ようこそ実力至上主義の教室へ1年生編 Short Stories

〇希薄な存在(4巻メロンブックス特典)

 それは、面倒な特別試験が始まってから少しった時のこと。

 あたしは一足先にうさぎグループの試験部屋にたどり着いていた。

「ちょっと早く着きすぎたかな……まあいいか」

 本当はこんなに早く来るつもりはなかったけど、10分前なら許容範囲でしょ。

 ただなべたちと鉢合わせするのだけは避けたかった。

『あの出来事』のせいだ。まさかこんな形で蒸し返されるとは思っていなかっただけにショック。部屋の前で悩んでいるのも変なので、あたしは思い切って中に入ることにした。

 げ……。中に入るとあやの小路こうじくんが一人椅子に座って待っていた。思わず嫌そうな顔をしてしまった瞬間を見られたけど、別にいいか。

 距離が近いと何か嫌だし離れて座ろっと。綾小路くんから一番遠いところに座る。

 それから少しの間、あたしは携帯で友達とチャットしながら時間をつぶしていた。

 すると話し相手のリノっちから電話したいと連絡が入る。

「あ、もしもしリノっち? 今そっちの様子はどうなわけ? こっち? あー、こっちは最悪っていうか、なんかもうゲンナリって感じ。ひらくんとは別々になっちゃうし、ろくな男子とは一緒になんないしさ。組み合わせに悪意があるよね。うんうん」

 別グループに配属されたリノっちは女の子が多いみたいで羨ましかった。あたしのいないところで盛り上がっていると思うと複雑だ。女子は嫌う相手のいないところで散々陰口をたたく生き物だ。試験後に問題が起きないようにあらかじめ探りとけんせいを入れる。今あたしがするべき重要なことだ。短めに話を終えると、チャットのやり取りにも不審な点がないかくまなく調べる。うん多分大丈夫。今のところちゃんとあたしの存在感は機能してる。

 部屋で静かに待ってるあやの小路こうじくんが少し視界に入った。

「あーそうだ。あんたって優待者? ゆきむらくんとそと……くんは違うみたいなんだけど」

 そのこと自体に意味はなかった。ただ何となく暇つぶし程度のつもりで聞いてみた。なんていうか、コイツには印象らしい印象がない。クラスの男子の中でもかなり目立たないヤツ。でも何となく記憶の片隅にはいる感じなんだよね。なんでだろ。ちょっと考えたらすぐ答えは出てきた。綾小路くんって外見だけは悪くないんだよね。もしひらくんと同じくらいおしやべりが上手だったら、負けないくらい人気者になってたかも。

「違う」

 短く返ってきた。うん全然ダメ、お喋りのコツとか全く分かってない。だからいつもほりきたさんやくらさんみたいな地味な子としか話せないんだろうな。

「あっそ。ならいいけど」

「信じてくれるのか?」

 あたしが疑っていると思ったのか、綾小路くんはこっちを見てそんなことを言ってきた。

「は? 違うんでしょ?」

 ちょっとにらんでそう言い返すと、すぐに目をらして黙り込んだ。男の癖に情けない。話しかけただけ無駄だったな。そう思ってあたしはまた携帯を触ることにした。

 結局平田くん以外にまともな男子はDクラスにはいないな。

 だからこそ、あたしは彼を放さないようにしなきゃいけない。


 今振り返ってみれば、この時が初めてだったんだ。

 あたしが綾小路くんと二人きりで過ごした時間だったのって。

 3年間に及ぶ学校生活の中で、彼が何よりも掛け替えのない大切な人になっていくことを、この時のあたしはまだ知らなかった。

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