[その一]フりフラれトライアングル その9

 一瞬、ドキッとした。俺が心の奥底に隠していた感情を読まれたかと思った。

「悔しいんでしょ? ならさ、ふくしゆうしなきゃ」

「クロ……お前、少し変わった?」

 まさかくろの口からふくしゆうなんて言葉が出てくるとは思わなかった。

 くろは基本的に温厚で、ドライかウェットか選ぶなら、明らかにドライだ。ふくしゆうなんて執念じみた言葉は似合わない。

「変わったって、どこが?」

「少し攻撃的になったっていうか、お前らしくないし、重くてドロドロしてるというか……」

「……かもね」

 くろは珍しく自嘲的な笑みを浮かべた。

「ぶっちゃけあたし、さんのこと嫌いなの。以前から」

「マジか!?」

 くろが誰かを明確に嫌いと言うのは初めて聞いた。

「どの辺が嫌いなんだ?」

「うんとね、何となく全部☆」

「全否定だな!? お前がそこまで言うとは思わなかったぜ!?」

「だってあたしとハル、もう隠し事ないでしょ? お互い全部さらけ出しちゃったっていうか、好きって感情まで言い合っちゃって……今までも壁はほとんどなかったんだけど、それが完全になくなっちゃったっていう気安さがあるのかな。だから怒りとかも隠さず出しちゃってる感じ。それでもハルなら受け止めてくれるって信じてるから」

「わかる……それわかるぜ、クロ」

 なんていうか、今、くろと心が通じ合っている気がする。

 お互い好きな人までぶっちゃけてしまい、

 例えばドラマなら幼なじみが告白してきて振ってしまったなら、もうそばにいられないと言い出してフェードアウトするのがオチだ。

 でも現実はそんなに単純じゃない。

 実際、俺はくろを振ってしまったが、今まで以上に近く、そして今まで以上にすべてをさらけ出せる信頼すべき存在として認識していた。

「ハルはどう思う? ふくしゆうについて」

「……ふくしゆうか。ちょっとびっくりしたし、おいおいとは思った」

「それだけ?」

「ホント、クロには隠し事ができねぇな。倫理的に問題があるから一応ふくしゆうを否定したが、ぶっちゃけるとふくしゆうしたいくらい悔しい。もうなんていうかこっちがこれだけ苦しい思いをしているんだから、その分お返ししてやりたい──というのが本音だ」

 こんなの他の人には話せない。くろにだから話せる内容だった。

「だよね。いいじゃん、それで。ならふくしゆうしようよ。それもただのふくしゆうじゃない。最高のふくしゆうをしようよ」

 くろは興奮気味に語る。

「最高のふくしゆうって?」

「それは人それぞれでしょ? だからこれから相談しようよ」

「いや、クロ。俺はまだふくしゆうするとは一言も……」

 そう、まだふくしゆうするとは言っていない。してやりたいくらい悔しいけど、その一歩を踏み出すかどうかは大きな差だった。

「ハル、先輩とさんのことをイメージしてみて」

 俺の反応を見てか、突然くろはそんなことを言い出した。

「えぇー……」

「いいからするの」

 考えたくもなかったが、しょうがなく無理やり脳内で二人を作り上げた。イケメンと美人の、憎らしいくらいお似合いのカップルだった。

「二人が付き合い始めたのって一週間前なんだよね? なら来週くらいに本格的な初デートかな。行き先は順当にいけば、映画館なんてどうかな?」

 好きな子がイケメンと仲良く映画館に行く。ぶち殺したくなるような光景だった。

「やっぱり暗いとさ、大胆になる男子っているよね。だから先輩、手をさりげなく握ったりしてきて──」

「いやいや、ちょっと待て! それは早すぎるだろ! せめて三回目以降で!」

 きっと俺はそのころ、振られたショックで家でゴロゴロしているのが関の山だ。そんなときにひそかに関係をそこまで発展させられたら、完全敗北どころか死体蹴りされるようなものだ。

「ハルって考えが古いっていうか、ちょっとお父さん目線入ってるよね」

「くっ……」

「でも先輩って俳優デビューしてるくらいだし、手、早そうだよね」

「確かにそうなんだけど! だけど……それは許せないって!」

 しろくさは男嫌いだ。いい笑顔は俺にだけ見せてくれた──はずだった。

 でも先輩にはいつも見せるのか……? 今までも見せていたのか……? いや、もしかしてもっと信頼に満ちた瞳で、少し照れた笑顔を向けたりするのかも……?

「その後ご飯を食べたり、お茶したり、ショッピングしたり。展望台に行ったりするかも」

「くそっ、めっ! いい気になりやがって!」

「あたし思うんだけど、そういうのって、最初が大事なんだよね。初めてだと、新鮮っていうか。もし二度目だと、前のときと比べちゃいそう」

「ぐぐぐっ……」

 じゃああれか? もししろくさ先輩と別れて、その後俺と付き合ったとしても、所詮俺は二番目の男。どこかデートに行っても、

『あっ、ここ先輩と一緒に行ったことがあるんだ』

 とか言われたり、

先輩はうまくエスコートしてくれたのに……』

 とか言われたりするのか!?

 がぁぁぁっぁぁぁっ、耐えられん! それだけは無理だ!

 頭を抱えて苦しむ俺にくろは追い打ちをかける。

「それで暗くなったら家まで送って、さんが家に入ろうとすると一旦は手を振って別れようとするんだけど、やっぱりちょっと待ってって呼び止めて、そのまま唇に──」

 しろくさ先輩の影がそっと重なる。

 しろくさは顔を赤らめ、少しうつむいて言うのだ。

先輩にだけですからね、こんなえちぃこと許すの……』

 俺は堤防の雑草を引きちぎった。

「このクソビッチめ! 自分だけ楽しければ他人が苦しんでもいいというのか!」

 想像した! 想像できてしまった! いつもりんとしたしろくさが、先輩を見てほうける姿が!

 グラビアアイドルにも負けないと言われるしろくさを抱きしめたら、あの胸の大きさだ。さぞ柔らかいだろう。キスなんてしようものなら、当然腕や胸にしろくさの感触が伝わり、きっと甘い匂いがして、加えてほんのり赤い唇を思うがままに──

「ダメだ! ありえない! 許せない!」

 俺を選ばなかったくせに、そんな、そんなことまで……っっっっっ!!

「ハル、許せないって……どっちを?」

 くろは冷めた口調で俺に問いかける。

「……? どっちって?」

先輩が許せないの? それともさんが許せないの? どっち?」

「それは──」

 ……なるほど。くろはこう言っているのだ。

 先輩が許せないとすれば、俺の心はまだしろくさにある。しろくさが許せないとすれば、俺はしろくさに裏切られたと認識しており、恋心から憎しみに変わったということだ。

 そして俺の答えは──

「クロ」

「何?」

「俺が憎いのは──どっちもだ!」

 まだしろくさに恋心は残っているし、裏切られたとも感じている。矛盾しているようで、はっきりと同居していた。

 ふふふっ……そうだ、そうだよ。どっちも憎いに決まっている。当たり前じゃないか!

「俺を振って幸せになろうというしろくさ! そんなビッッッチ! 許せるわけがない!」

「別にさん、二股かけてるわけじゃないからビッチじゃないと思うけどね」

「そしてみつる! イケメンが何の努力もせず、おいしいところばかり持っていくなんて、そんなの許されることか! 天が許しても俺が許すわけにはいかない!」

「まあ先輩も努力してないってわけじゃないと思うけど」

「クロっ! お前はどっちの味方だよ!」

「いや、事実を突っ込んでるだけで、否定してるわけじゃないから。それで、どうするの? それともこういう聞き方したほうがいいかな?」

 くろは立ち上がり、俺に手を差し伸べた。

有罪? 無罪?ギルテイーオアノツトギルテイー?

 俺はニヤリと笑って手をつかった。

「ギルティーだ!」

 力強く宣言し、ぐぐっと拳に力を込めた。

「クロ、お前の言う通りだ! 最高のふくしゆうが俺には必要だ! ふふふっ、最低と言われようとも構わない! この屈辱、必ず何倍にもして返してやる!」

「──その言葉を待ってたよ」

 くろは俺の手を引き、俺を立たせた。

「協力するよ、ハル。最低でもいいじゃん。だってその二人はすでにハルに最低なことをしてるんだよ? ならおあいこでしょ?」

「ふふっ、さすがクロ! お前の言う通りだ!」

 俺がな笑みを浮かべると、くろもまた悪だくみの笑みを浮かべた。

 そういえば思い出した。くろの両親から聞いた話だ。

 くろという名前は、黒い羽ということで堕天使をイメージする人が多い。しかしくろの両親としてはクローバーから連想して名をつけたという。

 クローバーの花言葉は、『幸運』、『私を思って』、『約束』、そして『ふくしゆう』──

 花言葉にも白い面と黒い面があるように、社交的で周囲から愛されるくろもまた、白い面と黒い面を持っているのだ。

「これは初恋復讐リベンジだ!」

 初恋は生涯一度だけの貴重な出来事。だからこそ美しく、純粋で、重い。

 そのおもいを踏みにじられて、尻尾を巻いて逃げることなんてできるものか!

 なぁ、お前らもそうだろ?



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試し読みは以上です。

ご覧いただきありがとうございました!

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