君死にたもう流星群 SS

冥子と宙海

「きりーつ、礼……着席」

「ありがとうございました」

 授業が終わる。

 クラスメートたちが「帰りにマック行こうぜー」「オレ部活なんよー」と言葉を交わす放課後。一日が終わった弛緩した空気。

「修学旅行の計画どうする? たしか明日まででしょ」「じゃあ、あたしんちで決めようよ。今日、親いないし」「異議なし~」

 少女たちが和気あいあいと言葉をかわす中で、

「あ、でも……」

 そこで一人の少女が顔を曇らせる。小声で「でも黒井さん……どうする? ウチの班だよね?」「あー、いたね」「あんた声かけてきてよ」「やだよ、あの子なんかコワいし、キモいし」「じゃあ修学旅行の班行動どうすんのよ」「勝手に決めちゃえばいいじゃん。どーせあいつ、しゃべらないし」「うーん」

 教室の、一番後ろの席。

 漆黒をさらに塗りつぶしたような黒い髪。その眼差しは宙の一点を見つめ、絵画のように動かない。顔は白磁のように透き通り、ただそれは美しいというよりも、生気がないという表現が当てはまる。中学校の制服を着ているのに、それがなぜか喪服のように見えるのは、少女の醸すオーラによるものか。


 黒井冥子、14歳。


 黒井は、すっと立ち上がる。陰口を叩いていたクラスメートたちはびくりとする。

「…………」

 黒井は鞄を携えると、まるで何事もなかったように、クラスメートたちの脇を通り過ぎ、教室を出ていく。「ビクった~!」「聞こえたかと思った」「いいよ、もう黒井抜きで決めようよ」「さんせーい」という声が背後で聞こえる。

「…………」

 ――くだらん。

 黒井は静止画のように表情を変えず、ただ、内心で一度だけ毒づく。

 友達はいない。口を利いたこともない。作ろうとも思わない。必要ない。

 黒井は歩く。

 角を曲がり、二階の隅まで進むと、とある教室の前で立ち止まる。

 図書室。

 白い指先がドアを開けようと伸びる。しかし、ドアは開かない。施錠されたままだ。

「…………」

 ノックする。

 しかし、誰かが出てくる気配はない。

 のっぺりとした乳白色のドアは何も答えず、もちろん黒井も黙ったままだ。

 黒井は待ちぼうけを食らったように、ただ、その場に立ち、何度か瞬きをして、じっとドアを見つめる。

 時が過ぎる。

 黒井はマネキンのようにその場に立ちすくむ。ここ以外に行く当てはない。さりとてまだ帰る気はない。

 十分か、二十分か。

 時を止めた魔法のように、黒井はその場に立ち、時おり廊下を歩く生徒たちが、彼女を気味悪そうに見つめる。図書室に未練がある地縛霊と形容すればぴったりの光景。

 そして。

「あ、あの……」

 声がした。

 黒井が振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。眼鏡を掛けた、髪が三つ編みの少女。

「もしかして、ずっと待ってた?」

 眼鏡の少女の問いに、こくり、と黒井はうなずく。

「ごめんなさいっ! 今日、私が係だったんだけど、先生に別の用事を頼まれちゃってて! いま開けるからね!」

 眼鏡の少女はポケットから鍵を取り出し、ガチャガチャと慌てた様子で開錠する。

 ドアが開くと、黒井は何も言わず、すっと中に入る。

「同じクラスの黒井さんだよね?」

「…………」

 わずかにうなずく。注意して見なければ分からないほどに。

「私、宇野宙海(うのそらみ)。図書委員をしてるの。あ、学級委員もしてるけど」

「…………」

「えっと……」

 相手の反応があまりにも淡泊なので、宇野は戸惑う。

「ご、ごゆっくり。5時30分までで、貸出は2冊までだから。あ、知ってるよね、ごめん」

「…………」

 黒井は聞いているのか聞いていないのか分からぬ態度で、一番奥の窓際の席に座ると、鞄を開き、何かを取り出す。

 それは原稿用紙。

 筆箱から、やけに鋭利に削られた鉛筆を取り出す。その先端は執刀医がオペに使うメスのように輝く。

 こきりと、首を鳴らす。

 それがスイッチのように、原稿用紙のマス目を埋め出す。

 書く。

 書く。

 とにかく、書く。

 黒光りするメスで、原稿用紙の体内を切り刻むように。

 一心不乱にマス目を埋め続ける様子は、どこか鬼気迫るものがあり、心なしか髪の毛もメドゥーサの蛇のようにざわつき出す。

 まるで、未練を残して死んだ文豪の霊が、この黒髪の少女に憑いたかのように、

 埋める、

 ひたすら、埋める。

 文字をマス目に、

 まるで呪詛の言葉を、呪いの人形に書き込むように、

 埋める。

 図書室の外から、甲高い金属音が聴こえる。野球部らしき少年たちの掛け声。

 だが、この少女の耳には入らない。

 鉛筆が丸くなって書けなくなると、それを放り捨てるように机に置き、新たな鉛筆に手を伸ばす。五本目か六本目か、図書室の机の上には呪いの儀式のように鉛筆が散らばる。

 時が経つ。

 少女の影が長く伸びる。それは亡霊のように、机を這い、床を滑り、本棚に黒いシルエットを映す。

「…………」

 夕陽が窓から射し込む。

 それは、映るものを美しく演出する時間帯。

 マジックアワー。

 少女の漆黒の髪は、その時間だけ、赤く染まり、それは燃え盛る炎のように輝く。

 まるで少女自身の執筆意欲のごとく。

 だが、少女はふいに、手を止め、

 顔を上げる。

 目の前には、眼鏡の三つ編み少女――宇野が立っている。

「……なんだ?」

 それは、今日初めて発した言葉だった。

「あ、ごめん、邪魔しちゃった?」

「…………」

 肯定も否定もしないまま、黒井は宇野を見つめる。

「えっと、もう閉館時間だから、その」

「…………」

 黒井は無言で、片づけを始める。原稿用紙をトントンと整え、鞄に入れる。右手の側面は、鉛筆の粉で真っ黒になっている。

「あ、黒井さん、また明日」

「ん……」

 ミリ単位の会釈とともに、喉を鳴らしたような返事をすると、黒井は図書室から出ていく。

 人と話したのは久しぶりだ。

 そんなことを一瞬思ったが、どうでも良かった。



 それからしばらく、同じようなことが続いた。

 放課後、図書室で原稿用紙に向かう。二日に一度くらい宇野宙海がやってきて、受付カウンター内で本の貸し出し業務をしたり、本棚の整理などをする。たまに話しかけてきて、黒井は言葉少なに返す。そして閉館時間の5時30分まで過ごす。そんなことが二週間ばかり続いた。

 そして今日も。

 夕焼けが、図書室の中を橙色の空間に変え、それは少女たちを映画の登場人物のように演出する。

 マジックアワー、その中でもゴールデンアワーと呼ばれる時間。

 さて、帰るか。今日はまあまあキリの良いところまで進んだな。

 そんなことを思いつつ、散らばった鉛筆を掻き集めていたときだ。

「……黒井さん」

 声を掛けられた。いつもの遠慮がちな声。

「…………」

 視線を合わせると、そこには眼鏡の少女がいる。相変わらず困ったような表情。

「調子はどう?」

「…………」

 黒井が無言のままでいると、宇野は引き留めるように言葉を続ける。

「あ、あのね、もしかして、と思ったんだけど、黒井さんの書いてるものって……」

 そこで意外な矢が飛んでくる。

「ゲームの二次創作?」

 ぴくり、と黒井の眉間にしわが寄る。

「……なぜそれを?」

 久方ぶりにはっきり声を発すると、

「あ、その、たまたま、たまたまなんだけど、ちょっとだけ原稿用紙に書いてあるキャラ名?みたいのが見えちゃって……その白夜キララって」

「知っているのか」

「アイブラだよね? アイドル・ブライダル」

「…………」

「あ、そのね、私もちょっとやってて、まだスマホは買ってもらえないけど、家のパソコンでダウンロードできるから。それで、白夜キララは星葛真夜ちゃんっていうアイドルの子がCVをやってるから、それが目当てで……」

「…………」

 急に語り出した同級生に、黒井は何と答えて良いか分からない。

「黒井さんも……アイブラ、やってるの?」

「……やっている」

「やっぱりそうなんだ! だよね、こういう小説書くんだもんね!」

 宇野の瞳が輝く。

「えっと、黒井さんは誰推しなの? 私は白夜キララちゃん。あと陽堂アカリちゃん」

「白夜はキライだ。陽堂はキライではないがあの明るいキャラクターが苦手だ」

「そ、そうなんだ……。どうして白夜はキライなの?」

「たとえば、陽堂アカリの明るさは表向きで、内心では脅えている。白夜はそれを見抜いているのに何も声を掛けない薄情さがキライだ」

「あー、そういう見方もあるのかー。でも、キララちゃんは、今は彼女なりにアカリちゃんを心配してるんだと思うけど……」

「だとしたら、第3シーズンのセカンドライブで、アカリが逃げ出したときに支えてやらないとダメだ。あそこで『追いかける』という選択肢を置かなかったのはシナリオ上のミスだ」

「あー、確かに、あそこはね……でもキララちゃんにもトラウマがあって、そこは一歩踏み出せなくて……」

「それは分かる。でも、普段は超然としてるくせに、内面はぐちゃぐちゃと悩んでいる、そのあり方がキライなんだ」

 自分に似ていて。

 そんな言葉を飲み込む。

 気づけばたくさん話してしまった。こんなに話したのはいつ以来か。

「黒井さんは、優しいんだね」

「……は?」

「キララちゃんのことを理解してるから、気持ちが分かるから、キライだけど、気になるんだよね。だから小説に書きたくなった」

「それは……」

 内心を見透かされたような気がして、居心地が悪くなる。

 黒井は立ち上がる。

「……しゃべりすぎた」

「ううん、たくさん話してくれて嬉しかった! これからもいっぱい話そう? アイブラとか、それ以外のことも」

「……気が向いたら」

「うん」

 宇野がにっこりと微笑む。

 その笑顔は、ゴールデンアワーの陽光を浴びて、輝いている。アイドル・ブライダルに出てくる白夜キララのように――いやむしろ陽堂アカリか。

 なんだか眩しくて、目をそらす。

 ――変だ。

 落ち着かない。

 黒井は自分の鼓動が速くなっているのを感じる。柄にもなく、久しぶりにたくさん話したせいか。

「……帰る」

 黒井は立ち上がると、鞄を掴み、そそくさと図書室を出ていく。

「あ、黒井さん……!」

 去り際、宇野が何か言ったような気がしたが、聞き取れなかった。


         〇


「……ない」

 気づいたのは、家に着いてからだった。

 原稿がない。

 今まで書き連ねた分厚い紙の束。それが、鞄の中から消えていた。

「あ……」

 一瞬で、自分の過ちに気づく。

 あのときだ。

 図書室で、宇野と話していたとき。

 あのとき、慌てて帰ってしまったから、原稿を鞄に仕舞うのを忘れたのだ。

 ――ということは……。

 ぞっ、と背筋が寒くなる。

 原稿は、図書室に置きっぱなしだ。

 あの原稿が。

 自分の想いを、恨みを、つらみを、ただ好きなようにぶつけ、吐き出し、鉛筆の黒い粉で塗りつぶしたようなあの原稿が。

 学校に置き去りに。

 飛び跳ねるように、黒井は駆け出した。

 玄関で靴の中に足を突っ込み、ドアをぶち破るように開け、道を駆け出す。太陽は沈み、道はもう暗い。下校時刻などとっくに過ぎている。だが構うものか。校門が閉まっているなら、乗り越え、校舎が施錠されているなら、警備員を叩き起こす。ダメならガラスを叩き割る。なんでもいい。取り戻す。あの原稿を。

 ――やだよ、あの子なんかコワいし、キモいし。

 クラスメートの陰口がよぎる。

 関係ない。くだらない。どうでもいい。

 そう思っていたが、あの原稿を誰かに読まれるのだけは嫌だった。

 あれは自分だ。自分の心の内を、思うままに、吐き出し、さらけ出し、赤裸々に書き殴った、己の分身。あんなものを読まれるくらいなら、裸を見られたほうがマシだ。

 息が切れる。だが走る。やがて、学校の校舎が見えてくる。すれ違う者はいない。部活の生徒もとっくに帰っている。校門は閉まっている。走って来た勢いのままに、手をつき、足をかけ、門扉を飛び越える。

(あれ……)

 校舎の中で、明かりの点いている窓があった。

 職員室は、まあ分かる。だが、二階の隅、あそこは――

 図書室。

 血液が逆流したように、何かが駆け巡り、息が乱れ、鼓動が早くなる。

 まずい。まずい。まずい。

 呪文のように繰り返し、校舎のドアをガチャガチャとやる。開かない。こっちも開かない。来客用の受付に回ると、そこはまだ明かりが点いており、職員が帰り支度をしている。躊躇なくドアを開けると、「あ? なんだ……おい、おまえ、ちょっと!」顔も知らぬ中年の男――おそらくは男性教師が叫んだが、無視して校舎内に侵入する。階段を上る。一足飛びで駆け上がり、角を曲がり、二階の長い廊下を駆け抜けた先には、

 図書室。

 力まかせに、ガーンと開ける。

「きゃっ!」

 開けた瞬間、声がした。

「……え? 黒井さん?」

 図書室の中には、一人の少女がいた。

「宇野……」

 息を切らせて、落ち着ける間もなく、

「おまえ……どうして」

「えっと、その……」

 そこで黒井は、宇野の手元に、目当てのブツを見つける。

 原稿。

「おまえ、それ……!」

 すると宇野は、

「ごめんなさい……っ!!」

 仏壇に拝むように、両手をバッと前に出す。

「ホントは駄目だって思ったんだけど、でも、どうしても気になって!」

「……………………………………………………………………………………読んだのか」

「う。うん」

「どこまで」

「その……」

 宇野は言いにくそうに「……ぜんぶ」と答える。

「貴様!」

 黒井は肩を怒らせ、つかつかと、宇野の前に進む。その形相に恐れをなしたのか、「ひっ」と宇野が脅えて身を守るように両腕を上げる。

 黒井は腕を伸ばすと、むんずと原稿を掴み、胸に抱き寄せる。

「誰が読んでいいと言った!?」

「だからごめんなさいっ!」

「これは読んではいけないものなんだぞっ!」

 誰かに読ませるつもりはなかった。書ければ満足だった。書くという行為で、自分の中の溜まったものを、文字という形にして吐き出せればそれで満足だった。理由などない。たとえるなら、嘔吐したいときに、胃の中のものを嘔吐する。それだけの本能的行為。

 だからこそ。

 そんなものを誰かに見せるわけにはいかなかった。自分のドロドロした内面をぐちゃぐちゃに混ぜた吐しゃ物のようなものを、人目にさらすなど。

「で、でもねっ」

 宇野は脅えながら、それでも言葉を返す。

 次の言葉は、弾丸となって黒井を撃ち抜いた。


 面白かったよ!


 ――!

 それは。

「……………………………………………………………………………………おもしろ、かった?」

 思わず訊き返すと、

「うん、面白かった。すごく」

 宇野は答える。真剣な顔で。

「これ、アイブラの『if』だよね? 第3シーズンのセカンドライブが終わったあとに、アカリが逃げ出しちゃって、それをキララが追いかけて――ゲーム公式では存在しなかった選択肢を、キララが選んだ場合の分岐」

「それは……」

「あのときの選択を後悔したキララが、もし、もう一度人生をやり直せるならって過去に戻って、アカリを追いかける物語。……黒井さんは、これを書きたくて、小説にして書いた。すごいよ、これ、公式では描かれなかったキララとアカリの心情が、丁寧に描写されて……読みだしたら止まらなくて、それで、先生が一度見回りに来たんだけど、書庫の整理ってウソついて、居残りして……」

 そしたら黒井が戻って来た……宇野はそう説明する。

 黒井はうまく言葉を返せない。読まれた、読まれてしまったという想いが、後悔が、衝撃が、頭の中を内側からガンガンと銅鑼のように叩き、立っているのに崩れ落ちそうだった。

「キララとアカリが、いろいろ過去を抱えながら、お互いのことを思いやって……。分かったよ、さっき黒井さんが言ってたこと。やっぱりキララは、あのときアカリを追いかけるべきだったんだ。そうだよ、うん、そうなんだよ」

 宇野は熱っぽい瞳で、感想を述べる。

 誰かに読まれることも、

 誰かから感想をもらうことも、

 そして自分の書いたものを、誰かに褒めてもらうことも、

 すべてが初めてで、裸の自分をそのまま抱きしめてもらったような、熱く、恥ずかしく、叫び出したいような、穴に入りたいような――

「あ、でも……」

 そこで宇野の声のトーンが変わる。

「その……あの……最後のほう、二人が仲直りして……ベ、ベッドで抱き合うシーンは、その……刺激的で、やりすぎだと思ったけど」

「だがあそこで二人がセックスするのは必然の結末だ」

「ちょ、黒井さん、そういうこと大きな声で言わないでっ!」

 宇野は真っ赤な顔で叫ぶ。

「コラーッ!」

 そこで背後から、大きな声が響いた。「ひゃんっ!」と宇野が飛び上がり、それから尻もちをつく。

「もうとっくに下校時刻は過ぎているぞ! おまえは2Bの……あれ、宇野もいたのか……」

 宇野の顔を見ると、男性教師はびっくりした顔になり、

「なんだ、宇野。図書委員の仕事か?」

「は、はい。加藤先生に許可をいただき、少しなら……と」

「そうか。黒井、おまえは?」

「私は――」

「あ、黒井さんは手伝いです。ちょっと一人では大変だったので」

「……そうか。まあでももう暗いから、早く帰れよ。鍵は宿直の先生に返すように」

「はい、分かりました」

「…………」

 男性教師は納得したのか、図書室を出ていく。

「帰ろっか、黒井さん」

「あ、……ああ」

「勝手に読んでごめんね」

「いや……」

 黒井は原稿を抱きしめたまま、曖昧な返事をする。

 胸が熱い。抱きしめた原稿を焦がすほどに。

 そして宇野は、優しいまなざしで、こんなことを言った。


「もし、続きを書いたら、また読ませてね」


「それは……」

 うまく言葉が出てこない。

 照れくささと、火照りと、いろんな感情が混ざり合い、

「……物好きなやつだ」

 悪態をつく。

「あ、そういうこと言う? 黒井さんには言われたくない」

 宇野は唇をとがらせ、それからまた、微笑んだ。


         〇


「きりーつ、……礼、着席」

「よろしくお願いします」

 朝の授業が始まる。

 号令を掛けていたのが宇野だったと、黒井はそのときやっと認識した。

 宇野宙海(うのそらみ)。

 その名前を反芻する。

(宇・野・宙・海。……並べ替えると、宇宙の海、か……)

 どこか昔のアニメーション作品の歌詞を思い出し、そして、どこか自分の名前とも親和性を感じる。「黒井冥子」の「冥」は冥王星の「冥」だ。

(読者……か)

 その言葉が、まるで未知の宝物のように――夜空の星のように輝く。

 教室の一番後ろの席で。

 朝の陽ざしを浴びながら、黒井冥子は、気づいた。自分が微笑んでいることに。

 そして彼女はまた、すっと、無表情に戻ると、

 ――続きはどんな話を書こうかな……。

 早くもその心は、放課後の図書室へと飛ぶのだった。


                                   (了)

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