聖剣学院の魔剣使い 1

第五章 聖剣審問

 そんなこんなで、リーセリアと眷属の契約を交わし──

 管理局の〈聖剣審問〉を受けに行く前に、二人は軽く食事をとることにした。

 なにしろ、レオニスは以前のような不死の身体からだではない。食事を摂取しなければ、満足に魔術を使うことさえできないのだ。

「わたしが、君の正体を管理局に話したら、どうするつもりだったの?」

「──その心配はしていませんでした」

 レオニスの正体を周囲にバラせば必然的に、彼女が〈吸血鬼〉になったことも知られてしまうだろう。〈聖剣士〉を目指す彼女にその選択肢はないはずだ。

「……わ、わかってるわ」

 彼女はすん、と鼻を鳴らした。

「どのみち、眷属はマスターを裏切ることはできませんしね」

 レオニスは、自身の手に刻印を浮かべて見せた。

「えっと、それはなに?」

「支配と隷属の〈刻印〉です。眷属を従わせることができる──」

「う、うそ……え、えっちなことも!?」

 途端、リーセリアが瞳を潤ませた。

「……まあ、できますけど。僕は、そういうことはしません」

「……ほ、本当に?」

「本当です」

 レオニスはぜんとして言った。

 ……けんぞくにそういうことをさせる〈魔王〉は、たしかに存在する。

 しかし、魔王レオニスは、眷属や配下にそのような扱いをすることはない。

「……わかった、レオ君を信じる。お風呂でも、紳士だったしね」

 リーセリアはこくっとうなずいた。

「それで、眷属って、なにをするのかしら?」

「眷属はあるじを守る存在です。なにしろ、僕のこの身体からだはこの通りぜいじやくなので」

 レオニスが言うと、彼女はくすっと笑い、

「わかった。お姉さんが守ってあげるわね」

 ちょっとうれしそうに、レオニスの頭をでるのだった。

 ──それから、二人は学院内にある軽食レストランに入った。

 テーブルに着くと、

(……やはり、面倒だな。人間の肉体は)

 レオニスは、さっき風呂に入った時とは真逆の感想を抱く。

 一方で、アンデッドになったばかりのリーセリアのほうは、少し不安そうだった。

「ねえ、おなか、あまり空かないんだけど、ちゃんと食事はとれるの?」

「ヴァンパイアの上位種ともなれば、普通の食事をとることは可能です。食物を魔力に変換するには時間がかかるので、少し効率は悪いですけど」

 レオニスは小声で言った。

「それに、大半の吸血鬼と違って、日中も出歩けますよ」

 吸血鬼の女王ヴアンパイア・クイーンは、〈エルダー・リッチ〉、〈黒の騎士〉とも比肩する、最上級アンデッドだ。ハイ・デイ・ライト・ウォーカーは、ナイトウォーカーとは違う。

「……そう、よかった」

 ほっとあんの息をつくリーセリア。

 まあ、カモフラージュの観点からも、普通の食事をするに越したことはない。

「その、どうしても血が欲しいときは、僕の血を吸ってくれてかまいません」

 命を救うためとはいえ、聖騎士に憧れる少女をアンデッドにしてしまったのだ。

 せめて、血くらいはいつでも分け与えようと思う。

 すると、リーセリアはかすかに、こくっと喉を鳴らし、

「……」

 蒼氷アイスブルーで、じーっとレオニスの首筋を見つめてくる。

「ええっと……少し、ですよ?」

「ち、ちち、違うわ!」

 リーセリアは真っ赤になって視線をらし、

「わたし、血なんて飲まないし、人間であることを忘れたくないもの」

「……っ、こ、声が大きいです……!」

 レオニスはあわてて周囲のテーブルに視線を遣った。

 ちょうど三時をまわったところで、学生の姿はまばらだが、中にはこちらを見てなにかヒソヒソ話している者たちもいるようだ。

(……もしかして、いまの話、聞かれたか?)

 確認のため、〈感覚拡張〉の魔術で、周囲の会話を拾ってみると、

『ね、ね、あの子、可愛かわいくない?』

『え、まだ子供じゃない。あなた、あーゆーのがいいの?』

『うん、いまのうちにいただいちゃおうかな、って?』

『うわ、犯罪の匂いがするわ。あーゆー可愛い男の子が、将来は夜の魔王になるのよ』

『なによ、人聞きの悪い……あ、こっち見た♪』

 会話していた少女の一人がにこっと微笑ほほえみ、手を振ってくる。

 ……どうでもよかったので、レオニスは当然無視した。

 魔王、という言葉にちょっとドキッとしたが。

「気を付けてください……」

 リーセリアは恥ずかしそうに、メニューで顔を隠し、

「それで、メニュー、もう決めた?」

「……パン、でいいです」

「パンって……この焼きたてパン?」

「ええ、それで」

「もっといろいろあるけど。ここの学生レストラン、けっこう味がいいのよ」

 と、料理のメニューを見せてくる。

「パンでいいです。ほかのはよくわからないし──」

 レオニスは首を振った。

(……なんだ? グラタンに、ラザニアに、パスタって……)

 どれもレオニスが聞いたことのない料理ばかりだ。

 一〇〇〇年前に、そんな料理はなかった。いや、もしかすると王侯貴族の食卓には上っていたのかもしれないが、なにしろレオニスとは無縁の世界だ。

 すると、リーセリアはレオニスの額に人差し指を突きつけて、

「パンだけじゃだめ。栄養が偏るでしょ」

「栄養って、アンデッドに言われたくありませんけど──あっ」

 しまった、と思ったときには遅かった。

「……~っ!」

 リーセリアがちょっと涙目になっていた。

「わ、悪かった! い、いまのは、僕が悪い!」

 あわてて謝るレオニス。けんぞくに頭を下げる魔王、というのも妙な図だが、なにしろ彼女は望んでアンデッドになったわけではない。

「……意地悪」

 ぼそっとつぶやくリーセリア。

「……悪かった、です」

 もう一度謝ると、彼女はすん、と小さく鼻をすすり、

「それじゃあ、この季節の彩り野菜のパスタとか、どう?」

「ええ、ではそれにします」

 レオニスがこくこくとうなずくと、彼女はパスタとサラダを注文した。

「今日はお姉さんがおごってあげる。でも、仮じゃないIDカードが発行されたら、君のクレジットを使ってね」

「クレジット?」

「都市で使えるお金のこと。学院の任務を達成すると、報酬が振り込まれるの」

「ああ、お金ですか。それなら、うなるほど──」

 レオニスは自慢げに笑うと、影の中から一枚の金貨を取りだした。

 シュカレスト帝国発行のレイドア大金貨。

 これ一枚で、平民が一生暮らせる金額になる。

 レオニスの〈影の領域〉には、このレイドア大金貨が二千枚あった。

 来たる魔王軍再興のために、〈死都〉の宝物庫より持ち出した軍資金だ。

 しかし──

「……なに? それ……」

 リーセリアの反応はイマイチだ。

「……え?」

「レイドア金貨です。これ一枚で、このレストランを買えるほどの価値がある」

「ええっと……それ、使えないわよ」

 リーセリアは微妙な表情で言った。

「〈第〇七戦術都市セヴンス・アサルト・ガーデン〉は、全部クレジット決済だし」

「……なん……だと……」

 レオニスはがくぜんとした。

「か、貨幣として使えなくても、純金は貴重なはず……」

「あ、それ純金なんだ。でも、純金はそんなに貴重な金属じゃないのよね」

「え……」

「一応、装飾品には使えるけど、うーん、魔導錬成した銀のほうがずっと貴重だし」

「……」

〈影の宝物庫〉のほとんどを占める財宝が、無駄になった瞬間だった。

「わたしがごそうしてあげるわね」

 にこっと微笑ほほえむリーセリアに、レオニスはぐぬぬ、とうなった。

 と──

「──へえ、古銭とは、洒落しやれたものを持っているね」

 風の音のような、涼しい声が聞こえた。

 振り向くと、一人の少女が、物珍しそうにレオニスの金貨を眺めていた。

 こんぺきの空を思わせる、藍色の髪の少女。

 髪をショートに切りそろえており、一見すると、美少年のようにも見えるが、白い装束の下の胸は、わずかに膨らんでいる。

 背丈は小さく、十歳のレオニスより少し高いくらい。リーセリアの制服とは異なる、風変わりな装束に身を包み、制服の上着を無造作に肩にかけている。

 目もとの涼やかな、息をむほどの美少女だ。

「あ、さく──」

 と、リーセリアが顔を上げて手を振った。

 ……知り合い、だろうか。

「今日は戦術教練の講義じゃなかった?」

「ああ、ひどく退屈だったので、抜けてきてしまったよ」

 そう言うと、ショートカットの美少女は、レオニスに目を移した。

「もしかして、君が〈聖剣〉使いの少年かな──」

「レオ君のこと、知ってるの?」

「ああ、エルフィーネ先輩に聞いたよ。遺跡で保護されたんだって?」

「はい、〈ヴォイド〉にさらわれたところを、セリアさんに救出されて──」

「そうか。なんにせよ、無事でよかった」

 少女はすっと右手を差し出してきた。

「ボクは咲耶・ジークリンデ、よろしく」

「レオニス・マグナスです」

 レオニスは素直に手を握り返した。

 小さくて、少し冷たい、女の子の手だ。

 だが、その手を取った瞬間、レオニスにはわかった。

(……これは、剣に生きる者の手だ)

 少女の年齢は、十四、五歳くらいだろう。

 そんな歳で、一体どれほどの修練を積んできたのか──

「ふむ、レオか。を思わせるよい名だな」

 手を離し、少女はふっと微笑ほほえむ。

さくは、わたしの小隊の前衛アタッカーなのよ」

 と、リーセリアが紹介する。

 ……なるほど、同じ小隊のメンバーだったのか。

 だが、これほどの剣士をどう口説いたのか、気になるところだ。

「ところで、先輩たちはちゆうさんか?」

「ええ。お昼を食べて、レオ君の〈聖剣〉を登録しに行くの」

「そうか、それは邪魔をしたな」

「そんなことないわ。咲耶は、お昼ご飯食べたの?」

「ん、ああ……」

 咲耶は一瞬、目を泳がせて口ごもった。

「その、今日はクレジットの持ち合わせがなくてな」

「ええっ、何に使ったの!?」

 リーセリアが驚きの声を上げる。

ばくだ」

「……自分の所為ね」

「そうですね」

 冷たい声で断じるリーセリアに、レオニスもうなずく。

「……ち、違うんだ!」

 咲耶は弁明するように首を振った。

「その、つい熱くなってしまって……」

「……」

 リーセリアの視線が険しくなる。

 ……見た目はクールそうなのに、かなり駄目な人だった。

「クレジットが尽きて、ボクのおっぱいを見せれば許してくれるというから、しかたなく脱ごうとしたところで、けいの教官が踏み込んできたんだ」

「さ、咲耶!? だ、だめよ、そんなの、女の子なんだから!」

 リーセリアはさくの肩をつかんでガクガク揺する。

「心配ない、相手も女の子だった」

「……そ、それはそれでどうなの?」

 困惑顔になるリーセリア。

 たしかに、彼女は同性にもモテそうな容姿ではあったが──

「そんなわけで、ボクは無一文なんだ」

 なぜか、ちょっと誇らしげに彼女は言った。

 リーセリアは小さくため息をつくと、

「もう、しかたないわね。お昼はわたしがおごってあげるわ」

「いや、先輩それは──」

「いいの。遺跡の調査任務で、クレジットも入ったしね」

 くるっ、とカードを回してみせるリーセリア。

「かたじけない。じつは、おなかがぺこぺこだったのだ」

 咲耶は深く頭を下げると、行儀よく椅子に座った。

「少年は、なにを頼んだのだ?」

「知らない食べ物です」

「チャレンジャーだな。では、わたしはパンケーキを頼もう」

さく、甘いものばかりではだめよ」

「大丈夫、私は太らないから」

「そういうことじゃなくて……」

 こめかみを押さえるリーセリア。

 料理が来るのを待つ間、レオニスは気になっていたことを彼女にたずねた。

「えっと……咲耶さん、その格好は?」

「うん、これは、ボクの祖国──〈おうらん〉の伝統服」

 と、咲耶はうなずいて、

「──姉上の形見だよ」

 その瞬間。彼女の瞳に、ほのぐらい炎がともった。

「ボクの里の一族は〈ヴォイド〉に殺された。そいつを殺すのが、ボクの使命だ」

 ゾッとするほど冷たい声。

 周囲のテーブルの学生が、思わず、振り向くほどの気配。

 かつて、レオニスは、こんな目をする者を何人も見てきた。

(……ふくしゆう者、というわけか)

「咲耶……」

 リーセリアが静かに声をかける。

 と──

「すまない、初対面で話すようなことでもなかったな」

 咲耶は力を抜くように、肩をすくめてみせた。

「いえ、しつけなことを聞きました」

「学院の規則違反ではあるが、姉上の形見のこの服は、脱ぐわけにはいかないからね。特別に、許可を得ているんだ」

「咲耶は単独での〈ヴォイド〉の討伐実績がある、数少ない初等生なのよ」

「たいしたことではない──おっと、来たようだ」

 ウェイターが注文を取りに来たので、レオニスは季節の彩り野菜パスタを頼んだ。


    ◆


 季節の彩り野菜パスタは、レオニスの舌によく合った。調味料の種類も格段に増えて、人類の料理は一〇〇〇年前よりもはるかに進化しているようだ。

 咲耶・ジークリンデは、私物を質に入れてくると言い、寮に戻って行った。

 ……あの歳で博徒とは、いろいろ大丈夫なのかと心配になるな。

 レストランを出て、連れて来られたのは、学院の敷地内にある練武場だった。

 様々な用途を備えた訓練施設が複合しており、レオニスの時代であれば、大型の城が二つ、三つは建てられるほどの広大さだ。

(この敷地だけでも、骸骨戦士スケルトン・ウオリアーの軍勢が万は並べられそうだな……)

 グラウンドでは、軍服姿の女が腰に手をあてて待っていた。

「時間通りだな。私が審問監督のディーグラッセ・アルトだ」

「レオニス・マグナスです」

「……君が遺跡で保護された少年か」

 彼女はレオニスを値踏みするように見下ろした。

「そう身構えなくてもいい。審問はあくまで、君の〈聖剣〉のタイプを確認するものだ」

「タイプ?」

「レオ君の〈聖剣〉の能力を登録して、訓練カリキュラムを作る参考にするの」

 と、リーセリアが説明してくれた。

〈聖剣〉の能力は千差万別であり、画一的な試験で、その真価を見極めることは不可能だ。故に、〈聖剣士〉の教官がそので見て、多面的な判断を下すのだという。

「そういうわけだ。では早速、君の〈聖剣〉を見せてもらえるか?」

「……わかりました。来たれ、〈封罪のじよう〉よ!」

 レオニスが叫ぶと、影の中から魔杖が現れ、レオニスの手に収まった。

「〈つえ〉──それが君の〈聖剣〉か。能力のタイプは?」

「ええっと、支援タイプ……でしょうか。状況に応じて、いろいろと」

 レオニスは適当に言ってした。

「なるほど、〈万能支援型〉、と──」

 ディーグラッセは手もとのタブレットに何かを入力し、

「では、君の力を見せてもらおうか──」

 彼女が端末を操作すると、訓練場の端に設置された金属の塊が起き上がった。

 八本足ののようなフォルムをした、奇妙なオブジェだ。脚部の接続部分には、赤く輝く拳大の〈魔力結晶〉が埋め込まれている。

「あれは?」

「魔工学部門の開発した、訓練用の〈ヴォイド・シミュレータ〉よ。〈ヴォイド〉の戦闘行動を模したプログラムを組んでいるの」

 リーセリアが言った。

「審問用にレベルは低く設定してある。少し、戦ってみろ」

「……わかりました」

(……なんだこの玩具おもちやは)

 と、レオニスは半ばあきれつつも、杖を手に前に出る。

(まあ、第二かいていの〈破重弾ベルトン〉あたりでいいか──)

 ……面倒な手続きは、さっさと終わらせてしまおう。

 じようを派手に振りかざし、重力系統の呪文を放つ。

 ズドオオオオオオオオオオンッ!

 派手な音をたて、〈ヴォイド・シミュレータ〉は粉々に吹き飛んだ。

「……!?」

 ぜんとする、ディーグラッセとリーセリア。

(……っ、マズイ、やりすぎたか?)

「メ、メタハルコン製の〈ヴォイド・シミュレータ〉を、粉々に……?」

「お、お前、〈万能支援型〉ではないのか!? なんだいまのは──」

「その、あたりどころが悪かった、とか?」

「そんなわけあるか! ふむ、君の〈聖剣〉、もっと詳しく調べる必要があるな」

 ディーグラッセは険しい表情で、レオニスをにらんだ。

「ぐ……」

 ……マズイ。なんか怪しまれてるぞ。

「さて、次の審問はどうするか──」

 と、彼女が思案しかけた、その時だ。

「待ちたまえ──」

 聞き覚えのある声が遮った。

 取り巻きの少女たちを引き連れて歩いてくるのは、金髪をでつけたやさおとこ

 ミュゼル・ローデスだ。

「どうした、ミュゼル子爵。今は審問中だぞ」

 しつけちんにゆうしやに対し、ディーグラッセ教官が鋭い視線を向ける。

 だが、ミュゼルはニヤニヤと笑いながら、レオニスのほうに近付いてきて、

「教官殿、僕がそいつの審問を担当してもよいでしょうか」

「なんだと?」

 ディーグラッセは眉をひそめた。

「ミュゼル子爵、非公式の試合は禁止されている」

「試合ではなく審問です。教官殿が許可を出せば問題ありませんよ、準一等〈聖剣士〉の僕にはその資格がある」

 先ほど恥をかかされた恨みか、ぎやく的な笑みが浮かんでいる。

 ディーグラッセはレオニスを見下ろすと、小声でささやく。

「坊や、なにかしたのか?」

「……いえ」

 とぼけるレオニスに、彼女は肩をすくめ、

「ふむ──」

 圧壊したヴォイド・シミュレータの残骸にチラッと目を向けた。

 そして、何かを思い付いたように、ニヤリと唇の端をゆがめる。

「まあ、シミュレータも壊れてしまったことだし、ちょうどいいかもしれんな」

(……この女、俺の力を測るつもりだな)

 さっきので、不用意に彼女の興味をいてしまったようだ。

(まあ、いいか──)

 レオニスは面倒くさそうに、

「僕は構いませんよ。先輩が、そこのガラクタの代わりをしてくれるんですよね」

「……っ、なんだと、このガキ……!」

 穏やかさを貼り付けていたミュゼルの表情が、容易たやすく怒りに歪む。

 この程度の挑発に乗るとは、なんとも安い男だ。

(……まあ、何度もつっかかってこられるのも面倒だしな)

 こういう手合いは、衆目の前で徹底的につぶしておいたほうがいい。

「ちょっと、レオ君!?」

 リーセリアがあわてて声をかけるが、

「その言葉、後悔させてやるぞ──おい!」

 ミュゼルが合図をすると、四人の少女が武器を抜き放った。

 ソードが二人、メイス、ランス持ちがそれぞれ一人ずつ。

 それぞれが〈聖剣〉なのだろう。

 まるで操り人形のように、うつろな動きだ。

きようよ、四人がかりなんて!」

 リーセリアが抗議した。

「これは僕の〈聖剣〉──〈絶対支配の杖ドミニオン〉の能力だ。僕の武器の一部なんだよ」

 少年は、指揮棒のようなたんじようを取り出して見せた。

(これが、こいつの〈聖剣〉か──)

「そんなのっ……!」

 リーセリアはディーグラッセに視線を送るが、

 彼女は肩をすくめて首を振るだけだ。

 ……この教官、完全に面白がってるな。

「まあ、理屈ではありますよ──」

 レオニスの召喚するアンデッドの軍団は、レオニス自身の力だ。

 とすれば、〈聖剣〉の能力で支配した者も、この男の力ということでいいだろう。

「レオ君……」

「僕が、その四人と先輩を倒せばいいんですね?」

「ああ、そうだ──」

 確認すると、ディーグラッセはうなずく。

「待って。だったら、わたしも一緒に戦うわ」

 リーセリアがそんなことを言い出した。

「わたしは、レオ君のけんぞく──保護者だもの」

「セリアさん──」

「ふっ、ははは、いいでしょう!」

 ミュゼルの表情がゆがんだ。

 この男、リーセリアが乗ってくるのを読んでいたのだろう。

 計算通り、といった表情だ。

「ただし、条件がありますよ」

「なに?」

「負ければ、僕の小隊に入ってもらいます」

「……っ、なんですって」

「譲歩するんだ、そのくらいの条件はんでもらいたいな」

「……っ!」

 リーセリアはみした。

 小隊に入る、ということは、あの少女と同じようにされるのだろう。

 この男が、彼女に歪んだ劣情を抱いているのは明らかだ。

 ……どんなことをされるかも、リーセリアは当然知っている。

 二の足を踏むのも無理はない。

「わかりました」

 答えたのはレオニスだった。

「……え?」

「ただし、ミュゼル先輩が負けたら──」

 と、指先を突きつける。

「セリアにちょっかい出すのはのは、やめてくださいね」

 挑発のつもりで、セリアさん、ではなくセリアと呼んだ。

「……っ、ええ、いいでしょう。〈聖剣〉に誓いますよ」

「レオ君──」

 リーセリアが少し不安そうにつぶやく。

「眷属に手を出させるつもりはありませんよ」

 レオニスが小声で言うと、

 彼女も覚悟を決めたのか、こくっとうなずく。

 思わぬ形で邪魔が入ったが──

 不死者のけんぞくとなったリーセリアの力を試す、いい機会だ。

(俺がサポートに回れば、教官の目もせるしな)

「教官、訓練用のソードデバイスを貸してもらえますか」

「ああ、自由に使うがいい」

 ディーグラッセが、棒状の武器を投げてした。

 リーセリアが受け取ると、刀身が発光する。

「それは?」

三階梯聖剣アーテイフイシヤル・レリツク。〈聖剣〉を模して作られた、訓練用の〈聖剣〉のレプリカよ。〈ヴォイド〉には通用しないけど──」

 なるほど、魔力を使った武器か。

「剣の心得はあるんですか?」

 遺跡では射撃武器を使用していたので、意外だった。

「──〈聖剣〉に目覚めたときのために、鍛錬はしてきたわ」

 彼女は何度か素振りをしてみせた。

 なるほど、型はできているようだ。

「聖剣は魂の形。私に〈聖剣〉が発現するとすれば、それは剣の形をとると思うの」

 両手に模擬剣を構え、彼女は前に出た。

「わたしが前衛、レオ君はサポート、でいいわね?」

「はい」と、頷くレオニス。

 ふと、まわり見渡せば、大勢の学生の野次馬たちが集まっていた。

〈聖剣〉使い同士の決闘審問は、格好の見世物なのだろう。

「通常の訓練試合の規定通り、意識を喪失するか、降参を口にすれば負けだ。また危険と判断した場合には、私の権限で止める」

「降参を口にできればいいですね」

 ミュゼルがねっとりとした笑みを浮かべて言った。

「──いざ、〈聖剣〉による決闘を!」

 ディーグラッセの声で、決闘審問が始まった。


    ◆


 開始の合図と同時──

「──はあああああああっ!」

 気合いつせん。リーセリアが、地を蹴り、踏み込んだ。

 速攻で、最も手近にいた少女に、えぐるような一撃を見舞う。

(ほう……)

 レオニスは驚きに眉を跳ね上げた。

 吸血鬼ヴアンパイア化による、身体能力の底上げがあるとはいえ──

 そのけんさばききは、一応収めていた、程度のものではない。

 しっかりとした訓練に裏打ちされた動きだ。

 胴に一撃を受け、ランス状の〈聖剣〉を手にした少女がよろめく。

 リーセリアは更に踏み込み、鋭い刺突を放った。

 模擬剣のせんたんが少女の胸を突く。

 瞬間、リーセリアの込めた魔力がさくれつ、少女の身体からだを吹き飛ばした。

 おおおおおおおおおっ、とギャラリーにどよめきが起こる。

「……っ、なんだと!」

 ミュゼルがきようがくのうめき声をあげた。

〈聖剣〉が使えないというだけで、リーセリアの腕を侮っていたのだろう。

「──もらった!」

 そのまま、彼女はミュゼル目がけて突進した。

 奴の〈聖剣〉は〈支配〉の能力。真っ先につぶすのは、当然の判断だ。

「くっ──、劣等がっ!」

 上段より撃ち込んだ斬撃を、しかしミュゼルはたんじようで受け止めた。

 ──なるほど。大口をたたくだけあって、身のこなしはかなりのものだ。

 ある程度魔力を込めることができるとはいえ、ただの模擬剣と、所有者の魂を具現した〈聖剣〉では、その強度が違うらしい。リーセリアの剣はたやすくはじかれる。

「君の剣には、優雅さがないな!」

うるさいっ!」

 リーセリアは模擬剣を振りかぶり、更にたたみかけるが──

「……っ、なにをしている、僕を守れ!」

 ミュゼルの短杖が輝きを放ち、少女の一人を操作する。

 大剣を持った少女が、身をていするようにリーセリアの前に割り込んだ。

 その顔は無表情。意志というものが感じられない。

「……っ、そんな奴の言いなりにっ──!」

「無駄だよ。こいつらは、僕の〈聖剣〉と契約したんだ」

 ミュゼルがあざわらった。

(……強制的に従わせている、わけではないようだな)

 彼女たちは自分の意志で、あの男の武器となることを選択したのだろう。

 そうでなくては、〈聖剣学院〉が認めるはずもない。

 戦闘の際は、ミュゼルが指揮者となって、四人の意志を一つに統合する。

 それもまた、一つの戦術ではある。

(……利害関係、あるいは全員があの男にれている──か、理解し難いが)

 レオニスが冷静に観察していると、

 背後に鋭い視線を感じた。

 教官のディーグラッセだ。

 タブレット型の端末を手に、レオニスを注視している。

(……おっと、そもそも、これは俺の〈聖剣〉の考査だったな)

 けんぞくの力を見ることに気を取られ、忘れていた。

(さて、どうするか……)

 あの男をちりに帰すのは簡単だが、それでは俺の力がバレてしまう。

 ……そもそも、殺してしまってはまずかろう。

(適度にアピールしておくか──)

 レオニスはじようを手に、口の中で呪文を唱え始める。

 それに気付いたのか、リーセリアから間合いを取ったミュゼルが指示を飛ばした。

「おい、あのガキをやれ!」

 リーセリアに倒された、ランス使いの少女が起き上がり、突進してくる。

「……っ、レオ君!」

 一瞬、リーセリアの注意がれるが、

「大丈夫です! セリアさんはその男をたたいてください──!」

 呪文を唱えつつ、レオニスは後ろへ飛んだ。

 今のレオニスの身体能力は、並の十歳の少年程度だ。

 元勇者の肉体ゆえのポテンシャルはあるのだが、中身である〈魔王〉の魂が、拒絶反応を起こしているのか、どうにも身体からだがうまく動かせない。

 そんなレオニスを侮ってか、ランスの少女は一気に間合いを詰めてくる。

「来たれ、影の王国の亡者──〈影の御手メスタ・モルド〉!」

「きゃあっ!」

 突撃してきた少女の足を、影の腕が絡め取り、転倒させる。

 ディーグラッセがほう、と目をみはった。

 同時、二重詠唱ダブル・キヤストしていた強化魔術を、こっそりとリーセリアに付与する。

 第一かいてい魔術──〈敏捷ソルデイ〉と〈風霊加護シエルフイス〉、〈感覚強化メゾ・ラス〉。

(──まあ、この程度の手助けはあっていいだろう)

 無論、付与する魔力は最低限に抑えてある。

 ブラッカスあたりは、けんぞくに過保護だと笑うだろうか──

 強化魔術を付与されたリーセリアの動きが、更に俊敏になる。

 立ちはだかるメイス使いの少女を倒し、返す刀で大剣使いの少女を沈める。

 人間離れした速度で、〈聖剣士〉相手に立ち回る。

 まだ吸血鬼ヴアンパイアの力に振り回されているようだが、それでも、十分に圧倒している。

 ミュゼルを守るのは、短剣使いの少女のみだ。

「女の子を盾にして逃げ回るつもり、ミュゼル・ローデス!」

 リーセリアのこの挑発には、周囲のギャラリーもおおいに沸いた。

 あの男、日頃からよく思われていないのだろう。

「そうだ!」「逃げるんじゃねえぞ、ミュゼル!」「やっちゃえ!」

「セリア、お嬢様─────っ!」

(……おや?)

 と、そこに混じって聞き覚えのある声が。

 レオニスが振り向くと──

 学院の施設の二階バルコニーに、レギーナの姿があった。

 金髪のツインテールがぴょんぴょん跳ねているが、当のリーセリアは気付かない。

「──ちィっ!」

 ミュゼルが舌打ちして、たんじよう型の〈聖剣〉を構える。

〈聖剣〉を持たないリーセリアを一方的にいたぶり、レオニスの前で憂さを晴らすつもりだったのだろう。だが、その目論見は大きく外れたようだ。

(まあ、彼女が吸血鬼の女王ヴアンパイア・クイーンになっていようとは、思わないだろうな)

「僕をめるなっ──〈絶対王権ドウミナス〉の力よ!」

 ミュゼルの〈聖剣〉が、まばゆい光を放った。

(──なんだ?)

 瞬間、あと一歩まで追い詰めたリーセリアが、警戒して足を止めた。

「……っ!」

 ミュゼルの短杖の光に呼応するように──

 少女たちの〈聖剣〉もまた、それぞれ輝きを放つ。

「──聖剣起動アクテイベート!」「聖剣起動アクテイベート!」「聖剣起動アクテイベート!」「聖剣起動アクテイベート!」

「〈聖剣〉の力を、強制的に解放させた!?」

「遊びはここまでってことさ!」

 ミュゼルはぎやく的な笑みを浮かべて叫んだ。

「「「アアアアアアアアアアアッ!」」」

 短剣使いの少女、メイス使いの少女、大剣使いの少女が、同時に彼女に打ちかかる。

 これまでのような無表情ではなく──

 完全に狂乱バーサークした状態だ。

「──〈ロック・ブレイク〉!」

 眼前の少女が、輝くメイス型の〈聖剣〉を振り下ろす。

 爆発。訓練場の石床がはじけるように吹き飛んだ。

(──なかなかの威力だな)

 それを見ていたレオニスは感心する。

 その破壊力は、第二かいてい魔術──〈烈岩撃ブラツグ〉に匹敵するほどだ。

 普通の人間に直撃すれば、死んでもおかしくないが──

 チラ、とディーグラッセ教官のほうに視線を向けるが、反応する様子はない。

〈聖剣学院〉では、この程度は日常茶飯事ということか。

「──オオオオオオオオッ、〈ライトニング・チャージ〉!」

 レオニスが〈影の御手メスタ・モルド〉で絡め取ったランス使いも、〈聖剣〉の力を解放する。

 しかし、その程度の雷撃では、レオニスの魔術を打ち破ることなど不可能だ。

 レオニスがパチリ、と指を鳴らすと、影は少女を更に締め上げた。

「……うわ、なにあれ!」「子供のくせにえっぐい」「どんな〈聖剣〉だよ──」

 なんだか、ギャラリーがちょっと引いているが、知ったことではない。

 レオニスはリーセリアの戦いに目を戻した。

〈聖剣〉の力を解放した三人を相手に、彼女は途端に苦戦する。

「──〈エアリアル・スマッシュ〉!」

 短剣使いの少女の放った一撃が、リーセリアの胸部に直撃。

 はね飛ばされた小柄な身体からだは、地面に何度かバウンドして転がった。

「……っ、くっ……う……!」

「はは、いいですねぇ、その表情。ますます玩具おもちやにしたくなる」

 苦痛にうめくリーセリアに、ミュゼルはぎやく心をそそられたようだ。

「その生意気なガキの前で──う……ぐっ!」

 瞬間。ミュゼルは、ビクッと身体を震わせた。

 ……しまった。イラッとして、つい殺気を飛ばしてしまった。

「……っ、メイア、何を手こずっている、ガキ一人くらいさっさとつぶせ!」

 影に縛られた少女に、たんじよう型の〈聖剣〉を向けるミュゼル。

「無駄ですよ」

 レオニスは肩をすくめて言った。

 ランス使いの少女は激しくもがくものの、決して逃れることはできない。

「……っ、影を使う〈聖剣〉なのか?」

 ミュゼルが、不気味なものを見るかのような視線を向ける。

 ──と、その時。

「……く……ない……!」

 模擬剣を地面に突き立て、リーセリアが立ち上がる。

「なんだと……?」

 ミュゼルの顔がきようがくゆがんだ。

〈聖剣〉の一撃をまともに受けて、立ち上がれるとは思わなかったのだろう。

 だが──

「……こんなの、ぜんっぜん、痛くない!」

 激しい魔力がほとばしり、白銀の髪がまばゆい輝きを放つ。

 そのアイスブルーの瞳が、血の色に染まった。

 リーセリア・クリスタリアは、〈吸血鬼の女王ヴアンパイア・クイーン〉──最強のアンデッドだ。

 未覚醒とはいえ、その魔力は、人間などはるかに凌駕りようがする。

「こ、のおおおおおおおおおおっ!」

 魔力を帯びたリーセリアが、地を蹴った。

 即座に、〈聖剣〉を手にした三人の少女が、ミュゼルを守る。

 けんせんはしった。彼女の剣はたちまち、メイス使いの少女をたたき伏せた。

「──〈ウォーター・ジェイル〉!」

 力比べでは負けると判断してか、大剣使いの少女が〈聖剣〉の力を解放する。

 虚空より生まれた水のろうごくが、リーセリアをみ込んだ。

「……っ、こんなのっ……がっ……ぼっ……!」

「は、はははっ、どうだい? ミリスの〈水〉の〈聖剣〉の力は──!」

 こうしようするミュゼル。だが、次の瞬間。彼の表情が引きることになる。

「負けない──って、言ったでしょ!」

 ほとばしる魔力が翼のように展開し、水の牢獄を打ち破る。

「……っ、そんな──!」

 力任せに模擬剣を振り、眼前の少女をこんとうさせる。

 そのまま踏み込んで突進し、短剣使いの少女をはじき飛ばした。

 ミュゼルを守る人形は、もういない。

 彼女はミュゼルに肉薄し──

「……っ!?」

 模擬剣を振り下ろす直前で、その動きが止まった。

「……っ、どう……し、て……!?」

 震える声でつぶやくリーセリア。

 カラン、と──その手に握った模擬剣が、乾いた音をたてて地面に落ちる。

 ミュゼルの〈聖剣〉のせんたんが、彼女の額に突きつけられていた。

「く、くく……その力、どんな手段を使ったのかはわからないけれど──」

 と、ミュゼルは不敵にあざわらう。

「所詮、真の〈聖剣〉の力には勝てない、ってことさ!」

「……う、く……!」

 リーセリアは、彫像のように固まったまま、動くことができないでいる。

(奴は一体なにをした?)

 いぶかしむレオニスの疑問に答えるように、ミュゼルが嘲笑う。

「これが、絶対支配の力──〈強制支配フオース〉だ」

 ミュゼルは、地面に落ちた模擬剣を拾うと、リーセリアの頭を強打した。

「……っ、あ……うっ……!」

 彼女は抵抗も出来ず、地面に打ち倒される。

「君が悪いんだ、リーセリア、僕にしたがわない君が!」

 そのまま、受け身も取れない彼女を、なぶるように殴りつける。

「どうした、ガキ! 見ているだけか?」

「おい、もうやめろ!」「劣等生をいじめて楽しいの?」「動けないじゃない!」

 その行為に、周囲の学生たちがさすがに批難の声をあげる。

 だが、教官のディーグラッセは止める気はないようだ。

(ここまで、だな──)

 レオニスは胸中で呟く。けんぞくあるじとして、これ以上は見過ごせない。

(これで十分だ。まだ未熟ではあるが、見所はあった──)

 じようを構え、魔術を唱える。

(あんな奴でも、消し飛ばさないように、加減しなくてはな……)

 とはいえ、眷属を可愛かわいがってくれた礼に、腕の一本、二本は覚悟してもらうが。

 と──

 レオニスは気付く。

 彼女の目が、まだ屈していないことに。

「……け、ない……」

「ああ?」

「たとえ〈聖剣〉がなくたって、あなたなんかに、絶対に負けないっ!」

「なんだと!?」

 リーセリアは、静かに立ち上がった。

「あり得ない……僕の〈強制支配フオース〉を破るなんて──!」

 ミュゼルが、されたように後ろに下がり、きようがくに目を見開く。

「……っ、悪あがきを!」

 もう一度、〈強制支配〉の力を解放して──

 と、次の瞬間。

 その場に居合わせた全員の視線が、リーセリアに集中した。

 まるで、時間が止まったようだった。

「……え?」

 だが、一番驚いているのは、彼女自身だった。

 立ち上がった彼女の眼前に──

 神々しく輝く、ひと振りの剣があらわれたのだ。

 柄に美しい細工の施された、息をむほど流麗な小剣。

「う……そ……これって──」

 リーセリアは目を見開き、その柄を手にした。

 その〈聖剣〉は、長年、彼女のものであったかのように似合っていた。

「……鹿、〈!?」

 ミュゼルがろうばいする。

 そう、それは彼女の魂より生み出された──〈聖剣〉だった。

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 周囲の学生たちが歓声をあげた。

「ほう、戦いの中で〈聖剣〉に目覚める者は多いが、これはまた、ドラマチックじゃないか。あのクリスタリアの令嬢が──」

 ディーグラッセのつぶやきが聞こえた。

「あの少年と出会ったことと、関係あるのかな?」

 彼女はレオニスにじーっと疑いの眼差しをむけてくる。

 レオニスは視線をらし、リーセリアのほうを向く。

 リーセリアと目が合った。

 彼女はこくっとうなずくと、〈聖剣〉を振るった。

「──これが、わたしの〈聖剣〉!」

「……っ、だからどうした! 目覚めたばかりの〈聖剣〉で、この僕に──」

 刹那。

 ヒュッ、と空気を裂く音がして、一瞬、彼女の姿が消えた。

「──あ?」

 次の瞬間。リーセリアはすでに背後にいる。

 ミュゼルの〈聖剣〉が真っ二つに折れて、光の粒子となって消え去った。

「あ……ああ……僕の、僕の〈聖剣〉があああああああっ……」

 それは、彼の心が折れた瞬間だった。

「……どうするの?」

 その喉元にやいばを突きつけて、リーセリアは言った。

「こ、降参っ、降参だ……!」

 ミュゼルが両手を挙げる。

 彼女の周囲でひときわ大きな歓声が上がり、

「セリアお嬢様っ!」

 降りてきたレギーナが抱きついた。

「──おめでとう、リーセリア・クリスタリア」

 と、ディーグラッセ教官が穏やかな微笑を浮かべて言った。

「君のこれまでの努力は認められた」

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