君死にたもう流星群 SS

星のつぶて

 初雪でも降りそうな、冷たく、深い夜。

 真っ白な吐息が、唇から何度もこぼれては、夜の闇に溶けていく。


「――やっぱりここか」


 手のひらが張り付きそうな冷たい金属の梯子を上って、アパートの屋上に出ると、そこには一人の少女がいた。その隣には大型の天体望遠鏡。

「風邪ひくぞ」

「大丈夫よ」

「部屋の中でも見れるだろ」

「大地くんは風情がないのね。星は肉眼で見るのが一番綺麗なのよ」

「でもおまえ、望遠鏡使ってるじゃん」

「こ、これは、その、あの……バカ、細かいことはどうでもいいのよバカ」

 とっさに切り返せなかったのか、少女はバカバカ言った挙句、プイッとそっぽを向く。

 背を向けた彼女の向こうでは、たばこの煙みたいに吐息がたなびき、風で黒髪が揺れると、少女は「くちゅんっ」とくしゃみをする。早めに切り上げないと本当に風邪をひきそうだ。

「ふたご座流星群?」

 望遠鏡を挟んで、少女の隣で空を見上げる。とにかく寒い。

「そうよ。なかなか流れてくれないけど」

 少女は空をじっと見上げる。

 その瞳は、星空の輝きと少女の好奇心を映して、きらきらと輝いている。


 あまがわほし


 宇宙で生まれ、宇宙飛行士を両親に持つ、宇宙が大好きな少女。

 地球嫌いの『宇宙人』。

 見上げると、空気が澄んでいて、月はそこまで明るくない。これなら流星群もまあまあ見えそうだ。

「ピークは十四日くらいじゃなかった?」

「ふたご座流星群は、極大日を過ぎるとぱったり見えなくなるの。だから早めに観測しておくのよ。常識でしょう?」

「さいですか、常識ですか」

 僕は震えながら、小刻みに足を動かす。星乃は暑さにはとことん弱いのに、どういうわけか寒さにはめっぽう強い。夏場はエアコンでギンギンに室内を冷やして、僕が風邪をひきそうになるほどだ。

「しぶんぎ座流星群、ペルセウス座流星群、ふたご座流星群、か……」

「あら、詳しいのね。三大流星群でしょ」

「昔から宇宙は好きなほうだからな」

「じゃあ、こんな話は知ってるかしら? イスラムの世界では、流星は悪魔を撃退する『つぶて』だって話」

「もちろん知ってるよ。で、キルギスタンの言い伝えでは、流星は悪霊を撃退する『炎の矢』。どっちもおまえが教えてくれたんだ」

「え? そうだったかしら」

「そうだよ、おまえが――ああ、そうか」

 そこであることに気づく。

 この話を聞いたのは、今ここにいる星乃からではなく、『一周目』の星乃からだったことに。

「どうしたの?」

「いや、べつに。僕の勘違いかも」

 奇しくも、今日は十二月十一日だった。

 五年後の二〇二二年十二月十一日に、『大流星群』と呼ばれるテロが起きる日。

 星乃が亡くなる日。

「じゃあこれは知ってる? ――星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひぼしすこしをかし。尾だになからましかば、まいて」

「枕草子。『よばひぼし』が流れ星のことだろ」

「じゃあ、日本の文献で、最も古い流れ星の記録は?」

「水鏡。――其年の八月に、星の雨の如くに降りしをこそ見侍りしか、あさましかりし事に侍り」

「あら、本当に詳しいのね。少し見直したわ」

「そりゃどうも」

 全部、おまえが教えてくれたんだよ。

 その言葉を飲み込む。

 星乃は、星が好きだった。その名前のとおりに。

 僕は、そんな彼女から、星のことをたくさん教えてもらった。お互いに、昔から宇宙や星空が好きだったから、いろんな知識を交換した気がする。でも、受け取った知識の量は、僕が彼女に伝えた分より、彼女から教えてもらった分のほうが、きっと多い。

「くちゅんっ!」

 また、少女がくしゃみをする。

「ほら、風邪ひくぞ」

 僕はコートを脱いで、彼女に差し出す。

「いらない」

「おまえは人の好意を無にするのか」

「地球人から施しは受けないことにしてるの」

「やれやれ……」

 仕方ないので、僕はコートを着直して、代わりにポケットからカイロを取り出す。

「じゃあ、これ」

「なに?」

「見て分かるだろ。カイロだよ」

「施し?」

「違うよ、お前の部屋にあったやつだ」

「そう。ならいいわ」

 納得したのか、星乃はカイロを受け取る。本当は僕の家から持ってきたものだが、この際どっちでも良かった。

 またしばらく、二人で空を見上げる。

 天体望遠鏡は、なんだか出番をなくしたようで、僕と星乃の間で、静かに空を見上げていた。

 息が白い。

 彼女の息も真っ白で、それは立ち止まった蒸気機関車のように、フッ、フッとリズミカルに夜の空気を白く染める。

「冷えて来たな。マジ風邪ひくぞ」

「大丈夫」

「あと少しだぞ」

「なによ、その口ぶり。お父さんみたいなこと言わないで」

 星乃は空を見上げたまま反論する。

「弥彦さんも、よく流星群を見た?」

「もちろん」

 星乃の声が、少し高くなる。両親の話題のときはいつもそうだ。

「私とお母さんが、夕飯も食べずに屋根の上で一晩中見てたら、お父さんがキレてお母さんと喧嘩になったわ。それでもお母さんが引かなかったから、お父さんが夕飯を作って屋根に持ってきたの」

「弥彦さんの苦労がしのばれるな……」

 星乃の母親は、だいぶ変わった人で、ものすごく好奇心旺盛な人だったらしい。天才的な科学者だったが、同時に子供みたいなヤツだったと、真理亜がよく語っていた。

「は……くちゅんっ!」

 今までで一番大きな声で、星乃がくしゃみをする。

「あ……」

 鼻水が、ぶらんと少女の鼻から垂れ下がった。

「ハハハ! おまえ、なんだそれ、漫画みたいだぞ!」

 思わず笑うと、

「うるひゃいっ」

 鼻水を垂らしながら、星乃が僕を蹴ろうとする。だがそれは空振りして彼女はくるりと半回転する。

「ほれ、ポケットティッシュ」

「ん……」

 やはりティッシュは必要だったのか、ひったくるように受け取ると、「ちーん」と鼻を噛む音が聞こえた。

「大地くんに笑われるの、他のどの地球人よりも腹が立つわ」

「ティッシュもらっといてその言いぐさはなんだ」

「頼んでないし」

「まだ鼻水ついてるぞ」

「え、ほんとう?」

 星乃が慌てて、鼻の下を拭うが、何もついていない。

「冗談だ」

「……ッ! たばかったわね!」

 星乃が野球のピッチャーのようにふりかぶり、何かを投げつける。

 つぶてのように見えたそれは、僕がさっきあげたカイロで、それは僕の顔面にバシッと叩きつけられる。

「狂暴だなぁ……」

 僕はカイロを拾い上げ、軽く叩く。

 それは妙にあったかくて、まだ彼女のぬくもりが残っている。

「ほれ」

「うぶっ!」

 お返しに星乃の顔面に投げ返すと、見事に命中した。

「このっ……!」

 またカイロが投げ返され、僕が軽々とキャッチする。

「残念でした」

「大地くん、覚えてらっしゃい。あとでそのカイロの中身をココアの粉に混ぜてやるからね」

「おまえは本気でやりそうで怖いからやめろ。……ほら、流星群を見ようぜ」

「もう帰る」

「やれやれ……」

 のしのしと帰る少女の後ろについて、僕も撤収を図る。置きっぱなしの天体望遠鏡を担ぐと、


「あ……!」


 少女が叫んだ。

「流れた!」

「どこだ?」

「ほら、あそこよ、あそこ!」飛び跳ねるように、少女は空を指す。小さな指先が何度も天を突く。

「あっちも流れた! あっ、こっちも!」

 ついさっきまでご機嫌ななめだったのに、今はもう玩具を買ってもらった子供みたいに大はしゃぎだ。

「ホントだ」

 空には、すいっと、星が流れて、すぐに消える。だが、ほどなくして、また星は流れ、それは光の尾を引いて、見えない絵筆のように空を彩る。

 綺麗だった。

 だが、空を見上げて、星のように瞳を輝かせる少女はもっと――

「綺麗だな」

「うん!」

 星のつぶては、何度も流れていく。

 流れる星たちを見つめ、僕は、祈っていた。

 来年も、そのまた次の年も、ずっと――


 彼女の隣で、星を見られますように。


                                  (了)



【参考文献】『流れ星の文化誌』(渡辺美和・長沢工)成山堂書店

関連書籍

  • 君死にたもう流星群

    君死にたもう流星群

    松山剛/珈琲貴族

    BookWalkerで購入する
  • 君死にたもう流星群 2

    君死にたもう流星群 2

    松山剛/珈琲貴族

    BookWalkerで購入する
  • 君死にたもう流星群 3

    君死にたもう流星群 3

    松山剛/珈琲貴族

    BookWalkerで購入する
Close