【第一章】◆探偵はもう、死んでいる。

 その後迎えに来たふうさんに連れられて、俺となつなぎは刑務所を後にした。

きたいことは訊けたのか?」

 パトカーのハンドルを握りながら、風靡さんは後部座席の俺たちに尋ねる。

「……はい、おおむね」

 いまだ目の赤い夏凪に代わって俺が答えた。

「ほう、存外あの男も口が軽くなってきたか」

「ネタ次第じゃないですか? にはまったく口を割らないんでしょう?」

 を目的に、あのとき飛行機でコウモリを生きたまま捕まえたシエスタ。しかしその跡を引き継いだ風靡さんは、四年った今なお、コウモリから重要な情報を聞き出せていないらしい。

 ちなみにシエスタ亡き今、《SPESスペース》とは停戦状態が続いている。いや正確に言えば、やつらがわざわざ俺を相手にしなくなった、といったところか。残念ながら俺は、あくまであの名探偵の腰巾着扱いでしかなかった、ということだろう。

「ま、とりあえず今日のところは、お前らに収穫があってよかったな。存分にアタシに感謝しろ」

 刑務所に用事がある風靡さんに、俺たちが勝手についていったというはもう忘れているらしい。が、何はともあれ、風靡さんには感謝しかない。

 でも、一つだけ。どうしても俺には気になることがあった。

「風靡さんも最初から全部、知ってたんですよね」

「なんのことだ?」

「こいつの……夏凪の心臓が、誰のものだったかってこと」

「どうしてそう思う?」

「さあ、改めて訊かれると。でも、なんとなく」

 根拠はない。だけど、よりにもよってピンポイントであの男を俺たちに引き合わせたことに、なんの意味もないとは思えない。

 で、あるならば。もしかすると、風靡さんの目的は──

「夏凪」

 きっとこれは、今言っておかなければならないことだ。

 俺は前を向いたまま、隣に座る夏凪に言った。


「その心臓が誰のものであろうと、夏凪は夏凪の人生を生きていいんだからな」


 誰かの代わりになんて、なろうとしなくていい。

 俺が言うと、ミラー越しに肩をすくめるふうさんが映った。

 悪いが、打倒《人造人間》はあんたらに任せる──この件に、なつなぎを巻き込ませるつもりはない。夏凪をシエスタの代わりには、させない。

きみづか……」

 ふと横を見ると、夏凪がどこかほうけたように俺を見つめていた。

「どうした?」

「……ううん」

 しかし夏凪は、やがて小さく首を振ると、

「──ありがとっ」

 ぱっと花を咲かせるように笑った。


「あー、疲れた」

 それから風靡さんに駅のロータリーで降ろしてもらい、俺はぐっと伸びをする。

 いや、まったく。一年ぶりのまともな仕事……それに、思わぬ過去のトラウマやら何やらを引きずり出され、まさにまんしんそうといった具合だ。

「……あたしのせい?」

 すると夏凪は、珍しく申し訳なさそうに俺の顔をのぞき込む。

「そんなこと言ってないだろ。むしろ、お前には感謝してるぐらいだ」

「え……?」

 夏凪の、元から大きい瞳がさらに見開かれる。

「お前のおかげで、なんていうか、その」

 なんだろうな。自分でもうまく言語化できない。

 だけど夏凪と出会って、もう一度過去に向き合うことになって、たぶん俺は──

「このままじゃダメだって、そう思えた」

 思えたんだと、思う。

 まだきっと、可能性でしかないんだけどな。

「……それを言うなら、あたしも」

 すると夏凪が、どこか思いつめたような表情で唇をむ。

 どうした? なにかまだ悩みでもあるのか?

 そうこうとして、俺は──

「今日は、ありがとな」

 なにも気づかないフリをして、この場を後にしようとする。

 だって、夏凪の依頼はもう完了したんだ。

 であるならば、俺はもうなつなぎに関わる必要はない。関わってはいけない。

 俺と夏凪は当たり前だが、恋人でもなければ、きっと友達でもない。

 探偵(代役)と依頼人──ただそれだけの関係。

 依頼が片付けば、もう俺たちは何の関係もなくなる。

 ならば、早く俺は夏凪の元を立ち去るべきだ。

 夏凪はせっかく新しい命を手に入れた。

 だから、

 そして、シエスタを思い出すきっかけになり得る、

「じゃあな」

 そう思い直して俺は、駅の改札に向かおうと一歩足を──

「待って」

 踏み出そうとしたところで、右手を細い指先につかまれた。

「……どうした、夏凪」

「……いや、えっと」

 指先は絡んだまま。

 夏凪は視線を下に落とし、なにか言いたげに口を開いては、またきゅっとつぐんでしまう。

 夏凪がなにを言いたいのか、、俺には分かる。

 けど、それはダメだ。

 これは、夏凪の人生だ。他の誰の重荷も、背負わせてはならない。

 黙りこくった俺たちの頭上。

 駅前の大型ビジョンからは、大音量のアイドルソングが流れている。PVなのだろう、中学生ぐらいの女の子が、あざとくカメラ目線でウインクをしながらポップチューンを歌っていた。おかげで沈黙の気まずさが二割増しで襲ってくる。

「なにもないなら、行くぞ」

「……きみづか、性格悪い」

 そうだよ。俺は人格破綻者なんだ、悪かったな。

 いつかと同じ台詞せりふを吐く夏凪を置いて、今度こそ俺は改札に向かおうと──

「あの!」

 したところで、再び俺の歩みを遮るものが現れた。

 横を見る。夏凪がいる。小首をかしげている。ということは、今のは夏凪ではない。

 視線を少し下げると、その声の主が視界に入った。

 それは中学生ぐらいの女の子。フードで顔が半分隠れているが、のぞいた片方の瞳はあまりにまばゆく、おおよそ一般人のオーラとは思えない。

 というか、どこかで見たことがあるような……。

 なつなぎと二人、視線をぐっと上げると、やっぱりどこかで見たことがあるようなアイドルが唄を歌っていて。

「あの、わたし実は、アイドルをやっていて」

 おいおい、今さっき仕事を終えてきたばっかりなんだぞ。どうしてこんなことが連続して……。……いや、もし原因があるとすれば。

 隣の夏凪に。その心臓に、視線を送る。

 そして、俺の第六感はやっぱり当たる。

「わたし、名探偵さんに解決してもらいたいことがあるんです!」

 やれやれ、また一からこの説明をしなくちゃならんのか。

「悪いけど、俺は探偵じゃなくて……」

 すると、そのとき。

「ごめんね、このやる気のなさそうな男はなの」

 夏凪が、そっと俺に目配せをする。

 これがあたしの決めた道。そう言っているような気がした。

「え、じゃあ……」

「でも、大丈夫」

 戸惑うアイドルに。

 新たな依頼人に、夏凪は言う。


「探偵なら、ここにいる。あたしが名探偵──夏凪なぎさ


 探偵はもう、死んでいる。

 だけどその遺志は、決して死なない。

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