電撃文庫『昔勇者で今は骨』/佐伯庸介

勇者⇒骨にクラスチェンジ!?チート冒険者(※ただし骨)のお気楽冒険記!

著者:佐伯庸介 イラスト:白狼

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★特別書き下ろしSS『いつかきっと』


 某日、エイン王都エイエラルド・ランテクート邸にて。

 二人の女性が、同じ場所を覗き込んでいる。

「zzz…………」

「アル、寝てるね。どこか連れてってもらおうと思ったのに」

「これ寝ていると言っていいのだろうか……」

 話しているのは、村娘感がまだちょっと抜けていない少女ハルベルと、この屋敷を実家とするミクトラだ。

 彼女らの前には、椅子に広げられたマントの上に置かれた人骨の山がある。ちょうど成人男性一人分。

 別に猟奇的なシーンでは無い。読者諸兄にはおなじみ、我等が主人公、勇者の骨・アルであった。

「少し前から『昼寝するので、御気になさらず』と言われまして……まあ良い天気ですし、庭で虫干しでもと」

 なんのこともないように答えるのは、この家の執事を務めるアラハンだ。この骨が屋敷に居着くようになってしばらく、既に使用人達もこの骨の扱いには慣れたものである。

(実家の使用人達にこの先活きることの無い経験を積ませてしまった……いや、仮に。仮にだが! アルが将来、この家に住むことになればそれも無駄には……むふ、むふふ)

「ねえねえミクトラ」

「はっ!」

 邪な妄想を中断され、ミクトラは傍らの友人へ振り向く。

「わたしも学園今日休みだし、良かったら王都を案内してもらえないかな?」

「ん、んん。なんだ、そんなことか。お安いご用だ。私も今は冒険者の仕事を減らしているしな」

 ちょっとした後ろめたさもあり、ハルベルの提案をミクトラは快諾する。

 王都エイエラルドは、十数年前の戦禍の教訓として周囲を高く外壁で覆う都市である。その内部面積はおよそ百平方キル(一キル=約一km)に迫る。外壁の建築には当時の宮廷魔導師たちも総動員しての一大事業だった。

 ――そんなわけで、ハルベルは未だ王都に不慣れなところがある。資格取得のために通っている王立騎士養成学園までの行き来以外の道は、ろくに知らないのであった。


「……だからね、ミクトラに教えて欲しいお店があるの」

 石畳の道を歩きながら、ハルベルの呟きにミクトラは頷く。

「どのような? 趣味の店か?」

「こっち来ててずっと気になってたんだけど……その、実はデスネ、わたし……小説っていうの、読んでみたくて」

 意外な思いをミクトラは抱いた。エイン王国での識字率はそこそこ高い……のだが、それは都市部に住む者達や商人たちがその率を上げている。地方の町や村々に住む人々は半数以上が文字を読めないとされる。

 ハルベルもまた、学園に通うにあたりアルやミクトラに基礎を教わったものの、かつてはその例に漏れない。

「物語に興味が?」

「わたしね、たまーに村に来てた絵芝居とか物語読みの人、すごく楽しみだったんだ~」思い出すように宙に視線を向けて、はにかむように彼女は続けた。「それで、あっ今なら自分で読めるじゃん! って思って」

 学園の図書館も探してはみたが、娯楽小説の類は置いていなかった、とハルベルは肩をすくめた。

「ああ、なるほど。そう言う理由か。では、書店だな」

 ミクトラは頷く。彼女も、少女時代に勇者の物語(脚色多目)や勇者の動向速報を嗜み、冒険者となった今でも勇者監修の魔物図鑑が愛読書だ。書店は馴染み深い場所である。


 十数分の散歩の後、辿り着いたのは平民街の中でも富裕層が利用する商店通りの一角である。製紙印刷技術がそれなりに広まった現在でも、本は少々お高い。

「ただまあ、娯楽用に使われる本は紙の質もそれ相応でな。少し頑張れば買える値段だ。ハルベル、持ち合わせはどれほどある?」

「ん~、この前学園の課題任務やった報酬のお金と、アルにもらったお小遣いと……」

「え、アルからお小遣い? 羨まし……いやいや」

 ぷるぷると顔を振り、気を取り直してミクトラはハルベルの財布を確認し、頷いた。

「うん、これなら娯楽小説の類であれば二、三冊は買えるのではないか? 書店デビューの記念に、私からも一冊プレゼントしようではないか」

「やった! ありがと、ミクトラ!」

 無邪気に喜ぶハルベルが微笑ましく、ミクトラも笑顔になり共に書店の扉をくぐる。

「ふわあ」

 鼻をくすぐるインクの匂いに、思わずハルベルが声を上げる。生まれて初めて感じる芳香だ。

「すごい、どっち向いても本だ……」

「王都の大衆向け書店だからな。それなりの規模だぞ。これ以上となると、カランタン商業同盟にでも行かねばそうそう無いのではないかな」

 きょろきょろと周囲を見回すハルベルはおのぼりさん丸出しである。苦笑しつつ、ミクトラは娯楽小説の集まる一角へと手を引いてやる。その内心に噛みしめる思いがある。

(友人と書店……友人と書店……! よもや私にこのような時間が訪れるとは!)

 感涙を耐える。ぼっち歴の長いお嬢様なのであった。

「どれがいいかな~」

 ハルベルの方は書棚で視線を左右にさ迷わせている。

「やはり今だと数が多いのは勇者様をモチーフにしたものだな。私もお勧めは幾つも挙げられるが――」

 言いかけて、ミクトラは首を振る。そういう本は実家にいくつも既にあるし、

「ホンモノ見てるもんねえ。何か違うってなっちゃいそう」「違いない」

 二人で脳裏へと気の抜けた人骨を想像して苦笑し、棚をひとつ移動。そこは、ロマンス――いわゆる恋愛小説の棚だ。

 ハルベルが『恋する少女は魔族を貫く』なる本を手に取り、二人で見る。

「「……………………」」

 次いで、互いに横目で隣を見る。

「どう思う、こういうの。お、男心、とか」

「う~~ん、興味はある……んだけど」

 再び二人の脳裏に浮かぶのは、旅の道中、林で甲虫を見つけてはしゃいでいた人骨である。ため息。

「色んな意味で参考になりそうにない」「参考でお話読むのもどうかと思うけど……同じく」

 本を棚に戻す。と、戻されたそれを手に取る者があった。

「あ、ハルベルだ~」

 自らの名を呼ぶ声に、ハルベルが視線を向ければ、そこには薄くそばかすを浮かべた少女の姿がある。学友の姿を見つけ、ハルベルの顔がぱっと明るくなる。

「あ、ゲルダ。ゲルダも小説読むの?」

「読むよ~。お話みたいな恋って憧れるよね~。わたしは節約しなきゃだから、月一くらいかな。わたしはペリネと待ち合わせだけど……ハルベル、一人で来たの?」

「? いや、一緒に……」

 ハルベルが振り返ると、ミクトラはいつの間にやらちょっと離れた棚にいて素知らぬふりをしている。

(…………ミクトラ…………)

 これにはハルベルも苦笑い。年下の友達の友達に緊張する成人女性である。そういうとこだぞ。

 ともあれ。ハルベルはゲルダへとかくかくしかじかとこれまでのことを話して、

「いざ来てみると何がいいかなってなっちゃって。ゲルダのおすすめある?」

「わたしのおすすめだとやっぱ恋愛ものになっちゃうんだけど、まあ守備範囲外のものでも読んだら面白かったりもするし。……んん、でもやっぱり、わたし達にはそこそこお高いものだからねえ……あっ」

 指先を本棚でふらふらさせていたゲルダが、ぽんと手を合わせた。一点を指さす。

「あそこなんてどう? ハルベル、アル先生だいすきでしょ?」

「ほえ?」

 ハルベルの顔がそちらに向き――目が見開かれる。そこには、おどろおどろしい字体で『墓場』だの『亡霊』だの、おどろおどろしい題名が書かれた本が並んでいた。髑髏や幽霊のマークなどもある。

 そこは、いわゆる恐怖小説の棚だ。

「怪談?」

「もっと長いのもあるよ~。一冊かけてじわじわ怖くなってくるの。ペリネとか一冊読んだらもうヤダ~! ってなっちゃって――あ! これ言ったって内緒ね内緒」

 ハルベルは棚から一冊手に取り、見つめる。『夜歩ク人骨』というタイトルだ。

「………………………………」


   ◯


「んで? 結局怖い話の本買ったの?」

 その夜。ランテクート邸。目覚めて組み上がったアルが、熱心に読書するハルベルを骨指でさして聞く。

「いえ。それがです、んん、それがだな――」

 ミクトラが笑って答えようとした時、

「ねーねーアル! ここ行った事ある!? ここ!」

 ハルベルがででで、と本を開いたまま駆け寄ってくる。

「うん?」とアルが本を見れば、その内容は風景画と、文章は物語と言うよりは――「旅行記?」

 内容としては北方――今は魔国の領土となっている場所の紀行文だ。とある人物が五十年ほど前に旅した記録を、本に仕立てたということだった。

「ん~、流石にここまでは入り込めてないな」

「そっかぁ」

 また本を開きつつ椅子へと戻るハルベル。それを呆れ気味に眺めつつ、アルはミクトラへ聞く。

「しかしあれ、結構高かったんじゃないの?」

「まあ、娯楽小説よりは大分。私のプレゼント分を含めても、あれ一冊で予算がいっぱいだった」

「なんでまた。てっきりお化けの本でも買ってくるのかと思った」

「うん。それがな――」


 書店で。ハルベルはぱらぱらと見た『夜歩ク人骨』の本を棚に戻した。

「買わないの?」

 ゲルダの問いに、ハルベルは頷く。

「やっぱりね、こういう死霊のお話って、最後は今も人を襲っているのです……とか、やっつけられちゃったり、説得されて昇天しちゃうよね」

「あ~。確かに。そうじゃない話もどこかにはあるかも知れないけど、珍しいかもね」

 ゲルダが頷く。その瞳には納得の色がある。

「ハルベルは、もっと優しい死霊さん知ってるもんね」

「こんなこと言うと、神様に怒られるかもだけど。死霊でもさ、それがいることを望む人と、望まれる霊がいたなら、少しくらい、残ってても良いと思うんだよね」

(ハルベル…………)

 ミクトラは、それを背中で聞いている。


「で、選んだのが旅行記?」

「これからの話が、したいのだそうだ」

「これからの」

 アルの頭蓋骨が疑問を示すように傾く。その時だ。

「ねー、アル」

 本から顔を上げたハルベルの呼びかけに、アルはそちらを向いて促す。

「どした?」

「今は戦争でこの本に書いてある所、行けないけどさ。……もし、アルが探してる人も見つかって、わたしの村もなんとかなって。……そんで、戦争が終わったらさ」

「うん」

「一緒に行こ! ここに書いてあるような、色んなところ!」

 花咲くような笑顔で、少女が言う。

(あんまり先のことを話すこと、なんて言ったっけな……ゴーレムが笑う、だっけ)

 苦笑する思いで、アルは言う。

「いつになるんだろうな、それ」

「いつか、だよ」ハルベルは変わらず笑っている。

 やれやれ、とアルが彼女の傍らに歩み寄り、一緒に本を読み出した。

(今は無理でも――いつかきっと、か)

 ミクトラは本を読む一人と一体を暖かい気持ちで見る。

 例え今は、様々の事情で叶わずとも、いつかは。

 あれやこれやがどうにか片付いたならば。その時は。

(未来は、何がどうなろうと来るのだから、な)

 仮に死んでしまっていたとしても。

 いつか、きっと。



                              おわり




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