[その一]フりフラれトライアングル その8

 俺は最後までカウントを待たなかった。

「ありがとう、クロ。俺、お前を振ったのに、こんなに優しくしてくれて……」

「ハル……」

 俺は振られて、弱っていた。だからくろに甘えたくなっていた。

 でも俺の中にまだ、しろくさへのおもいが残っている。諦めきれない自分がいる。

 初恋はまさに呪いだった。気持ちを切り替えようと思っても、へばりついて取れない。

 そんな状態で都合よくくろに甘えるなんて、失礼すぎる。

「俺、クロのこと、大事な友達だと思ってるんだ。だから俺──」


「な──────んてね?」


「…………………………へっ?」

 俺はまばたきをした。くろが何を言っているか、理解できなかった。

「あのさ、ハル。真面目なのは美徳だと思うけど、行き過ぎると重いんだけど?」

「んん?」

「確かにあたし、一ヶ月前、告白したよ? でもさ、なんていうか、ハルが受け止めているほど真剣じゃなかったっていうか?」

「んんん?」

「まあ夏休み控えてたし、彼氏いなかったし、ちょうどいいと思ったんだよね。あたし、ハルといると楽しいし、いいかなって。でも一ヶ月っても申し訳なさそうにされるのはちょっと……。もしかしてあれ? 男って一度告白されると、いつまでも自分のこと好きなんだって勘違いするって聞くけど、そういうこと?」

「んんんん────────────っ?」

 あかん、頭が追い付かない。幼なじみにサバサバしているところがあることは重々承知していたが、まさか恋愛までこのありさまとは……。


 ──いや、ちょっと待て。


 本当にそうか? くろはサバサバしているが、恋愛までそうなのか? まったく気持ちが残ってなかったら、なんて言うだろうか?

「クロ……お前、無理してないか?」

 くろは表情を変えないまま、まぶたをピクピクと動かした。これはくろが取り繕おうとしているときに出る仕草だ。

「何? もしかして急に振ったこと、後悔しちゃった?」

 からかうような口調が今は演技っぽく感じられる。

 よく見るとかすかに指先が震えていた。

「そういうのじゃなくてな……。例えばさ、お前、よく俺にお姉ちゃんぶるじゃん? 妹三人もいるから姉属性がみついているんだろうけど、それは『義務』で身につけたものであって、本当のお前って実は甘えたいんじゃないかって思うこと結構あるんだよ。でもお前、自制心強いから許されないと思ってて、欲求を抑えるために無理してお姉ちゃんを強調している──って違うか?」

「っっ~~~~」

 くろは紅潮する頰を両手で包み込んだ。

「だ、だとしたら……何?」

「いやさ、それと同じでお前の行動と気持ちが一致してないこともあるのかなって。俺、バカだからクロの気持ちが理解できねぇんだけど、俺のことがまだ好きな気持ちあるのに、俺のためにうそをついているのだとしたら、申し訳ないなって思ったんだよ。……って、俺が言っていいことかわかんねぇけど」

「~~~~」

 くろにはずっと好意を持っていて、決して傷つけたくないし、うそをついて欲しくもない。

 本当、幼なじみって難しい。

「バカ」

 背中からくろぬくもりが消えたかと思うと、背後から腕が伸びてきて頭を抱えられた。するとまあ後頭部に柔らかなものが押し付けられるわけで……。

「お、おいっ、クロ……! こ、これ、お、おぱっ!」

「いいの。うれしかったからサービス」

 女の子の胸、すげぇ! 柔らかすぎるだろぉ!? 頭おかしくなりますよぉ!

「ハルはさ、バカだけど、なんていうかまっとうだよね。自分がつらいときでも、人が困っていれば自分のことは置いといて、大事なところに気がついてくれたり、優しくしてくれたりする。だから──」

 頭をまわされ、もじゃもじゃな俺の髪がしなやかな指でかき分けられる。そして空気にさらされた頭頂部に、胸とは別の柔らかな感触がした。それが唇であることは告げられずともわかった。

「そう、だから──好き」

「クロ……」

 ぐな言葉が胸に響く。顔が見えなくてもさすがに照れくさかった。

「あたし、自分が選ばれなかったのは悔しいけど、それでもハルが好きって気持ちは変わらない。あたし、今でも、これからもハルの味方だよ。だから素直になって」

「素直って何だよ」

「人前で泣いちゃいけないって、誰が決めたの? もう全部ぶっちゃけちゃえばいいじゃん」

「でも、俺はお前を振って──」

 そこまで言ったところで、くろは腕の力を強めた。

 より強く後頭部が胸に押し付けられる。そのせいでくろが震えているのがわかった。

「だとしても、それが何? そばにいちゃいけない理由になるの? いたくなくなったら勝手に距離を取るよ。とにかく隠すの意味ないから、全部ぶっちゃけて互いに好きにすればよくない?」

「すげぇな、お前……」

 くろの器というか、いろんなものを超越したこだわらなさに圧倒される。くろはただ社交的なだけじゃなくて、その奥底にしなやかさと強さを持つ、すごいやつなのだ。

 そんなすごいやつが相手だから。とか恥ずかしさとかでいっぱいな俺の小ささが情けなく感じた。だから全部吹っ飛ばして、素直にすべてをさらけ出そうと思った。

「まあ、お前にだから言えるけどさ、俺、のことが好きだったんだ……」

「……うん」

 くろなら馬鹿にしないから。決して人に言わないから。それだけ信用しているから言える。

「でもさ、彼氏いるって言うし、結構いいところまでいってた気がしてたんだけど、やっぱ勘違いだったみたいで……なんていうか、これがきつくてさ……」

「うん」

「だから、俺……」

 目に涙があふれた。でもさすがにみっともなくて懸命にこらえていると、くろは正面に回って俺の頭を胸に抱いた。

「クロ……」

「少し泣いちゃったほうがいいよ。そのほうが楽になるから」

 振った相手に慰められるなんて申し訳ないと思ったけれど、優しさがあまりに心地ここちくて、疲弊しきった心ではあらがえなかった。

「うぅ……ううぅぅ……」

「はいはい、残念だったね」

「ちくしょう……俺、初恋だったのに……」

「そっかー、さん見る目ないなー。ハル、いいやつなのになー」

 言葉の一つ一つがわたる。

 俺は悲しみに溺れつつ、くろという幼なじみがいてくれたことに心から感謝していた。

 ………………

 …………

 ……

 俺が落ち着いたころには、すでに夕日は街に落ちつつあった。

 二人で並んで夕焼けを見つつ、俺は尋ねた。

「なぁ、クロ。俺、これからどうすればいいと思う?」

「ハルはどうしたいの?」

「ぶっちゃけ、まだ俺、のこと好きな気持ちあるんだ」

 くろは真剣な表情で俺の話を聞いてくれている。

「諦めなきゃいけないのに、まだ振り向いてもらえるかもとか、何とかできないかなとか、無意識で考えてる」

「ハルはさ、悔しくないの?」

 挑発的な物言いに、少しカチンときた。

「なんていうか、ハルの今の考え方って、言い方悪いけど、さんのお情けをちょうだいしたいって言ってるように聞こえる」

「ぐっ……もう少し言い方ねぇのかよ!」

「いやだって、そうでしょ?」

「うっ、いや、まあ、確かに……」

 その通りなのだが、屈辱的だ。

「あたし、正直さんにムカついてるんだよね。ハル、言ってたよね? たまに下校途中に会って、楽しく話してるって」

「あ、ああ、言ったな」

「あたし、それ聞いて、ハルにもチャンスあるなって思ってた。だってさんって、すごい男嫌いでしょ? そのさんが二人きりのときは優しいなんて、ちょっと考えられないもん」

「だよな! だから俺も勘違いしちゃって……」

「つまりこれってさ、ハルに粉かけておいて、やっぱり本命とうまくいったからまあいっかってことじゃないの? ハルはいいやつなのに、そんな風に馬鹿にされて、あたし、許せないな」

 くろの怒りは『義憤』と言えるものだと思っていた。正義に反するから怒ってくれている。そういうたぐいのものだ──と思い込んでいた。

 でも、違っていた。


「──ハル、ふくしゆうしよう」

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • 幼なじみが絶対に負けないラブコメ

    幼なじみが絶対に負けないラブコメ

    二丸 修一/しぐれうい

  • 幼なじみが絶対に負けないラブコメ 2

    幼なじみが絶対に負けないラブコメ 2

    二丸 修一/しぐれうい

  • 幼なじみが絶対に負けないラブコメ 7

    幼なじみが絶対に負けないラブコメ 7

    二丸 修一/しぐれうい

Close