〇祝勝会
「乾杯!」
中間テストの結果発表から一夜明けたその夜、元赤点組は一堂に集結していた。勉強から解放された喜びと、誰一人退学者が出なかったことに、
たった一つの不満点を抜きにすれば、けして悪いものじゃない。
「……どうしたんだよ、そんな暗い顔して、
「祝勝会を開くことは構わないし賛成だが、なんでオレの
「俺の部屋散らかってるし。須藤も
「入学してまだ
日常で使うもの以外、必要なものなんて感じられない。
「櫛田ちゃんはどう思う?」
「私はいいと思うな、簡素だけど清潔感があるし」
「だってよ。良かったな櫛田ちゃんに褒められて。はははは」
思い切り私怨でオレを
「それにしても危なかったよな、今回の中間テスト。もし勉強会開いてなかったら、俺は大丈夫にしても、池と須藤は絶対アウトだったよな」
「は? お前だってギリギリじゃねーかよ」
「いやいや、俺は本気だせば満点取れるから。マジで」
「これも皆堀北さんのおかげだよね。池くんたちに勉強を教えてくれたんだもん」
堀北は輪に加わろうとはせず、一人静かに
「私はただ自分のためにやっただけ。退学者が出ると、Dクラスの評価が下がるからよ」
「ここは
「上がらなくていいから」
まぁ、態度こそいつもと変わらないが、この集まりに参加してくれただけ進歩か。
出会った時の堀北だったなら、間違いなくこの場には来ていないはずだ。
「まぁなんだ……案外いい奴だよな、堀北は」
須藤がフォローする形で、そう言った。
「それにしても、どうやって先生に須藤くんの退学を取り消して
「俺も気になってたんだよね。どんな魔法をお使いになったんでしょうか、堀北ちゃん!」
「さあ、覚えていないわね」
「うわ秘密!?」
大げさに後ろに転んで、リアクションを取る
「中間テストを乗り越えたくらいで、浮かれない方がいいわよ。次に待っているのは期末テスト。今回よりも更に難易度の高い問題が予想されるわ。それに、ポイントを得るためにはプラスになる部分を探さなければならないし」
「また地獄のような勉強が始まるのか……最悪だぁ」
寝ころんだまま池は頭を抱える。
「そうならないように、今から勉強しようって考えにはならないのか?」
「ならない!」
ならないらしい。
「この学校って、よくわからないよね。クラス分けとか、ポイント制度とか」
「あーポイントなー。ポイント欲しい~。貧乏生活とか最悪だぜ~」
池と
「ねえ堀北さん。ポイントを入手するのって、やっぱり難しいかな?」
「中間テスト頑張ったし、がっぽりポイント入んねーかな!?」
「ちゃんとDクラスの平均点を見たの? 全クラスでダントツの最下位よ。それでポイントが貰えると思っているなら、考えを改めた方がいいわ」
ほんと、堀北は歯に衣を着せないというか容赦なく真実を
「じゃあ来月もポイント0かよ……トホホ……」
「節制生活を身に着けられると思って、
「大丈夫だよ池くん。今はまだポイントは手に入らないけど、近いうちきっと入ってくるようになるよ。ね? 堀北さん」
「何のことかしら」
「話してもいいんじゃない? ここにいる皆は、仲間なんだし。私と堀北さん。それから
「Aクラスを……目指す? え、それガチで本気?」
「うん。もちろんだよ。ポイントを増やすってことは、必然上位を目指すことでもあるし」
「や、でもさ、Aクラスは言い過ぎじゃない? 頭いい連中ばっかりなんだろ? そんな連中に勉強で勝つなんて、絶対無理っしょ」
テストの平均点から考えても、
「勉強面だけがクラスを決めるわけじゃないと思うし。……だよね?」
「それだけとは思わないけれど、勉強出来なければ論外なのは事実ね」
明らかに戦力外の三人は、視線を
「今はまだまだかもだけど、一緒に頑張ればうまくいくよ。絶対」
「根拠はなにかしら」
「根拠っていうか……ほら、一本じゃ折れる矢も、三本集まれば折れないって言うし」
「少なくともここにいる三人は、束になっても折れると思うわ」
「じゃ、じゃああれだよ。三人寄れば文殊の知恵! 的な」
「三人のテストを合計して、やっと1人分だけれどね」
「でも反発しあっても得はないじゃない? 仲良くしておいた方が絶対いいよ」
「……そう
「でしょ?」
その言葉には、さすがの堀北も反論のしようはなかった。
どうせ上を目指すなら、一人でも多くのクラスメイトと仲良くしていた方がいい。
この段階で
「ということで、改めて三人には協力してもらいたいな」
「喜んで!」
「ま、
「須藤くんに頼ろうと思ったことは一度もないし、手伝ってもらいたいとも思わない。そもそも、須藤くんが戦力になるとは考えにくいもの」
「ぐ……このアマ、
「それで下手に出たつもりだったの? 驚いたわ」
全然驚いていないくせに。須藤は怒りつつも、
「ムカつく女だぜ、お前は」
「ありがとう。褒め言葉と受け取っておくわ」
「……
「とか言って、ほんとはどうなんだよ?」
池がからかう。その瞬間、須藤は
「いで! いでで! や、やめろ!」
「余計なこと言ったら絞めるぞオラ」
「も、もう絞まってる、絞まってるって! ギブギブ!」
男同士の友情? を目の当たりにして、堀北は心底深いため息をついた。
「この学校は実力至上主義よ。きっとこれから、激しい競争が待ってるはず。もし協力すると言うなら、軽はずみな気持ちでやるのだけはよして。足手まといだから」
「まぁ腕力なら任せとけ。俺はバスケと
「……全然期待できないわね」
実力至上主義、か。オレは少しだけ胸の奥がざわつくのを感じた。
遠ざかったつもりだったのにな、そういう世界からは。気が付けば身を投じてしまっている。もう、呪われていると言ってもいい。
堀北は本気でAクラスを目指そうとしている。その意志はけして揺るがないだろう。
だけど、オレたちDクラスがそこにたどり着くのは、容易なことじゃない。
今ここにいる戦力だけでは、Cクラスにすら到達できないかも知れない。
だとすれば、オレはこれから先、どうしていくべきなのだろうか。
なるようにしかならない、か。ひとまずは頑張ってみることにしよう。
少なくとも……堀北が笑うところくらいは、見たいしな。