第五章 聖剣審問
そんなこんなで、リーセリアと眷属の契約を交わし──
管理局の〈聖剣審問〉を受けに行く前に、二人は軽く食事をとることにした。
なにしろ、レオニスは以前のような不死の
「わたしが、君の正体を管理局に話したら、どうするつもりだったの?」
「──その心配はしていませんでした」
レオニスの正体を周囲にバラせば必然的に、彼女が〈吸血鬼〉になったことも知られてしまうだろう。〈聖剣士〉を目指す彼女にその選択肢はないはずだ。
「……わ、わかってるわ」
彼女はすん、と鼻を鳴らした。
「どのみち、眷属はマスターを裏切ることはできませんしね」
レオニスは、自身の手に刻印を浮かべて見せた。
「えっと、それはなに?」
「支配と隷属の〈刻印〉です。眷属を従わせることができる──」
「う、
途端、リーセリアが瞳を潤ませた。
「……まあ、できますけど。僕は、そういうことはしません」
「……ほ、本当に?」
「本当です」
レオニスは
……
しかし、魔王レオニスは、眷属や配下にそのような扱いをすることはない。
「……わかった、レオ君を信じる。お風呂でも、紳士だったしね」
リーセリアはこくっと
「それで、眷属って、なにをするのかしら?」
「眷属は
レオニスが言うと、彼女はくすっと笑い、
「わかった。お姉さんが守ってあげるわね」
ちょっと
──それから、二人は学院内にある軽食レストランに入った。
テーブルに着くと、
(……やはり、面倒だな。人間の肉体は)
レオニスは、さっき風呂に入った時とは真逆の感想を抱く。
一方で、アンデッドになったばかりのリーセリアのほうは、少し不安そうだった。
「ねえ、お
「ヴァンパイアの上位種ともなれば、普通の食事をとることは可能です。食物を魔力に変換するには時間がかかるので、少し効率は悪いですけど」
レオニスは小声で言った。
「それに、大半の吸血鬼と違って、日中も出歩けますよ」
「……そう、よかった」
ほっと
まあ、カモフラージュの観点からも、普通の食事をするに越したことはない。
「その、どうしても血が欲しいときは、僕の血を吸ってくれてかまいません」
命を救うためとはいえ、聖騎士に憧れる少女をアンデッドにしてしまったのだ。
せめて、血くらいはいつでも分け与えようと思う。
すると、リーセリアはかすかに、こくっと喉を鳴らし、
「……」
「ええっと……少し、ですよ?」
「ち、ちち、違うわ!」
リーセリアは真っ赤になって視線を
「わたし、血なんて飲まないし、人間であることを忘れたくないもの」
「……っ、こ、声が大きいです……!」
レオニスはあわてて周囲のテーブルに視線を遣った。
ちょうど三時をまわったところで、学生の姿はまばらだが、中にはこちらを見てなにかヒソヒソ話している者たちもいるようだ。
(……もしかして、いまの話、聞かれたか?)
確認のため、〈感覚拡張〉の魔術で、周囲の会話を拾ってみると、
『ね、ね、あの子、
『え、まだ子供じゃない。あなた、あーゆーのがいいの?』
『うん、いまのうちにいただいちゃおうかな、って?』
『うわ、犯罪の匂いがするわ。あーゆー可愛い男の子が、将来は夜の魔王になるのよ』
『なによ、人聞きの悪い……あ、こっち見た♪』
会話していた少女の一人がにこっと
……どうでもよかったので、レオニスは当然無視した。
魔王、という言葉にちょっとドキッとしたが。
「気を付けてください……」
リーセリアは恥ずかしそうに、メニューで顔を隠し、
「それで、メニュー、もう決めた?」
「……パン、でいいです」
「パンって……この焼きたてパン?」
「ええ、それで」
「もっといろいろあるけど。ここの学生レストラン、けっこう味がいいのよ」
と、料理のメニューを見せてくる。
「パンでいいです。ほかのはよくわからないし──」
レオニスは首を振った。
(……なんだ? グラタンに、ラザニアに、パスタって……)
どれもレオニスが聞いたことのない料理ばかりだ。
一〇〇〇年前に、そんな料理はなかった。いや、もしかすると王侯貴族の食卓には上っていたのかもしれないが、なにしろレオニスとは無縁の世界だ。
すると、リーセリアはレオニスの額に人差し指を突きつけて、
「パンだけじゃだめ。栄養が偏るでしょ」
「栄養って、アンデッドに言われたくありませんけど──あっ」
しまった、と思ったときには遅かった。
「……~っ!」
リーセリアがちょっと涙目になっていた。
「わ、悪かった! い、いまのは、僕が悪い!」
あわてて謝るレオニス。
「……意地悪」
ぼそっと
「……悪かった、です」
もう一度謝ると、彼女はすん、と小さく鼻をすすり、
「それじゃあ、この季節の彩り野菜のパスタとか、どう?」
「ええ、ではそれにします」
レオニスがこくこくと
「今日はお姉さんが
「クレジット?」
「都市で使えるお金のこと。学院の任務を達成すると、報酬が振り込まれるの」
「ああ、お金ですか。それなら、
レオニスは自慢げに笑うと、影の中から一枚の金貨を取りだした。
シュカレスト帝国発行のレイドア大金貨。
これ一枚で、平民が一生暮らせる金額になる。
レオニスの〈影の領域〉には、このレイドア大金貨が二千枚あった。
来たる魔王軍再興のために、〈死都〉の宝物庫より持ち出した軍資金だ。
しかし──
「……なに? それ……」
リーセリアの反応はイマイチだ。
「……え?」
「レイドア金貨です。これ一枚で、このレストランを買えるほどの価値がある」
「ええっと……それ、使えないわよ」
リーセリアは微妙な表情で言った。
「〈
「……なん……だと……」
レオニスは
「か、貨幣として使えなくても、純金は貴重なはず……」
「あ、それ純金なんだ。でも、純金はそんなに貴重な金属じゃないのよね」
「え……」
「一応、装飾品には使えるけど、うーん、魔導錬成した銀のほうがずっと貴重だし」
「……」
〈影の宝物庫〉のほとんどを占める財宝が、無駄になった瞬間だった。
「わたしがご
にこっと
と──
「──へえ、古銭とは、
風の音のような、涼しい声が聞こえた。
振り向くと、一人の少女が、物珍しそうにレオニスの金貨を眺めていた。
髪をショートに切り
背丈は小さく、十歳のレオニスより少し高いくらい。リーセリアの制服とは異なる、風変わりな装束に身を包み、制服の上着を無造作に肩にかけている。
目もとの涼やかな、息を
「あ、
と、リーセリアが顔を上げて手を振った。
……知り合い、だろうか。
「今日は戦術教練の講義じゃなかった?」
「ああ、ひどく退屈だったので、抜けてきてしまったよ」
そう言うと、ショートカットの美少女は、レオニスに目を移した。
「もしかして、君が〈聖剣〉使いの少年かな──」
「レオ君のこと、知ってるの?」
「ああ、エルフィーネ先輩に聞いたよ。遺跡で保護されたんだって?」
「はい、〈ヴォイド〉に
「そうか。なんにせよ、無事でよかった」
少女はすっと右手を差し出してきた。
「ボクは咲耶・ジークリンデ、よろしく」
「レオニス・マグナスです」
レオニスは素直に手を握り返した。
小さくて、少し冷たい、女の子の手だ。
だが、その手を取った瞬間、レオニスにはわかった。
(……これは、剣に生きる者の手だ)
少女の年齢は、十四、五歳くらいだろう。
そんな歳で、一体どれほどの修練を積んできたのか──
「ふむ、レオか。
手を離し、少女はふっと
「
と、リーセリアが紹介する。
……なるほど、同じ小隊のメンバーだったのか。
だが、これほどの剣士をどう口説いたのか、気になるところだ。
「ところで、先輩たちは
「ええ。お昼を食べて、レオ君の〈聖剣〉を登録しに行くの」
「そうか、それは邪魔をしたな」
「そんなことないわ。咲耶は、お昼ご飯食べたの?」
「ん、ああ……」
咲耶は一瞬、目を泳がせて口ごもった。
「その、今日はクレジットの持ち合わせがなくてな」
「ええっ、何に使ったの!?」
リーセリアが驚きの声を上げる。
「
「……自分の所為ね」
「そうですね」
冷たい声で断じるリーセリアに、レオニスも
「……ち、違うんだ!」
咲耶は弁明するように首を振った。
「その、つい熱くなってしまって……」
「……」
リーセリアの視線が険しくなる。
……見た目はクールそうなのに、かなり駄目な人だった。
「クレジットが尽きて、ボクのおっぱいを見せれば許してくれるというから、しかたなく脱ごうとしたところで、
「さ、咲耶!? だ、だめよ、そんなの、女の子なんだから!」
リーセリアは
「心配ない、相手も女の子だった」
「……そ、それはそれでどうなの?」
困惑顔になるリーセリア。
たしかに、彼女は同性にもモテそうな容姿ではあったが──
「そんなわけで、ボクは無一文なんだ」
なぜか、ちょっと誇らしげに彼女は言った。
リーセリアは小さくため息をつくと、
「もう、しかたないわね。お昼はわたしが
「いや、先輩それは──」
「いいの。遺跡の調査任務で、クレジットも入ったしね」
くるっ、とカードを回してみせるリーセリア。
「かたじけない。じつは、お
咲耶は深く頭を下げると、行儀よく椅子に座った。
「少年は、なにを頼んだのだ?」
「知らない食べ物です」
「チャレンジャーだな。では、わたしはパンケーキを頼もう」
「
「大丈夫、私は太らないから」
「そういうことじゃなくて……」
こめかみを押さえるリーセリア。
料理が来るのを待つ間、レオニスは気になっていたことを彼女に
「えっと……咲耶さん、その格好は?」
「うん、これは、ボクの祖国──〈
と、咲耶は
「──姉上の形見だよ」
その瞬間。彼女の瞳に、ほの
「ボクの里の一族は〈ヴォイド〉に殺された。そいつを殺すのが、ボクの使命だ」
ゾッとするほど冷たい声。
周囲のテーブルの学生が、思わず、振り向くほどの気配。
かつて、レオニスは、こんな目をする者を何人も見てきた。
(……
「咲耶……」
リーセリアが静かに声をかける。
と──
「すまない、初対面で話すようなことでもなかったな」
咲耶は力を抜くように、肩をすくめてみせた。
「いえ、
「学院の規則違反ではあるが、姉上の形見のこの服は、脱ぐわけにはいかないからね。特別に、許可を得ているんだ」
「咲耶は単独での〈ヴォイド〉の討伐実績がある、数少ない初等生なのよ」
「たいしたことではない──おっと、来たようだ」
ウェイターが注文を取りに来たので、レオニスは季節の彩り野菜パスタを頼んだ。
◆
季節の彩り野菜パスタは、レオニスの舌によく合った。調味料の種類も格段に増えて、人類の料理は一〇〇〇年前よりも
咲耶・ジークリンデは、私物を質に入れてくると言い、寮に戻って行った。
……あの歳で博徒とは、いろいろ大丈夫なのかと心配になるな。
レストランを出て、連れて来られたのは、学院の敷地内にある練武場だった。
様々な用途を備えた訓練施設が複合しており、レオニスの時代であれば、大型の城が二つ、三つは建てられるほどの広大さだ。
(この敷地だけでも、
グラウンドでは、軍服姿の女が腰に手をあてて待っていた。
「時間通りだな。私が審問監督のディーグラッセ・アルトだ」
「レオニス・マグナスです」
「……君が遺跡で保護された少年か」
彼女はレオニスを値踏みするように見下ろした。
「そう身構えなくてもいい。審問はあくまで、君の〈聖剣〉のタイプを確認するものだ」
「タイプ?」
「レオ君の〈聖剣〉の能力を登録して、訓練カリキュラムを作る参考にするの」
と、リーセリアが説明してくれた。
〈聖剣〉の能力は千差万別であり、画一的な試験で、その真価を見極めることは不可能だ。故に、〈聖剣士〉の教官がその
「そういうわけだ。では早速、君の〈聖剣〉を見せて
「……わかりました。来たれ、〈封罪の
レオニスが叫ぶと、影の中から魔杖が現れ、レオニスの手に収まった。
「〈
「ええっと、支援タイプ……でしょうか。状況に応じて、いろいろと」
レオニスは適当に言って
「なるほど、〈万能支援型〉、と──」
ディーグラッセは手もとのタブレットに何かを入力し、
「では、君の力を見せてもらおうか──」
彼女が端末を操作すると、訓練場の端に設置された金属の塊が起き上がった。
八本足の
「あれは?」
「魔工学部門の開発した、訓練用の〈ヴォイド・シミュレータ〉よ。〈ヴォイド〉の戦闘行動を模したプログラムを組んでいるの」
リーセリアが言った。
「審問用にレベルは低く設定してある。少し、戦ってみろ」
「……わかりました」
(……なんだこの
と、レオニスは半ば
(まあ、第二
……面倒な手続きは、さっさと終わらせてしまおう。
ズドオオオオオオオオオオンッ!
派手な音をたて、〈ヴォイド・シミュレータ〉は粉々に吹き飛んだ。
「……!?」
(……っ、マズイ、やりすぎたか?)
「メ、メタハルコン製の〈ヴォイド・シミュレータ〉を、粉々に……?」
「お、お前、〈万能支援型〉ではないのか!? なんだいまのは──」
「その、あたりどころが悪かった、とか?」
「そんなわけあるか! ふむ、君の〈聖剣〉、もっと詳しく調べる必要があるな」
ディーグラッセは険しい表情で、レオニスを
「ぐ……」
……マズイ。なんか怪しまれてるぞ。
「さて、次の審問はどうするか──」
と、彼女が思案しかけた、その時だ。
「待ち
聞き覚えのある声が遮った。
取り巻きの少女たちを引き連れて歩いてくるのは、金髪を
ミュゼル・ローデスだ。
「どうした、ミュゼル子爵。今は審問中だぞ」
だが、ミュゼルはニヤニヤと笑いながら、レオニスのほうに近付いてきて、
「教官殿、僕がそいつの審問を担当してもよいでしょうか」
「なんだと?」
ディーグラッセは眉を
「ミュゼル子爵、非公式の試合は禁止されている」
「試合ではなく審問です。教官殿が許可を出せば問題ありませんよ、準一等〈聖剣士〉の僕にはその資格がある」
先ほど恥をかかされた恨みか、
ディーグラッセはレオニスを見下ろすと、小声で
「坊や、なにかしたのか?」
「……いえ」
とぼけるレオニスに、彼女は肩をすくめ、
「ふむ──」
圧壊したヴォイド・シミュレータの残骸にチラッと目を向けた。
そして、何かを思い付いたように、ニヤリと唇の端を
「まあ、シミュレータも壊れてしまったことだし、ちょうどいいかもしれんな」
(……この女、俺の力を測るつもりだな)
さっきので、不用意に彼女の興味を
(まあ、いいか──)
レオニスは面倒くさそうに、
「僕は構いませんよ。先輩が、そこのガラクタの代わりをしてくれるんですよね」
「……っ、なんだと、このガキ……!」
穏やかさを貼り付けていたミュゼルの表情が、
この程度の挑発に乗るとは、なんとも安い男だ。
(……まあ、何度もつっかかってこられるのも面倒だしな)
こういう手合いは、衆目の前で徹底的に
「ちょっと、レオ君!?」
リーセリアがあわてて声をかけるが、
「その言葉、後悔させてやるぞ──おい!」
ミュゼルが合図をすると、四人の少女が武器を抜き放った。
ソードが二人、メイス、ランス持ちがそれぞれ一人ずつ。
それぞれが〈聖剣〉なのだろう。
まるで操り人形のように、
「
リーセリアが抗議した。
「これは僕の〈聖剣〉──〈
少年は、指揮棒のような
(これが、こいつの〈聖剣〉か──)
「そんなのっ……!」
リーセリアはディーグラッセに視線を送るが、
彼女は肩をすくめて首を振るだけだ。
……この教官、完全に面白がってるな。
「まあ、理屈ではありますよ──」
レオニスの召喚するアンデッドの軍団は、レオニス自身の力だ。
とすれば、〈聖剣〉の能力で支配した者も、この男の力ということでいいだろう。
「レオ君……」
「僕が、その四人と先輩を倒せばいいんですね?」
「ああ、そうだ──」
確認すると、ディーグラッセは
「待って。だったら、わたしも一緒に戦うわ」
リーセリアがそんなことを言い出した。
「わたしは、レオ君の
「セリアさん──」
「ふっ、ははは、いいでしょう!」
ミュゼルの表情が
この男、リーセリアが乗ってくるのを読んでいたのだろう。
計算通り、といった表情だ。
「ただし、条件がありますよ」
「なに?」
「負ければ、僕の小隊に入って
「……っ、なんですって」
「譲歩するんだ、そのくらいの条件は
「……っ!」
リーセリアは
小隊に入る、ということは、あの少女と同じようにされるのだろう。
この男が、彼女に歪んだ劣情を抱いているのは明らかだ。
……どんなことをされるかも、リーセリアは当然知っている。
二の足を踏むのも無理はない。
「わかりました」
答えたのはレオニスだった。
「……え?」
「ただし、ミュゼル先輩が負けたら──」
と、指先を突きつける。
「セリアにちょっかい出すのはのは、やめてくださいね」
挑発のつもりで、セリアさん、ではなくセリアと呼んだ。
「……っ、ええ、いいでしょう。〈聖剣〉に誓いますよ」
「レオ君──」
リーセリアが少し不安そうに
「眷属に手を出させるつもりはありませんよ」
レオニスが小声で言うと、
彼女も覚悟を決めたのか、こくっと
思わぬ形で邪魔が入ったが──
不死者の
(俺がサポートに回れば、教官の目も
「教官、訓練用のソードデバイスを貸してもらえますか」
「ああ、自由に使うがいい」
ディーグラッセが、棒状の武器を投げて
リーセリアが受け取ると、刀身が発光する。
「それは?」
「
なるほど、魔力を使った武器か。
「剣の心得はあるんですか?」
遺跡では射撃武器を使用していたので、意外だった。
「──〈聖剣〉に目覚めたときのために、鍛錬はしてきたわ」
彼女は何度か素振りをしてみせた。
なるほど、型はできているようだ。
「聖剣は魂の形。私に〈聖剣〉が発現するとすれば、それは剣の形をとると思うの」
両手に模擬剣を構え、彼女は前に出た。
「わたしが前衛、レオ君はサポート、でいいわね?」
「はい」と、頷くレオニス。
ふと、まわり見渡せば、大勢の学生の野次馬たちが集まっていた。
〈聖剣〉使い同士の決闘審問は、格好の見世物なのだろう。
「通常の訓練試合の規定通り、意識を喪失するか、降参を口にすれば負けだ。また危険と判断した場合には、私の権限で止める」
「降参を口にできればいいですね」
ミュゼルがねっとりとした笑みを浮かべて言った。
「──いざ、〈聖剣〉による決闘を!」
ディーグラッセの声で、決闘審問が始まった。
◆
開始の合図と同時──
「──はあああああああっ!」
気合
速攻で、最も手近にいた少女に、
(ほう……)
レオニスは驚きに眉を跳ね上げた。
その
しっかりとした訓練に裏打ちされた動きだ。
胴に一撃を受け、ランス状の〈聖剣〉を手にした少女がよろめく。
リーセリアは更に踏み込み、鋭い刺突を放った。
模擬剣の
瞬間、リーセリアの込めた魔力が
おおおおおおおおおっ、とギャラリーにどよめきが起こる。
「……っ、なんだと!」
ミュゼルが
〈聖剣〉が使えないというだけで、リーセリアの腕を侮っていたのだろう。
「──もらった!」
そのまま、彼女はミュゼル目がけて突進した。
奴の〈聖剣〉は〈支配〉の能力。真っ先に
「くっ──、劣等がっ!」
上段より撃ち込んだ斬撃を、しかしミュゼルは
──なるほど。大口を
ある程度魔力を込めることができるとはいえ、ただの模擬剣と、所有者の魂を具現した〈聖剣〉では、その強度が違うらしい。リーセリアの剣はたやすく
「君の剣には、優雅さがないな!」
「
リーセリアは模擬剣を振りかぶり、更にたたみかけるが──
「……っ、なにをしている、僕を守れ!」
ミュゼルの短杖が輝きを放ち、少女の一人を操作する。
大剣を持った少女が、身を
その顔は無表情。意志というものが感じられない。
「……っ、そんな奴の言いなりにっ──!」
「無駄だよ。こいつらは、僕の〈聖剣〉と契約したんだ」
ミュゼルが
(……強制的に従わせている、わけではないようだな)
彼女たちは自分の意志で、あの男の武器となることを選択したのだろう。
そうでなくては、〈聖剣学院〉が認めるはずもない。
戦闘の際は、ミュゼルが指揮者となって、四人の意志を一つに統合する。
それもまた、一つの戦術ではある。
(……利害関係、あるいは全員があの男に
レオニスが冷静に観察していると、
背後に鋭い視線を感じた。
教官のディーグラッセだ。
タブレット型の端末を手に、レオニスを注視している。
(……おっと、そもそも、これは俺の〈聖剣〉の考査だったな)
(さて、どうするか……)
あの男を
……そもそも、殺してしまってはまずかろう。
(適度にアピールしておくか──)
レオニスは
それに気付いたのか、リーセリアから間合いを取ったミュゼルが指示を飛ばした。
「おい、あのガキをやれ!」
リーセリアに倒された、ランス使いの少女が起き上がり、突進してくる。
「……っ、レオ君!」
一瞬、リーセリアの注意が
「大丈夫です! セリアさんはその男を
呪文を唱えつつ、レオニスは後ろへ飛んだ。
今のレオニスの身体能力は、並の十歳の少年程度だ。
元勇者の肉体ゆえのポテンシャルはあるのだが、中身である〈魔王〉の魂が、拒絶反応を起こしているのか、どうにも
そんなレオニスを侮ってか、ランスの少女は一気に間合いを詰めてくる。
「来たれ、影の王国の亡者──〈
「きゃあっ!」
突撃してきた少女の足を、影の腕が絡め取り、転倒させる。
ディーグラッセがほう、と目を
同時、
第一
(──まあ、この程度の手助けはあっていいだろう)
無論、付与する魔力は最低限に抑えてある。
ブラッカスあたりは、
強化魔術を付与されたリーセリアの動きが、更に俊敏になる。
立ちはだかるメイス使いの少女を倒し、返す刀で大剣使いの少女を沈める。
人間離れした速度で、〈聖剣士〉相手に立ち回る。
まだ
ミュゼルを守るのは、短剣使いの少女のみだ。
「女の子を盾にして逃げ回るつもり、ミュゼル・ローデス!」
リーセリアのこの挑発には、周囲のギャラリーもおおいに沸いた。
あの男、日頃からよく思われていないのだろう。
「そうだ!」「逃げるんじゃねえぞ、ミュゼル!」「やっちゃえ!」
「セリア、お嬢様─────っ!」
(……おや?)
と、そこに混じって聞き覚えのある声が。
レオニスが振り向くと──
学院の施設の二階バルコニーに、レギーナの姿があった。
金髪のツインテールがぴょんぴょん跳ねているが、当のリーセリアは気付かない。
「──ちィっ!」
ミュゼルが舌打ちして、
〈聖剣〉を持たないリーセリアを一方的にいたぶり、レオニスの前で憂さを晴らすつもりだったのだろう。だが、その目論見は大きく外れたようだ。
(まあ、彼女が
「僕を
ミュゼルの〈聖剣〉が、
(──なんだ?)
瞬間、あと一歩まで追い詰めたリーセリアが、警戒して足を止めた。
「……っ!」
ミュゼルの短杖の光に呼応するように──
少女たちの〈聖剣〉もまた、それぞれ輝きを放つ。
「──
「〈聖剣〉の力を、強制的に解放させた!?」
「遊びはここまでってことさ!」
ミュゼルは
「「「アアアアアアアアアアアッ!」」」
短剣使いの少女、メイス使いの少女、大剣使いの少女が、同時に彼女に打ちかかる。
これまでのような無表情ではなく──
「──〈ロック・ブレイク〉!」
眼前の少女が、輝くメイス型の〈聖剣〉を振り下ろす。
爆発。訓練場の石床が
(──なかなかの威力だな)
それを見ていたレオニスは感心する。
その破壊力は、第二
普通の人間に直撃すれば、死んでもおかしくないが──
チラ、とディーグラッセ教官のほうに視線を向けるが、反応する様子はない。
〈聖剣学院〉では、この程度は日常茶飯事ということか。
「──オオオオオオオオッ、〈ライトニング・チャージ〉!」
レオニスが〈
しかし、その程度の雷撃では、レオニスの魔術を打ち破ることなど不可能だ。
レオニスがパチリ、と指を鳴らすと、影は少女を更に締め上げた。
「……うわ、なにあれ!」「子供のくせにえっぐい」「どんな〈聖剣〉だよ──」
なんだか、ギャラリーがちょっと引いているが、知ったことではない。
レオニスはリーセリアの戦いに目を戻した。
〈聖剣〉の力を解放した三人を相手に、彼女は途端に苦戦する。
「──〈エアリアル・スマッシュ〉!」
短剣使いの少女の放った一撃が、リーセリアの胸部に直撃。
はね飛ばされた小柄な
「……っ、くっ……う……!」
「はは、いいですねぇ、その表情。ますます
苦痛に
「その生意気なガキの前で──う……ぐっ!」
瞬間。ミュゼルは、ビクッと身体を震わせた。
……しまった。イラッとして、つい殺気を飛ばしてしまった。
「……っ、メイア、何を手こずっている、ガキ一人くらいさっさと
影に縛られた少女に、
「無駄ですよ」
レオニスは肩をすくめて言った。
ランス使いの少女は激しくもがくものの、決して逃れることはできない。
「……っ、影を使う〈聖剣〉なのか?」
ミュゼルが、不気味なものを見るかのような視線を向ける。
──と、その時。
「……く……ない……!」
模擬剣を地面に突き立て、リーセリアが立ち上がる。
「なんだと……?」
ミュゼルの顔が
〈聖剣〉の一撃をまともに受けて、立ち上がれるとは思わなかったのだろう。
だが──
「……こんなの、ぜんっぜん、痛くない!」
激しい魔力がほとばしり、白銀の髪が
そのアイスブルーの瞳が、血の色に染まった。
リーセリア・クリスタリアは、〈
未覚醒とはいえ、その魔力は、人間など
「こ、のおおおおおおおおおおっ!」
魔力を帯びたリーセリアが、地を蹴った。
即座に、〈聖剣〉を手にした三人の少女が、ミュゼルを守る。
「──〈ウォーター・ジェイル〉!」
力比べでは負けると判断してか、大剣使いの少女が〈聖剣〉の力を解放する。
虚空より生まれた水の
「……っ、こんなのっ……がっ……ぼっ……!」
「は、はははっ、どうだい? ミリスの〈水〉の〈聖剣〉の力は──!」
「負けない──って、言ったでしょ!」
ほとばしる魔力が翼のように展開し、水の牢獄を打ち破る。
「……っ、そんな──!」
力任せに模擬剣を振り、眼前の少女を
そのまま踏み込んで突進し、短剣使いの少女を
ミュゼルを守る人形は、もういない。
彼女はミュゼルに肉薄し──
「……っ!?」
模擬剣を振り下ろす直前で、その動きが止まった。
「……っ、どう……し、て……!?」
震える声で
カラン、と──その手に握った模擬剣が、乾いた音をたてて地面に落ちる。
ミュゼルの〈聖剣〉の
「く、くく……その力、どんな手段を使ったのかはわからないけれど──」
と、ミュゼルは不敵に
「所詮、真の〈聖剣〉の力には勝てない、ってことさ!」
「……う、く……!」
リーセリアは、彫像のように固まったまま、動くことができないでいる。
(奴は一体なにをした?)
「これが、絶対支配の力──〈
ミュゼルは、地面に落ちた模擬剣を拾うと、リーセリアの頭を強打した。
「……っ、あ……うっ……!」
彼女は抵抗も出来ず、地面に打ち倒される。
「君が悪いんだ、リーセリア、僕にしたがわない君が!」
そのまま、受け身も取れない彼女を、
「どうした、ガキ! 見ているだけか?」
「おい、もうやめろ!」「劣等生をいじめて楽しいの?」「動けないじゃない!」
その行為に、周囲の学生たちがさすがに批難の声をあげる。
だが、教官のディーグラッセは止める気はないようだ。
(ここまで、だな──)
レオニスは胸中で呟く。
(これで十分だ。まだ未熟ではあるが、見所はあった──)
(あんな奴でも、消し飛ばさないように、加減しなくてはな……)
とはいえ、眷属を
と──
レオニスは気付く。
彼女の目が、まだ屈していないことに。
「……け、ない……」
「ああ?」
「たとえ〈聖剣〉がなくたって、あなたなんかに、絶対に負けないっ!」
「なんだと!?」
リーセリアは、静かに立ち上がった。
「あり得ない……僕の〈
ミュゼルが、
「……っ、悪あがきを!」
もう一度、〈強制支配〉の力を解放して──
と、次の瞬間。
その場に居合わせた全員の視線が、リーセリアに集中した。
まるで、時間が止まったようだった。
「……え?」
だが、一番驚いているのは、彼女自身だった。
立ち上がった彼女の眼前に──
神々しく輝く、ひと振りの剣が
柄に美しい細工の施された、息を
「う……そ……これって──」
リーセリアは目を見開き、その柄を手にした。
その〈聖剣〉は、長年、彼女のものであったかのように似合っていた。
「……馬鹿な、〈聖剣〉だと!?」
ミュゼルが
そう、それは彼女の魂より生み出された──〈聖剣〉だった。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
周囲の学生たちが歓声をあげた。
「ほう、戦いの中で〈聖剣〉に目覚める者は多いが、これはまた、ドラマチックじゃないか。あのクリスタリアの令嬢が──」
ディーグラッセの
「あの少年と出会ったことと、関係あるのかな?」
彼女はレオニスにじーっと疑いの眼差しをむけてくる。
レオニスは視線を
リーセリアと目が合った。
彼女はこくっと
「──これが、わたしの〈聖剣〉!」
「……っ、だからどうした! 目覚めたばかりの〈聖剣〉で、この僕に──」
刹那。
ヒュッ、と空気を裂く音がして、一瞬、彼女の姿が消えた。
「──あ?」
次の瞬間。リーセリアはすでに背後にいる。
ミュゼルの〈聖剣〉が真っ二つに折れて、光の粒子となって消え去った。
「あ……ああ……僕の、僕の〈聖剣〉があああああああっ……」
それは、彼の心が折れた瞬間だった。
「……どうするの?」
その喉元に
「こ、降参っ、降参だ……!」
ミュゼルが両手を挙げる。
彼女の周囲でひときわ大きな歓声が上がり、
「セリアお嬢様っ!」
降りてきたレギーナが抱きついた。
「──おめでとう、リーセリア・クリスタリア」
と、ディーグラッセ教官が穏やかな微笑を浮かべて言った。
「君のこれまでの努力は認められた」