウスはゆっくりと微笑ほほえむ。

 新作の題名は、これからつければいい。

 かつて家族と過ごした空間に、新たな仲間の絵がかざられる。

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